水社一心に怪我をさせた男
「なんでいっつも管理局だけ名指しで全員参加なんやろ」
屯所の廊下を歩きながら真原さんがため息を吐く。富山局長が「まぁまぁ」と宥めた。
「それはもう、各局増援要請最低人員が四人だからだよ。総出で出ちゃうと誰もいなくなっちゃうけど、一人残しても管理局は機能しないし、それなら局自体止めて全員来てっていう」
「でもこの調査で作業止まった分、うちだけどえらい目遭うやないですか、仕事止めてたぶんの帳尻合わせ」
「まぁそれはねぇ……人がいないからどうしようもない」
「局長いっつもそれ、人がいないから経費下りない、人がいないから予算下りないて、こんな局入る人間なんかそもそも限られてるんですよ。しかも経費も予算もなんにも下りひんからどんどんもう、いなくなって」
「いなくなってはないよ。入ってこないだけで。うち一応、離局率は最低でやってるんだよ」
「せやから入ってこない分でしょう‼ 他みたいに入ってきたら離局率だって上がるんですから誇ることでもないんですよ」
「うぅ……」
富山局長は目に見えて気落ちした。
離局率というのは離職率と同義語だろうか?
いわゆる退妖対武具・装具管理局を志望し、入局し、出て行った人間がいないという。
考えていると福野さんが「元は富山局長と真原さん二人だったんです」と、小声で呟く。するとすかさず「二人やない‼ ほぼ一人や‼」と真原さんがこちらを睨んできた。真原さんは後輩に嫌味を言ったり強く当たってきたりはしないけど、人事と経費の話題になると大きく荒れる。
「元々僕が西の対実地戦闘局から出ていって、こっちの軍に入ったら新設の局行けぇ頼まれて行ったら機械ひとついじれへん、子持ちで、はよ帰らなあかんような局長と組めぇ言われて、なんとかやって……で、なんかよう分からん福野が対実地戦闘局からやめてこっち入って、全然喋らんし思うたら枯賀も入ってきて人数増えたのに……予算は静か」
「まぁまぁまぁ……」
富山局長は心当たりがあるのか、視線を逸らす。確かに四月から管理局に配属され今は盆明け、もう半年経つけど、局長はさりげなく自分の担当の修理を真原さんに付け足したりしている。「僕が一個やる間に真原くんは三個やるし……」というのが言い分で、真原さんは「だからっておかしいでしょ」と戻しているが、何回か局長は真原さんへの付け足しに成功している。
「でも、新人が入ってきたのが枯賀で良かった」
福野さんが真顔で呟く。私は軽く会釈すると、「そうやなぁ」「確かにねえ」と真原さんや富山局長が続けた。
「どうします? 来年とんでもない明るいの入ってきたら」
「それ枯賀さんが入ってくる時も真原くん言ってたよね」
「僕駄目なんすよ、明るいっていうか気性激しいん……家を……思い出す」
「でも聞き取りとかは明るい子と盛り上がったりするでしょ、真原くん」
「仕事って切り替えてるときはええんですよえ。代償がある。屯所の寮戻ってぐちゃあなるんです」
「動物の置物でも買ったらどうです……」
福野さんの提案に真原さんが「なんで置物やねん」とツッコむ。
「命は大事なんで、安直に飼育……すすめられないんで」
「確かになぁ‼」
三人とも物語では死んでる。
私がこの局に入って、三人が良かったかはよく分からない。良かっただろうなとも思わない。
ただ、この局に志願して三人が生きてて良かったとは思う。
調査局に向かうと、既にほかの局員たちも集まっていた。西洋アンティークっぽい雰囲気の室内に、帝都退妖軍の制服に身を包んだ軍人の集う空間は中々圧巻であるが、各局……個性や特色があるので、不良漫画のクラスみたいな印象も受ける。状況的には刑事ドラマで大規模捜査が行われる捜査本部だし、景色は大正ロマンだし……。
「お道具係も参加するみたいだな」
揶揄は不良漫画だし。
揶揄の発信源に目をやっても特定できないくらい、みんなこちらを奇異の目で見ている。
「あの関西訛り、上官殴ってやめた出戻り真原だろ」
「あのひょろい女顔が福野だっけ、あんなんでも軍人なれんのかよ、ハ」
そして周囲の軍人たちは真原さんと福野さんを標的にした。富山局長が咳ばらいをしながら視線を向けるが、局員は変わらず冷笑している。
「ってか富山局長って相模局長の先輩でしょ、めちゃくちゃ差ついてない」
こういうことがずっと続いているのだろう。三人は慣れた顔をしていた。私は机でも蹴っとばそうか悩むが、今暴れても富山局長が悪く言われてしまう。いやでもやっぱ蹴っちゃおうかな。私はずっと黙ってるし、扱いづらい腫れもの枠として局長ですらコントロールできない印象でいけば、こいつら滅多打ちにしてもギリギリ管理局は文句言われないんじゃないか?
