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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第二章 お姉様の為に入った帝都退妖軍
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模倣犯

「君、えらい青っちろい顔しとるな。具合悪いんか」


 真原さんが女中を気遣う。女中は「とんでもございません」と顔をそむけた。


「あんま、こっちに言い辛いかもしれへんけど、あれやったら下がっとき、一応軍人やから、盗むとかないし」


 真原さんは女中に休むよう促すが、女中が下がる気配はない。


 彼女を深追いすることはせず、真原さんは窓辺に近づいた。窓辺と言ってもあやかしに割られたことで、内側から木板が仮止めされており、外からの光は遮られてしまっている。


「窓割られたん、雪の日やったら完全に凍死させられるとこやったな。今の時期で良かったけども……でもあれか、この時期、いいとこのお嬢さんは女学校でオルガン弾いたりとか……」


 真原さんは部屋にあるオルガンに視線を向けた。


 女学校。


 この世界の金持ちの家の娘は女学校に通う。


 前世で例えるなら、大企業のトップの娘や政治家の娘だ。身の安全や後のコネクションづくりも兼ねてまとめてしまうのである。


 良妻賢母、どこに出しても恥ずかしくない大和なでしこを目指している場所であり、霊力が高い、戦闘向きの人間は入らない。


 ゆえに──色々複雑だ。


 お姉様が差別を受けてきた原因にも関わってくるが、枯賀家などあやかしに関わる、霊力があって当然の家からすれば、お姉様の存在は珍しく非難、軽蔑の対象になる。


 でも、この国の全体でものを見れば、戦えるほどの霊力を持つ人間は少ない。霊力を持ってるけど、戦えるほどでもない──この辺りの層が一番多いのだ。いわゆる、一般家庭。そうした人間からすれば戦えるほど霊力が在る人間のほうが珍しい。霊力がないほうが親しみやすいし、正直前の私みたいに膨大な霊力を持ってる人間に対しては安心よりも「怖い」が勝つのだ。


 女学園は、霊力を持たずとも商いで富を手にしたり、土地や国から重用されている家の娘が多い。


 霊力が高くあやかしと対峙するような家の一部──要するに枯賀みたいな家は、女学校に娘を通わせる家・ビジネスを頑張ってる家を「成金」「銭稼ぎ」と冷笑の対象にする。


 そしてビジネスを頑張っている家の一部は、枯賀みたいな家を「霊力だけで成り上がってる家、あやかしが消えれば用無し、経済を動かすのはこちら」と冷笑する。


 霊力を持っていれば霊力で人を比べ、商才があれば商才で人を比べ、地位を得ていれば地位で人を比べる。どこまでくだらない。


 お姉様はモノローグで何度も「霊力のない私に価値なんてない」「この世から消えたほうがいい」と繰り返し自責していたが、実際のところ霊力の有無問わず差別も冷笑も発生する。この世界は嫌な意味で広い。


 小説のお姉様の世界は枯賀オンリーだったので、お姉様はそれを知らない。


 その後も莫大霊力持ちの皇龍清明様と世界を見ていきながら自分の特別な能力を開花させるので、霊力がないといったコンプレックスはうやむやになっていったが、結局のところ霊力の価値と存在価値は直結しない。


 みんなに価値があるなんてきれいごとだ。


 正しくは、全員、どこかしら無価値だ。みんな無価値。お前が無価値ならあいつも無価値、おしまい。

 

 だから価値を測るという論議すら無駄。


 お姉様という例外もいるけど。


「結構練習してはりますしねえ、二階にまで置いて。びっくりしましたわ。重たいでしょうに……」


 真原さんがオルガンを見下ろす──その瞬間。


「触らないでください‼」


 女中が大声を出した。びっくりしていると女中は「御嬢様は……少々神経質でいらっしゃいますので、調律が狂うと……今、あやかしに襲われて、かなり……不安定と存じますので」と続ける。


「ああ、それは……申し訳ない」


 真原さんはすぐに手を下げた。


「本当に申し訳ない。うち姉も妹いるんですけど、確かに、嫌ですね。触られんの。嫌がってましたわ」

「いえ……こちらこそ申し訳ございません」

「全然全然、こっちが悪かったんで……えっと、オルガン、何年くらいやってはるんですか」

「小さい頃から……ずっとですね。当主様のご意向で」

「あぁ~」


 真原さんも女中も互いに気を遣いながら言葉を交わす。


 当主様の意思でオルガン。よくある。


 忌まわしき枯賀一族は見栄っ張りなので「オルガンを頑張ってる霊力のないご令嬢」を見下すが、「自分の家の娘は霊力も高いしオルガンもすごい」という評価は欲する。ゴミ。結果私はお稽古をさせられていた。和歌もそう。お姉様は千年桜は恋と咲くで「妹は習い事も難なくこなし……」と自己否定の要素にしてしまっていたが、叶うなら私はお姉様の愛を曲にして伝えたい。でも、演奏していたら確実に、お姉様への私の想いはこんなものじゃないと弦を引っこ抜いたりする。物を大事にしない人間なんかお姉様は好かない。いや、お姉様は物を壊すような人間でも受け入れようとはする。美しい。でもしない。


