真犯人
◇◇◇
戦闘局を離れた私は、お手洗いを目指し富山局長と真原さんと別れ、屯所の廊下を歩いていた。
皇龍清明様とのエンカウント率上昇の為、筋トレをするほどでもない空き時間はそれっぽいところを練り歩くようにしているからだ。
しかしながら、今日も今日とて皇龍清明様は姿を現さない。
私は猫又あやかしの言葉を思い出す。
妖魔軍三妖士。
四天王の三人版みたいなものだ。通年系ヒーローものの敵幹部は大体三人という法則に倣って、人間に化けるあやかしも三体いる。その中の一番ザコがあの猫又である。真原さんに頭を潰されて死んだけど、本来ならば普通のモブ局員を何十人か秒殺できる。真原さんに不意打ちで撃たれて無力化されたけど。
残り二人は、お姉様を「おもしれー女」と気に入り、この刀の真の主になるクソ俺様の鬼と、皇龍清明様に色目を使う狐の女だ。両方ともお姉様と皇龍清明様の千年の恋路に土足で侵入してこようとするので、不快極まりない──とため息をつきそうになったところで、私は思考を止めた。
ぴろぴろぴろぴろぴろてけてけてけてけてけ。
水社一心除けを行う。魔除けみたいなものだ。案の定「魔除けとは何だ」と廊下の曲がり角から水社一心が現れた。だと思った。気配がしたもん。
「気配とはなんだ」
水社一心は優等生ぶった口調だ。なんなんだろうこいつ。っていうか付いてくるなよ。何しに来たんだよ。私に何かあるのか。お姉様に贈りものでもする気か。
「それはお前次第だ」
どういう意味だ。
「お前、演習中、俺の近くにいただろ」
水社一心は私の目を真っすぐ見つめる。
演習中。
いつのことを言ってるのやら。
「残念だ。とても残念。残念すぎる。福野さんがいて水社一心がいて。何この状況」
返事をする前に続けられたモノローグじみた言葉は、私が演習中、水社一心とバカに遭遇した時の所感と変わらなかった。しかも水社一心は、お姉様を虐げる女中の心を読んだ時と異なり、なぜか私の心のうちの喋り方に寄っている。
なんだこいつ。
「あの残念って言ってたのは、俺に会ったことに対してじゃないだろ」
ややこしい言い方をするなよじゃないほう芸人。
「はぐらかすな。お前、演習中にかこつけてあいつらに何かしようとしてたんじゃないだろうな」
私は返事をしない。あいつらって言われてもどいつのことかサッパリ分からないから。お姉様以外分からない。私は、お姉様以外全員平等にあいつ呼ばわりをする。
「演習中に俺と組むことになった部下だ」
出来るな、とは思った。あやかし討伐中、先輩とはぐれた新人があやかしを攻撃しようとして軍人を巻き込むなんて、きっとよくある話だ。バカは単独行動をする。ただでさえ水社一心の部下は言うことを聞かない。一人で動く。自己責任だ。
「でも出来なかった。俺がいたから。あいつが単独行動をしたのはお前が傍にいない時だった。違うか」
知らない。私は別に水社一心を監視してるわけじゃないし。局だって別なのだ。水社一心は何が言いたいんだろう。さっきからまどろっこしい。何なんだ。
「言い方を変える。お前、退妖対実地戦闘局の人間が任務に出れなくなったことを、滅多打ちされていなくなったって言ってただろ、何で知ってるんだ。何故休職中かは、外に出してない情報だ。明らかに、あやかしではなく喧嘩で重傷を負った。それも戦闘局の局員がだ。面子に関わる。だから戦闘局の人間以外、誰も知らないはずだった」
覚えてない。というか、美浜の娘を相手にしていた時のあの言い切り水社一心はどこにいったんだ。確実に外堀を埋めるみたいな、気持ち悪い。
「外は年功序列、軍内は階級至上主義。年上の部下はやりづらいのだろう。滅多打ちにて治療中の水社一心の部下たちと違い、真原さんは人間に対して敬意を持つ。「おい」とか言いづらいのだろう──そう言っていたな、お前は」
水社一心は、おそらく過去の私の思考を引用している。
普段の喋り方なんて知らないはずなのに、声だけ変えて私が喋っているみたいだった。
「お前が、俺の部下を、やった犯人なんだな」
なんなんだろう。本当に。
私が犯人だったら、なんなんだ。さっきからこんな回りくどい言い方をして。お前ぶん殴ったんだなでいいだろ。
