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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第五章 お姉様を狙っていた見合い相手
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富山局長の謝罪

「突然屋敷に届けもんあって、開けたらあやかしが噴き出て、二階に逃げた……なるほどぉ」


 あれから客間に案内され、輝宮寺当主と夫人を名乗る男女に話を聞くことになった。


 名乗る……というのは、お姉様と輝宮寺の見合いにいたとき傍にいた男女と、顔が違うのだ。なんだこの二人と思えど富山局長は輝宮寺夫妻として扱っているので、一応、斬らずにいる。刀もさっきあやかしが出たときは反応してた割に、今は微動だにしないし。


「発送先に心当たりは……」


 富山局長が慎重に問う。輝宮寺夫妻は顔を見合わせ、輝宮寺当主は先に顔を歪めた。


「啓介でしょう」


 啓介というのはお姉様に見合いを申し込んだ輝宮寺啓介のフルネームだ。ようするに二人の息子。なのに、普通の御家庭が子供を呼ぶような感じじゃなかった。


 枯賀の父親とか、女中とか正妻気取りがお姉様について語るときと同じ。


「金勘定しかできないろくでなしのせがれです。あいつはろくに霊力も無く、異能もなく、軍に入ることも出来ないで、勝手に商売のあれこれ手出して、男の風上にも置けないやつでしたから」


 輝宮寺夫妻の言い分に、手のひらを握りしめる。枯賀と似たような価値観だ。枯賀家は現在、縁ある西の村で暮らしている。実家に戻された形だ。今まで私やお姉様の住んでいた屋敷は元々枯賀の持っていた土地ではない。戦国武将とかがいた時代に枯賀がちょろっと武功を立てて、どさくさに紛れて都入りしドヤ顔貴族をしていたわけである。


「霊力?」


 富山局長の瞳がスッと冷えた。


「うちは五人兄弟で全員男なんです。元々血筋的に軍に入るくらいの腕っぷしはあって、ああ、後の四人は地域部に勤めてるんですが、あいつだけ年も離れたせいか、弱く生まれてね。軍にも入れず、計算まわりだけさせようとしてたら、うちと取引してる商売屋にそそのかされてね、舶来品の仕入れ初めて」


 輝宮寺当主は吐き捨てるように話す。


「でも結構儲かってはったって」


 真原さんがおそるおそる話を掘り下げた。輝宮寺当主は「確かにねぇ物珍しさで黒にはなってた」と吐き捨てる。黒というのは黒字化のことだろう。収益が出ていたということだ。


「ただねえ、舶来品で儲けたところでよその国に金入れるのと変わらない。あやかしのこともありますけど、海の向こうの奴らが何考えてるかなんか分かったもんじゃない」


 この世界は明治大正をモチーフとした架空の国となっている。海の向こうの国ではドラゴンが飛んでいたり、その分発展していたりするので、警戒心も強いのだろう。西洋風の軍もあるし、海外の軍人は霊力を魔力と呼び異能をスキルと言い換える。何故私が知っているかと言えば、話が進んでいけば、お姉様に恋する海外のキャラが出てくるから。千年桜は恋と咲くはシリアス調の物語だが、コミカライズの広告は「個性派ぞろいのイケメン能力者に愛されちゃう」というキャッチコピーだった。広告ならば皇龍清明様をイケメン能力者と軽く割愛できる。皇龍清明様の三百年の苦悩を知っていればそんな簡単にいえないが、広告はパッと見の理解度が肝心。そしてパッと見で人は区別するし、その区別を変えない。


 輝宮寺も一緒だ。まさかあの男がこんな家で暮らしていたとは。


 悪いことをした。輝宮寺の振る舞いは家の問題を感じさせないものだった。いや、あやかしと結託している時点で悪だが恵まれてそうと一方的に断定していた。


 経済には恵まれているだろうが、こうして自分の事業を親に責められるのは恵まれた生い立ちとはまた違う。


「交友関係とかはないんですか、輝宮寺家言うたら、当主様の紹介で人脈も広がるでしょう」


 輝宮寺夫妻が息子をなじる中、真原さんは構わず訊ねる。


「全然、よそなんか出せませんよ。私なんかは二十五まで軍にちゃんと入って務め果たしてましたからね。輝宮寺はそもそも、そういう家です。商売だけじゃない。それで世間様に顔立ててる。啓介以外は、みんな務め果たして私が引退したら軍もやめて継がせる気なので」