 挑戦だけが人生ではない。


 しないことを選ぶこともまた人生だ。


 お姉様を閉じ込めない。風呂場のお湯も飲まない。抜け毛を集めずちゃんと捨てる。お姉様が来てって言うまで近づかない。これが私の品格である。


「あれですか、女学校でも」


 真原さんが訊ねる。


「そうです」

「でも大変ですねえ。あやかしのことあるから、女学校はしばらくお休みになって……」

「いえ……お休みは今日だけで……」


 女中は暗い顔をする。


「え、何でです? こっちの女学校はそんな厳しいんですか? 屯所から連絡すれば許されるんやないんですか? なんなら一筆書きましょうか? 地域部と一緒に行ってもええし──」

「とんでもございません!」


 鬼気迫った調子で女中が拒否を示した。妙な沈黙が広がる。女中はやがてその場を治めるように言葉を続ける。



「その……あやかしに狙われていると知られたら、ご学友のこともございますし、結婚にも差し障るかもしれませんので」

「婚約相手が?」

「いえ……その、噂があって……傷をつけられた女は長く生きられないとか、色々……」


 つまり、キモ猫又の傷痕により、「あの女はあやかしに狙われていて危ない」といわくつき扱いをされるらしい。そんなことされたら結婚に響くだろうし、普通に人間関係としてきついだろう。


 殺された被害者もそうだけど、周囲にあやかしに狙われているとバレないようにしなければ差別されるというのは……中々難儀だ。


「大変ですねぇ」

「ええ……」


 女中は視線をずっとオルガンに固定したまま頷いた。


◇◇◇


 犯行現場の確認の次は、逃走経路の確認がある。


 娘の部屋を出た私と真原さんは、二人で庭へ向かった。


 女中はついてきていない。あくまで部屋の中を勝手に漁られないようにという見張りの意図もあったのだろう。


「思ったんやけど」


 季節の花が咲く小道を歩いていると、後ろを歩いていた真原さんが呟いた。


「美浜の娘の言うてたことと、ちゃうやんか。枯賀さんが言うてた犯人像と」


 振り返ると、真原さんはどこか確信めいた顔をしていた。


 彼の言う通り、私の証言と娘の証言は異なる。


 私に嘘をつくメリットはないが、嘘をつかない根拠もない。


 疑われているのだろう。嘘をついているのではないかと直接指摘されるか、探りを入れられるか。そのどちらかのはずだ。私を疑うのは仕事として当然だ。別に悪意があることじゃない。それは分かっている。それにただでさえ私は喋らない。沈黙のコミュニケーションを相手に強いている。こういう結果を招いても仕方ないし、覚悟の上だ。


 手のひらを握りしめ相手の言葉を待っていると、真原さんは言った。


「模倣犯の可能性ない? めちゃめちゃ勘やけど、本当にもう、勘でしかない、勘」


 ん?


 てっきり疑われるとばかり考えていた私は、あっけにとられた。


 模倣犯の可能性。


 私の証言が嘘だと疑うのではなく、私の言葉が正しい前提で、模倣犯を疑っている。ついでに真原さんの考えを勘の段階で披露してくれている。いいのか? 


 そんな確証のないことを言い合える関係ではないのでは……私たちは……。


「僕、模倣犯やと思う。勘やけど。合わんやんか。証言が色々……なに? その顔」


 頷きも否定もせずでいれば、真原さんは首を傾げた。


「なに? いじめられてますみたいな。僕なに? 怒る思われてんの?」


 真原さんは私の顔を覗き込んでくる。敵役が心理誘導して相手を煽る体勢だ。他人から見たら絶対真原さんが私を煽ってる、いびってると誤解される構図になっている。


「え、なんで……あ、あれ? 水社少尉と二人で話をしてるから、僕が拗ねてる思とんの? あれやで、水社少尉の言葉で枯賀の言葉想像してるし、水社少尉も考えてやってくれとんの分かってるから、怒ってないで」


 私は首を横に振る。


「じゃあなんでそんなしゅんとしてんの、なんやあと、刀持ってるから? 僕が前に刀怒ったから? 複雑みたいな」


 私は首を横に振る。というか真原さんの想像全部平和すぎないだろうか。なんか……性格の柔らかさみたいなものが出ているというか。体勢完全に悪役の煽りみたいになってるのに。