そうしたら──普通に認める。
「お前……」
水社一心が眉間にしわを寄せる。
私は水社一心の部下を襲った。
『別に局長に好きに言ってくれて構わないですけど? こっちは全然。でも、男のくせに色々言われたら上に報告するんだなぁ、自分でなんとか出来ないんだって思う人間も、いるんじゃないですかね。そうしたら水社少尉は……管理能力が問われてしまうかもしれない……』
男は水社一心にそう言っていた。
男か女かなんて関係ないのに。
猫又だって真原さんにあんな風に不意打ちされ、やられたのだ。
人間相手なんて、取るに足らなかった。
さらに猫又は、相手が人間だからと真原さんを舐めた。
水社一心の部下の男は、女だからと私を舐めた。
結果、自らの驕りがあだとなり、水社一心の部下は私に滅多打ちにされ、変なこだわりで上司に申告も出来ず、本人たちは部下同士酒に酔って相打ちしたみたいな作り話で治療中だ。いと愚か。
「かたき討ちのつもりか」
水社一心は責めるように言う。いや、実際責めているんだろう。どうでもいい。
「俺はそんなこと望んでない」
知ってるよ。そんなことは。
水社一心は、そういうことを望む性格じゃない。
私は水社一心を見返す。
だから言わなかった。そういうのを面白がる性格なら恩を着せて金でもせびってる。
「じゃあなんでそんなことをしたんだよ。向こうはお前よりも軍歴が長い、それも、一人じゃなかっただろう、下手をすればお前がやり返されてた。お前が……怪我して、同じ目に遭わされていたんだぞ、もっとよく考えろよ! なんでお前は……」
何でと言われても簡単な話だ。上官を無視する不規則な部下なんていらないから。
ましてや人命の為に命令の整合性を疑い無視するのではなく、ただ相手を見下して馬鹿にするために命令違反を行う部下に価値が無い。
「そんな話してない、そういう話じゃない。そういうことが、言いたいんじゃない……俺は……」
それに、結果的に水社一心は怪我を負った。相手が水社一心でなくても、馬鹿な見栄で他人を危険にさらす人間なんか生きてる価値が無い。
「そもそも人間が誰かの価値を決めるべきじゃないだろ」
水社一心は理想的なことを言う。そういう世界だったら良かったけど実際はそうじゃない。
死んだほうがいい人間はいる。枯賀の父親。女中もそう。あの遠縁の女も。美浜の娘もそうだ。
ああいうどうしようもない人間は排除すべきだ。ただ生きて、なんとかやっている人間の邪魔をしないように。私みたいな手遅れは、ああいうのを排除する義務がある。
「それはお前が決めるべきことでも、やるべきことでもない‼」
水社一心は声を荒らげる一方だ。
このことを他人にバラしたら、私はお前を殺す。
自分のせいだと言って面倒なことにしても殺す。
まぁ、証拠なんて出ないけど。
「お前は何を考えている。ただ強くなりたいだけじゃないだろ、軍に入ったのは……」
お姉様の幸せ、ただそれだけだ。
お姉様が笑顔で、生きてて良かったって思える世界。
それ以外いらない。
それだけが私の望みだ。
「だったら部下を打ちのめす必要なんて無かっただろう! お前は……お前は、俺を……守ろうとしたんじゃないのか……? お前は、俺に何か隠してる、勝手に動いて、今までずっとそうだった……!」
泣きそうな声で確かめてくるなよと、手のひらを握りしめた。
それに隠してるもなにも、水社一心だって美浜の娘の殺しを黙っていた。
「それは……っ」
切り返すと水社一心は顔を歪めた。
水社一心は女学校の屋上で美浜の娘の話を聞いているとき、これからどうやっても有罪を無罪にひっくり返すことなど出来なくなるまで、後戻りが出来なくなるまで待っているようだった。
美浜の娘の傷を検める時、娘の母親も同行するよう促したのは水社一心だ。水社一心は最初に美浜の屋敷に出向いたときに娘の心の内を聞いて、私や真原さんと長く会わせないよう配慮していたと考えれば、一連の行動に納得がいく。
それに女学校に猫又が現れたときだって、水社一心は美浜の娘に足止めを食っていたことはあれど、真原さんが銃を隠し持っていることや、人型のあやかしに対して対抗できることの予測も可能だ。
それにあやかしなら、殺す気で行ける。
