殺しかねない
お姉様の監視を続けていると、窓の外に怪しい男たちの姿が見えた。八人ほど、どういう関係かも分からない男たちは店の中に入ってきて、女性店員の案内を無視しながら勝手に席に座る。
「お、お客様……」
「なんだよ」
「えっと……ご案内前に、お席に……」
「あ?」
ずいぶん柄が悪い。基本的に「千年桜は恋と咲く」は治安が悪い。お姉様が単独もしくは女中と行動し絡まれ連れ去られそうになり、皇龍清明様が登場する物騒ルーティーンだ。お姉様は「誰も助けてくれない」「私なんか助ける価値もない」という精神で生きているので、複数回物理的に皇龍清明様に助けてもらうことで、助けを自発的に求めるということを覚える。素晴らしいですね。
「……」
水社一心が何か言いたげにこちらを見た。なんだよ。
「いや……もう今、そういうのはないんじゃないか?」
そういうの?
主語がないから意味が分からない。あれそれこれどれが通じ合えるのは夫婦でも難しいって聞いたぞ。
「早く品書き持ってこいよ」
ガン、と男たちは机を蹴る。お姉様は遠くで男たちの様子をうかがっていた。ややあって、店の奥から男性の店員がやってきた。
「お品書きがこちらになります」
「男が持ってきたもんなんか見たくねえよ」
ドンッと、男性店員を突き飛ばし、品書きを壁に叩きつけた。なんだこの用意されたご都合主義の塊みたいなゴロツキは。物語のなかならば皇龍清明様登場の伏線だろうと期待できるが、そもそも出会ってない。ただ治安が悪いだけなので始末に負えない。
私は無言で立ち上がると、柄の悪い男に向かっていき、首を掴んだ。
「おまえっ」
水社一心が叫んだのが先だ。お前は男性店員をなんとかしろ。突き飛ばされちゃってんだから。
私はそのまま店の外へガラの悪い男を引きずり出す。
最初、店員に態度が悪かった段階では介入しなかった。あのまま下手に入りクレームを誘発させたら店員が責められる可能性がある。この時代は特に。ただ暴力はもう振るった時点で、「どうなってもいいです」という宣言をしたのと同じだ。机を蹴り大きい音を出してお姉様を怖がらせた罪は重い。
死ね。
店を出ると男たち七人に囲まれた。店に入ってくるときは八人だったのに。算数のクイズみたいな。店に来るときは八人でした。店を出ると私を囲むガラの悪い男は七人でした。なぜ?
答えは、私が一人、首を掴んでいるから。
中にいる水社一心が煩そうなので妨害しつつ私は男たちから一発貰うふりをして避けた。
相手から攻撃されたことを装わないと、後々正当防衛とか言えないし。私はそのまま向かってきた男の脛を蹴る。男たちの攻撃を姿勢を低くし躱し、傍にあった砂を掴むと男たちの顔に目掛けてばら撒いた。目つぶしだ。
「このやろっ」
男たちは私を傍の木箱に押し倒してくる。私は膝を曲げ顎を蹴り上げた。そのまま木箱に乗り上げ、男たちに膝蹴りする。
「くそがっ」
男たちは酒瓶を武器がわりに構える、つまり酒瓶より耐久性の低い武器の解禁ということだ。武器を構えるということは相手に武器を持ってもいいですよと許可を与えるのと同じだから。許可入りましたね。全員ぶっ壊しまーす。怖いもんだって。カスタマーハラスメント。店員に対して酷い態度を取る人間の、情状酌量許ポイントが思いつかない。店員に態度悪いけど実は……から続く言葉で許される『なにか』ってなくない? 全員殺したほうがいいだろ。
「物騒なことばっかり言うな!」
水社一心の罵声と共に残りの男たちの顔だけ沈めるような水の玉が浮かぶ。町の中で霊力なんか使うなよ。目立つだろ。それも窒息しかねないやり方で。
「加減はしてる」
合流してきた水社一心が突っ込んでくるが、納得できない。
水社一心が顔だけピンポイントで窒息させた男たちは眠るように気絶してる。
私がぶん殴ったのは苦悶の表情を浮かべながらも、ぎりぎり意識が残ってる。立ち上がれないだけ。
「お前、お姉様に見られたらどうするんだ」
見られない。だから店の中で制圧しなかったのだ。お姉様の位置的によく分からない女が男を引きずり出したようにしか見えないだろうし、お姉様は異変を感じるとまずはその場で様子をうかがうタイプ。問題はない──、
「末理さん?」
死のう。
なんでお姉様お店から出てきちゃってるの? 男たちからは血が出てるし、お姉様見ないほうがいいよ。ゾーニングですゾーニング。暴力の結果はお姉様見ちゃダメなの。今のまわりお姉様の視界に入れちゃダメなものしかないの今。ダメダメ。
「なぜここに」
水社一心はわざわざ問う。お前分かってただろ。てめえお姉様のおめめにこんなもんいれてただで済むと思うなよ。ズタズタにしてやるからな。
「末理さんっぽい背中が見えて……」
私っぽい背中……?
