お姉様を幸せにする役割
お姉様は枯賀家で女中のように扱われる。奉公先でも相当な目に遭っていたが、お姉様以外全員ゴミクズ死んだほうがいいランキング上位斡旋枯賀一族についても同様だ。まず女中は、妹の命令でお姉様の食事に悪さをして、食べれない状態にする。お姉様が身の危険を感じ残せば、「枯賀家の味が気に入らないの⁉」と、ちゃぶ台をひっくり返すようにお姉様の膳をひっくり返す。
以後、妹は気まぐれにお姉様の飯を抜いたり、変なものを混ぜたりするわけだが、この女中たちは妹に命令され仕方なく……なんて裏事情は無く、普通に性格が悪い。元々女中同士で弱いものを見つけては嫌がらせをし辞めさせる蟲毒状態になっており、なんでそんなことになっているかと言えば、父の再婚候補兼将来の継母兼ね遠縁の女が「お仕事がないみたいなの」と自らの知人女性をほいほい連れてきてしまうからだ。
遠縁の女は典型的な子供嫌いであり「自分は子供が嫌いなので親になってはならない」という自らに戒めを行い生きるタイプではなく「子供嫌いだし世話したくないけど、既に大きくなってたら楽だしいけるかも」という、お察し型だ。観賞魚飼って一ヶ月後トイレに流したりするタイプ。
そんな女の紹介なので、うちの家は終わっている。それでも私が生きているのは、霊力が強いので下手をうてば殺されるからだ。典型的な強いものには弱く、弱い者には強くの社会が形成されている。
全員死んだほうがいいランキング中位に該当するのが女中だ。
そんな中で健気なお姉様が役に立とうと手伝いを申し出たらどうなるか、当然地獄である。
謙虚も倫理も道徳も持ちえないので、面倒な仕事を押し付け酷い目に合わせるのだ。
ということで、私はお姉様の荷ほどきを手伝った後、夕餉の時刻になったのでひとまず、奥座敷でお姉様と夕食を取ることにした。しかし──、
「その娘を奥座敷に入れるのですか」
だるまさんが転んだシステムでお姉様を部屋から出していると、女中が問いかけてきた。殺すぞと反射で返しそうになり、己の口の汚さに猛省する。お姉様がそばにいるのだ。汚いところは見せられない。見せられないが、女中も女中でお姉様に見せたくない。態度があまりにもひどいからだ。お姉様をゴミを見るような目で見ている。ゴミはお姉様以外のこの家全土なのに。さすが遠縁の女が連れてきた女中だけある。新人の女中を気に入らないといびり、私が新人女中を助けると遠縁の女が「子供が女中をつけ上がらせるのはね」「仕事の分別はきちんと分かってもらわないと」と母親面をし父親が私を注意する、新人女中は辞めてしまうという最悪の繰り返しだった。
ならばと新人がいないときに注意をしたが、私に対する態度が軟化するだけで裏で新人いじめを続行し、辞めさせる。そんな人間からの世話なんて受けたくもないので自分で全部やっていれば、父は「そんなに女中たちが気に入らないのか」と聞いてくるだけで辞めさせはしない。もう何を言っても変わらないという諦めがあったが、もう、いい。
もう、最悪刺す。人の命を奪うのが駄目なら、なんか死なないような鋭利なもので刺します。死ななきゃいいんだから。死なないように刺した後、結果的にその後死んだらもう死んじゃったってことで。
無言で睨みつけると女中は退いた。私が前を歩いているのでお姉様には顔は見えない。
本当は霊力の一つでも込めて潰しにかかりたいところだったけど、相手にはしない。千年桜は恋と咲くで妹は事あるごとに霊力で周囲に圧をかけていたけど、私はお姉様の危機まで温存する。好きな食べ物は最後まで取っておく、切り札は隠しておくタイプだから。霊力は使わない。慎重派なので有事の際は包丁を頼りますよ私は。
奥座敷に入ると、想像通り普段私の座っている場所にしか夕餉がなかった。父親はよそで取っているのでいない。私は自分の席の横に立ち、お姉様を見て、自分の席を凝視する。
「え……」
お姉様は、私、座席、夕餉を交互に見ているだけだった。「これが私の食事⁉」と飛びついたりしな い。そもそも育ちゆえに食事を用意されても自分のものと認識できないから。
私は無言でお姉様、座席、夕餉を繰り返し見る。とうとう、お姉様が「そこに座るの?」と聞いてきた。その通り。さすがお姉様。インテリジェンスが炸裂です。
お姉様が席に座ってくれたので、私は箸を取る。夕餉は白米、漬物、味噌汁、野菜の煮物、焼き魚だ。今までまともな食事をとってないお姉様の胃には危ないんじゃないかと不安がよぎるが、作中、皇龍清明様に「お腹が丈夫なのが取り柄なんです」と照れ笑いをしていたので大丈夫だろう。
お姉様の血となり肉となれることを誉に栄養になれ、いただきます。
心の中で焼き魚に活を入れながら切り分け、お姉様の唇に持っていく。するとお姉様は「え、え? あ、いただきます」と慌てて食事の挨拶を行ってから口を開けた。
