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6/7

お姉様を傷つける存在なんか全部壊れろ全部焼けろ


 遠縁の女や女中を追求することはしなかった。元々新人女中をいびっていた時だってのらりくらりと交わされていたし、父はいつだって、自分が動かなくて済むほうを選ぶ。つまり黙認したのだ。父は家の長であり枯賀の当主だが、父親としての自覚も能力も0だった。ただの観察者。参加者ですらない。介入は霊力が絡む時だけ。自分の都合が悪くなる瞬間しか動かない。


 私が被害者になれば違うのだろうが、作中「妹はずっと愛されていた」という描写に基づき、私が暴力を振るわれたり暴言を吐かれたことは一度だってない。女中いびりを注意した時の反論も、「気のせいでは」「考えすぎでは」とこちらの受け取り方のせいにするもので、丁寧に証拠集めをして訴えても、十の証拠を用意すれば「つまりこれが気になるんですよね?」と勝手に一つに要約して、程度を軽くする。


 救いは期待できない。物語の中では、妹の態度は嫌がらせレベルに影響したにすぎず、いてもいなくても面々が揃えばお姉様に対する嫌がらせは発生していたのだろう。


 私に嫌がらせをされないというだけで、お姉様に対しての処遇は変わらない。


 どうやっても、人は変わらない。変えようとするほうが愚かだった。ならばもう、手段は一つ。



「えっと……簪を買ってくればいいの? 熊のお尻に噛みつくうさぎの飾りがついた……」


 お姉様は私の筆談をのぞく。文字にも霊力が宿るので温存したかったが致し方ない。


 遠縁の女との一件があった翌日のこと。私はお姉様に買い物を頼んだ。物語の中では妹がお姉様に、滅茶苦茶なお使いを頼みお姉様を困らせ、あえて買えないものを買いに行かせて買ってこれなかったことを罰するなど、買い物嫌がらせエピソードには事欠かない。最終的にそれらの嫌がらせは、皇龍清明様がお姉様に何でも買ってあげたことでカタルシスが発生するが、嫌がらせなんて最初から無いほうがいい。赤雫の簪も、多分最初からないものだろうけど。


 お姉様が好きな私が、何故ないものを頼むか。


 それはお姉様の困ったお顔を見たいからとか、買い物に行かせるふりをして巧妙に攫ってしまうとか、そういう理由ではない。


「じゃあ、行ってきます……」


 お姉様は以前渡した草履で町に出発した。その姿を見送ってから、隠し持っていた火打ち石を懐から取り出し、枯賀家の母屋の前に立つ。漫画で詳細に描写されていたが、桧皮葺と呼ばれる重要文化財の神社仏閣であるような屋根に、高い天井の大広間や長い回廊が続く金持ち和風屋敷の標本みたいな家だ。


 良く燃える。


 導火線および、きちんと全部燃えるように準備しているので、火打石ひとつで全焼を期待できる。


 全部木造、中は畳、十二歳の女の子が家に火をつけるなんて誰も思わないから簡単に屋敷諸共火の海に出来るし、近隣の家は水の神様にちなんだ家だから燃えない。ありがたい。これで誰にも迷惑をかけずに忌々しい枯賀一族および呪われた血を引く私を焼却処理できる。


 お姉様を否定する遠縁の女や女中たち。


『出来損ないの無能の分際で‼』

『枯賀を名乗るなんておこがましい』

『お前なんかいなくなってしまえばいいのに』


 暴力だけは許してはならないというが、言葉だって許してはならない。簡単な一言で人の心は壊れる。同時に一言で心を救える場合もあるが、私はそうした言葉を持ってない。


 娘を顧みず霊力だけを見て、作中、お姉様がどんなに頑張っても肯定せず、同じことをした妹だけを褒め、お姉様が傷つけば弱いと断罪するのに、妹のほうが弱ればすぐ守る、何があっても絶対にお姉様の味方にならなかった父親。


 お姉様が味方になってほしかったと言えば、敵味方のような単純な話ではないと言い出し、妹に支援ばかりしていたのに、妹を確実に優遇していたのに、逆境を乗り越えてこそ本物だと、どんな時でも自己保身のために正しさを利用していた愚か者。


