浅くなくて軽くなくて薄くない
お互いの身辺・近況情報交換が終わり、お姉様と輝宮寺は二人で街歩きをすることになった。私は苛立ちを募らせながら、お姉様たちの9メートル後ろを歩く。
「普段は、どういうところでお買い物をされるのですか」
「神事があるので……あまり」
輝宮寺の質問にお姉様はそっと答えた。
「いいですねぇ、そういう方、とてもいいと思いますよ」
「そうでしょうか……?」
「ええ、女性って歌劇の俳優に夢中になったり、着飾ることに躍起だったり、自らの欲に忠実じゃないですか。そういうところに商機を見出している私が言うのもあれですが……妻にするなら慎み深い女性のほうが、男も家を任せられるものです」
ばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああか。
心の中で叫ぶ。
「そうでしょうか……」
お姉様は少し悩んだ後、うつむいた。
「花宵さん」
「何かに夢中になるということは、そう悪いことではないように思います。それが、どんなものであっても」
お姉様のこういうところが、私は好きだ。誰のことも受け入れ、批評しない。どうあってもいいと許してくれる姿勢。だからさっき輝宮寺が他の女を下げてお姉様を上げたが、馬鹿なのだ。そういうのをお姉様は好かない。
「お前のお姉様第一と違うのか」
水社一心が問う。
一緒だ。本質は一緒。でも私の場合はお姉様が至上、お姉様以外は比べてすらいない。お姉様かそれ以外かというだけだ。お姉様はこういうことが出来てお姉様以外はできないと話すこともあるがそれはお姉様を上げるためではなく事実を言っている。批評ですらない。空が青いので青いと言ってるだけだ。お姉様は──お姉様だから。比較ができない。
「変なこだわりだな」
水社一心は突っ込んでくる。お前だって変なこだわりがあるくせに。
「俺にどんなこだわりがあるんだよ」
美浜の娘に対して詩人ぶって愛について語っていた。
愛情が浅くて軽くて薄いみたいな。美浜の娘は自分が狂っているという認識で自己像を補強していたようだが、水社一心の言葉でズタズタにされていたと思う。
「実際あれは、浅くて軽くて薄いだろ」
分からない。水社一心と違って心が読めないから。
「喋ってることも軽かっただろうが、それを、あたかも執着かのように語っていたが、そんなものじゃない。心からの言葉は、早々、口に出来ない──少なくとも俺は」
水社一心は白けたように笑うが、果たしてそうだろうか……?
よく分からない。他人の他人に対する好意ほど、どうでもいいものは無い。ただ、触らせんなよとは思ったが。
「誰に何をだ」
美浜の娘に抱き着かれていた。ああいう、女に簡単に身体を触らせる男もどうかと思う。
「下手に避けてけがをさせても問題だろう、別に触らせたくて触ったわけじゃない」
なるほど、力加減か。ならば今度は私が代わりに引きはがしてやろう。
「別に」
力加減が怖いなら、私は女同士だし適役だ。それにさっきも言った通り、簡単に触らせる男も、簡単に触らせる女と同じくらい好かない。
「頼もしいな。なら今後、俺に触ってこようとする女が現れたらお前に抑えてもらうか」
もちろんだ。しかし水社一心が「やめろ」以外の注文をするのは珍しい。顔を見ると、いつもの険しさも感じず、どこか愉快そうだった。
◇◇◇
お姉様と輝宮寺は茶寮に向かった。茶寮というのはカフェである。ようはちゃんとしたデートスポットに一緒に行ったということだ。すごい辛い。お姉様は『千年桜は恋と咲く』では、皇龍清明様とファースト茶寮デビューをする。その思い出を穢された気分だ。
「三人で何回も行ってるだろ」
お姉様から見えない席でひっそりと監視を続けていると、水社一心は抹茶ミルクを飲みながら横やりを入れてきた。実際水社一心の言う通り、私とお姉様と水社一心で何度かカフェを利用した。皇龍清明様との思い出じゃなくていいのかなと遠慮したけど、お姉様は「実は末理さんと来てみたくて」と言ったので、もうそこまで言われたら私は頷くしかできない。お姉様はその時もお金を払おうとしたけど、私のほうがお金を持ってるので私が払おうとし、水社一心が「女に払わせられるか」と男女差別を強いてきたので、水社一心の支払いになった。
「男女差別を強いてきたってなんだよ」
言葉通りの意味だ。私は三人の分を払いたかった。
「無駄遣いするな」
お姉様と水社一心に支払う金は無駄じゃない。
「そうかよ」
それに私の金は、キモ枯賀の見栄っ張り資金である。枯賀の家で『千年桜は恋と咲く』の記憶を思い出してから、お姉様と出かけるふりをして着物や装飾品を売り払った。すべては父親や正妻気取りがお姉様に見せつけるために購入したものだ。お姉様には買わない、私には買う、そうすることでどちらが上か分からせたいような話をしていた。そういうものを全部売った。
「お前は着物にも装飾品にも興味示さないが……お姉様の為か」
正直、着飾ることそのものに興味が無い。こだわりもない。反物を見てお姉様に似合いそう~と思えど、正直お姉様は何でも似合う。でも自分が着ると思うと、何も思わない。
「お姉様に服を貰ったらどうするんだ」
着る。
「勿体なくて着れないみたいな気持ちは」
ある。
「じゃあ着ないのか」
勿体なくて着れない自分を殺して着る。お姉様が着ることを望むなら着る。すぐに着ないとお姉様のことだから気に入らなかったのかと心配してしまう。その前に着る。たとえ往来であろうと全裸になってすぐに着る。
「そうだな、お前はそういうやつだった」
水社一心が呆れ顔をする。私は珈琲を飲みながらお姉様の様子をうかがう。
「……お前、母上や父上の買ったものは着ているな。あれはどう思っているんだ」
服。ありがたい。嬉しい。捕まらずに済む。
「捕まらずに済む?」
全裸で外に出たら捕まるだろう。心の中で答えると水社一心は眉間にしわを寄せた。
「お前捕まらないように服を着ているのか?」
水社一心の言葉にうなずく。しかし奴はこちらを疑うような顔をして、それきり何も言わない。
「みて、あの二人、デエトね」
水社一心と問答を続けていれば、傍の席に座っていた女性客たちがコソコソ話を始めた。勘弁してほしい。
「ずっと囁き合ってる。どんな話をしているのかしら」
女性客は楽しそうだ。水社一心が一方的にしゃべっているように見えたら怪しい。そのため水社一心が喋るときはなるべく近づいていたが、他人からすれば親密だと誤解される。
「すごい見つめ合ってる」
見つめ合ってるじゃなく軽蔑されてる。
私はお姉様のほうへ顔を向けた。今まで水社一心と話をしている間にもお姉様の御尊体は横目で確認しており、ある種、水社一心は隠れ蓑だ。
「もうすぐ花火大会ですね」
輝宮寺が話をふる。誘ってる。完全に。この状況でただイベントについて話すパターンは極めてまれだ。お姉様は「そうですね」と相手を傷つけない応答をした。素晴らしい。このお姉様のお言葉を無難と言う人間もいるかもしれないが、無難が一番だ。この状況で「花火好きです! 死体とか混入させたら完全犯罪⁉」と返したら輝宮寺なんかどっか飛んでいくだろう。
「お前は考えかねないけどな」
メイドイン水社一心の横やりが飛んできたが私は気にしない。




