富山局長のアップダウン
盆明けはどこも忙しいらしいが、退妖武具・装具管理局も例外ではない。
盆は何も全体休業ではなく、警備や討伐にあたる局員は普通に出勤なので、武具や装具の修理は溜まりに溜まる。
「せっかく盆も終わって人権も回復して尊厳もなんとかなった思うたら、今度は武術大会かぁ……いややわあ、僕こう、英文学みたいな本持って、おや、また事件ですか? にやりってするあれやねん。なんでこんな次から次へ現場実戦現場実戦て、おかしいやろ。書斎で物憂げに窓の外の景色見てる立ち回りの人間が外駆けずり回されて」
自分の席に座る真原さんが書類片手に足を組む。
福野さんは無言で真原さんを見ていた。
「なんや福野」
「いや……」
「なんか言いたいことあるから見たんやろ。なんもないんに見とったら暴れ出すからな。盆明けの僕は正気やない。身体の中にある優しさが全部吸われてん。怖い真原さんやぞ」
「それは極端でしょ」
福野さんは含み笑いをした。どうやらツボに入ったらしい。
「で、なんや」
「真原さん訛ってるから、そういう冷静沈着な役には見えないんじゃないですかね」
ぼそ、と福野さんが呟く。
真原さんは大きく目を見開き、「ホァァァァァァァ」と言葉を失った。
「なんやお前、何でそんなこと言えるん。僕んこと近所の面白お兄さんや思てんのとちゃうやろな」
「面白お兄さんって自己評価結構高い」
ぼそ、と福野さんが再度呟いた。以前から思っていたけど福野さんは真原さんに対してだけは比較的強めのツッコミを入れる気がする。
「前からお前に言うとるけど、他人にどう見られたいか、どう思われてるなんか、関係ないねん。自分がどう見られたいかが一番やで、お前先輩やからって、僕に何言うても許される思てんねやろ」
「それ真原くんだけだよ。上司なら報告義務として何言ってもいいと思ってるの」
富山局長が真原さんを宥める。
「そんなことないですよ、部下庇えん上司なんか生きてる価値ない言いますけども」
「まぁまぁまぁまぁ……」
富山局長は真原さんを否定しない。同時に肯定もしない。否定した瞬間に真原さんの「部下を庇えない上司は生きている価値がない」というトラップが発動するし、肯定した瞬間に今後真原さんを絶対に庇わなきゃいけない契約が発生する。二重の罠だこれ。
「上には強く、下は守るで僕はやってるんです」
「そうなると僕が被害に遭うんだよねぇ……もれなく、上司面したくないけどさ、責任者だから」
富山局長は肩を落とす。実際この局内の序列はトップが富山局長その次が真原さん、福野さんと続いているので真原さんの理論で行くと富山局長が被害者枠になる。
「ともかく僕は椅子に座って、なんかあったときに、まぁまぁ仕方ないんちゃいますか、って言うのが本来あるべき姿なんです。それがもう人材不足で前出されて可哀そうに」
真原さんは「可哀そうになあ」と自分で自分の頭を撫でる。富山局長も福野さんも止めないので怖くなった。自分の機嫌は自分で取ろうの自己責任論がここまで人を追い詰めることがあるのか。
「しかもあれや、全然今の新人のほうが給料いいでしょ。福利厚生もしっかりしてて。富山局長くらい出世してたらええけど、僕下手したら西の退妖軍いったん辞めてこっち中途で入隊やから福野より低い中で福野と枯賀に教えて、教えたぶん僕に残業増えて二人より給料低いんですわ」
真原さんは身体を思い切り曲げた。報酬に関してはどこまでも闇だ。なぜなら全部真原さんの言う通りなので。
「あれやぞ、二人も順番やからな。お前らの後輩もお前らより確実に優遇されてお前らが苦しんだ分だけ後輩は楽するけど、いじめたらあかんで」
真原さんは私と福野さんを交互に見る。
虐めないし新人の教育に関与するほど、私はここにいない。