 いらない。全部。


『わかって……います』

『生まれてきて、申し訳ございません……』


 そんな、勝手な正しさに押しつぶされそうになってもなお、生きていてくださったお姉様。


 もう全部巻き込んで壊してしまえと誰かを道連れに一線を踏み越えることだってできたのに、それをしなかったお姉様。


 お姉様が生まれてきて良かったと思えるような言葉を、私は持ってない。


 ならば暴力である。私が持つ切り札は、破壊のみ。


お姉様を巻き添えにするわけにはいかないので、お姉様を家から追い出した。私は内々に遺書を準備した。この犯行をお姉様が疑われないようにするための内容だ。


 完全犯罪は自分が助かろうとするから、破綻する。


 自分を犠牲にし誰かを救おうとした瞬間にしか、完全犯罪は成立しない。


 もっと早くこうしておけばよかった。物語が始まるまで私がお姉様の身も心も守り抜き、時が来たら皇龍清明様に速達でお姉様を届けようと思っていたが、全員焼き殺して枯賀家の生き残りとして身元保証するのが一番だ。私が生きのこればどうせ愚か者が私とお姉様を比較し、お姉様を下げる。


 人は愚か。人は期待できない。


 ならばお姉様以外私ごと全員死ね。


「何をしているんだお前は‼」


 ガッと腕を掴まれた。視線を向ければお姉様と同い年くらいの紺髪少年が焦り顔で私の腕を掴んでいる。


 水社一心(みやしろいっしん)だ。千年桜は恋と咲くの主要人物の一人である。


 彼はお姉様の幼馴染で、お姉さまに想いを寄せる当て馬だ。


 水社家という水にまつわる神様を奉る名家の嫡男。お姉様を好く。見る目がある。ツンデレとは到底言えないモラハラクソ野郎という最上級の特級短所さえなければ


「つんでれ? もらはら……?」


 そして前世の私の追想をおそらく読みながら怪訝な顔をする彼は、見ての通り相手の心の内を鮮明に読み取ることが可能だ。


 だからこそ心根の美しいお姉様に恋をする。お姉様は奉公先でも居場所が無かったが、もしかしたらと期待した枯賀家でも居場所がなかった。一人神社の前でしゃがんでいると、水社一心と出会うのだ。


 水社一心はお姉様に惚れる。一目ぼれならぬ心読み惚れで。「なんて心の綺麗な……」と惚れる。当たり前だ。お姉様は心が綺麗。心だけじゃなく顔も少しは惚れただろうがな、お姉様あんな綺麗なんだからと突っかかりたくなるし、「顔は興味ない」と言われればお前はお姉様の顔に興味が持てないのかと胸ぐらをつかむけど、お姉様が心を痛めてしまうのでしない。お姉様は心が綺麗だから。純粋無垢で色事にも疎い。だからこそ無知シチュが映える。どんなに華やかなアフタヌーンティーだってお姉様の無知シチュの映えには叶わない。無知シチュといえばお姉様はお酒に弱く甘酒やお菓子のお酒でも酔ってしまい無知にも関わらず誘惑してしまうという悪酔いをするらしい。エロ酔いじゃんそんなの。


 こうして私のお姉様に関する妄想は美しい風景を描写しているも同然だけど、他人は違う。私の父や遠縁の女、枯賀家の女中など、日々誰を苦しめるか誰の上に立つかを四六時中考えている人間なんてたくさんいる。そうした薄汚い思考を幼少期から浴びていた彼は、人格形成に問題が生じ、基本的に他者を軽蔑するツンデレを装ったモラハラクソ男に最終進化するのだ。


 端的に言えば愛情表現がゴミオブゴミ。


 モラハラの頂点に君臨しており「お前なんかどうせ」「お前はこうだからな」「お前には出来ない」「詫びろ」「償え」 とお姉様を見下し自己肯定感をドリルで掘削する言動を取る。俺様のなり損ない。ツンデレ失敗作。生きた化石。どうせお姉様で妄想してるくせに。そのおしゃべりなお口をお姉様の口づけで塞いだら何も言えなくなるくせに。心を読んでいる分、お姉様の求める言葉を知っているから、それを伝えたらフェアじゃないみたいな謎こだわりを披露するわりに、気持ち悪がられたくないからという理由で自分が心を読めることすら言わぬ男。心読まれることが気持ち悪いわけあるか。一番便利だ。この世界でどれほど相手の気持ちが分からないあまり発生するすれ違いがあると思ってるんだ。誇れバカタレ。作中ではお姉様に嫉妬されたくて私を好きだと言い、お姉様に対して酷い言動をとって、挙句の果てにお姉様に引き止めてほしくて私と結婚すると言い出すほうが六千億倍気持ち悪いのに。


