一生の呪い
屋上に駆け上がると、柵に向かって人だかりができていた。
「これは一体……」
「突然猫耳のあやかしが襲撃してきて……美浜様を襲ったんです……偽物って……そうしたら、美浜様のお兄様と戦闘になって……一旦猫耳のあやかしは退いたんですけど……美浜様が刃物を持ち出されて、そばにいた女性に短刀を……」
つまり、猫又が美浜の娘を自分の模倣犯だと考え始末に入り、水社一心が介入したらしい。
猫又が廊下から出てきたのは、おそらく水社一心に転移か水流か何かで屯所に吹き飛ばされかけたのを、無理やり持ちこたえたのかもしれない。
「私は水社様のことを愛しているのです‼」
他の女子生徒に刃物を突き付け、人質にするようにして美浜の娘が叫ぶ。水流を操り刃物を無力化するのは難しいのだろうか。水社一心は相手を刺激しないよう丸腰のまま娘たちと対峙していた。
「だから?」
水社一心は説得したり、うわべだけでも寄り添いを見せることもなく冷ややかに返した。あいつ頭おかしいのか? 人質って概念はあるのか? それとも人質の交渉術なのか?
「事件になれば貴方に会える。だから殺したのです。私の大事な学友を」
娘の動機はサイコパステストみたいなものだった。こんなことで殺されたらたまったものではない。私は刀を抜こうとするが真原さんが手で制してきた。万が一刀が真原さんの霊力を吸ったらと慌てて止める。
「俺はお前なんか知らない」
水社一心はどうでもよさそうに告げる。こいつも正気じゃない。人質をとられたらもっと慎重に交渉すべきだ。なんでこんな、徹底拒絶の姿勢なんだ。上辺だけでも優しくして人質を回収するのが先だろ。
「そうでしょう。だからこそです。貴方は私を知らない。ただ、貴方が退妖対実地戦闘局で働かれ町であやかしと対峙されたのを見て、一目で恋に落ちたのです。なれど……貴方は私を知らない。私は貴方に知られたかった。貴方に狂わされたのですよ」
「それは情ではなくただの要求だ。その感情は恋でも愛でもない。世には想像もできないような悍ましい狂気に満ちる者もいるが──お前のそれは浅くて薄くて軽い。狂ってすらいない。簡易的で見るに堪えない。自己満足で演出された台本を読んでる気持ちになる」
水社一心はまるで遠くを見つめるように言った。娘を視界に入れているはずなのに、どこまでも、どこまでも遠く、目の前の娘なんて微塵も見ていないような言い方だ。
「相手を想い、自分の思い通りになってほしいと願うのではなく、ただ、お前の中の物語の配役に適当に見合った人間を当てはめたいだけ。俺より顔が良ければ、俺より強ければ、お前はその男の為に人を殺す、お前は人の為に人を殺すのではなく、殺しそのものへのためらいが無い。お前の優先順位はあくまで自分だ。だから突然、思いついたように人を殺す。女中もそれで殺したんだろ」
「貴方は私の愛を否定するのですか」
「否定も理解も共感もしてない。認識しても無い。そもそも愛だと思ってない。浅くて薄くて軽いものを特別なものであるかのように言える面の皮の厚さが不愉快なだけだ。まぁ……これ以上、お前の話を聞く気はない。供述は揃った。確実にお前を──罪に問える。悪かった」
水社一心は美浜の娘が人質にとらえていた女を水流で包んだ。そのまま水社一心のほうへと流し、彼は女子生徒を抱き留め、立たせると背に庇う。
「私の愛を否定するのですね……」
「否定も何も、同じ階層にいないと言っただろう」
「ならば……」
美浜の娘は柵を超えようとした。しかし──、
「……ッ」
柵から水流が吹き上げ、壁が出来上がり美浜の娘を阻む。
「全部分かる。全部……なにもかも……でも、俺の世界にお前はいない、お前の世界にも、俺はいないよ」
水社一心は独り言のように呟くと、美浜の娘めがけ札を放った。札が淡く光り、美浜の娘は昏倒する。
女子生徒と、女中を殺したのは美浜の娘。それは水社一心に会うため。