小さな口で咀嚼している。私も食べられたい。そこらへんで野垂れ死んだりあやかしにたべられるくらいなら、この真っ赤な唇に吸い込まれてしまいたい。お姉様は今現在焼き魚を噛んでるけど、昨日今日会った妹を噛むのは躊躇いそうだ。よく噛んで食べないと消化に悪いのに。あらかじめ私がすり潰されればいいのか。そして飲んでもらいたい。お姉様の身体の中に溶けてしまえばこの呪われた出自も少しはましになれる気がする。
いいなぁ、白米。お姉様の栄養になれて、いってらっしゃい。
焼き魚を食べた後は白米かなと、お姉様の口に送り込んでいく。そうしてお姉様が夕餉を召し上がった後、私はお姉様を自分の部屋に返し、退席した。目的地は女中たちが使う部屋だ。
足音を殺し部屋に近づくと案の定だった。
「霊力もない女にどうして仕えなければいけないのかしら。旦那様は一体何を考えているの」
「一応は枯賀の血を引いているし、奉公先があやかしの襲撃に遭っても生き残ったんでしょう? もしかしたらって思っているんじゃないの?」
「霊力がなかったから襲わなかったかもしれないのよ」
「でも、今はまだ末理様しかいないじゃない。高い霊力を持つからこそ、もっと上位の貴族に嫁ぐことになるかもしれない。だから婿取り用の予備が必要って奥様もおっしゃっていたわ」
奥様というのは、遠縁の女だ。再婚前なので奥様ではない。女中たちが勝手に呼んでる。実際そうなるので最悪だ。
「予備って言ってもねえ、無能の女に仕えるなんて冗談じゃないわ」
判断はついた。女中は敵だ。お姉様不敬罪で死刑です。カンカン。判決終わり。
声をかけずに戸を開く。中では女中たちが手仕事をしていたが、壁の隅に投げ捨てるようにお姉様がこの枯賀家に来るまで履いていた草履が転がっていた。
私はそのまま室内を突き進み、草履を掴む。もう用はない。出て行こうとすると「お待ちください末理様‼」と女中が制止してきた。
「何故その娘に目をかけるのですか⁉ 旦那様はご存じなのですか⁉ 末理様、あの女は貴女様にとって目障りなはずでしょう‼ もし霊力が開花すれば、御嬢様の敵になるはずでしょう‼」
女中は自らの正しさを訴えるように私の前に立つ。
くだらない。思ってもいないことをよくもまぁそこまですらすらと話せる。
霊力が開花することなんてありえないと思っているから嫌がらせをし、草履を盗む。なのに犯行現場をおさえられれば「もし霊力が開花すれば」なんて、自己保身に他ならない。私から攻撃されないよう、敵を用意しすり替える。醜い。
私は無言で見返した。
それになーにが御嬢様だ。この女たちはお姉様がやってきてから、私が一音も発していないことに気づかない。その程度の関心しかないのだ。お姉様や新人をいびるのも、本当のところは目障りだからじゃなく、加害者になれば被害者にならずに済むという身勝手な自己保身と自己愛護だ。自分大好き同好会。
私は無視して、女中がついてこないようそのまま勢いよく戸を閉める。お姉様の草履は形を整え、綿の布で包んだ。懐で温めておこうか悩むけど、お姉様は暫らく履かない。親切じゃなく趣味になってしまうのでやめた。でもこれ煮て食べたらおいしそう。出汁ごといただきたいですね。
「あ……」
自室こと今日からお姉様との二人きりのお部屋に戻ると、お姉様は部屋の角に居た。びっくりする。
お姉様の美しさでギリギリ相殺できるか微妙なレベルの強烈な座敷童感。部屋の中心に居ればいいのに。いやでも部屋の真ん中にはお姉様と私のスペースを区切る箪笥があるので、そこに鎮座するとなるとお姉様は女神像となり神社を建てられ奉られてしまう。
私は無言で草履を差し出した。
「持ってきてくれたの?」
持ってきたし温めようとしました。でもやめました。褒めてほしい。心の中で自白をしながら褒めの要求をする。
「ありがとう……」
お姉様は嬉しそうに草履を手に取った。どっちに対してのありがとうだろう。草履を温めようとしたのやめたことか。持ってきたことか。お姉様の心のうちは分からないので、判断が付かない。
「……」
お姉様はどうしていいか分からないようで、静かに部屋の隅に戻り、待機した。
小説「千年桜は恋と咲く」では妹と仲良くなろうとした……と書いてあったから、もっとコミュニケーションを図ってくるかと思ったけど、どうなんだろう。怖がられているのだろうか。何か襲い掛かると思われているのなら、私のことは全然縛ってくれて構わない。全然殺してくれても大丈夫です。
それとも、私が座敷童か何かだと思われているのだろうか?
まぁいいや。このままお姉様には沐浴をしてもらい、寝る。布団もくすねてきたので、私はそれで寝るつもりだ。「あ、布団一組しかありませんね」って添い寝を狙ったりしない。人間の心がかろうじて残ってるから。そういうのは皇龍清明様に全部譲る。
お姉様を幸せにする役割は、ヒーローが持っているから。
私はそれの、橋渡しをするだけだ。
お姉様が痛い思いをしないよう、傍にいて守る。ヒーローが登場するまで。
それが終われば、潔く消える。
邪悪と共に。




