どこにも行くな
輝宮寺はあやかしを用いた犯罪者だったので地域局に連行された。
お姉様から断ることなく完全な向こうの責任の破談なので、あっさり片付くだろう。しかしながら水社ママとパパは犯罪者とお姉様の縁を組んでしまったことや、自身の能力で輝宮寺を弾けなかったことを自責してしまっていた。水社一心も輝宮寺が犯罪者と見抜けなかったようなので、輝宮寺は小悪党ムーヴどころではなく、精神性においては美浜の娘を越すガチサイコパスの可能性がある。
まぁ、お姉様の為に死ねない男はいらないし、死ぬ男もいらない。
旦那が死んだらどんなクズでもお姉様は悲しむ。お姉様を悲しませる男は万死に値する。
輝宮寺はあんな感じだったが、私に負けた時点で論外です。
「じゃあお前はどんな男なら許せるんだよ。皇龍清明様以外に」
浴衣姿の水社一心が喚く。今日は輝宮寺がさりげなくお姉様を誘っていた花火大会だ。
輝宮寺が逮捕されたのでお姉様は私、水社一心、水社パパママの五人で、水社家の縁側で花火を見ることになった。ミヤシロ様は大きなタライの上で鎮座している。五人と一神とすると響き的に五人と水社一心感が出てしまうが、一匹でいいのだろうか。
≪匹はちょっと……≫
ミヤシロ様が嫌がる。
じゃあ一神で。
そう思いつつ水社一心を見ると怪訝な顔をしていた。お姉様が「どうしたの?」と首をかしげると、水社一心が「理想が高いことばかり言うので、結婚相手の条件」と告げ口した。
「結婚相手の条件?」
「強い男じゃないと嫌だって言うんです」
別に理想が高いも何も、多くは求めていない。
自分の命よりお姉様を選び、お姉様より先に死なず、お姉様の為に死ねるけど何しても死なない男が良い、と言っているのだ。
「死なない人間なんかいない」
水社一心は否定してくるが、そういう意味で皇龍清明様は適役だ。最強なので。
皇龍清明様以外にお姉様の旦那になれる男がいるとするならば、お姉様を虐めない水社一心。
死ねばワンチャンお姉様と皇龍清明様の子になれるのである。お姉様の産道を通り世に出られる素晴らしい経験を得てお姉様に名前をつけてもらえるのだ。戸籍も一緒。るんるん。
「こいつ今、死ねばお姉様の子になれると不謹慎なこと言ってます」
「死なないで……」
お姉様が悲しそうな顔をした。花火大会当日にこんな顔させるなよ。
「お前がさせたんだろ。それに、今だって戸籍は一緒だろ」
それはそうだけど。でも、お姉様から生まれるというビッグドリームに憧れを抱かずにはいられない──と考えるうちに、ドンッと花火の音が響いた。
一発目から伝統的な冠菊の乱れ打ちが始まった。
「綺麗……」
お姉様が微笑む。
お姉様のが綺麗です。
花火を見るお姉様が綺麗。
毎年見てほしいです。
「私……末理さんと見れて、水社家の皆さんと見れて、嬉しいです……」
お姉様が緊張した面持ちで言う。
素敵──好き──お姉様。勇気出してる。お姉様はいつも私なんかと自責傾向があり、自分なんか好意を伝えても迷惑だよねが根底にある。そんなお姉様が自分の気持ちを伝えている。素晴らしい。水社家のご家族やミヤシロ様がお姉様にいっぱい愛を注いでくれたおかげだろう。本当に嬉しい。
私は無害さを意識しながら微笑む。気持ち悪いと思われないように。こうしておかないとお姉様不安になっちゃうと覚えた。
良かった。
お姉様と花火を見ながら思う。
お姉様のお名前は、花宵という名前だ。花の夜、夜の始まりともいえるが、宵にはほかに、忌々しい意味がある。
祭りの前夜。
末理という名前の前ということ。祭りは本番であり宵は序の口。長女が霊力を持たず生まれた時点で次に子を設けることを決めた名前を、お姉様はつけられた。可愛い名前をつけて後々、意味を知ったなんて調査不足ではなく、どこまでも作為的だ。
お前は踏み台だ、本命は別にいる、お前はずっと誰かの一番になれない、ただの準備と名前で示す意図があった。千年桜は恋と咲くにおいて父親視点でそれが語られていた。