 商人は人と関わる仕事だ。自分から率先して人の輪に飛び込み、商品を売る。商品を買う場所を探す。自営業ならば私生活でも交流に力を入れている人間が多い。


 でも輝宮寺の交友関係は薄かった。なんとなく分かる。枯賀もそうだ。


 枯賀家は私を前に出しお姉様を下げていた。小説の中ではモラハラクソゴミカスのほうの水社一心が傍にいたが、今の私がお姉様と出会って水社家に入る前、いわゆる家族での外出──家族とすら呼びたくないので血縁外出のとき、私はお姉様を離さないという手段で行動を共にしていたけど、枯賀の父親は他人に対し私だけを紹介していたし、お姉様を紹介しなかった。大抵ゴミはゴミとしかつるまないので、「素敵大和なでしこはだあれ」とお姉様に声をかけず見なかったことにする。


 輝宮寺もお姉様のように見なかったことにされたのかもしれない。


「はぁ、なら、啓介さんが友達連れてきはったりは?」


 真原さんは果敢に追及する。


 仕事だから聞いているのだろうが、それにしても声が冷たい。


「全然、啓介は相手にならないから。軍の話も出来ないし、情勢の話も通じない。異国の品物のことばかりで……」


「なら、異国以外の話は? 国の中でも商売してはったでしょう? ずっと海外におったわけでもないですよね?」


「……ああ、西のほうへ貿易に行ってから、水社にいる娘さんと見合いしたいなんて言い出してね」


「西……」


 水社にいる娘との見合い。


 お姉様のことだ。


 輝宮寺家と私は顔見知りではない。ただ奇妙なのは、私は見合い現場を荒らしかねないので自主的に遠くにいた。輝宮寺家は私が水社の関係者だと確認していないので私を認識していなかっただろうけど、私のほうも……輝宮寺夫妻を知らなかった。


 輝宮寺啓介に付き添っていたのは、別の男女だった。


「突然、西の貿易から返ってきたと思ったら、水社にいる娘さんと見合いをと言い出して……」


「で、見合いの時に、あやかし……ですよね。その時、どうしはったんですか」


「どうもなにも行ってないんですよ。突然縁談なんて持ってきて……相手は水社家ですよ。霊力も高い。神を奉る家だ。娘さんは訳アリのような話を聞きましたけど、どんな訳アリであろうと相手は水社家なんですから。啓介なんて相手にされるわけないじゃないですか。恥をかくだけだ。許さないって言ったら──勝手に進めていて、見合いまでやっていたと分かったのは、そちらから連絡が来た後ですよ」


 はぁ、と大きく輝宮寺当主はため息を吐いた。


 つまり……あの時見合いの場にいた輝宮寺啓介の関係者は、あやかしか、もしくは輝宮寺が用意した傀儡か何かだった可能性があり──なおかつ輝宮寺啓介だけではなく、感情が視えたり嗅げる水社夫妻の異能をかいくぐったということだ。


 野狐禅が、輝宮寺に擬態していた?


 野狐禅は他のあやかしの顔を人間に作り替えることはできない。輝宮寺になりすまし、適当に人間を雇ったと考えれば辻褄があう。なら野狐禅に協力した……『見合いにいた輝宮寺夫妻』はどこに行った?


「軍で捕縛なんてされて……務めを果たしてる上の子たちの顔も潰して……こんなことになるなら産まなければよかった」


 輝宮寺夫人が吐き捨てるように言った。瞬間的に、右手をぐっと握りしめる。


「それは、だめだ」


 富山局長が呟いた。


 しん、と、その一言だけで周囲が静まり返った。


「それは、いけません」


 富山局長は、自分を落ち着けるように繰り返した。


 怒鳴りつけるでもなく、口を引き結ぶような、なんとか場を和ます笑みを浮かべるような複雑な表情だった。


「霊力がないのは、正直、大きなことだと思います。啓介さんは異能がない。その中で色んな声があったと思います。育てていく中で、大変な思いも、されてきたことでしょう。子供を育てることは、本当に大変だ。僕は産みの痛みを知らないが、それでも……」


 富山局長は言葉を選びながらも、輝宮寺夫妻にしっかりと視線を合わせる。


「そうした中で、お子さんを見ていて、生まれてきた考えもあるでしょうが、異能がなくても霊力が乏しくてもあなた方の子供であることに変わりはないでしょう」


 そして、祈るように話を続ける。


「啓介さんは人を傷つけました。あやかしと通じた。許されないことです。でも親のあなたが、産むんじゃなかったなんて言っちゃいけない。啓介さんは生まれる前から、人を傷つけることが決まっていたわけじゃない」


「なんですか⁉ それじゃあ、啓介がああなったのは私の育て方のせいって言いたいんですか⁉」


「そんな話はしてないッ!」


 富山局長は自分のことのように怒った。


「人を傷つけたとき親が怒らなければ、それはいけないことだと学べない。でも生きていれば親に言われなくても気付く。親の育て方が悪ければ人を傷つけるようになるなんて短絡的だ。親に殴られて、とても育ちがいいとは言えない場所で育って、辛い境遇でその一線を越えずにいる人間はいくらでもいる。誰かのために生きようとする人間だって、沢山いる。相当な苦しみの果てに獲得したものでしょうが」


