全部お前のせい
お姉様の贈り物の手配が終わった私は、百貨店の中にある果物屋に向かった。
今度は水社家のお中元選びだ。水社家にはお世話になっている。桐箱に入っているすごく豪華なフルーツゼリーを買うのだ。
「別にいらない」
うきうきで歩いていると水社家嫡男が水を差す。
果物は嫌いらしい。仕方がないわあ。こいつだけ水ようかんだわぁ。
「だからお前からの贈り物はいらない。水社に。お姉様に贈ればいいだろ。それか貯金しろよ」
水社一心は私の報酬の使い方に指図してくる。旦那でもないのに。
「旦那なら指図してもいいのかよ」
共同財産ですからね。
「なら役所に書面提出してくるか。今日はまだ役所は開いてる。間に合うぞ」
水社一心はとんでもないことを言う。言い返せなくなると強行突破してくるのかこいつは。頭おかしいんじゃないか。バケモンじゃんこいつ。ご両親はまともなほうだと思うし突然変異じゃん。怖い。
「おかしくされた」
は?
「俺はお前のせいでこうなった」
怖い。大濡れ衣を着せられている。
私は水社一心を軽蔑しながらフルーツゼリーを選ぶ。どれにしよう。果物嫌い一心だからな。
「別に嫌いではない」
じゃあもう一番でっかいのにしよう。ミヤシロ様もいっぱい食べるだろうし。
私は先ほどの焼き菓子店と同じ手法で配送手配をした。しかし水社一心が割り込んでくる。
「持ち帰りでいいです」
は?
「俺が持って帰ればいいだろ」
水社一心は言う。確かにそうだが……こいつ、いらねえとか言うし、ちゃんと持って帰ってくれるのだろうか。道に捨てて行ったりしない? 疑うと私だけ睨み、店員さんには笑みを浮かべた。
「持ち帰りでいいので」
店員さんは水社一心の言葉通り紙袋に入れて商品を渡してきた。私が受け取ろうとすると水社一心が受け取る。
店員さんはくすくす笑った。
「ご主人、奥様を本当に大切になさっていらっしゃいますね」
大変だ。店員さんが幻覚を見ている。
「はい。中々、妻には届いていない気もしますが」
水社一心は当然のように切り返した。虚偽申告にもほどがある。何なんだよコイツの虚言癖は。退妖武具・装具管理局に対してもそうだし。
私は言い返すことも出来ぬまま、店員さんと水社一心の会話を眺めていた。
「じゃあ、買い物はこれで終わりなんだな」
百貨店を出ると、水社一心が訊ねてきた。
おっしゃる通りです。もう、お姉様に買い物もしたし水社家にも贈った……というか買ったので、後は私は屯所に戻るだけです。お前のことは知らん。
ただ、配送手配等は助かりました。
私は一応水社一心に頭を下げてから、彼に背を向け帰ろうとした。
しかし──、
「末理さん‼」
前方、5メートル先にお姉様の姿があった。お姉様の後には水社パパとママの姿がある。
なんでいんの?
なんでいらっしゃって?
あえ?
なんで?
お姉様はそんな大きい声出せるんだと驚くくらいの声量で私の名前を呼びながらこちらに駆けてきた。
えっどうすんの?
どうすんの?
どうすんの?
混乱していると水社一心に軽く押された。
「お姉様が転ぶぞ」
うわあああ大変だ。私は慌ててお姉様に向かって駆けていく。お姉様はそのまま私の胸の中に飛び込んできた。
えええええええええええええええええええええええええええええなにこれ⁉
何で⁉ 何でお姉様に抱きしめられてるの⁉ 幻覚⁉
幻覚のわりに感触と臨場感が尋常じゃないんですけど。
「おかえりなさい……‼」
お姉様は泣きそうだった。いやちょっと泣いてる。なんで?
「お前の帰省が嬉しいんだろ」
帰省⁉
帰省なんかしないですけど⁉
なんで⁉
高速で瞬きをするけど、状況がつかめない。水社パパママは「無事で何よりだ」と水社一心を迎え入れるムードだけど、なんでかそこに私も含めてくる。なんか、水社ママ私の頭撫でてくるし。
「お料理いっぱい作ってあるからね」
いや帰るんですけど……私。
帰省しない……。
「なら言えばいいだろ」
水社一心は冷ややかに私を見た。
もしかして、このタイミング……。
お姉様を抱きしめながら一度俯いた私は、水社一心に振り返る。
こいつ……謀ったのか?
