疑い
日も暮れ、美浜家に関する報告の為、私と真原さん、水社一心は地域部と交代し一旦屯所に戻ることになった。
「一本傷の段階で発見できたか……」
退妖対実地戦闘局の局長室で、相模局長が考え込む。
「はい。現在地域部が護衛にあたっております」
水社一心が報告する。
「訳の分からぬ殺し方を……」
相模局長は大きくため息を吐いた。相変わらず冷酷キャラ設定がつきそうな見目と態度であるが、人の心がないわけではない。むしろ人間の心があるからこそ見下す、態度が悪いという選択肢を取る。
感情が無ければ、相手を同じ種族だと思わなければそもそも、心なんて動かない。意味が分からない存在を気に病むことも無いのだ。つまり相模局長は現在進行形でストレスがマッハである。人も死んでるし、しかも愉快犯ときた。
「研究局からの報告によると、今日発見された遺体は昨夜の夕刻に殺されたものとみて間違いないそうだ。その後、美浜家の娘をそのまま襲ったとなると、あやかしが対象を選んで襲撃するまでの期間が相当短くなっているらしい」
「期間?」
水社一心が聞き返す。
「ああ。三本爪のあやかしは殺して次の獲物を見つけるまで、少なくとも三日は開けていた。長くて七日。殺すまでも七日。なのに、早すぎる何もかも。神出鬼没になっている」
千年桜は恋と咲くで、猫又のあやかしは殺す人間をじっくり選び、恐怖が高まったところで殺していた。
やっぱり真原さんの言う模倣犯なのだろうか。
「明日、美浜の娘を屯所に隔離しますか」
水社一心が相模局長に問う。局長は「いや」とすぐに断った。
「あやかしが別の人間を狙い、その人間を蔵に隔離し厳重に封印したとする。命は守れるが心は守れない。それにあやかしが別の人間を狙っても、結局爪痕はついたまま。いつ襲われるかわからない状況は続く。それなら、美浜の娘は護衛に留め、あやかしが襲撃してきたところを討伐する」
相模局長は人間の心があるので、被害者に対して配慮がある。あやかし討伐の面で効率厨の面も否めないが──色々兼ね合いが難しいのだろう。表情がどんどん険しくなっている。
「護衛を続けろ。あやかしが出たら──退妖対実地戦闘局の威信をかけ、完全討伐を行う。お前たちは命令に従い調査を続けろ」
相模局長は冷ややかに告げる。
私は局長の命令を「民間人危険はイヤ‼ あやかし絶対許せない‼ 倒すもん‼ ぷいぷい~‼」と心の中で翻訳しつつ頷く。
部屋を出たあと、水社一心に睨まれた。
◇◇◇
翌朝、私と真原さん、水社一心はあやかしの痕跡を辿る為、屯所を出発しようとした。
すると──、
「美浜様?」
美浜家の娘が地域部の人間を伴い屯所の門のところに立っていた。
「何故、こちらに」
水社一心が警戒する。美浜家の娘は「一心様‼」と水社一心のもとに一目散に駆けていくと彼に抱き着いた。
浮気だ。
お姉様に対しての浮気だ。
お姉様はキープなんて概念は持たないが、水社一心はお姉様に一目ぼれしているはずなのでお姉様に忠誠を誓うべきである。だというのに他の女に身体を許すなんてくそたわけ。
よく女は清く在れというが男もだ。女の経験人数を誇る男なんてクソである。「女は経験が少ないほうがいい、清純こそ至高」「男は余裕を持ちある程度の経験があって女をリードできるほうがいい」と考えあたかも経験のある男のほうが価値があるかのように騙る大あほんだらがいるが、男も貞淑であるべきだ。男も経験が少ないほうがいい。清らかなほうがいい。簡単に女に触ったり甘い言葉を吐く男のどこに価値を見出せばいいのか。ほかの女に触れた手でお姉様に触れるな。
「これは一体どういうことです」
美浜に抱き着かれたままの水社一心が地域部に訊ねる。
「実は……美浜様はその、昨日……ご遺体で発見されたご令嬢の御友人で……あれから話を聞いて、ご両親からも要望があり」
地域部の人間が言いづらそうに答えた。つまり、友人が殺されたことを後になって知り怖くなって水社一心を頼りに来た、ということだろう。昨日の水社一心の感じは本当に頼りになる軍人そのものだったし。
「では、屯所で保護を。護衛も用意いたします」
水社一心は娘を引きはがしながら平気で言う。相模局長の話ちゃんと聞いてなかったのか。何考えてんだこいつ。
「水社様は一緒にいてくださらないのですか」
娘が戸惑う。私も戸惑いを覚えた。ほかの女に触らせてんじゃねえよと思えど、それは過剰接触に関してだ。仕事は仕事なので一緒にいてやれよ。
「どういうことでしょうか」
なのに水社一心はしらばっくれた。娘は傷ついた顔をしながらもめげない。
「私にも生活がありますし……水社様に護衛に入っていただくと安心なのですが……」
娘は上目遣いで水社一心を見つめる。
