声なき疎通
「見合いの時、輝宮寺と一緒におったんは親やないんですか」
輝宮寺の屋敷を後にして真原さんが富山局長に訊ねる。すると富山局長は「そこ微妙なんだよね」と苦い顔をした。
「一緒にいませんなんて言ってもさ、はいそうですかで信じちゃいけないのが調査だし……っていかお見合いに同席するとしたら両親だからさ、で、結局なにも出なかったってわけだけど……っていうか枯賀さんさ、どこ行こうとしてる?」
無言で歩く私に対して、富山局長が突っ込む。私は無言で地図を取り出し、役所の位置を示したあと、自分の顔を指でぐるりと示す。
富山局長が思案顔の果てに、あっと声を上げた。
「……ああ、役所なら輝宮寺夫妻の顔が分かるか」
私は微笑む。
言葉ない意思疎通に、限界を覚えながら。
役所で確認した結果、さっき屋敷で会ったのは輝宮寺夫妻で間違いなかった。つまり見合いで輝宮寺啓介についていた二人組の男女は、輝宮寺啓介の実の両親ではない。
私は意を決して、携帯していた筆と半紙を取り出した。
言霊には霊力が宿るという。私の持つ切り札は、しかるべき時の為に温存しておきたい。こうして文字を紡ぐことは、その力の消費に繋がりかねない。
でも。
見てみないふりをしたままでいいとも思えない。
『キグウジフサイ ミアイ カオチガウ ニセモノ キグウジ アヤカシ ナリスマシ ウタガイ ミアイ ノ ミセ』
そうして私は見合いの場所を書き記した。
「輝宮寺が見合いの時点であやかしに成りすましされとんのやったら、とんだ汚名やろ」
真原さんが顔を強張らせた。福野さんが「既に殺されてて、捕まった後、あやかしが遺体置いて去った可能性もありますね。そうなると、あやかしはかなり巧妙で……猫又より強力だ」と、いつになく真面目な調子で続けた。
「……絶対、見つけよう」
富山局長がどこか力を籠めて頷く。
輝宮寺はお姉様にべたべた触った不快な男だが……もし野狐禅に汚名を着せられた被害者ならば、その汚名を晴らさなくてはならない。
私たちは列車に乗って、お姉様との見合いがあった高級料亭に向かった。
女将の案内のもと、輝宮寺と一緒にいた二人に心当たりがないか質問すれば、仲居はあっさりと当日輝宮寺が連れていたのが輝宮寺夫妻ではないと認めた。
「輝宮寺家の当主様と御夫人は、啓介様とお店にいらっしゃることは殆どございませんので……」
通された茶室で女将は視線を落とした。
「上と下で、区別つけとる言うことですか?」
真原さんが目を細める。
「まぁ。啓介様はお取引のある関係者様とお見えになられて、当主夫妻は……啓介様以外のお子さんの何かのお祝いであったりとか、そういうことが多かったように思います……」
「多いも何も全部っすよ全部‼」
女将の言葉を後押しするように、スパンと障子が開いた。板前だ。
「とんだ失礼を」と女将はこちらに謝罪するが、板前は勝手に部屋に乗り込んできて、「他の四人の誕生日はうちの店で祝って、啓介様の誕生日は絶対祝わない徹底ぶり‼」と声を荒げた。
板前は以前、お姉様のお見合いで張り込みをしたとき、私が軍の人間だと身振り手振りで伝えた結果、水社一心経由で非日常にはしゃいでいると聞いていたが、感情的なタイプらしい。
兄弟で一人だけ祝いを外す。心理状態は枯賀の父親と同じだろうか。
枯賀の父親の内情は、特典SSで読んだ。
私だけ祝って、お姉様だけ祝わない理由。
意地悪とか、お姉様が苦しむ姿を見たいからではなかった。
本気で、必要性を感じていなかった。
私を祝えば、精進に繋がる。
でもお姉様に投資しても、価値も意味もない。将来に繋がらない。だから祝わなかった。
お姉様にとって枯賀の父親はあれでも、あんなでも父親だが、枯賀の父親にとってお姉様の存在は薄く、優先度も低く、そもそも思い入れが無かった。
将来的に返ってこないものに何かを捧げて何になる?
