輝宮寺家の騒乱 中編
「……ッ」
福野さんが無言で目を輝かせた。真原さんが「この間の猪みたいなん出して潰したらどうします。確実に賠償金とか吹っ掛けられるでしょ」と警戒する。
刀がヴヴ……とスマホのバイブレーションみたいに震えた。私が引き抜くと同時に、ドンッと屋敷から量産型あやかしがあふれ出した。死にゲーの敵にいそうな二足歩行組と、グロテスク鯉のぼりみたいな飛行型の二種類がそれぞれ五体ずつ。勘弁してほしい。二足歩行のほうは「敵がかっこいい」という読者、「怖い」という読者で賛否両論真っ二つで、見ている分にはいいが相手をするのは面倒だ。
私はすぐに群れに飛び込み、刀で切り裂いていく。
「福野ォ‼」
「はい」
真原さんの掛け声に、福野さんが応えあやかしの群れに強力な光を一斉照射した。
「こういう驚かせ登場みたいなんいっちゃん嫌いやわぁ」
真原さんはすぐに銃を構え、福野さんの光から逃れたあやかしを撃つ。
「枯賀さんあんまり前に出ないようにね」
そして富山局長は御符を使い、私が斬り損ねたあやかしに雷撃を放つ。倒すには至らないが動きを封じる威力はあり、ひるんだあやかしを両断した。
「あの」
「なんや福野」
「人間がいる」
福野さんが二階の窓を指す。真原さんがすぐに「せめて民間人」と注意するが、福野さんが指す方向には、確かにそこにはこちらの様子を伺い、なおかつ争うような五十代男女の姿があった。富裕層っぽいが輝宮寺家の見合いにいた輝宮寺啓介の付き添いと違う。
「あれ何? あやかし寄こしに来とんの? それともあやかしから逃げた結果があっこ?」
「分かんないです人間のことなんか」
福野さんが即答した。真原さんは「僕お前の気持ちが一番分からんわ」と応え、福野さんはションボリしつつもあやかしに光を照射し、私はひるんだあやかしを切り裂いた。
すると戦闘中にも関わらず福野さんが私をじっと見ている。
なにかの指示かと待機すれば──、
「枯賀さんが福野くん庇ってって」
富山局長が適当を言う。水社一心みたいなことしないでほしいと顔を見るが、どうやら本気で勘違いしているらしい。さっき福野さんが照らしたあやかしを倒したからだろうか。ずっと思っていたけど水社一心の虚言癖のせいで管理局の人々からとんでもない誤解をされている気がしてならない。
「ありがとうございます」
福野さんは真顔でお礼を言う。勘弁してほしい。さっき人間の気持ちなんて分からないって言ってたんだから私に感謝しないでほしい。私は何も言ってないし、あやかしを斬っただけだし、福野さんのために何かをした記憶はない。本当にずっと無い。
思えば水社一心はお盆明け、「これ帰省土産です」と、あたかも私が管理局に持ってきたかのように土産を置いて行った。
え、あらゆる誤解全部あいつのせいでは?
私はお姉様の為に生きている。お姉様以外の人間のピンチに駆け付けられるかはランダムだ。ゆえに深い交友関係を作らないようにしている。いざとなって助けてくれないみたいなことを思わせたくないから。
だから職場配布帰省土産も「お世話になってるけどビジネス的に無味乾燥の人間関係を……」と考えていたのに、屯所に戻る道中、水社一心が「こっちとこっちどっちが良いと思う」というてめえが選べとしか答えようがない駅前名物手土産の二択を決めさせられ勝手に管理局に置いた。挙句の果てには「一生懸命選んでましたよ」という虚言付き。
それに帰省中、水社パパに「軍はどう?」と聞かれ笑みで返しただけのことを、水社一心は「帰省中、管理局の話を嬉しそうに報告してました」と大誇張していた。一を十で言う奴も問題だが水社一心の場合、無から千を錬成するので始末に負えない。
どうすんだ。交流みたいになってるじゃん。私はお姉様にすべてを捧げる身の上だからこの中の誰かの命が危うくなっても、差し出せないんですけど。
「一応、敵意があるか判断つかないってことで……偵察しようか、前のね、刀のこともあったし」
刀のことというのは私の霊力吸収お姉様無礼刀のことだ。シナリオでは偵察を欠いたことで管理局の三人は死んでいるので、危機意識があることは嬉しい。ずっと警戒していてほしい。私ごと。こっちだって何かあったらすぐ助けられるわけじゃないから。
富山局長は懐から式神用の紙札を取り出した。そのまま宙に飛ばすと、光の輪が回転していく。
「ひーん」
光の輪からバスケットボールサイズの和風配色ゆめかわ系ユニコーンぬいぐるみが現れた。羽が生えているが翼という感じはなく、綿を集めた感じで飛行能力が一切期待できない。それに「ひーん」と鳴いているけれど、半目でうとうとしているし。
「ンァアアアアアアアアアアアアアアア‼ あははははははははははははは‼ 大当たりいいいいッ」
そして福野さんが絶叫した。絶対こうなると思った。ユニコーンぬいぐるみ、足短いもん
