俺が死ぬほど苦しむことなんてお前に分からないだろ
水社一心は屯所では死ぬほど風呂待ち伏せを行っていたが、実家ではさすがにまずいと思ったらしい。普通に「行ってこい」と犬に命令するみたいに私を見送った。
すると──、
「良かったら、一緒に入らない?」
お姉様がお風呂場にいた。登場人物の男女比で女の子がめちゃくちゃ多いアニメ見たいな過ごし方をしたあと、風呂を終え髪を乾かし、以前水社に住んでいた時と同じ部屋に向かうと……、
「……良かったら、一緒に寝ない?」
お姉様が布団を二組並べていて、失神しそうになった。
お姉様は自分の布団の上に座り、片方の布団をぽんぽんしている。私もぽんぽんされたい。布団が羨ましい。私もぽんぽんされたい。お姉様がぽんぽんしているので私が布団に入るとお姉様はぽんぽんをやめてしまったが、お姉様がぽんぽんした布団で眠れることができる。実質プラマイプラス八億ですね。この状態を人生のハイライトとして全然死にたいんですけど。今日が命日でいいです。
「おい‼」
どこかからお坊ちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。「どうしたの?」とお姉様が笑いながらこちらを見る。あのバカが怒鳴るとお姉様は私が何か心の中で言ってると思うらしい。その通りだけど水社一心と一心同体感があってめちゃくちゃ嫌だ。そしてあいつはツッコミに飽きたらしく何も言ってこない。
飽きるのが早すぎる。
「私、明日はちょっと用事があるの……なにか美味しいもの買ってくるからね」
お姉様は言う。お姉様のお金の出どころはおそらく水社家ではなく過去の奉公先の微かな小遣いと着物などなどだ。使ってほしくない。お姉様の大事なお金だ。それに明日私は、お姉様を追う。
「お休みしましょうか」
お姉様が灯りを消した。布団がすれる音が暗闇に沈む。
心臓ばくばくしてきた。刺激が強い。久しぶりだしお姉様と寝るの。というか安全な空間でお姉様と寝るの初めてな気がする。枯賀家で一緒に寝てたけどバカが入って来たぶっ殺してやるからなと殺意を抱えていたし、お姉様がお手洗いに行くときにほかのカス共に嫌がらせされないよう、必ず火かき棒を持って護衛していた。
水社家に入ってからは部屋を一人部屋を授かるという好待遇だった。お姉様は是非よいお部屋で、私は納戸でと思っていたけど水社一心がギャアギャア言って……ずっと別だった。
どうやって寝よう。考えていると、「まだ起きてる?」とお姉様が声をかけてきた。
これ、ささやき系ボイスじゃん。私はすぐに上半身を上げた。
「寝てて大丈夫……ごめんなさい」
お姉様は謝罪した。軍の起床しちゃった。申し訳ない。私はすぐに布団に伏せた。アニメや漫画のキャラの就寝はびっくりするくらい仰向け率高いけど、私はうつ伏せ派だ。このほうが腕立て伏せの仕組みで起き上がれるしそばの火かき棒でお姉様を傷つける馬鹿をぶん殴れるから。
「軍で、怪我とか危ないことしてない?」
お姉様のささやかな質問に、私は首をぶんぶん振った。お姉様は照明すらない状態で仕事をさせられたりしていたので夜目が効く。私のことも見えている。
「ほんとう?」
お姉様は心配そうだ。お姉様はいつもこう。自分より人の心配ばかりする。誰がお姉様の心配をするのかというくらい、お姉様が心配するのと同じ量の心配を誰がお姉様に向けるんだとこちらが憤るくらい、誰かのことを考える。
それを当たり前とするお姉様。欲しいものを人に容易く与えるお姉様。
そんなお姉様だからこそ、私は守りたい。
「末理さんが怖い夢、見ませんように。おやすみなさい」
お姉様は祈る。私は心の中で誓う。
お姉様に怖い思いをさせる存在を、此の世から消す。
◇◇◇
翌朝、お姉様は水社パパママと共にお見合いに向かった。場所は高級料亭だ。
私はお姉様とお見合いする男を見定めるべく、コッソリついて行った。
しかし──、
「もう少し派手な着物にしておけばよかったのに。逆に目立つぞ。花火みたいな柄のほうが良かっただろ」