「心の中ではいくらでも恨んでええから。それは大人げないとかちゃうねん。人間の、当たり前の、心やから‼ 恨まんとか嫉妬せえへんとか無理やから。隣の芝生は青く見えるんやのうて青いねん。青いもん青い言うんが大人げない言うような奴は人間やないねん。正気やないわ。青い」
「真原さんも俺らのこと羨ましいんですか。全然見えないですけどね」
話がおそらく……上手くまとまろうとする中、福野さんが突っ込んだ。
「僕は皆羨ましいわ。悲しなるもん。でもお前らだけやないで。せやから安心しい、お前らだけやないから……恨んでんの」
逆説的に私たちは恨まれているのが分かった。全然安心できない。お前のこと刺し殺す予定だけど隣の人も刺し殺すよと言われて「やったー」と思えるのはもはやサイコパスだ。
「親の事情あるやろうけど一人っ子もそうやし、ちやほやされる能力持ちも羨ましいし、比べて辛くなって妬んで、心の中でめちゃめちゃ言うけど他人に言ったり嫌がらせしたりしなければ、なんも問題ないからな……よちよち、僕」
真原さんの能力は自分の触れたものの重さの自認を変えられるというものだ。物自体の質量を変えているわけではない。そして彼は自身の能力をあやかし向きではなく対人特化と言っていたし実際その通りだ。巨大あやかしの頭は掴みづらいが、人間の頭は掴みやすい。だから──潰せる。
真原さんは大きくため息を吐いたあと「心の中思とる言うても水社くんには聞かせてもうてるけども」と付け足した。
「あ」
福野さんがふいに私を見た。さっきのやり取りを思い出しているのだろうか。
「猫とか犬とか……どうなんでしょうね」
普段ダウナー100で生きているような声に期待が滲んでいた。勘弁してほしい。さっきの水社一心への優しさって猫犬目的だった……?
いや、福野さんはそんな打算的な性格じゃないだろう。福野さんは野生動物に触れることを「よくないこと」とし、草を触っていた。
逆に触ってもいい「小さい短足式神」をランダムで出せる富山局長に対して、普通に接している。媚びたり急かしたりしない。
第一、福野さんに声をかけられた水社一心は、純粋な優しさに触れ面食らったやさぐれ人間の顔をしていた。完全に福野さんの自然な優しさに心打たれたのだろう。
じゃあ今、思いついたってこと?
水社一心が猫とか犬の通訳ができる可能性に?
福野さんの顔を見ると、ばっちり目が合った。それも期待の眼差しだ。
私を完全に通訳係として認識しているけど逆だ。水社一心が私の心の中を勝手に垂れ流すだけで私は水社一心に詳しくないし、水社一心が犬猫の声を翻訳できたとしても私を通さないでほしい。普通に水社一心と二人でどうにかしてほしい。福野さん、水社一心と相性悪くなさそうだし。真原さんもだけど。
「で、武術大会やけど」
真原さんがパッと雰囲気を変える。
武術大会というのは秋に行われる催しらしい。局から代表者を選出してトーナメント戦を行うというものだ。対実地戦闘局が有利だし、ほぼ──国の要人たちに向けての「局員たちは日々がんばってます」「強いですよ」というアピール行事だ。
ちなみに皇龍清明様はこういう要人アピール行事や接待を心の底から嫌うので絶対来ない。「そんな暇があるなら鍛錬しろ、人よ」こういう風に思うタイプだから。
それにあやかしに子供が襲われ大ピンチとか、あやかしのせいで大火災が起きるとか、そういうのじゃないとあの人は三百年前のお姉様との思い出の地の自家製テラリウムみたいな場所から出ない。休日本当に何もやる気がなくて掃除すらできない社会人と同じ腰の重さをしてる。
猫又の時に出なかったのは、猫又が一人一人殺していたからだろう。大型のあやかしは一回の登場場面で八人くらい殺す。そこまでいってギリ出るか出ないかの抽選タイムが始まる。あの人は人間を助けようと思うけど自分が助けすぎることで人から力を奪うのではと考えてもいるから。
ちなみに「皇龍清明様はトーナメントに参加しないの?」という疑問は「ちびっこ相撲大会にマンモス解き放たないの?」と意味が一緒。本人もマンモスの自覚があるので来ない。ぱおーん。