「あれも元戦闘局でしょ。だからもう、終わってくると向こうに入ることになる」
「じゃああいつは最初から終わりじゃん。あれでも枯賀家だろ、なんであんな敗戦処理局に」
そうして最後に私に矛先が向いた。丁度いいじゃん?
しかし男たちに向かおうとすると、富山局長たちが私の前に出てきた。
「悪いけど──」
富山局長が口を開いたそのとき、
「終わってるって言うのは俺のことか?」
ぬるっと、水社一心が富山局長たちとこちらを冷笑する局員たちの間に割って入って来た。
またじゃんこいつ~なに~?
何でソシャゲでも見ないようなカットインしてくるの~?
ホラーのキャラじゃんこいつもう。和風シンデレラのキャラの出方じゃないんだって。
「み、水社少尉……」
そしてホラーキャラの癖に少尉の階級を持つ水社一心に対し、周囲の軍人はビビりだした。
「大規模調査の前に上官への侮辱か」
「い、いえっ、そ、そんなことは」
「悪いが、こう人が多いと心の声か現実の声か判断がし辛い。ただ──どちらにせよ、誰が言ったかは分かる、記憶力にも自信がある。一言一句違わず、報告に記入も可能だ。従来の処分よりは厳しくなるだろう」
水社一心は静かに威嚇した。そして一瞬だけ私に振り返ると、睨んでくる。
なんだ。
水社一心は口パクで『つつしめ』と注意してきた。何を謹めと言うのだろう。お姉様への下心かしら。ご忠告どうも~。
「今、水社少尉が助けてくれはったんですかね」
真原さんが富山局長に振る。
「そうだろうね」
富山局長が水社一心に会釈した。水社一心はカクッとした会釈で返す。上官にやるやつだ。富山局長にも敬意を持っている。
「水社少尉、変わってますね。戦闘局なんに、人間と話そうみたいな、三本爪の事件で一緒やったんですけど、めちゃめちゃ気遣ってくれましたわ。年上の部下、それも局外の人間なんてどう扱ってええかなんて分からへんやろうに」
真原さんは水社一心と猫又の事件で関わった。真原さんはそもそも小説の中では死ぬ人だし、水社一心に至っては軍になんか入らない。水社一心は小説の中で孤独を抱えていて、お姉様に癒されていたがそんなお姉様を傷つける愛し方しかできなかった。好きになり方がへたくそとしか言えない。お姉様を好きになったら、普通は正気でいられない。いわば正気じゃない状態がスタンダード。お姉様は魔性の女。全方位ファムファタル。それでいて清楚。大変excellent。レビューでは男性読者から「変態量産機」という不名誉だけど反論できない狂おしい呼び方がされていた。
しかしその情状酌量の余地を考慮しても全然許されないくらい、小説の水社一心はモラハラが酷かった。孤独だからモラハラをするなんて言われたら私は暴れ出してしまうけど、水社一心は孤独だった。心を読む能力があるから、相手の心を読んでするコミュニケーションはフェアじゃないという持論を持っていた。それはきっと彼の倫理であり高潔な指針だったのだろうが、同時に正しさに固執していた面もあり、本音と建て前を使い分ける人間のコミュニケーションのなかでも、おそらく枯賀家みたいな最悪例を見て、うっすら人間嫌いになった。
心を読むコミュニケーションはフェアじゃない。
でも自然と頭の中に流れる他者の声で勝手に傷つく。
周りに話せる人間もいない。その中で本音と建前が全く一緒のお姉様と出会い、居場所になった。
そしてその幸せに不安になり、お姉様を試した面もあったのではないだろうか。