その意図に、お姉様が気付かないことを祈る。知らないことを祈る。
そして、お姉様が生きていてよかったと思える時間が増えることを祈る。
盆休み最終日。
私は水社家から屯所に戻ることになった。
「次はお正月ね、おせち作って待ってるわ」
水社家の門の前で水社ママが笑みを浮かべる。水社パパもうなずいていた。ミヤシロ様とはさっき出立の挨拶をしてきたのでここにはいない。
そして正月──夏が過ぎれば秋が来て冬になる。ピロピロ。
「……」
水社一心が睨んできた。
「色々、危険な仕事もあるとおもうけれど……怪我しないように気を付けて……」
お姉様が私の服の裾に触れた。
お姉様は私に気を付けて。
「お前自覚あったのか」
水社一心が茶々を入れてきたので、お姉様に見えないように睨みつけ、もう一度お姉様を見る。
その手は以前見たお姉様の指と違い傷が減ってる。水仕事の量が減ったのだろう。家事に勤める手もどちらの手も好きだけど、前の手は踏みつけられた痕もあった。だから──少しホッとした。傷が薄くなって。傷だらけでも私は構わないけどお姉様が自分の手を見たとき、なにかの負い目を感じてほしくない。どんな手も、たとえ無くなっても、お姉様の手はお姉様の手だ。
私はお姉様の手に触れる。これが最後の別れになってもいいように。
「必ず、連れて帰りますので」
水社一心は、お姉様を真っすぐ見つめる。映画のワンシーンみたいだった。でも水社一心が死にそうな感じが出てるので勘弁してほしい。お前を殺させやしないので。ピロピロピロ。
「……」
水社一心はお姉様に何かを伝えるように無言でうなずきつつ、私に怪訝な顔をした。ピロピロピ。
「じゃあ、また」
水社一家withお姉様たちに見送られ、私は水社家を発った。
「お前、生まれ変わりなんか信じてるのか」
屯所を目指し蝉が喚く田園ロードを闊歩していれば、水社一心が呟いた。暑さにやられているのか水社一心の声が小さい。一生夏ならこいつ一生静かなんじゃないか。
「答えろ」
まぁ、前世の記憶があるしな──と言葉を返す。通じてるかは分からない。千年桜は恋と咲くについて、よく分かってない感じだったし、詳細な説明を一からしたわけではない。ずっと面倒で今日まで来たし、水社一心に詳細を聞かれても、じゃあ一から説明しようみたいな気にはなれない。
「……痛かったか?」
何が。
「死んだとき、お前、全然考えないから」
水社一心は眉間にしわを寄せた。
まぁ、痛くも苦しくもあったけど、どうでもいいというのが一番にある。
「未練はなかったのか」
無かった。前の人生で死んだとき、死にたくないとはひと欠片も思わなかった。
「周りの……人間は」
いない。普通に。そもそも今みたいに周りに人がいる状況じゃない。
「ならなんで今死にたいんだよ」
は?
「だって死んでお姉様の子供になりたいとか言ってただろ。死にたいんじゃないのか」
水社一心は責めるように問い詰めてくる。何なんだこいつは。
「答えろ」
水社一心の追及は止まない。
死ぬとしたらの話だ。
もしも死んで生まれ変わるなら、お姉様の子として生まれたい。お姉様にでんでん太鼓であやしてもらいたい。夜泣きせず食わず嫌いせず微動だにせずお姉様が不安になったらニコニコ笑う子でいる。
「でも次、生まれ変われるかも分からないだろ」
それは分かっている。生まれ変わりのどうこうの輪廻に入れるかどうかだ。今回は入れたようだがどう考えても異物混入枠だろうし、今度こそ地獄行きだろう。
「なら生まれ変わるな。どこにも行くな」
淡々と、他愛ない調子で水社一心は告げた。
「探すのも面倒だ。お前が地獄に行くなら、俺もいる。だからずっと、生まれ変わらず、地獄に落ちろ」
は?
思わず振り向くと水社一心は私を見ていた。その表情に陰りや怒りは微塵もない。
とんでもねえこと言うじゃんこいつ。見返すけれど水社一心は何も言わない。
肝心な時、無言なのは水社一心も一緒だろと返すけれど、普段やかましいくらいワンワン返事をしてくる水社一心からの応えは、一切なかった。