つまり水社一心は美浜家にいた時点で、少なくとも女子生徒を殺したのは美浜の娘と分かっていたはずだ。それをこちらには言わなかった。軍に報告しなかったのは……おそらく証拠集めで確定段階ではないからといった理由だろうが、それでも、私や真原さんに言ってもいいはず、いや、言うべきだ。勝手に単独行動して、危険な目に遭ったらどうするんだ。
「水社少尉──‼ 真原と枯賀来ましたー‼ 運びますよー‼」
真原さんは手を上げながら人ごみをかき分け水社一心に近づいていく。
水社一心は美浜の娘を俵持ちしながら、「助かります、では、そちらの彼女を」と人質にされていた女子生徒を見やった。
「他に具合悪い人おらんー? 帝都退妖軍ですー今やなくても何か嫌思うたら先生に言うてなー絶対助けたるからなー」
真原さんは女子生徒を抱え周りに声をかけた。水社一心を狙い人を殺したのなら、美浜の娘は私が抱えるほうがいいだろうと水社一心の前で手を出せば、「いらない」と一喝してきた。
なんなんだこいつは。いるだろ。というか犯人分かってて何で私に言わないんだよ。危なかっただろうが。
「こっちの台詞だ」
水社一心は私を睨みつけてきた。そのまま私と水社一心は一言も言葉を交わすことなく、真原さんと共に屯所に戻った。
◆◆
「つまり、水社少尉の気を引こうとして美浜家のご令嬢が二人殺したということか」
対実地戦闘局の局長室ですべての報告を聞いた相模局長は「なるほどなぁ」と呟く。
あれから私たちは美浜の娘を拘束し、援軍でやって来た局員や地域部と共に連行した。
その後──私と真原さんは美浜の娘の両親を拘束するために美浜家に向かったが、娘のオルガンから殺人を犯していた時に着ていたであろう衣服の他、軍に関わる新聞の切り抜きがいくつも見つかった。歴史的に写真も存在しているし、軍の人間の顔は新聞に出たりするわけだが、新人紹介として出されていたらしい水社一心の顔写真が何枚も出てきた。
「よくあることだ。私もされたことがある」
そしてすべての報告を受けた相模局長が言った。苦労している。千年桜は恋と咲くでは、他人にはクールお姉様にはデレデレとしか分からなかったが、苦労の果ての精神状態なのかもしれない。
「気に留めるな。こうした案件は基本的に孤島の監獄に収容されることになっている。帝都退妖軍への狼藉は、いかなる理由があろうと処罰の対象だ。美浜の家も取り潰しになる。その親もまた、孤島に行くことになるだろう。で、三本爪のあやかしについてだが──」
相模局長が真原さんに視線を向ける。
「お前が討伐したと」
「まぁ人型だったんで……多分あやかしが人間に擬態した時、人間に近くなるか、頭が弱点かも……ですね。多分霊力で祓うっていうより、物理的に潰せたんだと思います。手ごたえあったし、あと、枯賀の刀が霊力吸ったんすよ。あやかしの。それもあるでしょうし、僕だけやないです、な、枯賀」
真原さんは私に話題を振ってくる。
「その刀は、山で拾ったと……で、保管局の報告によると何度か枯賀二等兵の元へ脱走のようなことをしていると聞いたが」
「はい、枯賀が手を伸ばすと飛んでくるんです」
「枯賀の霊力は吸わないのか」
「吸えるほど無いからなぁ、それに保管局も何度も脱走して、一応調べても、刀があやかしになるとか、どっかのあやかしと繋がってるって感じもないんで、一応戦いに活用してて」
「難儀な……」
相模局長は眉間にしわを寄せた。
「まぁまぁまぁ、いいじゃない? 皆無事に戻って来ただけ、よしとしようよ。水社くんも災難だったね、今日は美味しいもの食べてゆっくり寝なさい」
それまで相模局長の様子をうかがっていた富山局長が相模局長を宥める。
「じゃあもう、うちの局員たちの増員は終わりでいいですよね」
「ああ、真原一等兵も枯賀二等兵もよくやった。もう下がっていい」
相模局長はため息がちにこちらから視線を逸らした。
自分の局員が狙われたわけだから、心境的には色々複雑なのだろう。
私は真原さんや富山局長と一緒に退妖対実地戦闘局を後にした。




