ヒロインのような行動はとれない
蔵の整理が終わった私はウキウキでお姉様を眺めていた。
お姉様は今、水社家の女中と談笑している。緊張しているようだが楽しそうだ。良かった。お姉様は枯賀家に来る前──奉公先にいたときは奴隷のような扱いを受けていた。枯賀家に来たら来たで女中はあほたわけ、父親はクズ、奥方気取りの遠縁の女もゴミだった。
かくいう私はお姉様にとって、まともな人間枠ではないだろう。あんなゴミみたいな父親を介して血が繋がっているわけだし。お姉様にとって私は母親を捨てた男の血を引く女でもある。ややこしいけど要約すると純然たる妹ではない。だからせめて──第一希望、椅子、第二希望座椅子、第三希望、敷布団みたいな存在でありたいが、とにもかくにも、私はお姉様が何も考えず楽しくお話しできる人間ではないだろう。
なのでこうしてお姉様が正気の人間と交流し、きちんと人間扱いされているところを見るのはホッとする。
もっといっぱい、お姉様が話をしていて楽しいと思える人との出会いが増えますように。
お姉様がこの人と話をすると不安が和らぐと感じる人との時間が増えますように。
祈りなんて意味はない。それでもお姉様のことになると祈ってしまう。
まぁ、結局私に出来るのはこれですけどね。なんて自嘲しながら剣道に励んでいると、水社一心の父親が向こうから歩いてきた。
「気が先走りすぎているね。相手を倒そうという気持ちは大事だけど、隙が多い。それじゃあ捨て身だ。最後の攻撃ならまだしも、最初からその戦法はいけない」
攻撃こそ最大の防御、相手が倒れるまで切り続けるみたいな戦法はダメらしい。水社一心の父親は冷静に止めてくる。
「打ち負かそうと思わなくていい。むしろ、勝とうと思うと勝てなくなる。論理と同じだ。結局のところ目先の勝ち負けはどうでもいいんだ。最終的な目的を果たせれば何でもいい。見るのは必ず、勝ち負けのその先。そうすれば──大切なものは、自然とその手に収まっている」
論理。
水社の血筋が皆、感情に伴う能力を持つことから、あえて論理で生きるような話をこの人は父にしていた。感情を視ることで有利に進んでいた部分もあるだろうけど、言葉の選び方も徹底していた気がする。
そんな人が親で何故『千年桜は恋と咲く』の水社一心はあんなモラハラ言語でしか喋れなかったのだろう。好きな人に対してモラハラになるにせよ、この父親は止めなかったのだろうか。
思えば水社家の結婚生活場面で、水社一心の父親は出てこない。この時代は「家長に従うべし」「父は絶対」みたいな価値観だから、いたら確実に出てくるはずなのに。というかざまぁパートで父親にぶん殴られればよかったのに。あいつ。
そもそも枯賀末理は嫁いですぐ水社家大改革を行ったが、ある日突然やってきた嫁が義実家を大改造できるものだろうか。しかもこの時代に。
「ごめん、そこまで悩むことではないよ。何て言えばいいんだろう。少し、気楽に構えてもいいってこと。絶対に勝つって思い過ぎると、疲れるし、何より集中力にも限りがあるから」
水社一心の父は場を和ませるように笑う。何で悩んでいるかは分かってないようだ。
人間の感情を色として認識し視る能力。いったいどういう視界なのだろう。すごく悩んでいると……紺色、みたいな感じなのだろうか。
となると水社一心が父親の目に見えぬ場所でモラハラ言語を用いてお姉様を責めても、父親の視点だと息子はお姉様に対し「好き‼」みたいになっているのだろうか。おしまいじゃん。
モラハラされてたお姉様の感情は……自責。霊力が無いという事前情報があれば息子といる時お姉様がしょんぼりしていても、そういうものだと解釈してしまう。
水社一心の父親の能力は、人を見通すものではない。
では、母親は?
