水社一心with局員
お盆明け、私は屯所の廊下を歩いていた。
「枯賀さん」
福野先輩が後ろから駆けてきた。私が足を止めれば「水社少尉知りませんか?」と聞いてくる。私が首を横に振れば「なるほど、近くにいると思ったんですけど……」と、何気なく続き愕然とした。私を探すときは水社一心を探せばいい、もしくは水社一心を探すときは私を探せばいいみたいな恐ろしい非常識が管理局に蔓延していた。「水社少尉どこ……あっあの喋らない奴のそばに……」という最悪な感じで指をさされる。一部の人間がじゃなく、みんなそれ。
福野先輩は「玉盗んであやかし討伐に転用」という常軌を逸した発想をする瞬間にさえ目をつむれば、本当にどこにでもいる限界社会人。なのにそんな非常識を常識と誤認している。やっぱり世の終わり。
私は噂に憂いながらも自分の通って来た道をジェスチャーで伝えた。そして大きくバツを描く。
「うん……一生懸命教えてくれてありがとうございます……ふ」
福野さんは俯きがちに笑う。何を笑っているのかと注視していれば「ラッコみたいな速さで、すみません、なんか、着ぐるみとか着せたらラッコだなと思って」と続けた。ラッコは手足が短い。福野さんは小動物……しかも手足が短い動物に対して並々ならぬ思い入れを持つ。「帰れないね」みたいなことを動物に言っていたし。しかもお盆前「管理局の制服、動物の着ぐるみに出来ません?」と怖い提案をし、「お前だけ着るぶんにはなんとかなるんちゃう」という真原さんに「全員ですよ」と真顔で返答し富山局長を震撼させた。
「退妖対実地戦闘局になにか」
怖いの増えた。
水社一心だ。
確実に福野さんの心を読み親切でやってきたのだろうが、タイミングがタイミングだ。こういう風に出てくるから変な噂が立つんだろうが。しかも水社一心は心が読めるので私の位置を把握しているのだろうが、こちらは水社一心の位置なんて分からないので一方的な神出鬼没状態。ぬるっと出てくる。ぬるぬる一心じゃん。廊下で滑っていけ。すいー。
「次の武術大会、退妖対実地戦闘局の武器の支給についてどうするかみたいなことを、相模局長の温度感知りつつ、話がしたいみたいなことを、富山局長が」
何も知らない福野さんは水社一心に確認を求める。『どうするかみたいなこと』『話がしたいみたいなこと』が多すぎて確認の意味が分からない。でも屯所内の確認は基本これ。完全な確認をすると後で揉めたときが怖い。なのであらゆる確認が、うっすら、あっさり、なんとなくで進行する。
「武具は恒常的に使用している刀、相模局長は例年通りを希望するような話をしていたが、一応再度確認を取る。分かったら文書でそちらに送信のほうがいいか」
「あぁ、助かります。じゃあ申請も兼ねて頂ければ」
「承知した」
水社一心は特に問題なさそうに福野さんとやりとりをしている。心が読めることで発生している孤独や苦痛を感じているそぶりはないし、福野さんも気にして無さそうだ。そもそも福野さんは動物以外に関心がないというか、自分が心読まれようが人間相手ならどうでも良さそう。
「こいつに困ったことがあったら、いつでも、言ってください。別にこいつ関係なくてもいいですけど」
水社一心は私を指し保護者面をしてきた。
「水社少尉も」
福野さんはいつも気怠そうなのに、普通のお兄さんみたいな調子で返した。
「……」
水社一心は返事に迷っている。福野さんは、「俺、前に戦闘局にいたので、なにかあれば」と続けた。
「あぁ」
水社一心は調子が狂っている。福野さんの相手に気を遣わせない自然な優しさに照れてるんだ。こいつのいる戦闘局は新人の少尉なんて気に入らないだろうし。一方で福野さんは相手の階級を見ない。心の中で指摘すると水社一心は不貞腐れ顔でこちらを睨んできた。
「管理局は、いつ来ても一緒なので、暇なとき来てください」
福野さんが補足すると、水社一心は「そうか」とそっけない調子で踵を返し去っていく。なんだあいつ、クール長官ぶりやがって。
軍に入ってすぐも煩かったけど、最近はアップダウンが激しい。どこかふっきれたような顔をしているかと思えば、死にたいのか──と、わざわざ聞いてきたし。
ミヤシロ様の霊力のことや、軍に入っての戦術で色々勝手な誤解があるのだろうが、私は何も今の段階で死にたいとは思ってない。手段として命を失うような方法しかないのでそれを使っているだけだ。
なぜなら今、皇龍清明様はお姉様と出会ってない。
つまり皇龍清明様がいないと解決できないようなものが出た場合、ワンチャン皇龍清明様が出撃してくるか、皇龍清明様が倒さなきゃいけないようなのを相手にしなきゃいけないかのギャンブルをしなきゃいけない。掛け金は命。おわり。
正直なところ私も手段を選んでいられないわけだが、強いあやかしを召喚して皇龍清明様を誘い込む、みたいな作戦は皇龍清明様が出なかったときの被害がデカすぎる。それくらい強いのだ。皇龍清明様は。そしてフットワークが死ぬほど重い。
お姉様が関わればもう、どこの御家庭にでも構わず行く男になる一方、お姉様と末遭遇の皇龍清明様は戦闘と人命救助以外で外に出ないし、その戦闘と人命救助も自分が出て人間の戦う力を奪ってしまうのは違うと自分の影響力に対する視野がめちゃんこシビア。
