輝宮寺家の騒乱 前編
列車を降り、輝宮寺の家を見つけるのは簡単だった。
一番デカくて派手で馬鹿みたいに目立つ家。それが輝宮寺の家。
大正ロマンと近代と中世のごった煮なので金持ちの家は軒先の鈴を鳴らすか、日中はそこら辺にいる下働きに声をかければいい。しかし輝宮寺の屋敷は規模のわりに呼び鈴システムだった。
本当に聞こえるのだろうか、出る気あるのだろうかと疑いながら呼び鈴を鳴らす。
「除夜の鐘やないんやから、もっと風鈴みたいに響かす感じで」
どうやらやり方がまずかったらしい。もう一度試みるが、人が来る気配がない。
「……」
福野さんが無言で呼び鈴の紐を取った。そして思い切りガチャガチャ鳴らす。
「福野くん⁉」
富山局長が驚く。
「お前何してんねん近所迷惑やろ」
「小さい動物なら耳が発達してないので駄目ですけど全員成体人間なので、」
「成体人間てなに」
真原さんが訊ねるが、福野さんは自分の言ったことなのに首をひねった。
「それ動物に対する用語だよね……育った動物のこと言うみたいな……娘の動物図鑑で見たよ」
富山局長が引いた。
「小さい動物がゆっくり歩くのは可愛いですけど、人間は……ねぇ」
「小さい人間やておるやろ、輝宮寺家全員小さいかもしれへんやん」
真原さんはそういうが、輝宮寺家は全員平均身長より上。輝宮寺啓介は180センチはあるはずだ。あいつの死体埋める時、穴はどれくらいの大きさ必要かなとお姉様との見合い中に思っていたので、多分合ってる。ちなみに私は、お姉様に近づく皇龍清明様以外の存在が許せないわけではない。お姉様に近づく、お姉様を傷つけかねない、お姉様に相応しくない、お姉様にベタベタ触る人間を全員山に埋めたいのだ。触らず一途に想う程度なら別に埋めないし、誰でも彼でも排除しようとはしない。私は一応区分している。
「人間は人間ですからね」
福野さんが真顔で言った。全然区分してない。いや、区分してるからこそなのか?
「子供は」
「生まれたての人間だな、という。守らなきゃなとは思いますけど……可愛い……? 人間ですよね?」
そう言って福野さんは静かに首をひねった。これ以上深堀りしてはいけない気がする。
「悪かった悪かった悪かった、もうええ、もうやめてくれ、ごめん、ごめんな福野」
「……」
福野さんはヤレヤレという顔をした。猫又に対する福野さんの行動で記憶が上書きされていたけど、福野さんも福野さんで変なところがあった。
「ある意味こう、人間平等に見てるということで」
富山局長がやんわりまとめようとする。
「枯賀はどう思う」
しかし真原さんが矛先をこちらに向けてきた。私は首をひねる。
「せやな、やっぱ枯賀は僕の味方やんな」
あれ?
「そうかなぁ?」
富山局長が困惑した。私も困惑している。
「でもほら、枯賀いっつも少数のほう座るし今までほら、三人やったやないですか、今まで必ず誰かひとり余る中で、枯賀入ってから余ってるところ来てくれるから、今回は僕の味方や、な?」
真原さんの言葉に、とりあえず私は頷いた。三対一になるより、二対二の空間のほうがマシだろう。
そもそも多数決に価値を感じないし。私は私が選びたいと思ったものを選ぶ。
お姉様に関すること以外は大抵どうでもいいので、少数派に行く。多数派は私が味方せずとも他に代わりはいるからだ。
お姉様をお守りすることは多数派を選ぶのと同義だけど──それでも私はお姉様をお守りしたいし、皇龍清明様が現れるその日までは、私が守る。
「それにしても、どないしましょうか。入られへん」
色々考えていたけど、相変わらず誰か出てくる気配がない。
「入っちゃいましょうか」
すると福野さんが呟いた。
「は?」
「門の鍵、開いてる」
福野さんはスイスイ入っていく。
「ええんですか?」
「まぁ……一応ある程度強引な調査は出来る感じだからね……」
富山局長は「上の命令があるし!」と福野さんを追う。
「上の命令て?」
「伊能くんが命令してる」
「富山局長、伊能局長の元上司でしょ、結局富山局長が上なるんやないですか」
「いやぁだって管理局は全然もう、あれだから。上の命令には逆らえない。僕はもう。今回の調査は全部伊能くんに責任取ってもらうつもりだし……」
富山局長が縮こまり、揉み手をした。でもあくどい揉み手ではなく、行き場のない不安を誤魔化しているようにしか見えない。
「ええんですか……?」
「だって僕がここで調べておかないと、伊能くんだったら、多分爆弾とか投げ込んじゃうしさ……」
富山局長が真原さんから視線を逸らす。
爆弾ってなに?
屋敷に爆弾ってなに?
民間人の屋敷に爆弾ってなに?