相変わらず、水社の屋敷でその姿を見たことがない。仏間もない。他人の屋敷で「お母さんどこですか」なんて普通聞かないから、ずっとなあなあにしていたけど、母親がいない。水社一心の父親も触れない。
「お前剣道なんかしなくていいだろ、女なんだから」
考えていると水社一心が近づいてきた。男女差別で訴えられろお前は。あらゆる女性の社会進出を進めているところからボコボコにされろ。ネットでそんなこと言ったらズタズタにされるんだからな。
「こら一心、心配してるなら心配してるとちゃんと言わないと。言い方があまりに悪いぞ」
即座に父親が注意した。しかもかなり強めに。
こうして注意されているならば、ある程度補正されるものではないだろうか。千年桜は恋と咲くでモラハラの権化としてざまぁ街道を闊歩していたのは、隠れてコソコソしてたからだろうか。グロ。
それとも注意されても改善しなかったのだろうか。
原因は何だ?
好きな子へ意地悪する最悪版、性格が悪い、物語のざまあ盛り上げ要員という理由でも整合性は取れてしまうが、お姉様と私の間にあった誤解をあんだけ怒鳴り散らかして解いてくれたのだ。根が腐ってるわけでもないだろう。
「ごめんね、多分だけど、危ないことしないでって言いたいんだと思う」
無言を貫く私に、水社一心の父親が謝ってきた。なんでうっすら他人事なんだろう。俯瞰的の境地というか。感情が視えるなら水社一心の言いたいことも分かるのでは。
「お前……」
「こら一心、女の子にお前なんか言わない」
父親は注意する。男にお前って言うのも駄目ですけどね。心の中で付け足すと水社一心はキッと睨んできた。負けヒロインみてえな顔で私を見んなよ。
「父上はこの娘が何を考えているか分からないからそんなことが言えるのですよ」
諦めの滲む声で言う。いや、分かるだろう。感情の色が視えるなら。
しかし水社一心は、私の思考に反論するみたいに、キッと私を睨んだかと思えば、サッと走ってどこかへ行ってしまった。完全に負けヒロインじゃん。漫画広告で無限に見る表情。
◆◆◆
なんなんだろう水社一心。というか水社家。『千年桜は恋と咲く』の回想で出ていた母親はいないし、神女、ミヤシロ様と、『千年桜は恋と咲く』で出たことのない謎単語は無からどんどん湧き出てくるし。
気になった私は、水社家について調べてみることにした。
現状の不審点は3つである。
幼少回想には出ていたのに現時点と千年桜は恋と咲くの本編開始時で姿の見えない水社一心の母親。
サブ不審点として「ミヤシロ様」と「神女」という謎単語。
調査の方法はただ一つ。
脅しである。
「それ人に向けるもんじゃないんだよ‼」
昼下がり、水社一心の怒声が庭に響く。
心を読める人間は、相手が音を立てず忍び寄ってきても分かる。お姉様が水社家に到着した時、水社一心が気付いていたし。後ろから刃物で脅す、といった古典的な芸当も出来ないので、弓の的にすることにした。
「どうかしてるよ本当に‼ お前は‼」
水社一心は叫ぶ。
水社一心は縁側、いわゆる母屋にいるが、私は池を挟んだ向こう側から、水社一心を弓で狙っていた。この弓は特殊な霊力で出来ていて、矢が刺さっても死なない。代わりに激臭を放つらしい。遠方で誰かがあやかしに襲われているとき弓を放つと人に当たってしまう。しかしこれがあれば人に当たっても臭いだけ。あやかしだけを退けられるという対人救済特化型の素晴らしい弓だ。人を狙うにもってこいである。
「違うんだよ‼ 人に当たると駄目だから臭くしてるんだろ⁉」
誰かの事情なんか知らな~い。母親、ミヤシロ様、神女について言わないと射るぞ~。
なんてシンプルなんだろう。水社一心が母屋に逃げ込めばその場所に矢を放ち続け、禁断の地とする。逃げ場はないも同然。私はヒロインと異なり誰かと信頼関係を築くなんて無理だし、心を開いてもらうなんて不可能だ。暴力で口を割らせるに限る。
「そもそもお前どっから盗んできたんだよその弓ィ‼」
盗んできたわけではないことくらい、心を読めばわかるものを。これは蔵の整理を手伝った戦利品だ。水社一心が庭師を手伝えば今この弓を手にしていたのは水社一心のはずだった。バーカ。
「あのジジイ‼」
爺呼ばわりしてたって後で庭師に密告しよう。せいぜい怒られろ水社一心。
「お前みたいな奴に弓渡したことを庭師に俺が怒るんだよ‼ 俺は次期当主だぞ‼」
水社一心は怒っているが、盗んだと疑ったことをまず詫びてほしい。っていうかなんで分からなかったんだ。心が読めるのに──そう考えてハッとした。
読めるだけなんだ。今まさに。
水社一心は私の思い描くイメージ、記憶までは読めない……?