横に水社一心がいる。料亭はそこら辺の屋敷より広い中庭があり、その景色を眺めながら食事を楽しめるようになっている。そのため中庭に潜めばお姉様が見合いをしている様子を監視できるのだ。ちなみに常識があるので料亭には軍人である証明を提示、調査を行いたいとジェスチャーで伝えた。
なので私は中庭に潜む正式な許可を得ている。水社一心はどうなんだろう。無許可では。
「お前の許可取りに補足までしたんだぞこっちは。お前二等兵のくせに一言もしゃべらないから本当は相当な役職じゃないかって板前が変に期待してたからな」
水社一心は横目で見てくる。店の人間に勝手に期待された。勘違い主人公モノの導入じゃん。しかもこの口ぶり、結構はしゃいでるだろ板前。
「ああ。非日常に浮ついていた。特殊能力持ちじゃないかって」
やっぱり。
霊力が高い人間も少ないが、能力を別に持っている人間はさらに少ない。水社一心は……素で霊力が高い、ミヤシロ様の加護で水に関する術にバフがかかっている、心まで読めるので皇龍清明様と渡り合えるというか、多分、皇龍清明様のいない恋愛モノならヒーロー相当のパワーがある。お坊ちゃんだし。しかも水社一心が追加で補足してたら板前の期待も相当なものだろう。
「ああ」
期待値下げといてくれた?
「いいや? 今回の件は全部お前が悪い。徹頭徹尾お前が悪い。そんなお前に協力する筋合いはない」
じゃあなんで傍にいるんだよ。おかしいだろ。ただの趣味の付き纏いになるぞ。
「そう思うならそうなんじゃないか」
その投げやりコミュニケーションやめてくれよ。通じるか分からないけど。
「人間との対話みたいな意味だろ」
水社一心はどんどんカタカナ横文字を覚えていく。この物分かりの良さで私の付きまといもぜひやめて頂ければ助かるが。
「お前には前科がある。角材で局員を襲撃した」
ならチクれば? そうしたらお前が死ぬほど後悔するようなことをしてお前を苦しめる。
「俺が死ぬほど苦しむことなんてお前に分からないだろ、絶対に当てられない」
なら何故チクらない?
「除隊処分だけじゃなく逮捕になる。水社の名に関わる」
その言葉に、私は奥歯を噛み締める。
「俺を苦しめると言うわりに、それは嫌なんだな」
ピロピロピロ。
「お前は口だけの時と行動だけの時と極端だ」
ピロピロピロ、私はお姉様を監視しなければ。
気を取り直して、お姉様と見合い相手の監視を再開する。
「本日はお日柄も良く……は、祝言の言葉になってしまいますが……ハハ」
そう言って笑うお姉様のお見合い相手──名前は輝宮寺啓太郎というらしい。見た感じいかにも爽やか少女漫画キャラだ。茶髪だしバスケ部と軽音部の兼任してそう。一生ドリブルしてろ。
「枯賀花宵と申します……」
お姉様は恭しく礼をする。以前は使用人然としていたが、おそらく水社家で淑女としての教育を受けたのだろう。名家のご令嬢みたいだった。美しい。努力の姿勢。そして教育を施してくれた水社家に感謝する。お姉様綺麗。やっぱり自分に出来ることを出来る範囲で地道にこつこつ生きてた人間が報われるべきだ。未来への希望を感じる。こういう生き方でいいんだっていう。お姉様ありがとう。貴女がこの世界にいてくださる事実だけで、私はこの世界を恨みきらずに済む。
「花宵さんは今は水社家にお住まいで、神事の補助をされているとか」
「はい……」
お姉様は控えめに相槌をうつ。お姉様的には奉公している認識だろうが、見合いの場でそれを言うと水社の面子を潰すことになる。以前のお姉様なら自尊心の低さゆえに「私なんかが置いていただいている」という気持ちで正直に言っていたかもしれないが……それを言わないのは自己卑下やへりくだり癖が和らいでいるのだろう。最高ですね。お姉様は素晴らしい。わざわざ自分を攻撃する必要はない。お姉様を攻撃するお姉様だけは、私は肯定できない。抱きしめることしかできない。
「えっと、輝宮寺様は……舶来品を取り扱っていると……」
