議題その1 ~奇跡の確立~
「奇跡は起きないから奇跡と言われるんですよ?」
「──全くだ」
そう呟きながら大量の砂糖が入った紅茶を一口。
勿論甘い。
「それで師匠、奇跡を体験したことはありますか?」
「ああ、あるとも」
「なんですか?」
「まず人生最初の奇跡は私が生まれたこと。そして最近の奇跡は呼吸が出来るということ」
「……」
「……」
解り辛い回答をして下さったのが私の師匠、伊之杉 仁
とりあえず学者ということらしいが、何の専門なのかは全く解らない、謎の人。
今時武術とかでもないのに何故か師匠と呼べと言われている、これも理解不明。
それでも学者を名乗っているだけあっていろいろと凄い、尊敬したことも何度かある。
しかしそれ以上に呆れた回数の方が圧倒的に多い。
何故か──。
この人は知能という分野において天性の才能を持った非常識人だからである。
天才と馬鹿は紙一重とかいうことだ。
今日もまた意味がわかりそうで全くわからないことを言われた。
だから何だとかいうことだが確かにそれまでだ。
「知ってるか一武君、生というのはまず人間の場合卵子と精子が────」
少々遅れたが僕の名前は大道寺 一武
ちなみに実家は江戸時代から由緒ある名家でも僧侶100人の寺でも日本各地の分社を取り仕切る総本山でもない。
普通の家庭である。
「──以上だ」
「まぁ、知ってますが……」
「なんだ、つまらん」
「師匠の話は私にはまだ理解できないのですが」
「まだ、だろ。そのうち解るようになるさ」
理解できるようになるということは僕もこの人と同類になるのであろうか?
だとしたらちょっと勘弁だ。
一般人で十分。
「それでは一武君、問題だ。奇跡の確立を求めなさい」
「奇跡の内容によって変わると思いますが?」
「まぁその通り、そこでこんな奇跡を用意した」
そういいながら私は先ほど飲んでいた紅茶のカップをそのまま手放した。
重力によって樹から落ちる林檎のようにコップは落下していく。
床に当たりコップは割れ……なかった。
ゴツンという鈍い音。
ガシャンという割れる音は微塵もしない。
「因みにこのコップは陶器だ。強化プラスチックではない」
「……確かに奇跡ですね」
「この確立を求めよ」
僕達が居るこの研究室。
床は何製かわからないが固い床。
それにコップが落ちた。
割れなかったのは確かに奇跡だ。
その確立を求める。
────無理な話だ。
分野的には科学、物理学である。
だけどそれしか解らない。
どうやら結構手こずってるようだな。
まぁ、当たり前か。
こう……直感でもいいから何か答えて欲しいところだが……。
「時間切れ、答え」
「はぁ……解りません」
「うむ、仕方ない。それでは正解だ」
私は落ちたカップを拾う。
皿の上に戻す。
そしてスプーンで底を強めに叩く。
「……!?」
さて、驚愕する僕の目の前で何が起きたかというと。
コップが割れた。
事自体それほど珍しくはない。
しかし先ほど床に落としても割れなかったコップが何故割れる。
────何かが頭の中で閃い……た?
「正解は0だ。0%である」
「……」
「まず逆に考えてみる。コップが割れる確立を求める。
それを100の値からマイナスすれば答えになる、この理屈を使おう。
この場合の答えは単純、割れないコップはない。
従ってコップが割れる確立は100%である。
それを前記の方程式に当てはめれば100-100=0だ。
よってコップが割れない確立は0だ。反論を認める」
「じゃあ何故コップは割れなかったのですか?」
「期待通りの反論をどうも」
「それ以外に反論する穴はないんですけどね」
「その通り、そしてその穴を埋めれば私の勝ちとなる。
しかしこれまた単純明解、コップは落とした時に実は割れていた」
「と、いうと?」
「実はこのコップ、私が昨日割ってしまって接着剤で直しただけなんだ」
「……」
僕は絶句した。
文字通り。
「まぁ、そういうことだ。
だから落としたときに割れてない奇跡なんてこのコップで起きるわけがない。
もうすでに割れていたのだからな」
「でも、さっき普通に紅茶入れて飲んでましたよね?」
「接着剤を摂取してしまうかもしれんと思って、
いつもより砂糖を多めに入れておいた。せめて味だけは誤魔化そうと」
「で、それが今回のオチですか?」
「うむ、その通りだ」
そんなことよりネタをくれ。
目標、今暇だからほぼ毎日更新。
できたらいいなこんなこと。