無から生えてきたお母様
「本当に……ありがとうございます。水社様……この御恩は忘れません。この子の分まで感謝申し上げます」
縁側で何度目か分からない感謝をお姉様が水社一心に伝えている。
水社一心は「べつに」と明後日のほうを見ながら応える。
水社家に居候を始め半月が経過した。生活にも慣れてきたが、お姉様は都度、水社一心に礼を伝えているが、水社一心はいつもそっけない。なんなんだこいつ、気取りやがって。お前年下だろ。甘えろよ。いいよって言え。ハートマークもつけろ。心の中で念じてると「やかましい‼ ハートマークってなんなんだよ」と激が飛んだ。うるさいったらない。ここは縁側から結構離れた庭で腹筋をしているというのに。地獄耳。お姉様も笑っている。私はお姉様を見るときならば視力が30.0になる。私は姉妹愛で済むが水社一心の地獄耳はただの地獄耳だ。怖い。
「おい‼」
罵声が響く。
水社一心の特徴項目、地獄耳だけじゃなくクソバカビッグボイスも追加しなきゃいけない。
庭には蓮の浮かぶ池、竹の音が響くししおどし、大きな池の中心には祠。お姉様に相応しい風情ある景色だというのにそれらを単独ですべて打ち砕くクソバカビッグボイス。
「お前も大概だぞ‼ なんだビッグボイスって‼ 訳の分からないことを‼」
やれやれ。主人公でもないのにやれやれが出てしまう。やれやれ主人公の傍らにはツンデレヒロインがいるものだけど、仮に私が主人公としても傍にいるのはスーパー美しい綺麗綺麗お姉様と──、
「お前美しいも綺麗も同じ意味だろ! 綺麗二回も言う必要ないだろ‼」
喚き散らかしお坊ちゃんしかいない。
「誰が喚き散らかしお坊ちゃんだ!」
逐一うるさいし。
無視しながら腹筋を続ける。
なんでこんなことしてるかと言えば、お姉様をお守りする強さが欲しいから。お姉様の幸せのために私諸共枯賀家を潰そうとしたけど、水社家により計画が変わったので、色々身の振り方を考えなくてはならないのだ。
本来の計画はこうだった。
物語が始まるまでの間、お姉様を父、女中、父の遠縁の正妻気取り女から守り、皇龍清明様との縁談が入るどころか嫁探しを始めた段階でお姉様を産地直送新鮮お野菜宅急便のごとく送り届ける。運命のふたりだから、ある程度輸送経路で問題があっても問題が無いのだ。頭痛が痛いみたいな表現だが。
そもそも「千年桜は恋と咲く」の世界でお姉様を見て惚れない異性愛者独身結婚適齢期男性はいない。男はみんなお姉様が好き。直送で済む。その後、私は頃合いを見て、枯賀諸共自決。
それを父、女中、正妻気取りがあまりにも「ああ」だったので、殺すしかなくなった。霊力が高い人間が弾け飛べば──ようするに私が爆発四散すれば、事件を疑い皇龍清明様が飛んでくるはずなので、お姉様は結果的に皇龍清明様と運命の出会いを果たす算段だったのだ。
それを水社一心およびその父親に助けてもらったことで、若干初期の想定に戻りつつもルート的にはドリフトコースアウト状態で爆走中、少々整える必要が出た。
水社一心はお姉様にモラハラしないのであれば普通にいい旦那なので、お姉様と結婚の可能性もある。まぁお姉様の気持ち次第だが、ここで出てくる問題が、いくつか。
皇龍清明様との運命をどうするか。
皇龍清明様ありきで進む物語の中、皇龍清明様に倒される前提で登場するあやかしの始末だ。
お姉様が大活躍するのも、皇龍清明様がもてはやされるのも、父が霊力至上主義であんな仕上がりだったのも、霊力絡みのことはあやかしが関係している。
あやかしは人を喰う危ない存在だ。対抗手段は霊力。霊力でぶん殴るか霊力を込めた武器でぶん殴るか霊力で出した必殺技で倒すかだ。