お姉様が相手に話を向けた。すごい大きい一歩だ。お姉様はカスの周囲のせいで、なにか言ったら攻撃されると最悪の学習をしていた。それゆえにやる気が無いのではなく「言われたこと以外をしたら殺される」「聞かれてないのに喋ったらダメ」と自分を封じている。それをやる気が無いと奉公先で誤解され、一生懸命行動してるのに見てもらえず、派手めに主張する人間が称賛される悪循環に陥っていた。私はお姉様が注目を浴びるためなら爆竹を鳴らします。全然もう、全裸になる。
「はい。実はお仕事について知っていただけたらと、今、一番人気の品物をお持ちしました」
輝宮寺はお姉様に白い包みを渡した。
「開けてみてください」
お姉様は言われた通り包みを開いた。
「肌を守る効果があるんです。今、使ってみてください。香りを極限まで抑えたので、普段使いできるんです」
要約するとハンドクリームだろう。画期的。香油は匂いあってこそのものだけど、お姉様はキツい香りを好まない。香水嫌い、香水臭い女は嫌という差別的な意図はなく、普通に酔うのだ。お姉様の内心を描写したモノローグでは、香水に対して「くさい」ではなく、くらくらするという平和的表現が用いられていた。美しい御心である。お姉様は「普段使い……」と復唱した。
「はい。なのでこうして料亭の場でも、場所を問いませんよ。少しお借りしても良いですか」
「あっ、はい……」
お姉様は輝宮寺にハンドクリームを渡した。輝宮寺は「こうして手に取って……」と自分の指にクリームを取り、お姉様の手の甲にあっさり触れて、クリームをつけた。
殺しちゃおう。こいつ。
女の手に簡単に触れる人間は殺していいと法律で決まっている。だって本当にキモいもん。軟派キャラなら分かるけど、硬派とか冷酷設定ついて女に簡単に触るキャラ心の底から嫌い。つい抱きしめるみたいなのも憎悪している。だからこそ皇龍清明様はお姉様に相応しいのだ。あの人全然触らないから。ずっと清い。お姉様に触れようとして手を伸ばしやめる場面が二桁あり、低レビュー喰らうのは基本水社一心だが、触れようとして触れないを繰り返し過ぎている、ワンパターンというレビューが次いで多かった。サイコパスでもないのにベタベタ耳やほっぺた触るような男なんか信用できないだろ、絶対浮気するぞとしか言いようがない。その点では小説の水社一心は正気だった。あいつはお姉様に触らないから。触れない、触れることすらできなかった、俺は女々しいみたいなことをグチャグチャ言っていたが、触れられないことは悪いことじゃない。女に簡単に触れるのが男らしく称賛される世界なんて間違っている。そんな男らしさなんてクソだ。手を握っていいかどうか悶々と悩めぬ男に未来なんてあってたまるか。
「こんな感じで、手に滑らすように」
「なるほど」
そしてお姉様は勉強熱心なので、輝宮寺の話を聞きながら自分の手にハンドクリームをつけている。
「これは、剣道の鍛錬などで痛めた手にも、効果がありますか」
「はい。ただ、直前に塗ってしまうと、どうしても滑ってしまうので少し馴染ませたほうがいいですね」
「それでは時間を置くとか……?」
「はい。二十分ほど置けば、もう十分だと思います。お客様には批判防止のために三十分と伝えてしまいますが……二十分で大丈夫でしょう」
輝宮寺はひとりでに笑う。ウケ狙いだ。
「なるほど……」
そしてお姉様はウケない。なぜならすごく真面目だから。全部本気で受け取る。そういうところがexcellent。お姉様の素晴らしいところなのに輝宮寺は苦笑した。刺す。思わず立ち上がろうとすると、水社一心が「待て」と犬のように命令してきた。
「相手は民間人だぞ。逮捕される」
司法に阻まれた。司法は大事。司法があるからお姉様も守られてるわけだし。人間の倫理なんてあてにならないし。性善説なんてない。私が証明だ。
「少し、つけ過ぎてしまったようですね、すみません」
輝宮寺は詫びながら──お姉様の手に再度触れた。
「こうして、苦難も分かち合える関係になれたらと思うんです」
輝宮寺はお姉様の手をすりすりする。
あいつの頭を砂利道ですりすりしたい。
しかし隣の水社一心が「見合い中、相手は商売人」と、殺人が合法にならない根拠を並べてくる。
私は歯を食いしばりながら、お姉様と輝宮寺の見合いを眺めていた。