お姉様は双子キャラがどっちか判別できるし、遠くで知り合いがいれば識別できるヒロイン力を持つ。それだろうか。私のことも識別できるんですか? えーどうしよう。私の背中なんて覚えなくていいのに。でもお姉様の優しさは否定したくない。
私はひとまず男たちを隠そうとそこら辺にあった藁をかける。水社一心もいるのでここは任せ、私はサッサと地域部の人間を連れてこよう。走り出そうとすれば水社一心に阻まれた。なんだこいつ。
「どうして、末理さんがここに?」
お姉さんはキョトンとしている。私は敬礼した。全部軍のせいにする。何もかも軍。私は軍人。
「お仕事……?」
私は首をかしげるお姉様に向かってぶんぶん首を縦に振った。
「花宵さん」
やがて輝宮寺がこちらに駆けてきた。藁からはみ出た男を見るなり「さっきの男たちじゃないか」と戸惑っている。
「これは一体どうしたんだい」
「末理さん……妹が、取り押さえてくださって……」
「取り押さえるって……」
輝宮寺は怪訝な顔で私を見る。
「妹は帝都退妖軍に勤めているんです。こちらの水社さんも、同じく軍に勤めていて」
「軍……?」
輝宮寺はより一層、私たちに向ける眼差しを厳しくした。
軍は国から「軍人さん」と敬われる存在だが、「脳みそまで筋肉が詰まってる馬鹿」「あやかしがいるから役に立ってるだけで霊力しか取り柄のないあほ」みたいな認識をする人間も多い。それに退役軍人がやらかすケースもあり、ついでにいえば私が滅多打ちにした水社一心の部下みたいな調子乗りも存在するので、こういう反応は想定内だ。
「軍人は血に飢えた獣と称する方もいらっしゃいますし、妹さんとは義理姉妹ともお伺いしましたが……やはりそういう所で、違いが出てくるんでしょうね」
輝宮寺は別人のように冷たい声で告げた。
お姉様ではなく私への誹りなので特に反応せずでいると、「どういう意味でしょうか」と軽蔑のにじむ声が響く。それがお姉様のものであると気付くのにかなりの時間を要した。
今のは、本当にお姉様の声だったのだろうか。お姉様への敬意が私の鼓膜を騙してる可能性がある。
「どういう意味って……だってそうじゃないですか、片や軍人と、神にお仕えしている女性、差が出てくるなと」
輝宮寺は私に見透かすような目を向けた。
「僕、聞いているんですよ。花宵さんはずっと奉公先で苦労されていたんでしょう? 一方で妹さんは本家で苦労なく育ったと聞く。枯賀の天才で、当主様は一人娘かのように話をされていたとか。霊力至上主義とお伺いしましたが……世は戦えるほど霊力のない人間のほうが圧倒的に多い。そして経済を動かしているのは、戦いに時間を割かない人間たちのほうだ。そのあたりを、軍人たちはきちんと理解できているんでしょうか」
どうやら輝宮寺はお姉様を味方したいらしい。話が早い。あと無限に聞いた。そういう論調。千年桜は恋と咲くではお姉様を虐げていた枯賀末理が、お姉様の味方となった人々に死ぬほど糾弾される。
枯賀末理には相当なダメージが入っていたが、私は「同意しまーす」としか言いようがない。お姉様の幸せに響かなければ、何を言われようが何をされようがかまわない。それにお姉様を守ろうとの意思ならば私はそんなお前も肯定するよ。輝宮寺や。
「末理さんを悪く言わないでください‼」
お姉様が怒鳴った。
水社一心デシベルよりも大きな声だ。こんな声出るの?