 富山局長は、拳を握りしめたまま、それでいてなんとか自分自身を落ち着けながらも話す。


「その一方で、愛情を一心に受けて、人を傷つけることは間違いだと育った人間だって、道を誤ります。お金がない、だから他人の物を盗んでしまおうとする人間は、貧しくなければ盗みなんてしなかったかもしれない。そうやって、結局のところ一線を越える人間がどこで道を誤ったか、育て方が悪かったのか、誰にも分からない。本人ですら分からない。だから法律がある。人の罪を裁くために。でも生まれてよかったか悪かったかを判断する権利は、誰にも無いんです。親であるあなたにも。親にあるのは……子供がどんなに間違っても、共感できない罪を犯しても、味方をする権利だけなんです……!」


 局長は声を震わせ、「だから」と続ける。


「だから産むんじゃなかったなんて、どんなにお子さんが憎くても、死んで辛くてどうしようもなくなったとしても、言っちゃいけない……世間の目もある。ほかの御子息のこともありますが、それでもです。啓介さんも貴方たちの子であることは確かだ」


 富山局長の目は赤くなっていた。そして少し息を吐き「すみません」と視線を落とす。


「あやかしの襲撃もありましたから、今夜は地域部で保護となります。配送物の調査も啓介さんの件と並行して行います。また、ご協力をお願いすることになると思いますので、その時はよろしくお願いします」


 富山局長は頭を下げる。私もそれに倣い、頭を下げた。






 増援と輝宮寺家の護衛に入った地域部に引き継ぎをして屋敷を出ると富山局長がこちらを見た。


「ごめんね、枯賀さん」


 何のことかと言葉を待てば、富山局長は「お姉さん」と続ける。


「輝宮寺に襲われたのに、あんまりいい話じゃなかったでしょう、別にその、被害を、無かったことにするわけじゃないんだけど、いや、無かったことにしてる言い方かぁ……これじゃ、君に理解を、強いているね……」


 どうやら富山局長は私に気を遣っているらしい。目に見えて落ち込み、頭を抱えていた。どうしたらいいか分からないけれど、それでもなんとかこちらのことを考え模索していることだけは伝わってくる。


 確かに輝宮寺はお姉様を襲った。お姉様を襲った人間は死刑である。


 でもさっきの言葉の中にあった、辛い境遇でその一線を越えずにいる人間の話は、お姉様が該当する。


 お姉様は、辛い境遇の中で、人を傷つけたりやり返すことに抗い続けた。


 人を傷つけないということを、お姉様は徹底していた。私は必要なら手を汚すし傷つけるし、お姉様の敵は全員殺すけど、それでも、お姉様みたいに誰も傷つけないように努めている人を見ると、少しは誰かを信じてみたり、生きていればなんとかなるような気もしてくる。


 まだ、打ち手があるような、手遅れなことも間に合うんじゃないかなと、期待が持てる。


 だから、別に傷ついていない。それにお姉様が聞いても悪くは思わないだろう。お姉様は罪を憎んで人を憎まない。


 それに。


 そういう大人がいて、良かったと思った。


 ──親にあるのは……子供がどんなに間違っても、守って、味方をする権利だけなんです……!


 きれいごとだし、理想論に近いし、じゃあ犯罪者の親が犯罪者になった子供の味方するのはどうなのかと思うけど。多分局長は自分の子供が間違っていたり犯罪者になったら、子供は悪いことしてないって言うんじゃなくて、一緒に償うという意味だろうし。今まで働いてきただけの判断だから、実際は、めちゃめちゃあやかしに加担するかもしれないけど。


 ただ、そういう考えの人間の下で育ってみたかったなと、ちょっとだけ会ったこともない富山局長の娘さんが、羨ましくなった。


 そうしたら私も少し、まともでいられたのかな。


「……ん?」


 富山局長を見ていると、申し訳なさそうにしていた局長の目が少しだけ穏やかに、なにかを悟るように揺れる。


 私の心の中が読めない。


 何も言わないので伝わらない。


 伝える気もないし、そもそも私のことなんて気にしなくていい。


 だけど私が、富山局長を悪く思っていないことは通じてほしいと、少し祈る。



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― 新着の感想 ―
ぇええーっ末理ちゃんっっ お姉様意外に心動かされて誰かを羨ましいと思うの、初めて……?
輝宮寺苦労してたんだな…そういえば野狐禅が擬態してたならお手ねっちょりは野狐禅です…? 局長〜〜!!!良いな…本当に良い人だ…好き。「でも生きていれば親に言われなくても気付く。」「辛い境遇でその一線を…
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