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どうか幸せであれ お姉様

 桜吹雪く晴れの日。


 お姉様が枯賀家という名の忌み地、穢れた土地、醜さ文化遺産に降り立った。


「初めまして……花宵と申します。これからよろしくお願い申し上げます……」


 私は貴女を愛している。


 濡れ羽色の長い髪に、楚々として儚げな瞳。質の悪い着物を着させられたお姉様。


 老若男女問わずあらゆる世代からこれが大和なでしこと太鼓判を押されるであろうお姉様。


 そのわりに30代男性から50代男性あたりの性癖の致命傷になりそうなお姉様。


 これから始まる新しい日々に不安を抱えながらも気丈に振る舞うお姉様。


 傍らに在るのは風呂敷に包まれたお姉様の私物。


 その少なさに、奉公先での過酷さ、そしてあやかしの襲撃がどれほど酷いものだったのかがうかがえる。人間一人の引っ越しの荷物が風呂敷で包めるなんて、ありえないのだから。


「お前は今日からこの枯賀家の屋敷に住むというだけだ。そこをよく弁えろ」


 私の隣に立つ父がお姉様を冷たく見下ろした。「これからよろしくな」「長旅ご苦労だった」「なにかあったら何でも言ってね」と優しい言葉をかけようともしない。


 千年桜は恋と咲くの通りだ。甘えを許さない。今後この男は、私の誕生日は祝いながらもお姉様の誕生日は祝わず、お姉様がどんなに結果を出しても褒めず、頑張りを認めない。少し弱音を吐けば甘えるなと叱責し、逐一私と比較する。拒絶と否定だけは過剰に投入しながらも親らしいことは一切しない。


 今、この男を竹刀で滅多打ちにしたら、どんな気分だろう。


 もしも願いが叶うならやりたいことランキング第二位、こいつを竹刀で滅多打ち。


 育ててもらった恩を、とまともな親がいる人間や、子を育てている人間に思われるかもしれない。


 でもこの男は精神的に追い詰められたときに、お姉様を殴った果てに女として見ようとするという追加補足を聞けば、黙るだろう。そういう話である。


 事件が起きる前に殺したほうがいい。


 事件なんかないほうがいいんだから。


 なのに、すぐにどうこうできないのが辛い。なぜなら時間が圧倒的に足りないからだ。私は前日─つまり昨日に千年桜は恋と咲くについて思い出した。そして今日は一日目。


 お姉様の身辺が整わないままこの男を殺すと、お姉様がどこかに奉公に行かされる可能性が出る。


 しかもこの世界では当主が死ぬと一旦その奥さんが当主代理になる。大体、後を継がせるのは親が50代になって、子が30を超えてからだ。この父親を殺すとドサクサに紛れ遠縁の女が当主代理として躍り出てくる可能性があり、余計事態がややこしくなる。


 こんな家にいるくらいなら別の奉公先に行ったほうがいい。でも現状お姉様は奉公先が無くなり宙ぶらりん状態。しばらく枯賀家に居住実体をつけておかないと、遊郭──身体を売るようなところに売られるかもしれない。お姉様は遊郭トップに君臨する可能性のほうが高いけれど、お姉様は「ふれあいは本当に好きな人とだけ」「いつか恋をした人と」タイプなので、色んな男と関係を持つ職業は選びたくないはずだ。私はお姉様の未来もお姉様の心もお姉様の身体もお姉様の貞操も守る。


 この男からも。


「お前は離れの部屋を使え。厠も近い」


 お姉様に対し吐き捨てるように言う父は、部屋を出て行った。追いかけてそのまま障子ごと張り倒してしまいたいが、ぐっとこらえる。さっきのは小説と変わらない台詞だった。漫画では父の後についていきつつ、お姉様を振り返りにらみつける私の姿が描写されていた。