皇龍清明様がピンチになったり死にかけたら声出るだろうけど、皇龍清明様はどこまでもピンチにならない。恋愛小説なら一回くらい窮地に陥ったり死にかけてお姉様の口づけで目を覚ますだろうという予想を全部すり抜けてピンチにもならなかった。ずっと無双。
なのでお姉様が大きい声を出すなんてことほぼ無かった。襲われたって息を呑むばかりで、「息を呑むばかりでワンパターン」とディスられ、人気が出てファン層が広くなってくると「怖くなった時に声を上げられる人間といない人間がいるんですよ」と議論が発生したほどのお姉様が、今、とんでもない声量で怒ってる。
「軍にお勤めの方は、毎日……命の危険にさらされながらそれでもみんなの為に戦ってくださっているんです‼ それに、甘やかされたなんて……末理さんがどうやって生きてきたか、私には全部は分からないけれど……末理さんは私を守ってくれた。豊かな暮らしをしているからと言って、そこに地獄が無いわけじゃない。末理さんには末理さんの苦しみがあったでしょう……私は、末理さんのこと何も知らない、なにかを言う資格はないのかもしれません……でも末理さんのことを知らない貴方に侮辱されたくありませんっ」
お姉様は手を震わせながら、目に涙を浮かべ声を荒らげた。
思わずお姉様を凝視してしまう。全然私は、お姉様と出会えて天国です。お姉様と出会う前のこと記憶にない。多分そこら辺で、アメーバとかスライムしてたと思う。人の形してないですね。それにお姉様は私に何かを言う資格あります。めちゃくちゃある。何を言ってもいい。見下して「私の足置きちゃん」とか呼んでくれて構わない。絶対呼ばないだろうけど。そして断じて私の願望ではないです。
ただ、お姉様に何を言われてもいいと、輝宮寺から何を言われてもいいの質は違う。
お姉様の言葉は、何でも受け入れたい。
それ以外の言葉は、そもそも入らない。
だから全然、侮辱はどうでもいい。
お姉様、私の為に喉を痛めないでとも思う。
なのに少し嬉しい。
「……っすみません。私……失礼しますッ」
お姉様は走り出してしまった。私は水社一心に振り向く。
お姉様を頼んだ。
「お前が行け」
水社一心は即答する。特大チャンスだというのに。慰めにいけさっさと。
「何で俺が行かなきゃいけないんだ。この八人の卑劣漢はどうする。地域部連れてくるまで見てるからお前が行け」
あたいが見てるもん!
「お前はこの八人殺しかねないだろ」
そう言われると引くしかなくなる。それはそう。でも本当にいいのだろうか。ここで「感情的になりハッとして混乱してとりあえずその場を立ち去った系お姉様を慰める」のがヒーローのセオリーではないのか。好感度上げポイントだろ。
「混乱はお前のせいだ。さっさと追え、高台を目指してるから」
ずっとお姉様を一人にしているわけにもいかない。輝宮寺も何故かこちらの様子をうかがうように見ているだけで追おうとしないし。私は水社一心が追わないのか再度確認しつつ、お姉様を追った。




