明るくて深淵
猫又は壁にめり込むように叩きつけられる。
何だ今の。
本当に何も考えず、反射で撃ったような速さだった。猫又が自分を狙うと想定していた。もしくは猫又の自分に迫ってきたものを自動で撃つよう決めてるみたいな、どういう思考回路で撃ったのか全く分からない速度だった。
「耳うるさ……おかしなったわ完全に今ので、あーあ」
真原さんは自分の耳を押さえながら、口を大きく開けたり閉じたりして、私を背に庇うように猫又に身体を向ける。
至近距離で撃たれた猫又は、子供の姿ではなく猫耳をつけた邪悪な仙人姿──本性を表していた。顔の半分はおどろおどろしい髑髏になっており、身体の一部が灰になっている。その姿を真原さんは無表情で見下ろしていた。
「不意打ちはさすがに堪えるみたいやなぁ」
「なんで……」
猫又は愕然としながら身体を揺らした。肩かどこかを撃たれたようで、自分の手で押さえていた。出血は一切ない。特殊な弾なのか?
「あやかしが真正面から来るなんてほぼほぼ無いやろ、武士道も志もない卑怯もんしかおらんのやから」
真原さんが嘲笑する。しかし目は一切笑っていない。声だけ無理に作って笑ってるみたいだった。笑うことで、最低限場を治めようという繕った笑いだ。
「お前……その銃……‼」
「おん、普通の人間が持てる銃の威力しか分からへんねやろ。はは」
猫又は肩を押さえるだけで、反撃を一切しようとしない。いや出来ないのかもしれない。やっぱり真原さんの撃った銃はなにか……特殊な細工が……そこまで考えて、ハッとした。
真原さんたち管理局が死ぬ日だった、実験の日。
あの時、手毬型の拘束具の検証をした。私が管理局の面々に使ったが、結果は大成功だったと思う。霊力のある三人の軍人を抑え込めたのだから。
手毬に似たあの武具はボールみたいだった。鍛えていたとはいえ、私でも簡単に投げれたし、コントロールも可能。つまり軽量化されている。
あれが、軽量化のために激しく威力を落としているものだとしたら。
既に高威力なものは開発済みで重量だけがネックだったとしたら。
「どこ行ったって、前に出て目立てる奴は決まっとる。僕みたいなんの出番は一生、回ってこおへん。でもええ。人が守られんのが一番や。俺は別に誰にも見つけられんでも、褒められんでも、知られへんでも、関係ない。俺は俺や、軍人として戦う、平和を守る……大事なもん、守れるように。そこに称賛もいらんねん。自分がどう在りたいか。そうやって俺みたいな人間は腐らんよう歯食いしばって工夫して生きてんねや」
真原さんは拳を握りしめていた。その腕には血管が浮くくらい力が込められている。なのに真原さんの声は、それまでの感情的な調子とは打って変わって冷静だった。
「僕の能力、みんな誤解しよる。物の重さ変えるんは、あくまで僕だけ。軽く感じるか、重たなるかは僕が決める。僕が中心。せやからあんま言いたないけど……あやかし向きやないんよ」
真原さんは手を軽くスナップしながら猫又の前に立った。
「今、僕がなに言いたいか分かる?」
「た、助けて……」
真原さんは優しい笑みを浮かべ、猫又の頭を掴むと撫でるように動かした。
「僕の能力が一番効くんは、人様。だからみんな、ほんとは、僕に気遣わなあかんねや。でも僕、そういうの好きやないねん。本当は頭折り紙みたいに潰す言うて脅せば出世出来るんかいなって思いながらもなぁ、魔差すことなく毎日こつこつ生きとんねや。力持っとる奴はその分耐えなあかん。その力すら持たへん奴の為に。それが尊重や。対話を諦めへん。ほかの、そこら辺歩いている人間も一緒。なんとか生きてたんよ、何したかったかも知らんけど。辛いことばっかや、死にたい思うとったやつもおったかもしれへんけど、報われる前にお前が殺した」
ぐ、と真原さんは両腕に力を込めていく。
「子供の姿にまで化けて殺すなんて、ちゃんと救いようないな。自分勝手と自由の理解も出来ひんまま何の責任も持たんで、人生楽しそうやわ。羨ましい限り。ああ、人やなかったんやっけ、じゃあ人生やないね、まぁええわ、死ね」
真原さんは猫又の頭部に触れると、一瞬で潰した。
猫又あやかしは皇龍清明様のドラゴニックファイナルクラッシュで粉砕されたけど、木っ端みじんとこれとどちらが良かったのか分からなくなる。威力的には皇龍清明様のだが、これは……。
「あかんよー」
返り血に染まった真原さんがこちらに振り返った。私死ぬんじゃないか?
「人型は強い、そもそも先輩の前に出るな。危ない。全然入らへん新人やっと入って仲ようなって来た思たら殉職なんて心壊れてまうやろ」
真原さんはいつもの調子で説教してくる。もう真原さんすでに心、壊れてないか?
というか今の光景は心壊れるどころじゃない。サイコパスでもソシオパスでもない、倫理型ネオ殺人鬼を見ているような気分だった。
なのに真原さんは「それにほら、銃持ってる人間の前に出たらあかん。危ない。めっ」と子供相手みたいな注意を付け足した。ただ……少し疲れた顔というか、物憂げだ。
「こんなクズに殺されて、やるせないわぁ来世に期待言うても、今世で殺されてええ理由にはならんし、それも食うためやのうて、楽しいからなんて」
真原さんは感情を削ぎ落したような表情で、灰になった猫又を見下ろす。しかしすぐ、パン、と自分の頬を叩き、「気持ち切り替えよか!」と笑みを浮かべた。
真原さんは調査中ウキウキしたように推理をしていた。あれはもしかして、私に気を遣ってのことだったのでは。辛い感情や焦りを隠すために笑う人間がいる。それは……辛い経験を経て獲得した処世術だ。お姉様は詫びる静かにする気を遣うに振れていたけど、真原さんは笑みの方向だったのでは……。
「でも悲鳴の主はこれっぽくないっていうか……っていうかこんだけ騒いでもなんも来ん感じみるとほかの教室でよっぽどのこと起こっとんのちゃうか」
真原さんは窓を開き周りの様子をうかがう。
「あぁ……屋上っぽいな」
神妙な面持ちで呟き、窓から顔を出し上を見る真原さん。それに倣うと──刃物を持ち屋上の柵に手をかける美浜の娘と、女子生徒……そして二人に対峙する水社一心の姿が見えた。