人間には自己効力感という、自分はやればできる、自分は良くも悪くも何かを成し遂げることができる、状況を変えられるという心理があるが、皇龍清明は自己効力感は最上級に高いが自己肯定感が死ぬほど低いどころか無い。結果、「自分がいたら世が乱れる」「自分が手を出し過ぎて人を傷つけたら危ない」と言って引きこもるのだ。レビューでは拗らせ大バケモノと揶揄されていた。ゆえに「あの皇龍様がこんな場にいらっしゃるとは」なんてやりとり、二十回以上見た。
一方で、皇龍清明様が出ないことでお姉様が特別な霊力に目覚めていないので、お姉様を狙うあやかしがお姉様を見つけずに済むという思考問題のような結果にもつながっている。
皇龍清明様でしか倒せないあやかしが出た場合、皇龍清明様が登場する可能性が高まる。
皇龍清明様でしか倒せないあやかしかどうかの判断は、皇龍清明様の気分。
皇龍清明様でしか倒せないようなあやかしが出ても、初戦闘は皇龍清明様が現れない場合がある。
被害が出てから皇龍清明様がやむを得ず現れる可能性もある。
その場合被害を受けるのは市民。
皇龍清明様とお姉様が出会うことでお姉様は特別な霊力に目覚める。
特別な霊力を狙う強力なあやかしがお姉様を襲う。
お姉様が目覚めなければ、強力なあやかしはお姉様を狙わない。
こういうバランスなのだ。
最悪、お姉様を想うならば皇龍清明様と一切会わせないのもアリだが、むごい。皇龍清明様はお姉様を想い人外寄りの自分の運命に巻き込まないよう泣く泣くバイバイして、三百年前のお姉様は死んだ。皇龍清明様は行き場のない思いを抱えながらあやかし殺戮機をしているので、「お姉様と皇龍清明様を出会わせなければお姉様は無事‼」とも思えない。
私は窓の外を見る。
青々しい緑だったはずの木々は赤みを帯びている。とんでもない。皇龍清明様がまだお姉様に会ってないのにもう秋。千年桜は恋と咲くでは今頃、お姉様と皇龍清明様が一緒に紅葉を見ながらお風呂に入ってるのに。現在皇龍清明様とお姉様は目も合わず今に至る。ちなみにお風呂は皇龍清明はお姉様をお風呂に誘うほどの気概は無くお姉様も一緒に入ろうなんて言わないので事故入浴だ。素晴らしい。とても雅な風景。
だというのに今はそんな雅な風景どころではない。
本当にとんでもない。とんでもないオブザデッドです。物思いにふけっていると、「お道具係は気楽そうでいいなあ」と険のある声がかかった。 お道具係というのは退妖対武具・装具管理局の蔑称である。発信源は水社一心に背き私に角材で滅多打ちにされた退妖対実地戦闘局の局員たち。通りがかりのチクチク言葉ならぬギザギザ言葉だ。こいつらもう復帰か。
さっきのお道具係という蔑称は、いつもの局員全員──福野さんや真原さんに対してのものらしい。私の姿を見つけると、より一層、顔が険しくなった。
「てめえ」
はーい。はいはーいっ。
心の中で煽るが当然声を発してないので聞こえない。殺すまではしていないので、盆明けに職場復帰コースだったのだろう。この局員たちは、水社一心を上司としながら水社一心の命令に背き、めちゃくちゃをしていたようだった。それを注意されると、
『別に局長に好きに言ってくれて構わないですけど? こっちは全然。でも、男のくせに色々言われたら上に報告するんだなぁ、自分でなんとか出来ないんだって思う人間も、いるんじゃないですかね。そうしたら水社少尉は……管理能力が問われてしまうかもしれない……』
と言っていたので、絶対に女の私に滅多打ちにされたら相模局長にチクれないだろうなと角材でボコボコにしたわけだが、案の定チクれなかったらしい。愚か。私はプライドが無い。こいつらが殴ってきたらめちゃくちゃ相模局長にチクる。
「卑怯もんが」
最も水社一心を煽り、水社一心の怪我の原因にもなった男が私を睨む。
私は襲撃時、奴の背後を狙った。軍歴に差があるし体格にも差もあるからだ。それに私は正々堂々を売りにしてない。武士道や志を持って入隊したわけではないので卑怯と言われても構わない。
卑怯もんで~すと、私は局員に会釈した。
「あの、枯賀が、なにか」
しかし福野さんが私の前に立った。以前福野さん込みで絡まれたことがあったけどその時より福野さんのほうも刺々している。
全然庇わなくていいです。私のことは。福野さんがここにいなければ「お道具係」と福野さんに悪口言ったこと、後悔させてやるんで。こいつらに。滅多打ちにするんで。全然、やるんで私。私から目を離していただければ。福野さんをお道具係と馬鹿にした分ちゃんと、落とし前つけとくんで。
「この女はなぁ……」
局員は私を睨むが、それ以上何も言えない。
水社一心に対して「男のくせに」と言っていたし、性別とプライドを何故か組み合わせた価値観をお持ちのようだが、こういう時特大ブーメランになるので何も言えないのだろう。
おそらく水社一心に「女を寄こしたな」と言うことも出来ない。なぜなら女にやられたなんて水社一心に絶対知られたくないだろうから。
実際、福野さんにも何も言えない。プライドが邪魔をして。
私はなんのプライドもない中、常日頃何も言えないけど。
「枯賀はまだ二等兵です。新人ですし、色々とご迷惑をおかけすることとは思いますけど……その、すいません、失礼します、すいません、失礼します。すいません、失礼しまーす」
福野さんは「行きますよ」と私に撤退を促し局員を無視してすたすた歩いていく。福野さんに謝罪させてしまった。申し訳ない。私も福野さんを追っていきつつ、覚えてろよの意を込めてちらっと後ろを振り返る。局員たちのほうも呪うような形相で私を見ていた。