「対実地戦闘局は前に福野に絡んできた奴が出るらしいから、うちは富山局長の式神召喚でズタズタにしたろ思うんやけど──」
私は右手をあげた。さらに左手をあげ、自分を指し示す。猛烈な「私やります」というアピールだ。陽気さ満点だがこうでもしないと無音のコミュニケーションは厳しい。
「え、いいの枯賀さん……」
富山局長が複雑そうに私を見る。交代は助かるがそれを私に押し付けていいのか……といったところだろう。申し訳ないが局長の命は助けるけど、雑用を担うような助けは一切期待しないでほしい。
「ええんか枯賀、局長に出てもらったほうが楽やで。今回対人戦やからな。下手に逃げても周りの目あるからガタガタ言われるで。せやから局長が出て黙らすほうが早いで」
私は首を横に振り、再度自分を差す。
「でも……さすがに刀は使えないのでは」
福野さんは私の刀を見る。確かに犯罪者相手には鞘で殴ったりしていたけど、万が一もあるので未来ある局員たちに使うのは無理だろう。一応そういうこともあって戦闘局で水社一心に対し命令違反をした局員は角材でぶん殴ったし。
ただ私には秘策がある。
私は腕を天井に目がけ、何度も拳を突き上げる。
「めちゃめちゃやる気やん。こういうの好きなん?」
真原さんの言葉に私は笑みを浮かべた。
だって貴重な訓練チャンス。
基本的に強いあやかしは大体人型、対人戦闘の経験値は上げるに越したことがない。お姉様をお守りするパワーを欲している。現状あやかし討伐の際は刀がズルズルその霊力を吸うので私には1ミリも霊力が入ってこない。デメリットがデカいが、その割に便利かつ猫又戦闘において使えることが証明されたので、霊力を貯めることは諦めていないがこの刀と強くなる道も考えなくてはならない。
最終的に、お姉様が幸せで水社一心が生きてればいいので、勝ち方にこだわりがないのだ。
それに福野さんに絡んだ局員──さっき絡んできた男は、どうせろくなことをしない。今回は武術大会だし、正当に──救護局送りに出来る。出るか分かんないけど。でもああいう偉そうなのってこういうので結果出してるから調子乗るわけで。
滅多打ちどころではない。
半殺し。半殺しにします。
後遺症が残らない程度にズタズタにしてやる。
「ん」
福野さんが後ろを振り返る。壁に備え付けられたタイプライターもどきが、紙を巻き込み始めていた。これは猫又事件のお知らせもしていた通信用の機器だ。別の部屋で送信先の局を指定して打ち込むと、リアルタイムでその局のタイプライターに文字が打ち込まれる。
たまに食堂でこのタイプライターの紙の補充をしてる人間がいつも同じとか、扱いが雑であいつがいつも詰まらせるとか、そういう愚痴が飛び交っているのである種怨嗟の温床だ。いつかここからあやかしが出てきてもおかしくない。
「退妖武具・装具管理局──うわーうち宛てだァ」
富山局長が嫌そうな顔をした。基本的にうちに送られてくるのは、全局への申し送りかクレームだ。手入れした武具がすぐ壊れたとか、そういうのしかない。
「退妖対実地戦闘局からの依頼かもしれないですよ。あの水社少尉に申し送りしたんで」
福野さんが付け足す。たしかにさっき水社一心に話をしていた。
「じゃあそれかなぁ、じゃあそれかなぁ……それがいいなぁ……ウワァ……違うゥ……調査協力のお願いだァ……」
富山局長の願いが散った。
「? いつもと違ないですか?」
真原さんが怪訝な顔をしてタイプライターもどきを覗き込む。
≪被疑者・輝宮寺啓介・獄中にて死亡を確認≫
≪被疑者は各人の異能を防ぐ道具を保持・使用の疑いあり≫
≪退妖対実地戦闘局員は各局と共に調査局主導の大規模調査に参加せよ≫
お姉様に見合いを申し込んだ輝宮寺の死亡と共に、小説に無い異変を知らせる報告だった。