でも人間相手となると、軍人として攻撃することに多くの制限がかかる。
かっこつけやがって。クソ自己犠牲。心を読めるなら犯罪者の傍になんか近づいてんじゃねえよ。
「どの口が……!」
水社一心はどんどん怒りを募らせてくる。
悲しむ家族がいるだろうがお前には。
どの口がというがそもそも前提が違う。置かれた立場も何もかも。
私は水社一心とは違う。
「お前にも、お姉様がいるだろうが」
お姉様は万人の死を悲しみ弔う。私だけの死を特別悲しむわけではない。平等だ。そしてお姉様には皇龍清明様がいる。私が出しゃばるべきではない。私はちゃんと──時期が来たら皇龍清明様にお姉様をお守りする栄誉を返還する。
「お前の幸せは、その先はどうするんだよ」
私の幸せはお姉様が幸せになること。それ以外ない。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
私はお姉様が幸せになる為ならどうなっても構わない。なんでもする。
ただ、私が何でもすることを、お姉様にだけは知られたくないけれど。
そしてお姉様の幸せの一端には、水社一心の健康も含まれてる。よりにもよってだ。
だからさっさと飯食って寝ろ。私はお前と違って忙しい。
私は水社一心に背を向けた。
心の内で何かギャーギャー言ってるのだろうが、私に水社一心の心のうちは読めない。
水社一心が普通に生きてれば、別にその心の内を知りたいとも思わない。
「なら、いいんだな?」
水社一心が問いかけてくる。いいも何もない。振り向かず心の中で言い返すと、がっと腕を掴まれた。そのまま無理やり振り向かされる。
なんなんだよこいつ。これ完全に暴力だろ。睨みつけるが水社一心は怒りではなく何か決意を秘めた表情で私を見ていた。
「お前は、お前の思うお姉様の幸せを、お前のお姉様に押し付けてる。俺にだってそうだ。前に言ったよな。お前が我が道を行くなら、同じように我が道を行く奴に巻き込まれても文句言えないって、何度も、何度も、何度も……」
お姉様以外の言葉なんて覚えてない。
「覚えてなくても俺が覚えてる。お前の言葉を聞いて俺はお前を見てる」
水社一心は暗い声で私を見返した。
さっきまでの怒りが、幻だったかのように落ち着いている。関わるなと言いたいところだが水社家にお姉様を保護してもらってる以上無下に出来ない。
「あぁ、そうか」
まるで思い知ったかのような口ぶりで、水社一心は言う。
今、水社一心は何に反応した?
答えが見つからないうちに、水社一心は続ける。
「俺は、お前を自由にしてやりたかった。お前がずっと、頼んでも無いのに、ずっと恩を返さなきゃと言うから、そのしがらみから、離れてほしかった。恩返しなんて考えなくていいから、自分の人生を生きてくれれば良かった。俺は、ちゃんと、弁えてたよ」
……は?
水社一心は独り言のように話す。ずっとだ。さっき私が背を向け、無理やり振り向かされた。それからずっと、彼は自分を納得させるように話している。
「お前はそうやってでしか生きられないなら、仕方ない」
これ。私を前にしているのに、自分と対話してるみたいな話し方。
「お前だってそうだろ。俺と話をしてるのに、俺は何回も止めてるのに、お前は聞きもしない。俺の言葉は、届かない」
私には私の役割があって、やるべきことがある。止めても無駄だ。私はお前が何を言おうと変わらない。
「ああ、一生そうやっていればいい。俺も、お前が変わらずとも、お前に言い続けるから」
は?
「お前が変わらないなら俺に変わることを求めるな。俺も、お前に何を言われようが、煩いと言われようが……変わらないから」
水社一心は私に告げると、その場を離れていく。
なんなんだあいつは。
しかも、私が前にぽっと思ったことを覚えて的確に突いてくるし。私はため息をつきそうになりながら、皇龍清明様エンカウントの為に練り歩く。
水社一心は心の声の収音機なので、あいつに土下座して皇龍清明様がいるかどうかの確認をしてもらうのもありだが、それはできないし。今の感じだと、もう完全に無理だろう。
私に引導を渡す男と会えるのはいつになるのやらと、私は夕日を眺めた。




