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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第四章 お姉様を助けてくれた水社家
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お前のことは分かってる

 水社の屋敷に戻ると、大広間のテーブルにはドカンと大きな桶に入った素麺が鎮座していた。そばには錦糸卵に肉そぼろに野菜の煮びたしに薬味に刺身と天ぷらまで並んでいる。すごい豪華。お姉様がこれらを消化できるほど回復していることに喜びを覚える。枯賀の生活もクソオブクソだがその前のお姉様の食生活も酷かった。嬉しい。お姉様と豪華な食べ物の並び最高。本当に水社家には感謝してもしきれない。こんな私のような人間にも食事を用意してくれて。また振り込みます。利子もいい感じにつくと思います。


「花宵さんと腕によりをかけて作ったの。たくさん食べてね。素麺まだあるから」

「ちょっと茹ですぎてしまってね、はは」


 水社ママとパパが嬉しそうに追加の素麺を出してくる。また食べても無いのに。しかも茹ですぎたのレベルじゃない。多分、初動の段階で量の見積もりが色々違ったと思う。水社一心を見ると「食えるだろ」と平然とした顔で言った。


「食堂で食ってる量と変わらない」


 お前一緒に食べたことないだろ。


「食堂の人間に聞いてる」


 なにを。


「お前の食べた量」


 ひえ~怖いよ~泣いてしまう。救いようが無いよ~。なんで食べる量なんか聞いて回ってるの~? 怖いよ~。絶妙な気持ち悪さだよ~。ふえええええん。


「お前のお姉様が手紙で聞いてくるからだ。だからお前のことは分かってる」


 え?

 私はお姉様に振り向く。お姉様は「ちゃんと食べてるか気になって……」と申し訳なさそうな顔をした。お優しい~なんでそんな申し訳なさそうな顔を。私を心配してくれていたのに。全然気にしなくていいです。情報共有の間に挟まる男に問題があっただけでお姉様は謝る必要なんかない。全然お姉様の為なら私の食糧事情どころかお腹を切り開いて胃を見せます。全部、全部見せる。お姉様が知りたいのなら私はお腹を切ります。


「切腹だぞそれ」


 水社一心が引いてきた。お前散々引くようなこと言っておいて今更まともヅラしてんじゃねえぞ。


「あの、お姉様の為なら、お腹開いて見せるって言ってるくらいなので、気にしなくていいです」


 水社一心は呆れながら私を指さす。人に指を差すな。


「さ、食べましょう」


 水社ママが着席を促す。なんとなく促されるまま座ったら右にお姉様左に水社一心と天国地獄座席になってしまった。


「おい」


 水社一心が小突いてくる。これ完全に暴力ですよ。


「いただきます」


 水社ママの号令で手を合わせた。水社家で食事をとるとき、なるべく食事はみんなで……だった。水社ママ回復後は、ちょうど私が立ち歩くのもやっと状態になったので、こうして水社パパママ、水社一心、お姉様、私で並ぶようになったのは軍に入る直前の話だが。


 私は皆と同じように手を合わせ、箸を取った

「これ、花宵さんが作ったのよ」


 水社ママが錦糸卵を差す。すごい。国に寄贈しよう。お姉様は照れた顔で私を見る。食べてほしそうだ。拝命いたします。


「どう……?」


 お姉様の問いかけに私は小刻みにうなずく。「喜んでますよ」と水社一心が付け足した。


「良かったぁ」

「花宵さん、ずっとお料理の練習しているの」


 水社ママが目を細めた。嬉しい。お姉様は以前、雑用扱いされていたけど、仕事が無いなら無いで自分の存在意義について考えてしまうタイプだ。何もせずとも何も出来なくても価値なんて無くてもお姉様はお姉様であり私にとって大事なお姉様だが、お姉様が自分という存在を肯定するには、「なにかすること」がどうしても必要になってくる。そして水社ママが「花宵さん」と自然にお姉様の名前を呼ぶことも嬉しい。お姉様は私の名前を呼んでくれた人、と皇龍清明様について言っていた。それほど呼ばれなかったのだ。お姉様は。名前を呼ばれるよりも疎まれるほうが多かった。


 だから嬉しい。やっぱり軍に行ってよかった。私は、お姉様をお守りできる。


 錦糸卵と共にお姉様の存在する喜びを噛み締めていると、片側から不穏な気配を察知した。横目で見ると水社一心が私を見ている。


 他人見ながら食ってんじゃねえよ。お前自分の親が作ってくれた料理でもあるんだから料理を見ろよ。


 悪態をつくけれど「喜んでますよ、お姉様と一緒に食べられること」とお姉様に補足してくれたので、なんとも言えなくなった。



 素麺を食べ終え、お片付け大臣を拝命しようとしたら「普段人を守るために戦っているんだから」と台所から追い出された。水社一心のいる退妖対実地戦闘局と異なり、退妖武具・装具管理局は戦いなんてしない局だ。それを翻訳してくれればいいのに水社一心は無視してきたので無念極まりない。