 離れは照明がなく、冬は寒く夏は暑い、虫も湧き出る地獄の場所。誰も使っていないし、掃除もしてない。埃まみれでカビもいるだろう。小説の中のお姉様は離れの生活が辛かったと語っていた。火を起こせば明るいと妹に言われ、火をおこし暖を取ろうとしたら「火事になる。危ない」と水をかけられていた。寒さには慣れているなんて後に出会う皇龍清明に明るく話していたが、寒さに慣れる必要なんてない。


 あんなところ、お姉様にふさわしくない。あんな場所、父親と遠縁の女の死体置き場くらいにしかならない。


 私は父親について行かず、無言で立ち上がり、お姉様を見下ろした。


 お姉様はなんとかこちらの意を汲み取ろうとする。


 可愛い。お姉様は正座し私は立ち上がっているので、上目遣いをされているみたいだ。瞳が澄んでいる。こんな私みたいな人間でも受け入れてくれそうな確信が持てる慈愛の眼差し。これは冷酷貴族の皇龍清明様も瞬殺だろう。私の殺意も一瞬で霧散した。素晴らしい。お姉様を半紙に描いて国に全部ばらまけば争いは消え人々は刀を手放すことだろうが、全人民お姉様の描かれた半紙を握りしめ凝視し生活が停止するので出来ない。惜しい。世界平和は簡単じゃない。


 私は父が開きっぱなしにしていた障子の前に立ち、お姉様を振り返った。


 お姉様は戸惑いながらも私を見ている。


 私は廊下に半身を出し、お姉様へ振り返った。


「……一緒にいったほうがいいの?」


 お姉様はおそるおそる問いかけてきた。声も美しい。


 私は無言でうなずく。お姉様の声だけ聞いていたいから。そして私は自分の声が嫌いだ。『千年桜は恋と咲く』はボイスコミック化しており私にも声がついていた。ただ全編にわたりお姉様を虐げる悪口だったので声優込みで嫌いになり喋りたくない。それくらいのキャラなのだ。枯賀末理というのは。彼女に少しでも人物に寄り添うコメントを残せば「いじめ肯定派」とみられるのは必須であり、かといってディスれば「与えられた役をディスる人」になってしまう危険性がある。まさに歩く可燃物。火気厳禁。なんだったら自分の顔も嫌いだ。転生するにせよモブならまだしも一番嫌いな女になってしまった。でもお姉様じゃないだけ良かった。お姉様と会えたし。お姉様の御心にふれられる。前世の人生は本当にくだらない人生だったから。思い出したくもない。


 一方でお姉様はどうだろう。可愛い。伸びやかなソプラノヴォイス。録音して一生聞きたい。皇龍清明様が羨ましい。この声で「好きです」とか言ってもらえて。何をしたらそんな幸せが手に入るのか。顔か。顔の力かと嫉みたいところだが、彼はあやかし撃破数トップ。国の英雄である。お姉様の「好きです」を得るには、全自動あやかし殺戮機になる必要がある。


 ──と、まだ現れもしないヒーローに想いを馳せながら、少しずつ家の中を進み、お姉様へ振り返りを繰り返す。お姉様は私の隣を歩くことなく、1メートルほどの絶妙な距離を保ちながら私についてきてくれる。抱えて運びたいところだけど今の私は十二歳、お姉様は十四歳。私には腕力が無い。愛の力で抱っこして運んでお姉様にもしものことがあれば自決する。今日から鍛えて、鍛えて鍛えて鍛えぬいて、お姉様を肩車して走り回れるようになりたい。身長的にそのうちお姉様を肩車して走り回ると鴨居にお姉様の顔面を強打してしまうので実際はしないけど。なるべく今のうちに腹筋をニ十個くらいに割りたい。


 だから今はまだ、このだるまさん転んだスタイルで。


 振り返るとピタッとお姉様は止まる。そのまま直進して私の胸に飛び込んできてもいいのに。まぁ今の私にはお姉様を守る力がないので、叶わぬ夢だ。


 それに私は、お姉様に触れる資格なんてない。


「この部屋は……」


 お姉様は不思議そうに首をかしげる。辿り着いたのは、私の部屋だ。一人部屋なのに箪笥が二つも用意されているような部屋である。ザ・我儘娘の部屋。しかしながら中身はたいして入ってない。記憶を取り戻す前も、ただ記憶がないだけの私どころかお姉様のいない私なので、ただ気力が無い女だった。