私の外出タイミングに、お姉様が鉢合わせするように……。
「これ、こいつから。夏の報酬出たからって」
水社一心は私を無視するように、フルーツゼリーの入った紙袋を水社パパママに渡す。
「あら~いいのに~ありがとう……もうこんな大きくなって……」
二人は自分の子の成長に感動してるみたいな顔で感謝してきた。別にこれは普段のお礼だし……。
「荷物持つ……って少なくない? どうしたの?」
水社パパが驚いている。帰省する気ないんですよ。
「こいつ、水社家から何も持ってきてない。だから軍には今、着てる服しか持ってきてない」
そう、私が軍に置いている荷物はほぼない。帰省の時に衣服をいったん持ち帰る必要が無いのだ。下着しか持って行ってない。冬物なんか一着も無いので、突然の気候変動で八月の大雪なんてことが起きたら凍死だ。
「軍では」
「こいつ出かけないから。今日くらいだし、それに……うちに土産買うからって理由で早めに出たし……あと、お姉様に焼き菓子をと買っていました。そっちは後で届くので」
水社一心はパパに状況を説明した後、お姉様に言う。そっけなさすぎる。なんか言えよもっと。会えてうれしいとか。可愛いとか。注意するが水社一心はひと睨みしてきただけで何も言わない。
「貴女の無事が一番だけれど……ありがとう」
お姉様は一度私に目を合わせてから、さらに強く抱きしめてくる。
帰省しないという私の計画は、こうして脆くも崩れ去った。
誤解を解きたいけれど、水社一心は「お姉様に会えてうれしい、ご飯楽しみ」と私の意思を誤訳してくる。そうして翻訳を再翻訳した後の結果より酷い翻訳で、私はそのまま水社家に連行された。
水社家に到着し、諸々の挨拶を済ませた後、私はミヤシロ様の元に向かった。
軍に入る前、ミヤシロ様の祠は池にぽつんと浮かび、有事の際は橋をかけるシステムだったけど、常時いつでも渡れるようになったらしい。
そのためバタフライせずにミヤシロ様のもとへ向かうことが出来た。
≪元気だったか≫
タツノオトシゴデラックスエディションことミヤシロ様は、少し豪華になった祠の中で問いかけてくる。最初に会ったころよりずっと元気そうだ。周りにはお供えのお花やお菓子がいっぱいある。
≪貴様の姉も、毎朝祈りに来るからな……≫
なるほどお姉様の参拝パワーで信仰心の供給があるらしい。お姉様の顔を毎朝見てるなら、そらもう元気でしょう。お姉様と毎朝会える幸せは、すべての不幸を吹き飛ばし、あらゆる身体の不調に効く。
≪いやぁ……まぁ……人に……よるんじゃないか……? そ、そ、そういうのは≫
ミヤシロ様は首をかしげる。そんな俗世に染まり切った返事なんかしちゃって。聞くところによると最近は一般市民とも交流していて、結構積極的に奉られてるらしい。良かった良かった。
≪おかげさまでな……それより、貴様、霊力が相変わらず……≫
ミヤシロ様は申し訳なさそうな顔をした。私の霊力は──相変わらず0である。軍に入りあやかしを討伐しているが、刀が吸うのだ。私にいかない。討伐せど討伐せど我が霊力楽にならず。
≪刀?≫
私はミヤシロ様に刀の説明をした。
≪それは……憑いているのではないか≫
えー擬人化して男になったら反射で溶解炉に投げ込んでしまうかもしれない。お姉様の背中斬ったし。それに今まで人間の身体握ってたのかなと思うとぞっとする。
≪おそらく、そうはならないだろう。人の形には望まれなければならないし、そもそも道具の形をしているならば、道具でありたいということだ。神が人の形になるとすれば……それは、人の近くにあろうとしたときだ。まぁ、あやかしのように食らうために人の形をとるものもあるが≫
良かった。
それで憑いてるとは一体。
≪刀鍛冶か、付喪神か。長らくの間この世を渡れば、何かしらの想いが力を得ることもある。折って血を吸わせた後──貴様の危機を救っているならば、貴様を倒すのは自分だと考え、他の脅威から守り来たるべき時を待っているのか──嬉しかったか、だな≫
何が。
≪山の奥にあったのならば、構ってもらえたことがだろう≫
あの刀が、構ってもらえて喜んで……飛んできていた?