 お姉様は他人の幸せを願える人だからあっさりと身を引き、妹と最悪な婚約生活を送るのだ。そして皇龍清明様とお姉様が仲良くしているところを見てキレ、「お前なんか幸せになれない」(その男と幸せになんかならないで)「絶対に捨てられる(からその時は絶対にその時は俺が何とかする)」 とバカな呪いを吐き、皇龍清明様に「くどい」と成敗される。紆余曲折あったあと、「一回でいい、誰かに抱きしめてもらいたかった」と過去の自分の言動を反省するが、もう遅い。立派なもう遅です。


 一方で妹は姉から水社一心を奪ってやった、選ばれるのはこの私、と優越感に浸る。後々「皇龍清明様のほうがいい!」になるのに。序盤は水社一心のほうもお姉様に嫉妬されたいあまり相当妹を口説くので、妹も調子に乗りに乗りまくるのだ。サーフィンどころではない。スノーモービルで滑走するレベルだ。事故物件回収したとしか言えないのに。事故物件回収係だよこんなクズモラハラクソ男なんか。そして妹が事故物件に気づくのが物語中盤。水社一心がお姉様から貰ったお守りを大切にしていることに気づき、お姉様だけモラハラしつつも裏ではサポートに入っていたこと、お姉様に嫉妬されたくて自分に優しくしていたという湾曲愛情連弾カルテットに気づくのだ。読者のほうは「モラハラがひどすぎて裏で守ってたって言われても全然納得できない」と怒りに打ち震えていたが、妹は自分が全く愛されていなかったことに震えていた。愛されるわけねえだろ水社家で同居してた時に水社一心のお気に入り家具全部どこのフランス王宮ですかみたいな西洋家具に総とっかえしておいて。


「なんだお前、俺について、なんの想像だ……? 予知…… なんなんだお前は⁉」


 そして先ほどから私は一言も発してない。私はこの男に腕を掴まれてから、その腕をじっと見ているだけ。この世界で私の腕を初めて掴んだ人間が、第一位私より男が大切な母親、第二位カスの父、第三位将来クズモラハラと、最悪のトップ3を決めている。最悪だ。私より男が大切な母親が第一位になるのは仕方ないとはいえ、その次はお姉様が良かった。死ぬときお姉様に手を握ってもらいながら死にたかった。もうこの苦しみは一回死んでお姉様の産道を通って世に出る以外に癒えない。救いの妄想をしていると一心は顔を青くした。


「悍ましい……!」


 悍ましいとはなんだこの言いぐさは。人の健気な夢に対してなんなんだよ恵まれクソ坊ちゃんのくせに。てめえとは今まで覚えてきた苦痛の数が違うんだよ。


 ただただ一方的に私の心を読んでいるだけのくせに。そもそも彼は放火犯を注意しているのではなく、無言で自宅を見つめる私に一方的にしゃべりかけている通りすがりの不審者だ。私はただ無言で自宅を眺めているだけに過ぎない。火打石を握りながら。


「なにしてるんだ。その子の手を放しなさい」


 膠着状態を続ける私と水社一心に、大人の男性が声をかけてきた。水社一心の父親だ。水社一心の両親は作中の良心枠だが、心の声を聞く能力がない。父親は感情を色として見る力、母親は感情を匂いで嗅ぎ取る力があり、水社一心ほど分かりやすい力じゃないのだ。息子のモラハラにも気づかないし、水社一心も父親に限らず第三者の前ではややぶっきらぼうな優等生を気取り、お姉様と二人きりの時だけモラハラをするという典型的な生態をしている。だからか水社一心の父親は息子の心象がねじくれていることに気づかない。というか性善説の体現みたいな人であり作中で善性を持つ数少ない人物なので、疑うことを知らないしお姉様が水社一心と会った後、暗くなっていても、「なにかあったのだろうか、でも子ども同士のことに大人が介入していいのだろうか」と悩み、手を出さない。