「末理さん」


 お姉様が食事の時に座っていた畳を凝視していると、水社ママが近づいてきた。何か手伝いだろうか。やる気を示すジェスチャーをすれば、「お手伝いは大丈夫」と苦笑された。無念。


「花宵さんのお写真、見る?」


 私は全力で首を縦に振った。首が引き千切れても構わない。水社ママは悪戯っぽく目を細め、これ、とアルバムを出してきた。時代的にまだ白黒だけど、そんなことは関係ない。たとえ5Kであってもお姉様のすばらしさは写真におさまらない。生お姉様にはすべて劣る。しかしお姉様を写し取った写真に価値が無いかと言えば別だ。この世界の価値あるものランキング一位がお姉様、二位がお姉様が大切にしているもの。三位がお姉様に触れたもの。四位がお姉様を模したものである。第四位は大きい。「四位なんかーい」というツッコミをされても怒らない。そのランキングの十位は一般市民です。


 私は急いで手を洗うと、白手袋をはめた。


「これはねえ、春に撮ったの。桜は咲く前も散り際も綺麗だから、川のほうへ行って」


 そう言って水社ママが畳に写真を並べる。水社夫妻にお姉様という構図だ。家族写真みたい。こういう家族だったらよかったのに。心の底から思う。お姉様は虐げられた果てに溺愛される。それは今辛い環境に身を置いている人間の希望になるけれど、出来れば苦しいことなんて無いまま幸せになりたいと願うのが人間だし、辛いことの先に幸せがあると祈るのは今まさに辛い人間の祈りであり、絶望や辛さが幸せにつながるから辛い目に遭いたいと願える人間なんて、無責任で無神経なだけだ。


「これは草餅を食べた写真」


 次の写真は、水社パパとお姉様が草餅を食べる構図だ。手前に草餅が大量に並ぶ皿が見える。


「これは私のぶん。美味しかった。来年、お休み取れるかしら? 一緒に食べましょうね」


 水社ママはパワフルだ。ミヤシロ様の祠で水の球体に入っていた時はおしとやかな雰囲気がしていたけど、枯賀家に殴り込みに行ったし……水社一心の為に自分の命を犠牲にしたかどうかは、ハッキリ分からないが、しかねない気概もある。


「これが、紫陽花が咲いた写真」


 水社夫妻にお姉様という、さっきの桜の写真の紫陽花バージョンだ。


 ほかにも、これまでの暮らしが伝わってくる写真が並べられていく。


「お手紙にあっただろうけど、見たほうが伝わるかなと思って」


 そう言って水社ママは微笑む。私は三つ指をついて頭を下げた。お姉様を支えてくれたこともそうだし、こうして写真に残してくれたことも、何もかも、感謝してもしきれない。


 お姉様が欲しがっていたささやかな幸せ以上のものを、水社家はお姉様に贈ってくれた。


 私がどんなにあげたくてもあげられないそれを、お姉様に贈ってくれた。


 目頭に熱がこもる。私は額を畳に擦り付けた。


「やめて、そんな風に頭を下げないで。私こそ……貴女に感謝してるの。感謝してるという言葉すら、軽くなってしまうと思うくらいに……」


 ぐっと水社ママが私の肩を上げようとする。


「私は、貴女から霊力を奪ってしまった」


 そんなことはない。私は首を横に振る。


 ミヤシロ様はおそらく神様としていろいろ限界だった。あやかしがいるからといって神を身近に感じる人間は少ないし、帝都退妖軍の存在で、神に救いを祈るより軍に通報したり、自分で何とかしなければという個人主義に近い考えが浸透した。結果的に信仰心が薄れ、ミヤシロ様の霊力や神様の力が減っていき、生贄なしに存在できないほど弱まったのだと思う。


 誰かが、なんとかしなきゃいけなかったし、その誰かは水社一心の母親が担っていたけど──適切ではなかった。私がすべきだった。枯賀末理という、物語上、稀代とされ血統主義の人間が尊重するような霊力を持つ人間が、一番適していた。