「私は調査がありますので」
水社一心は美浜の娘を言葉の刃でズバ切りする。娘は明らかにショックを受けた顔をした。水社一心に守ってもらう前提で来たのだからそれはそうだろう。
そもそも、爪の傷跡を抱える以上、猫又に狙われる。屯所で囲っておくべきだ。昨晩の時点で美浜家の屋敷に娘を置いていたのは美浜の両親の意向だ。大事な娘を男所帯に向かわせることに抵抗があったのだろう。ただ、近隣の事件について聞き、考えが変わったように思う。実際こうして娘はやってきたわけだし。
だというのに水社一心はなんでこんなに断るんだろう。小説の中で枯賀末理が「一心さん」と声をかけるとサッサと枯賀末理のほうへ行っていた。お姉様に嫉妬されたさで。キショい。
「しかし……平時通りの生活を送らないと……変に噂がたってしまいますし。なにより地域部の方々がおそばにいると、彼らは女学校でも知られた存在なので……色々分かってしまう。水社様ならば、おそばにいても、周りは……軍の方とは思わないはずで……」
娘は途切れ途切れに話す。
近隣住民だと地域部の人間かどうか分かる。地域部が傍についていればあやかしに狙われているとバレる。水社一心ならば、軍服さえ脱がせておけば同世代の男がいるだけなので自然だ。
「……なるほど、承知しました。女学校に通う間の護衛を行えばよいのですね」
水社一心は機械的に返した。もう少し感情を込めればいいのに。皇龍清明様より冷たい気がする。あの人はお姉様以外を意図的に冷たくしてるというより「生き物」という広義でとらえているから冷たいとかのレベルではない。すごい最悪な言い方をすると、お姉様以外対等に見てないのだ。ダンゴムシも人間も一緒。ただ、皇龍清明様にとっては「守るべき生き物」のカテゴリには入っている。そういう冷たさ。
でも水社一心のこの態度は排除的だ。私に対する当たりと比べれば……まぁ、という感じだが。
「はい……あの、そんなに、人手は多くなくて大丈夫ですので」
娘はちらりと私、真原さんを見る。水社一心と二人になりたいらしい。
二人は無理だろうが、娘と水社一心、二人を遠くから護衛する私や地域部といった布陣になるだろう。
「まぁ、あまり多いと目立ちますからね。真原一等兵、枯賀二等兵を、何卒」
水社一心はこちらに振り向く。真原さんが「それはもう」と笑みで返した。
「水社少尉!」
屯所内から局員が駆けてきた。
「なんだ」
「三本爪が関わっているらしい死体が出ました」
「……?」
水社一心顔をしかめる。真原さんは「なら」と手を挙げた。
「そっちは、僕と枯賀が調べときますんで。水社少尉は娘さんの護衛よろしくお願いします」
「ああ」
「場所は?」
真原さんが局員に訊ね、話を聞く。
「ちょうど行ったことあるわ。枯賀、行こ」
話を聞き終わった真原さんに促されるまま、水社一心たちから離れ、屯所を出る。
一瞬だけ振り返ると水社一心と目が合った。
何を考えているか、さっぱりわからない。
ただただ、私を監視するみたいに見ている。
そして隣の娘はといえば、一途に水社一心を見つめていた。
◇◇◇
死体が出たらしい場所は、最初に私と真原さん、水社一心が向かった現場から、裏手に回った細路地だった。
まるで夜逃げ途中を狙われたかのように道の半ばで顔を伏せた女。背中には三本爪で切り裂かれた傷跡。そばにはおそらく彼女が背負っていたであろう風呂敷包みが転がっていた。砂利の隙間には血が浸みこみ、事件の凄惨さを物語っている。
「殺されたんは昨日の夜やろうな、血はまだ赤いし、昨日の昼間はここら辺は地域部いっぱいおったやろうし」
死体を前に真原さんが呟く。周りでは地域部が交通誘導や現場の検証を分担し、各々役目を果たしている。
「なんか見覚えあるわ。この顔」
真原さんは、顔を伏せたままの遺体のそばにしゃがみこむ。
「悪いんやけど、ちょっと、顔見てもええ」
そばにいた地域部の人間に声をかけると、部員の一人が遺体を仰向けにした。
十代の若い女──美浜家の女中だった。
「この顔……」
真原さんも覚えがあるらしい。「今美浜家どないなっとんの」と傍の地域部に問う。地域部は「本日より警備を増員しております」と答えるが、「俺と枯賀も行きますわ」と遺体のそばから離れる。
「枯賀どう思う?」
真原さんの問いかけに私は首を傾げた。
「僕思うんやけど、あれやっぱ、模倣犯やない? 三本やろ? 一日でボーンいかないんなら、昨日も狙われてたん水社少尉なら分かるやんか」
確かに。女中は狙われていたにも関わらず。何故水社一心は気付かなかったんだろう。あんなに常時モノローグを吸い込んでる全自動吸引器みたいな状態なのに。
なら女中は三本爪の犯行に見せかけて殺された?