「父上、この娘がおかしなことを考えているのです」


 お前だって相当おかしいだろと心の中で突っ込んでいると、水社一心の父親が「お前が腕を強く掴んでいるから怒ってるんだろう」と軽く水社一心をいなした。ざまあみろバーカ。腕を掴んでるの水社一心だから。れっきとした暴力事件だからな。


「父上、でも……」

「一心」


 水社一心はしぶしぶ私から手をはなし、彼の父親は「ごめんね」と申し訳なさそうにして私の前でしゃがむ。私は無言で首を横に振った。


 水社一心の父親は私をじっと見ている。


 感情の色を確認しているのだろう。私が怖がっているか、痛がっているか、喋らないことを不思議に思っているのか、どれかだ。枯賀家と異なり水社一族は正気である。喋れない子供に気づくのも早いはずだ。水社一心に怯えて喋らないと誤解されたら申し訳ない。


 でもさっさとこの親子にはいなくなってもらわないとお姉様をいないもの扱いする父とお姉様を虐待するクソ女こと父の連れの女を殺せない。お姉様が生きててごめんなさいと謝るようなこんな家はいらない。全て灰にする。消す。


「あ」


 水社一心が私を見て驚いた顔をした。まずい、全部読まれた。こいつの家は水に関するハウスで、火事も一瞬のうちに水でバッ‼ 消火‼ をしてくるからこそ私の家は大炎上、近隣の家は迷惑をかけずに済むと踏んだが、邪魔される。もういいやこのまま包丁で両親ともども女中も刺してきちゃおう。人間なんか刺せば死ぬんだから。


「待て‼」


 水社一心は私の腕を掴む。


「一心‼」


 水社一心の父親が怒った。


 私は強く振りほどこうとするが、水社一心は離さない。水社一心の父親は「何してるんだ‼」と水社一心を止めようとするが、水社一心が叫び出した‼

「こいつ‼ 虐待されてる‼」

「え」

「こいつ‼ 虐待されて家に火をつけようとしてる‼ こいつの姉もだ‼ 死のうとしてる‼」


 水社一心に絶叫された。フードコートでも聞いたことのないような地獄デシベルの大絶叫。彼の父親はものすごい勢いで私を見た。


「どういうことだ一心‼」


 水社一心はお姉様と出会い、お姉様が妹から扇子で叩かれたり食事を抜かれたりしているのを知りながら黙って見捨てていたくせに一体何が起きてるんだ。こんな声量出せるなら最初からやってろよ。見捨ててたくせに。助けなかったくせに。私は違う。私はお姉様を助ける。


「そんなことは知らない‼」


 水社一心が言い返してくるけど私は一言も喋ってない。水社一心の父親が直近で喋ったのは「どういうことだ⁉」だ。私は無言。次に言葉を発したのが「そんなことは知らない」と言い返してるのだ。会話のキャッチボールどころではない。暴投パニックもいいところだ。観客にデッドボールしてる。


「お前は助けてほしいんだろ!」


 水社一心が私の腕を握りしめる。普通に痛い。


 助けてなんて言って助けてくれる世界なら最初からそうしてる。


 誰も助けてくれない。自分でなんとかするしかない。


 だから自分でなんとかしようとしてるのに何で邪魔をするんだ。この男は。腕を掴む力はどんどん強くなっていく。私はさっさと殺しに行きたいのだ。


「違うだろ! 言え!」

「……」

「言え! 絶対に助けてやるから‼」


 あまりにも腕が潰されそうなので私は叫んだ。


「助けて‼」



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連載版嬉しいです! 主人公と一心くんのケンカップルな関係が大好きでしたので、 一心くんの登場待ちわびてました。 口?の悪い末理ちゃんが大好きなので、これからキレのある活躍を長く読めるかと思うととても…
連載開始嬉しいです 一心と末理の絡み楽しい!
こんなカスみたいな環境で育った少女がまともな(身内諸共滅ぶ)判断をするには転生者って前提が必要なの酷すぎない??
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