心の中で思考するように……それこそ黙読するみたいにああでもないこうでもないと考えたことを読んでる。
水社一心の読心術は、それこそ他人のモノローグを読んでいるだけなのでは?
「ものろ……? ものろ? なんだ、お前そこまで俺の力を……?」
やっぱり。文字を読むように私の思考を読んでいる。
そういえば女中や遠縁の女の指摘を、機械みたいに読み上げていた。
水社一心は、人間の思考をああいう風に読んでいるのか。
となると、父親に対して温度感を分かってなかったのは、声音みたいな、感情までの心の声は分からないから。
嘘かどうか分からないみたいなことを言っていたのも、喋ってる言葉と心の中の言葉が違うことは分かれど、正誤の判断は自分で考えてしなきゃいけないから……?
「なんでお前そこまで知ろうとするんだよ俺の能力を」
私の疑問を証明するみたいに、水社一心が問いかけてくる。
知りたいからだ。
「なんで」
目の前の分からないことを放っておきたくない。
水社一心がなんでなんで繰り返すのと同じだ。
「俺が気持ち悪くないのかよ」
お前の気持ち悪さはモラハラだろと心の中で即答した。お前の気持ち悪さを能力に押し付けるな。なんだ俺が気持ち悪くないのかよって。能力じゃない。モラハラが気持ち悪い。心が読める分好意を伝えるのはずるいことをしてるみたいで……という謎こだわりも気持ち悪い。好きなら好きと言え。使えるものは何でも使えばいい。能力がキモいみたいな言い方をしていたがお前の精神性がキモいゆえに能力までキモくしてるにすぎない。お前は……、
「女がお前って言うなよ‼」
論点をずらすな。そういう所だぞバーカ。
「……」
水社一心は口を真一文字に引き結んだ。情緒がキッズ。十二歳だけど。
そして、ここまで口を割らないとなると矢を手に持って突き刺すほうが確実な気がしてきた。追いかけようかなもう。腕疲れるし。でも私が追いかけたいのはお姉様だけなんだよな。何が楽しくてあんなギャン喚きお坊ちゃんを追わなければならないのか。
「追ってなんて誰も頼んでないんだよ‼ お前はじっとしてろ‼ 勝手に動くな」
何が勝手に動くなだ。結婚もしてないのになんで亭主関白されなきゃいけないんだよ。まだ私と結婚するの四年以上先だぞ私に命令するな。
睨み返すと、何でか水社一心は「お前と結婚って」と怪訝な顔をする。
千年桜は恋と咲くについて、私の思考からある程度把握しているとふんでいたが、どうやら分かっていなかったらしい。最初の頃に考えた気もするが、あの時私は焦っていたし、水社一心も動揺していたから、色々ごちゃごちゃになってるのかもしれない。
お前はお姉様が好きな癖にしくじって私に求婚して結婚するんだよバーーーーーーーーーーーカ。
無言で弓で狙いを定めると、水社一心は明らかに動揺した。愚か者め。でもこれで私に求婚してお姉様の気を引こうなんて思うまい。
「……あんまり言いたくないが俺は水社の次期当主だ、結婚関係なく……枯賀とは家格が違うぞ。縁談なんて早々まとまらないし、だから……お前に水社のこともミヤシロ様のことも母上のことも、言う必要はない……‼」
水社一心はざまぁされるバカの例文みたいなことを言う。
「……お前に出来ることなんて、何もない‼ 何かしてもらいたいなんて思ってない‼ 道理もない‼ 関係ない‼」
さらに徹底拒否四連コンボで立ち去って行った。