ゆえに霊力量が重視されている。それに千年桜は恋と咲くでは物語の進行に伴い強いあやかしが出て、戦いの中で交流が深まる。お姉様はヒロインなのであやかしに襲われやすいし、序盤はまだしも物語後半になってくると、人を守ろうとして危険なあやかしに積極的に向かっていく。
皇龍清明様は、全部倒す。滅茶苦茶強いから。ドラゴニックファイナルクラッシュとネットで勝手に命名されるような、この世界で本人に言ったら確実に打ち首にされるであろう必殺技を持っているし。お姉様はいつか特別な能力を開花させる。あやかしに狙われる。強くならねば。
お姉様の世界に、血も争いも痛みも戦いも、いらない。
「お前、皇龍様になんてそう易々と会えるわけないだろうが」
だというのに水社一心はうるさい。いつのまにかお姉様を置いて私の目の前に立っているし。皇龍清明様に会えないなんて知ってるわ。皇龍清明様は神出鬼没で群れるの大嫌いマン。群れるのが嫌いすぎて神出鬼没を極めている。軍でもどうにもならないようなあやかしが出たときだけ、強者オーラで飛んでいって無言で去る。万物のヒーローものにおいて戦闘場面しか出現しない、日常パートブツ切りのヒーローものがあったなら「ただ戦闘を見せられてるだけ、ドラマがない」と批判されそうだがそれを地で生きているお方なのだ。皇龍清明様にお姉様を引き渡すまでは、私がお姉様をお守りする。そのためには強さが必要だ。
「軍人でもないのに女が戦う必要なんてないだろ」
黙れ~お前はお姉様を守れ~自分に正直になれ~愛してると言え~正直になれ~告白してこい~私に構うな~。
「構うなってお前……お前こそうるさいんだよ。ずーっと訳わかんないこと言って」
心が読めるなら訳分かるだろ。それともあれか? 嘘か疑ってんのか? 何? なんで分かんないんだ。
「思考が読めるだけで嘘かどうかなんて分かんないだろ。しかもお前無口だし」
……?
どういうことだ?
心が読めるだけで無口だと嘘かどうか分からないって。
あ、実際喋ってる言葉と心の中の言葉が違うから、嘘と判断できる……のか?
心が読めるなら人の気持ちもわかるのでは。
「わかるわけないだろ。俺は、父上や母上とは違う。気持ちなんか分からない」
静かな声に顔を上げ、水社一心の顔を見ると、彼は嫌そうな顔で私を見ていた。いつもこの男は私に怪訝な目を向けているが、今の眼差しは質が違うような気がした。
母上。
今までこの屋敷で水社一心の母親と会ったことが無い。全員口に出さないので、なにか事情がある存在だと思っていたが。
「別に、そういうのじゃない」
水社一心は睨んでくる。
「お前は自分のことだけ考えていろ」
拒絶するように言った後、彼は険しい顔で去っていった。
◇
枯賀家ではお姉様を家の人間から守るためベッタリしていたが、水社家では女中含め全員正気。お姉様に優しく接して頂いており、私は感謝してもしきれないので筋トレがてら働いていた。
「いいのかい? こんな物置の掃除なんて……」
水社家の蔵で住み込みの庭師が申し訳なさそうな顔をする。私はゆっくり首を横に振った。
「ありがとうな……実は季節柄、腰がちょっとな。助かったよ。色は分かるかい」
庭師は慎重に訊ねてくる。水社家は全員、私が一言も声を発さないことに気付いている様子だが、直接「どうして喋れないの?」と聞いてきたりしない。出来ることの確認だけしてくる。
私は無言でうなずいた。
「なら、箱全部開けて、青とそれ以外でまとめてくれるか。前の整理の時は腰が痛いからなあなあで終わらせてな。今度は痛くない時にやろうと思ってたんだが、ずっと痛いんだよ。年でな」