ミヤシロ様は人々の信仰が薄れ弱体化したような……気がする。そういうような幻覚を見た。刀に対して共感があるのかもしれない。
まぁ、霊力が無いからこそ使えるので、いいのだ。あれは手を上げれば、飛んでくるし。
そもそも霊力は、人を殺そうとするあやかしがいるから、必要なわけで。
平和な世になれば霊力なんて必要なくなる。
刀のように。
≪で、どうだ最近の調子は≫
まぁぼちぼちだ。妖魔軍三妖士のクソみたいな猫又も、先輩が討伐した。
≪妖魔軍?≫
あやかしの集いみたいなものです、と私はミヤシロ様に返答する。
妖魔軍三妖士というのは、猫又などの人型のあやかしの自称だ。元々あやかしは神のならず者みたいな上位存在が生み出しており、それに近いのがあやかしの幹部枠である。あやかしの目的は人を喰い生きることであり、食糧が無くなると困るので根絶やしにはしない──のが、知能が高いタイプのあやかしの考えだが、たいていそこまでの知能が無いので馬鹿みたいに喰う。それに知能があれど猫又みたいな食いもしないのに面白いからと殺すというキショいアホもいる。残りは皇龍清明様に色目を使いお姉様の自尊心を削り取る七変化クソ女狐こと野狐禅、お姉様をつけ狙うキショ刀の持ち主になるはずだったバトルジャンキーならぬバトルジャン鬼の温羅だ。かたやお色気お姉さん、もう片方は俺様男と色々最悪なので、お姉様の視界に入る前に消したい。
≪どちらも、貴様が生まれる前からこの世で悪事を重ねていたあやかしたちだぞ……≫
ミヤシロ様は不安げな顔をした。だからこそだ。この世界は……お姉様のいるこの世界は、お姉様が存在するに値する世界でなければならない。
私はお姉様の為に、この世を、美しい世にする。
≪怖いぞ……≫
私は怖くない。怖いのはあやかしの脅威だ。
あやかしは理性が無い。ゆえに理知的で必要最低限の量を火葬場で食すようなのはいない。バカの親もバカなのである。あやかしを生み出しすべてのあやかしの祖となる存在も──対話が出来ない。
ただただ、光を欲し、闇──あやかしを吐き出す。それだけ。飲んで吐くだけのイキり飲みサーのアホのような存在だ。
ちなみに光というのはお姉様だ。三百年前のお姉様の魂を狙う。お姉様をお守りするために何人もの人間が死んだ。あやかしの祖は自分の目的のために何でもする。誰でも殺すストーカーだ。殺す。
≪お前が、あやかしの祖を、か……?≫
ミヤシロ様が愕然とした顔をした。問題はない。あやかしの祖は皇龍清明様のドラゴニックファイナルクラッシュで殺せるので、私でも致命傷くらいは与えられるはずだ。なんてったって、帝都退妖軍、退妖武具・装具管理局二等兵なもので。
≪階級、低くないか……? お前の本来の霊力ならば……一心よりも高い位置に≫
そんな自分を奉る家の子を下げないでくださいよ。それに私は……刀があるし、最後の切り札を持っておく人間なので何の問題も無いです──と私はミヤシロ様が不安にならないよう努める。
実際これは、ただのハッタリではない。
私には──ちゃんと武器がある。枯賀末理が生まれた時から持つ、切り札が。
≪切り札……それ、とんでもないものじゃないだろうな≫
安心してください。何も問題はありません。水社家の大事なご令息もお守りしますから。そして、今日はゼリーを買ったので、後でお供えに来ますので、じゃあ。
私はミヤシロ様に礼をして去る。しかし──、
「なんだ切り札って。お前俺のこと大事なご令息だと思ったことなんか一度も無いだろ」
祠を出て早々水社一心に遭遇した。なんだこいつ。自分の家の敷地内でも付き纏いかよ。親が泣くぞ。
「昼食ってないだろ。長いから呼びに来たんだよ。食事は皆でするもんだ」
うわーきつい常識だこと。皆がみんな、安らげる食卓の御家庭だと思ったら大間違いですよ。
「お前にとって水社は違うのかよ」
水社一心が喚くことなく切り返してきた。
水社家は一般的に見ても帰って嫌になるようなご家庭じゃないと思う。
「お前にとってはって聞いてんだよこっちは」
そんなこと聞いて何になるんだよ。
「逃げるな」
水社一心は私の前に立ちはだかってきた。私は視線を逸らす。
「逃げるな」
しかしわざわざ顔を合わせて繰り返してきた。付き纏いの中でもだいぶ悪質だぞ。きもちわりー。
「嫌なのか?」
別に嫌ではない。水社家には助けてもらっているし、何よりお姉様を抱きしめたとき、お姉様の骨ばった感じが減っていた。指先も……多分水仕事は少ししているのだろうが、強いられている感じはなかった。髪の毛の艶も戻っていたし、いい暮らしをさせてもらっていると思う。だから感謝している。
「俺は、お前が、水社にいて、嫌な気持ちがしないか、聞いているんだよ」
水社一心がわざわざ区切ってくる。心が読めるなら読め。嘘ついてるかどうかだって分かるだろ。
「俺の妄想の可能性があるだろ」
は?
「この能力は、相手の反応と照らし合わせる必要がある。俺の気が狂って幻聴が聴こえているだけの可能性もあるからな」
まぁ確かに、他の能力と異なり、精神に作用するようなものは、自分の心の病と区別をつけづらいだろう。でも、人間が喋っていてもそれが幻聴の可能性もあるし、心だろうが声だろうが似たようなものだ。それに妄想を疑う正気があるなら私への付き纏いをやめろ。
「それは出来ないな」
ならお前は狂ってるよ。妄想の可能性以前に。
「ああ」
水社一心は反論しないどころか、シレッとした顔で告げる。
「俺もそう思う」