窓の破片が外側に散っていた。普通侵入なら内側に破片が散るものなのに。片づけ済やあやかしの能力の可能性を疑っていたが、普通に侵入者が来たと見せかけるためだったら。
水社一心は、美浜家でおそらく全員の心を読んでいる。
あの中に犯人がいたら、その心も読んでいるはずだ。女中が三本爪に狙われていたらその心も読めている。誰かに報告するはずだが、あいつは誰にも報告していなかった。つまり女中は三本爪に狙われてない。三本爪に見せかけ殺されている。
水社一心は美浜の娘に対して当たりが強かった。心配しているようには見えない。それどころか警戒していたが──美浜の娘が警戒されるようなことを考えているとしたら。
相模局長や私に報告しない理由は──多分、物的証拠が揃ってないからではないだろうか。犯人捜しの段階なら私のようなアバウトな証言も受け入れられるがそれこそ逮捕となれば話が違ってくる。
女学校にいる水社一心が気がかりだが、証拠を掴みに行ったほうがいいかもしれない。
私はそのまま真原さんを置き去りにし、走り出す。しかし真原さんはすぐに併走してきた。
「やっぱ美浜の家になんかある思うたんやろ」
その通りだ。私は頷く。部屋の主は今女学校にいる。その間に証拠を固める。
「僕もやねん。美浜の娘やないかって疑ってん。窓の割れおかしかったし、一番最初に見た被害者と女学校一緒やんか、ほら、最初に三人で見たご遺体、あれ女学生やろ。美浜と同じ学校の。今のうちに殺せば全部三本爪のせいに出来るって、店新しくできてちょい安なるあれみたいに、買い溜めみたいにしとんねやろ、殺し溜め」
私は一応、美浜の娘が殺人に関わっている、危ないかもしれないという仮説に留めている。
しかし真原さんはだいぶ決めつけというか……美浜の娘が殺したと確信していた。実際に出た遺体と私の証言が食い違っていた時、私のことを疑わないとしていたけど、美浜の娘を全力で疑っている。
「ずっと、胡散臭い思うてたんよ。美浜の娘」
真原さんは少し嫌そうな顔をした。「女は女であるだけで、嫌やなぁって思うからあんま疑わんようにしとるけどなぁ」と付け足し、「枯賀は違うで、助けてくれたもん」と、すぐ訂正する。
「僕、下に妹おってな、もうそこで珍獣とかなんよ、人やないの。上はな、上……も人やないねん多分。鬼や」
鬼?
真原さんは姉がいるみたいな話を聞いたことがある。確か管理局に配属されてすぐ……刀を山で見つけた時だ。うっすら力関係がある姉妹関係なのかなと思っていたけど、相当らしい。
「おかしいんが環境なんか、人柄なんか家族でも分からへんのよ。でもおかしいんは分かるんよ。家おるより軍の上下のがマシや感じる時点でもうおかしいやんか。軍属の上下のが加減あんねん。姉妹は、やくざや。全国津々浦々の姉妹は男兄弟に対してやくざ、うち父親もおらんから、母親強すぎて逃げてん。周りの人間から男なんだから守れ言われるけど、女って、何って思うもん」
死んだような目で真原さんが言う。
もしかしてだけど、私みたいに一切喋れないとか、よっぽどの事情でもない限り……真原さんにとって女そのものが警戒対象なのでは。逆に一切喋らないことで、既存の女カテゴリから排除され、交流可能となっている……とか。
「美浜の娘は絶対やってるわ。家にオルガンあったもん。僕何回言われたか分からへん。オルガンに指置け言われて指バーン何回されたか分からへんもん。開きもあんな大きいのあって、指やられた後、当たり前に泣くやん。それ、煩い言われて、ああいうとこ閉じ込められんねん」
真原さんは暗い目で走る。
それでもなおこの人は軍に入って、国や人の為に戦っている。そして私が刀を握りしめてけがをしたとき心配して手当てをしてくれた。
本当は女である私に触ったり近づくこと、嫌だったのかもしれない。それでも手当てしてくれたことに感謝しながら私は真原さんと路地を駆け抜けていく。
◇◇
美浜家に到着すると「すんませんねえ‼」と真原さんが美浜夫妻に対応し、私は美浜の娘の部屋に直行した。
すぐにオルガンを調べると、裏には血の付いた鎌があった。それとスクラップブックだ。中を検めるとおびただしい量の水社一心に関する切り抜きがまとめられていた。




