婚約破棄を宣言した王子のカツラですが、労災申請したい。
本作のアロペシア王子は、身分こそ『第一王子』ですが、国を滅ぼしかねない逸材のため、王位継承権はハナから存在しません。
どうぞご安心ください笑
吾輩 (わがはい)は植物由来素材のカツラである。
名前はまだない。
いや、正確に言うなら『アロペシア第一王子の頭頂部の秘密』と呼ばれている。
いま吾輩は、かつてない激しい怒りに震えていた。
なぜなら、我が主 (あるじ)であるアロペシアが、あまりにも馬鹿だからだ。
「フローラ! 無能で不気味な貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
王宮の夜会、大理石の床にアロペシアの傲慢な声が響き渡る。
彼は劇的なポーズを決め、前髪(つまり吾輩の最前線)をバサァッと掻き揚げた。
(おいっ、バカ止めろ! 接着面が浮くだろ!! これ、危険作業手当はつかないのか!?)
吾輩は心の中で絶叫した。
今日のアロペシアは興奮しすぎて頭脂のディザスターがすごいのだ。
ただでさえグリップ力が落ちているというのに、激しい身振り手振りをしないでほしい。
追放を言い渡されたフローラお嬢様は、床に膝をつき、俯いている。
髪が顔を覆っていて表情は見えない。
「ふん、あまりのショックに声も出ないか! 貴様の『植物と会話できる』などという薄気味悪い無能スキル、我が王家には不要だ! さあ、今すぐ荷物をまとめて辺境の荒野へ失せるが良い!」
アロペシアはフハハハと高笑いし、また頭を激しくのけ反らせた。
(アホかー! 遠心力をかけるなーー!! 吾輩の労災認定はまだかーーー!!!)
吾輩は必死に頭皮にしがみついた。
フローラお嬢様が『無能』だって?
冗談ではない。
お嬢様が王宮の庭園を散歩するたび、庭の木々や花々、そして吾輩の植物由来最高級人毛に、『今日も綺麗ね』と声をかけてくれていた。
そのおかげで、吾輩の毛並みはいつもキューティクルがツヤツヤだったのだ。
お嬢様こそが、吾輩の太陽 (マドンナ)なのである。
その時、俯いていたフローラお嬢様が、小さく肩を震わせた。
泣いているのではない。
…耐えているのだ。
笑いを。
「…分かりましたわ、アロペシア様。 喜んで出て行きます」
お嬢様が顔を上げた。
その瞳は、これから始まる『有給休暇(王宮からの解放)』への期待で、キュインキュインと虹色に発光していた。
「負け惜しみを! 行け、衛兵!!」
アロペシアがビシッと出口を指さした。
その瞬間、彼の頭部にかつてない衝撃が走る。
完全に接着剤の限界を超えた。
――ペロンチョッ――
吾輩の肉体(布地)が右へ四十五度、華麗にスライドする。
アロペシアの右耳の上に、本来なら頭頂部にあるべき『つむじ』が降臨した。
「…? なんだ、急に視界が毛深くなったぞ?」
アロペシアがマヌケな声を出す。
周囲の貴族たちが『あっ…』と息を呑み、一斉に目をそらした。
見てはいけないものを見てしまった空気。
フローラお嬢様は、限界だった。
「ぷっ…く、くふふ…! では、ごきげんよう!」
お嬢様はドレスの裾をひるがえし、音速で夜会会場から立ち去っていった。
走る背中が激しく揺れていた。
絶対に爆笑している。
◇
それから3ヶ月後。
フローラお嬢様が追放された『辺境の荒野』は、大変なことになっていた。
お嬢様の『植物と会話できる(植物に超愛される)』スキルのおかげで、荒野の雑草たちが大ハッスル。
トマトやカボチャが爆速で巨大化し、一帯は国一番の『オーガニックリゾート地』へと大進化を遂げていた。
お嬢様はハンモックに揺られながら、採れたてのフルーツジュースを飲んでセレブ生活を満喫している。
一方、我が主アロペシアはというと――
王宮で連日、貴族たちから怒号を浴びていた。
「おのれアロペシア王子、国を滅ぼす気か! 農作物だけでなく、王宮の信用まで枯らす気か!」
「早くフローラ様を呼び戻せ! 王宮一の重要備品が限界を迎えておるぞ!」
この全方向からのプレッシャーというストレスで、頭皮環境悪化が加速し、吾輩の勤務時間は過労死ラインを突破した。
今や吾輩は、本来前髪である者を後頭部へ出張させるという人事異動を、毎朝強いられている。
「おいカツラ! 農作物がダメなら、せめてお前だけでも我が頭皮で大収穫 (フサフサ)を維持せんか!」
アロペシアが鏡の前で、必死に吾輩の毛流れを現場判断で改ざんしている。
王宮ではこれを、『バーコード大作戦』と呼んでいる。
(うるさい! お前が自爆した結果だ!! 吾輩はもう、植物に愛されるお嬢様の帽子として、第二の人生を歩みたい)
吾輩は今日もアホな主の頭上で、無事故を祈りつつ、キューティクルの失われた毛先を静かに揺らすのだった。