それが枯賀の父親の率直な感情だった。
お姉様が傷つくことにも、傷ついているんだろうなと認識は出来ても心が動くことはない。何とかしなきゃとも思わない。自分の感情の管理は自分でするものと思い、お姉様が自分を責め祝われるような人間になろうと努めても、その努力を見ない。
「うちは、祝いましたよ‼ 啓介様のお祝い‼」
板前が宣言する。
「なら、啓介さんが見合いした時連れて来はった夫妻、どなたかご存知で?」
「もちろん、もちろん、知ってます。うちから三軒先の印刷屋です。元は金まわりがちょいと厳しくてねえ。啓介様が融資してっていう金の繋がりでしたけどね、本当の親子みたいで、啓介さんの誕生日も知ってるくらいだから」
板前ははにかむ。
なら料亭の女将たちは、輝宮寺が自分の両親を連れてきていないことを知っていたのか……。
「……啓介さん、あやかしとの、結託があったことは……ご存じで?」
富山局長が慎重に訊ねた。「それはもう勿論」と板前は微笑む。
「見合い相手を、攫おうとしたなんて、ありえないです。絶対ねえ、あやかしが啓介様に化けたんですよ。そんなわけねえっす。そんなわけがない。派手な人ですけど、女遊びなんて全然できない人ですし、俺のほうがすごかったんすから‼ だから……ありえない」
板前は徐々に調子を落とした。そして当初の女将のように視線を落とす。
三軒先の印刷屋。そこに──輝宮寺が野狐禅であったかの手がかりがあるかもしれない。
「……啓介様は、あやかしと結託があったのですか」
旅館を後にしようとすれば、見送りにやってきた女将が訊ねてきた。真原さんが「調べてますけどねえ」と言葉を濁す。
「……うちのはああ言いましたけど……正直、私は、そうは思えない」
女将はわずかに身体を揺らした。うちの、というのは板前のことだろう。
「え……?」
「だってほら……普通の人だって、こう、ね、税をちょろまかしたりとか、するでしょう? 魔が差すって言うんだか……うちはほら、色んな方のお相手をしますから……お客様のお話も聞きますし……魔が差すっていうんですか? 色々あると思ってるんです」
「色々とは」
「なんか、止めるって言うんですかね。啓介様、周りに人はいらっしゃいましたけど……ご両親のこともありますし、どうしても埋まらないものみたいなものは、あったんじゃないかって、だから……万が一も、あるのかなぁって」
女将は遠くを見つめる。「うちの息子ね、あやかしのせいで……もう向こうにいるから」と、顔を上げた。
「一斉に出てくる時期があるでしょう。私だけじゃないですけどね」
女将の言う通り、あやかしは常日頃人間を狙っているけど、たまにドッと現れる時がある。輝宮寺の屋敷のときみたいに、それこそ小型が何体ものパターンもあれば、大型がドカンもある。あやかしは消えない。ずっと……戦いは続いていく。
「あやかしが憎いですけど、息子が帰ってくるなら、私はあやかしに自分を売るかもしれない。啓介様が女性を攫うなんて思えないですけど、なにか別のことで、あやかしと取引することになって、女性を攫えと言われたなら……って」
女将の言葉に、誰も同意しなかった。
あやかしとの結託は、たとえ大切な人を失っていたとしても、次の犠牲者を増やすのと同じことだ。
同時に、異論を唱えることもなかった。
女将の言葉は宣言ではない。
感情の吐露だ。
だって、早々人は強くなれない。鍛錬だってそう簡単にうまくいかないのだ。見えない心のテストなんて出来っこないし、人の心は分からない。
あやかしは人を喰う。
皇龍清明様が絶対扱いを受けるのも、あやかしがそれだけ人を食い殺す、人間の脅威になるからだ。だからこそ軍があって、組織運営がされているし、霊力や異能の有無を理由に、人は人を差別する。
あやかしが大量に発生でもすれば、多くの人死ぬ。
そういうシナリオも当然あるというか、皇龍清明様と政略結婚して、想いが通じ合い始めたお姉様が大活躍して、枯賀末理らお姉様を傷つけた人間たちがざまぁされるという流れが、千年桜は恋と咲くの第一巻の、起承転結の結にあたるから。
ちなみに漫画だと少し伸びて4巻に該当する。それまで水社一心のざまぁを待望する声で1巻3巻のレビューは埋まっており、そうじゃないレビューは「みんな美形で眼福です、ただやっぱり幼馴染君は……」みたいな、水社一心の名前を覚えてないし、基本イケメンなら何でもいいけどそれでも耐えられない読者の苦痛が記されていた。
この世界の敵はあやかしだ。
ただ、千年桜は恋と咲くの敵は、間違いなく枯賀末理とその両親、水社一心だろう。
とはいえ現在、水社一心はギリギリ……言葉のキツい……付き纏いじみた……湿ってる……だめだこのままだと救いようがない。顔は女性人気が高そうで、金持ちで、少尉で、異能もあって、霊力もミヤシロ様によりブーストのかかった、浮気、賭け事はしそうもない、お姉様に一途なお坊ちゃんだ。
まぁ、心が読めるので他人より自分は有利になっているために自分の能力は悪用しないというこだわりでコミュニケーションに難を抱えているが。
まぁ、真面目さゆえだろうし。
……何も知らない、それどころか私の心の内を読んでなお、こちらと関わろうとした人間だ。
誰かを、助けようと手を伸ばす人。
お姉様みたいに。
だから、水社一心は、死んでいい人間じゃないはずだ。
それがたとえシナリオで決まっていた、正解だとしても。