「……枯賀さんの言うてたことと娘の被害が違うから俺が疑う思てたとか?」


 私は連続で頷いた。そうそれ。だって普通はそうだ。事前に誰かが言ってたことと被害者本人の言ってることが違えば、事前に証言をしたほうが疑われる。


 しかし「ひどお」と真原さんはあからさまに傷ついた顔をする。


「そんなんないわ。嘘の根拠もないし、本当の根拠も物理的なもんもないけど、枯賀の場合は刀から僕らんこと守ってくれたやんか。枯賀は別や」


 真原さんは私が今、腰に携えている刀に視線を向けた。


 福野さんの一件から断罪しづらくなった、手を伸ばせば飛んでくる刀。


「これ、元は霊力吸うもんやろ。そもそもその前、俺らは枯賀さん避けて、島流しみたいな席座らせとったし。枯賀、女やし男周りにいても嫌やろって。でも、色々気持ち違ったやんか」


 色々気持ちが違う。水社一心の虚言で私には雑なクーデレ設定がついた。あれのせいで誤解がずっと続いているということか。


 つまり真原さん的には、私が悪いことしない、言わないという認識でいるから、疑わないよと言いたいらしい。


「根拠なしに疑ったりなんかせえへんよ。根拠あっても微妙なところやしな……そもそも僕、その刀んこと……危ない思うて先輩面して早とちりで腕切って死ぬほどダサいことしてもうたから」


 ハハ、と真原さんは自嘲気味に笑う。刀が何で飛んできたのか分からなかったとき、真原さんは自分の腕に傷をつけ、保管局に行ってくれた。


 その後、この刀は手を伸ばすと飛んでくるという規則性を持つことが分かったけど……。


 でもあの時、真原さんは……助けようとしてくれた。


 私は首を横にぶんぶん振る。ダサくない。それが伝わるように。


「そんな首強う振ったら、引きちぎれて飛んでくで、赤べこやないんやから」


 真原さんは鼻で笑った。にこやかに言ってるけど大分スプラッターじみたことを言っている。


「疑われるん辛いんは分かるけど、疑われとんのやろなって思われるのも中々やから、あんまそういうのはなしにしよ」


 疑われていると疑われていることも、辛い。


 そんなこと思いもしなかった。


 私は真原さんを見ると、彼は「まぁ、この流れで言うのズルやと思うけど」と前置きした。


「話し戻すけどさ、模倣犯の可能性あると思うねん。傷跡、お前の話やと浮かびあがんねやろ。ようあるやん。どっかで連続の殺しあって、探してたら犯人二種類おったみたいな」


 何で真原さんはウキウキで耳打ちしてくるんだろう。人が死んでるのに。とりあえずされるがままにしながら、私は庭園から屋敷に目を向ける。水社一心が娘の護衛にあたっている。


 娘は水社一心をじっと見ていた。


「だから……俺は枯賀さん疑っとらんし、気張って調査頑張るから、枯賀さんもなぁ、自分と似たりよったりの人間死んどるけど、あんま気詰めんと」


 もしかして。


 真原さんは私に気を遣ってくれているのだろうか。


 一番最初に見た被害者も、美浜の娘も、私とあまり年齢が変わらないから……。


「なんやあぶなぁコレ、枯賀さん足元、気ィつけや。硝子落ち取るわ。片づけちゃんとなってないわ」


 ややあって、歩いていた真原さんが突然しゃがみこんだ。視線の先には、宿根草に紛れて硝子片が散らばっていた。それも大量に。上を見上げると、丁度修理の為か二階の窓に木の板が立てつけられていた。


「ああ、丁度あそこから入られたんやなぁ」


 襲撃された二階の部屋の窓の下に、ガラス片。


「これ片づけんの地獄やろ、草かき分けて硝子拾って。多分このままでっかい穴掘って草ごと持ってかれるわ。勿体ない。いくらで売れんねやろ。金持ちの草」


 前も真原さん、屯所の玄関前の玉売ろうとか言ってたけど、癖なのだろうか。冗談の一つなのかもしれない。実際、戦闘時に玉盗んだのは福野さんだし。っていうか真原さんが玉に関心あるというか目の敵にしていたのに、福野さんのほうが「ああそうだ玉盗んであやかし操作して大型あやかし討伐しよう」と着想から行動まで一本通したのは、普通に怖いところがある。予告犯と無告犯の違いというか。


 というかそもそも何で外側にガラス片があるんだろう。


 普通、外から窓割って入ってきたのなら、庭園にこんなに散らばるだろうか。


 部屋の中に窓ガラスが散らばるものでは。


 まるで部屋の中からカチ割ったみたいだった。


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― 新着の感想 ―
そ、そんな真原さん……こんなに好感度爆上がりさせたらボス戦前に死んじゃうやつ!!ヽ(;゜;Д;゜;; )ギャァァァ
犯人探しあるある。 外から割ったら部屋の方に散らばるはずのガラス片が外側にある〜
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