人間は実験をする。退妖対武具・装具管理局の手毬型拘束具の演習みたいに大規模じゃないけど、テストをする。
試すほど水社一心はお姉様を手放したくなかった。
だから枯賀末理に求婚しお姉様の出方をうかがった。
『止めてほしかった』
原作の水社一心は枯賀末理への求婚に関して、そう言っていた。
あほである。
『俺がいなくなっても、お前以外、誰も気づかないだろうな』
ついでにこんなこともお姉様に言っていたが、現在の水社一心が失踪したら富山局長も真原さんも福野さんも気付く。
局が違うので一か月くらいはかかるかもしれないけど、真原さんあたり「最近水社くん見ないなぁ」を、めちゃめちゃ言いそう。
それに水社一心には両親もいる。ミヤシロ様もいるし。私に激臭の弓を貸してくれた水社家の手伝い爺さんも気付くし。というか小説でも爺さんいただろ。俺には誰もいないって言ってたけど爺さんは嫌ってか。選り好みしやがって。
水社一心はサッとこちらを見てくる。そもそも何でこんな大勢の人間がいるのにピンポイントで私を狙ってくるんだよ。スナイパーしてくるなよ。
「呑気なもんだな」
水社一心に絡み私に角材でボコボコにされた戦闘局員がやってきた。こいつも調査に参加かよ。無視すれば「なんだお前」と絡んできた。
「郷田‼」
しかし水社一心が制止する。
どうやら私がボコボコにした男は郷田というらしい。苗字の読み方がガキ大将と一致している。戦闘局員のリストを見たことがあるけど、「ごうだ」は「郷田」しかいなかった。クレーム投書できる。しないけど。私の文はお姉様への想いを柔らかく、無害そうに、何の問題もない感じで伝えるためにあるので。まぁ、温存のために「お姉様へ お姉様を不幸にするやつ みんな壊す」も書けないけど。文字にも言霊が宿るというし。
郷田は舌打ちをしながら水社一心の元へ向かっていく。
「こっち座ろうか」
富山局長に言われ、私は大人しく席に着いた。右から富山局長、真原さん、福野さん、私だ。階級順だしうちの場合はそのまま年功序列である。しかし──、
通路を挟んで向かいの席は郷田だった。席は五人掛けだが、戦闘局は五人以上参加しているらしくあぶれている。というか戦闘局員だけで三十人くらい参加してる気がする。そして階級順なので水社一心は前のほうにいっていた。こちらは物理的に見えない。完全犯罪が可能だ。木の枝とか持ってくればよかった。刺したのに。
「次になにかやってきたら殺すからな」
そして郷田は心なんか読めないのに対抗してきた。水社一心とキャラが被ってるわりに郷田は水社一心より年上、なんだったら真原さんより年上に見える。元戦闘局の真原さんと福野さん相手でもギリなのに、同じ局でもない私に対してその絡み方はダサいと思われるのでは。
「なんで郷田女に絡んでんだろ」
「惚れてるとか」
「屯所内で嫁探しかよ」
郷田の権威は戦闘局に限定されているらしい。戦闘局ではない別の局の人間からキッチリせせら笑われている。
枯賀末理の顔が好きならばお姉様を顔で好きになるタイプではないだろう。あの憎い妹の姉なのに……顔も好みじゃないのに……クッ‼ この心が……ッみたいな感じで惚れるんだろうな。即落ちです。お姉様に惚れない男なんてこの世界にいないんだから。とはいえ水社一心のライバルになる可能性もあるわけで。
次、あいつに手出そうとしたら、手出す前に殺してやるからな。