 だから、私は霊力を捧げた。


 私は静かに前を見据える。


「……貴女は、一切、後悔してないのね」


 私は口角を上げた。霊力を捧げたことに後悔はない。手段が一つ失われたのならば、他の手段を得ればいい。


 私は……そうやって生きていく。お姉様の幸せが、完全なものとなるまでは。


 何一つ選べなかった前世と違う。私は、全て選ぶ。


「実は……花宵さんに縁談の話が出ているの」


 死のうかな。


 水社ママはスン、と鼻を動かした。私の自死衝動を嗅覚で感じ取ったらしい。「絶望しないで」と切羽詰まった表情で押さえてくる。


 だって縁談って何。皇龍清明様……皇龍清明様か⁉

 ワンチャン皇龍清明様では。


 私は気をもち直すとそれを臭いで感じ取ったのか、水社ママは「びっくりさせてごめんなさいね」と謝る。本当にそうです。びっくりしました。危うく池に飛び込むところですよ。


「相手は商家のご令息で」


 飛び込もう、もう。違うじゃん。皇龍清明様じゃないじゃん。池だよ池。お姉様の幸せの為なら縁談は進むべきだけど色々複雑だ。えーどうしよう分かんないこういう時。勝手に言い寄ってるなら普通に決闘申し込んでお手並み拝見コースだけどお見合いだし水社家との繋がりがあるし……。


「水社としては花宵さんの意思を尊重したいから、断るなら普通に断っちゃうんだけど……花宵さん、気乗りしないまま婚約をすすめようとしていて……」


 私は愕然とした。


 いやもう、気乗りしてない、水社家も歓迎してないならその男と手合わせですよ。どっちが強いかはっきりさせるシンプルな話だ。水社ママは「なんていうのかしら……」と首をひねりながら説明する。


「多分、その、水社の顔を立てようとか、無理して……縁談受けようとしているみたいなの。でもほら、私は匂いで分かるけど……花宵さんは、縁談したいって言うし……言葉で言われてる以上進めないわけにいかないから、だから……明日にしてるの。顔合わせ」


 え?

「顔合わせで恋に落ちたなら別だけど、結婚しなければと結婚して……後で、後悔した時に、自分で選んだ選択より、こうしなきゃで選んだほうが、立ち直りに時間がかかるものだから」


 ──それにね、と水社ママは続ける。


「義務で結婚なんてするものじゃないの。手続きとか、本当に面倒だから。私は夫を愛しているけれど、愛でどうにかできないの。あの人のことを私は愛してる。食べちゃいたいくらい。頭からかぷって。でも役所の手続き、本当に面倒なの。一回行って終わりじゃないの。結局何回か行くことになるの。色々いつまでにああしなきゃいけないこうしなきゃいけないがあってねえ、大変なの」


 水社ママはうんざりしている。


 水社家という名家ゆえの色々があるのだろう。多分。


 そして、なんとなくだけどお姉様の縁談について察した。


 水社家的には、他人の心を読んだり感情を読み取る能力のこともあり、相手の発言や選択を重視する。だから見合いを受けなくてもいいし受けてもいいという尊重スタンスを取ったところ、お姉様は気を遣い、顔合わせまで進んでしまった。そし水社ママはお姉様の「縁談が嫌」という感情の匂いを嗅ぎ取った。ただ、勝手に感情を嗅ぎ取ってあれこれするのは「ずるい」と思ってか、私にこうして話をして、お姉様の真意を探りたいということだ。


「貴女からも様子を見てほしくて……ダメそうだったら教えて。私が、なんとしてでも断るから」


 正解だった。分かるもんだって。水社一心は今でこそあんなだが千年桜は恋と咲くでは心を読むのはずるいことであり、相手の望む言葉を知っていて言うことは支配と定義し、お姉様に対してろくなフォローがなかった。フォローないどころかツンデレで片づけられない馬鹿なことばっか言ってたけど。


 そうした善悪は親の教育か反面教師か。どう考えても水社一心は親の教育で倫理観獲得パターンだろう。私は天井に向かって拳を突き上げた。やる気を見せている。嗅覚で分かるだろうけど、視覚的にも分かるように。


 水社ママの匂い判断では、結婚は嫌というのが本音だ。


 でもその本音を隠す建前は一体何なのだろう。


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― 新着の感想 ―
なんというパーフェクトな天国から地獄
お姉様の隣でお姉様の作った錦糸卵食べて喜びに満ちてる末理ちゃんを目に焼き付けようとしてる一心が、一連の行動の中で一番ヤンデレ味を感じた。
「お前の食べた量」「ひえ~怖いよ~」でわろてしまいました。可愛いw。 お姉様も仲良く穏やかに過ごされてるようで、末理ちゃんも嬉しそうで良かった〜と思っていたら縁談…!?末理ちゃん頑張れ…!!なるほど〜…
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