「ウワァ……おうまチャ……あんよ、なんでそれしかないの? ぽよーん、ぽよーんカワイカワイ……オオ、ゲロ吐きそうッ……カワイッお腹痛くなってきた……アー……ワアアアア足短いッアアアアアアアアア……ウッゲロ吐きそう……かわいいッ絶対足おそーいかわいー絶対足遅いねぇ‼ どうすんのォ?」
「お前、吐きそうて、弁当、なんか当たったんちゃうか」
真原さんはポケットから紙袋を取り出し渡そうとするが福野さんは手で会釈しつつ断る。
ただ、視線はずっとユニコーンに向いていた。
「カワイの見てるとギュってするから、カワイ……アァ……あんよ短い……あんよ食べちゃいたいねぇあんよおいしそうだねぇ、そんな可愛いとゥゥ食べられちゃうねぇ……うー食べちゃうッ……カワイッカワイッあんよパクッパクッ……ないなーい……あんよないないダァ……」
福野さんは両手を震わせながらユニコーンを見ている。パクッと言うたびに口も動かしていた。
「桜肉やんけ」
真原さんが突っ込むとギロ、と福野さんがものすごい形相で真原さんを睨んだ。
「富山局長」
福野さんが富山局長を呼ぶ。
「え、どういうこと……なんで僕今呼ばれるの? 何、注意しろってこと?」
富山局長の質問に福野さんは力強く頷いた。
「いや、でも、今の、福野くんが食べちゃいたいって言ったからこう……真原くんが乗った感じじゃない?」
焦る富山局長を福野さんはジーッと責めるように見つめた後、すっと私を盾にするように立つ。
今、私参加してる⁉
この謎のやり取りに参加してる⁉
「局長、その馬が発端なんですから、さっさと輝宮寺に寄こしてくださいよ」
「あっお願い」
富山局長は慌てて謎ゆめかわユニコーンに依頼する。ユニコーンは「ひーん」と無害そうに鳴いた後、工場用ドリルみたいな勢いで角を回転させ二階の外壁を突き破り中に突入していった
「おうまちゃああああああん⁉ 危ないよォ‼ アイヨォ……ハッああ、そっち行っちゃだめだよォ、一緒に、一緒にいこ、一緒に、あんよあんよ‼ ウゥン、飛ぶのふわふわだぁ……‼ アアアアア‼」
福野さんが絶叫する。
「怖すぎるやろ」
真原さんが工場用ドリルユニコーンと福野さんどっちに怯えてるか分からない。
「おうまちゃん、おうまちゃん……!」
福野さんは屋敷の中に突入していった。危ないんじゃないかと追おうとすれば、真原さんが「福野ォッ」と増援に向かう。このままと輝宮寺夫妻が窓から逃げようとした場合、対応できない。私は刀の鞘を二階の窓目がけて投擲した。
「枯賀さん何し──」
富山局長が驚くのもつかの間──、
「おうまちゃあああああああああああああああああああああああああん⁉」
物音に反応したらしい福野さんの絶叫が屋敷内から響く。私は富山局長に会釈した後、局長の脇に自分の腕を挿し込んだ。
「えッ何⁉ うわああああああああああああああああああああああああああああああ」
女学校で真原さんと飛んだように、刀と鞘の引力を利用し二階に飛び上がる。問題なく着地すると、富山局長は放心していた。
「……ハッ」
一点を見つめていた局長が目の焦点を合わせる。
「う、動かしてくれてありがとうね……で、でも何かで死んで幽体離脱したのかと怖くなっちゃうから……今度は鞘とかでツンツンしてもらっていいかな、もう、結構な年だからさ、僕」
よほど怖かったのだろう。富山局長は私に怯えている。申し訳ないことをした。
「ひーん」
「ひいいいいいいいっ」
そして、室内ではさっきのゆめかわユニコーンがドリルで五十代くらいの男女を脅していた。多分ここは書斎かなにかのようだが、男女は部屋の四隅に追い詰められている。さっきからドゥルルルル、ギュルルとユニコーンの角が凶悪な音を響き、都度男女が悲鳴をあげていた。あっちもあっちで怖いな。
「おうまちゃん大丈夫⁉」
怖いの増えた。
福野さんが必死な形相で部屋に突入してきた。明らかに室内で大丈夫なものを大丈夫じゃなくしているのは『おうまちゃん』だし、そのおうまちゃんはどちらかといえば歯医者さんの虫歯ドリルが凶悪になって化けて出てきてるとしか思えない音を立てているが、福野さんにとっては守らなければいけないものらしい。
「もう大丈夫だからねッ怖かったねッ俺が守ってあげるッよちよちよちよち、んんんん」
守るべきは関係者だが、福野さんはおうまちゃんを後ろから抱きかかえた。そして男女を見下ろす。
「おうまちゃんをよくも」
「私たち何もしていませんッ」
それは本当にそう。ややあって真原さんが「福野その速さなんやねん」とぜえぜえ息を切らしながら追いついてきた。
「おうまちゃんいじめられたんですけど」
「ひーん」
おうまちゃんは自前のドリルをキュインキュイン言わせている。出荷責任者こと富山局長を見れば、「……うん、戻す。なんか危険性もあるし」と、私に向かって頷いた。
「ありがとう──お帰り、ありがとう」
富山局長の言葉に、おうまちゃんこと化けドリルはさぁっと発光し消えた。
「おうまちゃあああああああああああああああああああああああああああああん」
福野さんの絶叫が室内に響く。ドリルが無くても、屋敷のふたりを怯えさせるには充分だった。