父親や母親が娘に対してこうしたらいいと思った通りの部屋になっている。私の思想0、親の思想100。呪いの部屋。


 なので昨晩大急ぎで模様替えをした。部屋の真ん中を、二つのタンスを背中合わせにするようにしてスペースを区切った。お姉様スペースと私の寝床だ。私は寝られればいいのでお姉様が広め。今日からお姉様を見ながらお姉様と同じ空間を生きていけるので最悪面積が60センチ程度でも構わない。というか私が全然ベッドになってもいいんですけどね。身体がまだお姉様より小さいので、お姉様の足や腕をカバーしきれないために出来ないけど。無念。


 私は無言でお姉様の手荷物を奪った。小説でもこんな場面がある。お姉様の手荷物を奪って池に放り投げていた。よく転生もので地獄に落ちるキャラと同じ行動をしないように努める人間がいるけど、私は違う。どうなってもいい。お姉様さえ幸せであれば。失うものは無いのだ。そのまま風呂敷を畳に丁寧に広げ、お姉様スペースの箪笥を開き、指さした。


「え、この部屋が離れ……?」


 否定も面倒なので頷いた。


「いやでも……え、もしかしてここ、貴女の部屋……?」


 さすがお姉様。観察眼がパーフェクト。名探偵になれる。すぐ嘘がばれてしまった。


「一緒のお部屋でいいの?」


 お姉様は緊張気味に問いかけてきた。笑みで返そうと思ったが絶対に下心丸出しのにやけ面になるのでやめた。無言でうなずき、開きっぱなしだった障子の戸を閉じた。このままお姉様をお部屋の中から出さず皇龍清明様が飛んでくるまで閉じ込めてしまいたいけど、それはもう少し後の話だ。


 何も知らないお姉様は、「ま、末理さん」と美しい声で私の名前を呼ぶ。


 そう、私の名前は『まつり』だ。後の祭りの『祭り』ではなく、世も末の末、理不尽の理と書いて末理と読む。イントネーションは『祟り』のほう。作家は末理について『読者全員に嫌われるような、ざまぁされて読者の皆さんがスカッとするキャラにしたので‼』と言っていたので設定から何から最悪の還元濃縮である。


 この世界で名付けたのは母親だが、その母親は私を捨てて若い男に逃げたし。


 しかし、お姉様が呼ぶとなんだかとっても素敵に感じる。生きてていい感がおおよそ80%増量だ。


 無言で凝視する私に対して、お姉様は「よろしくね」と優しい言葉をかけてくれた。私は返事の代わりに手を差し出す。お姉様は驚きながらも、私にそっと手を差し伸べた。


 お姉様の、手。


 奉公先では、仕事で管理が必要になるにもかかわらず、必要であるまともな爪切りさえ使わせてもらえないことで、切る度痛みを伴うのに、長い爪は良くないからと自分の身を削った深爪気味の指先。


 水仕事で荒れた指の腹。用意されている食事に異物を混ぜられ、何故食べないのかと理不尽に叱責される栄養状態が反映された、骨ばった関節。何度も突き飛ばされたことがわかる傷だらけの手のひら。


 何回泣いたんだろう。何回助けてって思ったんだろう。何回死にたいって思ったんだろう。


 痛みの痕跡が嫌ほどわかるお姉様の手を、壊れないように、もう二度と痛い思いをしないように、なるべく力を入れずに握る。


 もう、お姉様の人生で、痛い思いをさせない。お姉様が皇龍清明様と巡り合うその日まで、私が守る。


 どうか幸せであれ、お姉様。



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― 新着の感想 ―
二十 ニ十……
短編好きだったので、連載いただけて嬉しいです。 短編とは少し出だしが変わってくるのでしょうか。 お部屋を案内した後でバーニングを企図するのは何となく違う気がするし、彼との出会い方も違う形になるのかな。…
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