「ええんですか⁉」
真原さんはさっきからずっと狼狽えている。というか伊能局長なんなんだ。富山局長は「駄目に決まってるでしょ、民間人だよ、あやかしがいるとかならまだしも」と否定する。
「伊能局長て爆弾使わなあかん能力やないでしょ」
「そうだよ」
チラ、と富山局長は私を見る。
「あの子、隠してないっていうか、むしろ自分の能力を隠さないことで牽制してるんだけど」
躊躇いを交えながらも、富山局長は話をつづけた。
「定義を変える能力なんだ。勝ち負けを変えるとかは無理なんだけど、例えば僕が伊能くんに木の枝で刺されたとしたら、伊能くんが木の枝じゃなくて刀だった、と定義を変えれば僕は刀で刺されたことになるし相応の怪我を負う。その能力を応用して、彼はこの世界の全てのものを武器に出来る。相手に何で攻撃されたかも悟らせずに……だから彼からただの置物を渡されても彼がやっぱり爆弾だったかもって言えば爆弾になる」
知ってる。設定集で見たから。基本的に千年桜は恋と咲くのメイン人物の身長と能力は全部晒されている。同時に千年桜は恋と咲くのメイン人物は、相模局長含めこの国の権力者であることが多い為、私はこの国の権力者の能力と身長を把握している。
ただ富山局長は死んでるモブなので分からなかったけど。
「でもなんで爆弾なんか、そんな怒りそうに見えへんというか」
「あの子、我慢強いとはまた違うっていうか……粗相されたりが一定数つみ重なると手段問わないんだよ。戦闘局いたときもさ、相模くんとずっと揉めてて」と苦々しく口にする。
伊能局長の怒りはポイントカード制らしい。
そして相模局長は水社一心のいる対実地戦闘局トップでクールとか冷酷とかドライが付きそうな上司キャラだ。猫又のときに関わったけど、屋敷に爆弾投げ込むようなタイプとは絶対に喧嘩になると思う。
「前、三人で組んではったんですよね」
「三人で組むっていうか……二人が組むってなったところに指導役としていたって感じかな……伊能くんは行動が酷いタイプの福野くんっていうか、福野くんの行動をより科学方面で酷くした感じ? それに相模くんがさ、ずっと怒ってる感じで」
「俺みたいやないですか」
真原さんが改まった調子で言う。確かに。
「まぁまぁまぁ……それで僕は今みたいな感じの関わり方はせず……責任取り係で、実戦でどうこうより二人の滅茶苦茶の片づけをしてたね……あの子若く見られるしさ、子ども扱いされたりして」
小説の中で局長たちの過去は語られなかった。まぁメインは皇龍清明様とお姉様の恋愛なので延々と過去の回想をされても飽きる。それに富山局長、死んでるし……。
でも小説で富山局長が死んでることを考えると、小説の相模局長や伊能局長は富山局長の死を受けた性格になっているのかもしれない。いまいち違いが分からないけど……。
「まぁ、伊能くんと相模くんは、枯賀さんと水社くんみたいな感じかも」
最悪な矛先が飛んできた。たとえ話で水社一心とペア扱いされるのも嫌だし、それで誰かの関係性の説明が短縮できるのも嫌だ。陰鬱な気持ちで進んでいくと、輝宮寺家の屋敷の目の前に到着した。門から屋敷が離れていれば離れているほど金持ちなんていうが、結構歩いた。福野さんは扉の前でじっと立っている。
「どした福野、なんで止まったん、なんかあったんか」
「枯賀さん」
福野さんに呼ばれた。彼は開かない扉に視線を向ける。私はとりあえず扉に回し蹴りをし、福野さんが合わせて扉にタックルをした。
「何やっとんねんお前らァ‼」
真原さんが声をとがらせた。
「扉が開かなかったんで」
福野さんがシレッとした顔で答える。サイコパステストの回答みたいだった。
「駄目でしょ扉が開かなかったら鍵を探したり……するんだよぉー? なんでぇ」
富山局長が壊れた扉を確認しながら福野さんに注意する。
「前は枯賀いなかったから、手伝ってくれる人いなかったんで」
サイコパステスト第二段だ。
「当たり前なんよ‼ 手伝うもんやないからな⁉ 何お前手伝ってもらえへんなんて被害者面するん? 何でもかんでも応援するのが優しさや思たら大間違いやからな。止めなあかんやんけ、枯賀もこういう時の福野に合わせたらあかんからな⁉ 同罪なるで⁉」
「でも開いたんで」
福野さんはずっと平然としているが、ほぼ穴が開いたと言っていいような扉だ。その向こうは薄暗く、人が住んでいる気配がない。
「扉の向こうに人がいたら危ないでしょうが‼」
真原さんが声を荒げる。確かにその通りだ。
「でも人いないし下手したら夜逃げされてるかも」
福野さんは首を斜めにした。富山局長が「式神召喚する?」と、うっすら嫌そうに聞く。