なんだあの決め台詞ぶった次期当主ってなんだよ。あいつ当主で登場してるし。あんなの原作に無い、なんなんだあいつは。いやでも父親が当主だから水社一心が正しいのか。
でも千年桜は恋と咲くでは、あいつ、水社家次期当主じゃなく、当主として私と結婚してる。
この世界では当主が死ぬと一旦その奥さんが当主代理になる。大体、後を継がせるのは親が50代になって、子が30を超えてから。だから私は記憶を取り戻した当日、自分の父親を殺すことをためらった。遠縁の女が当主代理になったらややこしくなるから。殺すなら一気にしようと。
でも、水社一心は千年桜は恋と咲くの世界だと、四年後の段階で既に当主だ。
父親も母親も、本編開始段階で死んでるのでは。
◆◆◆
『千年桜は恋と咲く』の水社一心が何で構成されているかといえば、イラストレーターと漫画家により恵まれたビジュアルとモラハラである。人によっては「不器用」とか「拗らせ」とか「ツンデレ」と言うけれど、レビューサイトには「モラハラをツンデレと称してありがたがられるの楽でいいですね」という地獄のようなコメントが多数掲載されていた。
ではこの世界の水社一心が何で出来ているかといえば、血と肉と骨である。
それらの元となった母親の姿が、本当にサッパリ見えない。
幼少期の回想では、お姉様、モラハラ予備軍キッズ水社一心、水社当主とその夫人がにっこり、みたいな心が温まる場面があった。存在は確かであるが、水社一心の父親も本人も母親の紹介をしてこない。その後、私がお姉様に『花宵、私ね、一心と結婚するの』と勝ち誇った顔で事故物件こと水社一心と結婚し、水社家をほぼ侵略した描写では、水社一心の父母は消えていたし、水社一心が当主扱いされていた。
この世界では当主が死ぬと一旦その奥さんが当主代理になる。大体、後を継がせるのは親が50代になって、子が30を超えてからだ。そのため私は枯賀家のあのクソ父親を殺すのにぐだぐだしていたわけで。
なのに水社一心は今から四年後、水社の当主になっている。
しかも両親は不慮の事故でとか色々描写されなかったところを見るに、何か事情がある。伏線というか、一番最悪なケースとして死んでる。
ということで私は、水社一心の母親を探すことにした。結構簡単に済むのだ。霊力を辿ればいいから。私は『優秀な妹と比べられ~』とあらすじに書かれていた妹のほうである。お姉様が覚醒する前であれば優秀なのだ。大抵のことは霊力で解決できる。
今までしなかった理由は、霊力を使いたくなかったから。ピンチ以外に使いたくないのだ。枯賀末理は霊力で馬鹿なことばっかりしていたので肝心な時に使えなかった。なるべく温存しておきたい。
そんな大事な霊力を今使う理由は、誰かの命に関わるから。
そして調査方法だが、サンプルは水社一心の霊力と、水社一心の父親。
霊力はスーパー美しい強い強いウーマンのお姉様や、ドラゴニックファイナルクラッシュを放てる皇龍清明様みたいな特殊人種以外、遺伝の影響がとってもビッグ。水社一心の霊力から水社一心の父親由来っぽいものを抜けば、水社一心の母親っぽい霊力になるので、それと似てるのを辿ればいい。
そうして水社母の霊力を屋敷で辿り、母親の部屋が見つかったりして色々調べられたらいいな……と思っていたが、ここで最悪なお報せがある。
母親らしきの霊力は、ものすごく近くで見つかった。
水社家の大きな池の中央に浮かぶ、ミヤシロ様が奉られているらしい祠。その祠から母親の霊力を感じた。