庭師は七十歳くらいだ。年頃的に、痛みとどう付き合っていくか考えていく頃だろう。この世界の医学は霊力が伴うことで、設定としてのイメージ時代より発展水準が高く、病の発見も霊力の乱れから感知しやすくなっている。一方で、何かの原因で霊力が乱れ、精神に支障をきたし自死に至る等、霊力により短命となる場合もある。
私は蔵の箱を取り出し、開いては色ごと分けていく。庭に使うものでも、祭具でも何でも落ち着いた色味が多い。
千年桜は恋と咲くの枯賀末理は水社一心と結婚した後、水社家のものについて「地味であるのかないのか分からない」「こんなもの存在する意味あるの?」と言っていた。明暗や彩度で存在価値まで決めるとはくだらない。
それに結婚時に水社一心は「家のことは好きにしろ」と枯賀末理に言ってしまったせいで、枯賀末理は好き勝手し、資産を使い果たす勢いで水社家全域をゴテゴテにした。水社一心はギャーギャー言うわりに地味なものを好むので、寝室なのに落ち着けない……と相当苦しみ後悔し、完全なる今更後悔してももう遅い、いわゆる「もう遅」だった。
しかし本編開始前の今、水社家は詫びさび感じる日本家屋の通りである。
「ミヤシロ様の色だからな、青はある程度汚れても、そのままにしておいてくれ。ミヤシロ様、分かるか?」
分からない。質問の仕方も怖い。他人の家で突然「これはうちの家の色なんだ、うちって分かる?」って聞かれたら普通に困らないのだろうか。私は首を横に振った。
「池の真ん中に祠があるだろ。あそこにいるんだ。日照りが続いたり、大雨が降ったり、水に関することを祈ると、助けてくれる神様を奉ってる」
突然無から生えてきた神様設定。
事前知識が無ければ大きく戸惑っていたことだろうが、私は千年桜は恋と咲くを小説、漫画、両サイドからおさえており、なおかつお姉様の台詞とモノローグは暗唱可能。あとがきと折り返し部分の著者コメントにちょろっと書かれた物語の設定に関しても完全記憶済み。問題はない。千年桜は恋と咲くでは人間とあやかしの他に第三勢力である神様が存在しており、定期的にお姉様に力を貸すし、あやかしに霊力を吸われたりする。神様の霊力は神力と呼ばれているが霊力の神様版という認識で構わない。大体神様関連の物語だとこうだ。
神様があやかし関連で困って何かを起こす。
お姉様が巻き込まれるか神様を助けようとする。
最終的に元凶のあやかしが現れる。
皇龍清明様がお姉様と共に倒す。
ずっとこれ。
ただ、ミヤシロ様は未登場だった。皇龍清明様が手こずるレベルの水に関する強力なあやかしが登場していたので、キャラ被りでリストラされたのだろうか。
「一心様は紺髪だろう。あれは、ミヤシロ様の恩恵を授かった証拠だ。跡取りはみんな、紺髪になる」
確かに水社一心もそうだし、彼の父親も同系統だ。
この世界の人間の髪色は黒髪が多く、前世で言えば人間の体内から作られる色の髪の色がベースだ。黒髪、金髪、茶髪、それらに派生した色の髪色を持つ人間はいるが、青とか赤とか染めないと出ないようなファンタジーめいた色を持つのは神の加護持ちの人間のみ、みたいな設定があった気がする。
まだ見ぬ皇龍清明様は白銀の髪を持つ。神に近い存在というかほぼ龍神であり、喋れるタイプのあやかしからは『白龍』と呼ばれ恐れられている。
私は黒に近い灰色だ。霊力が強いから。お姉様の美しい黒髪を凡人の色と小馬鹿にしていた。愚か者はどちらだ。お姉様の黒髪は食べちゃいたいくらい可愛いのに。今度抜け毛探そうかな。勿体ないし集めて枕にして顔をうずめて眠りたい。そうしたらよく眠れそう。
「一心様は、中でも相当な恩恵があるからな。神女様のこともあるし、ご加護を強く授けてくださっているのだろう」
神女様?
聞きなれぬ言葉に私は手を止め、庭師を見る。しかし庭師は「まぁ、色々あるだろうがな」と含みを持たせながら整理を始めてしまった。




