狙われた娘
私、水社一心、真原さんは傷を受けた人間の元へ急行した。
場所は市街からやや離れた豪邸である。被害者は名家のご令嬢らしい。二階建ての邸宅だ。水社一心のハウスは和風のホラーゲームで出てきそうなでっかい屋敷の大きさだけど、こちらは一般規模の富裕層邸宅である。庭先にはガラス張りの小さなスペースが設けられており、籐編みの椅子とテーブルが並んでいた。大正ロマン御嬢様ハウス。
「……それで、そちらの娘さんが襲われはったんですか」
真原さんが神妙な面持ちで問う。豪邸の──おそらく客間に通されたらしい私たちは、ソファに座っていた。
ローテーブルをはさんだ向かいには、この豪邸の住人である美浜家の当主とそのご夫人が並んでいる。両者ともに四十代くらいだろうか。水社夫妻より年上に見える。美浜家当主と夫人の間には、本件の被害者である娘がちょこんと座っていた。年齢は……私や水社一心と同世代だろう。娘はうつむいていて、心細そうに自分の右腕を自分の左手で掴んでいる。
「昨日の夜中……眠っている娘のもとへあやかしが現れ……背中に傷をつけられたと……‼」
夫人は耐えがたそうに懐からハンカチを取り出し、目元を押さえた。真原さんは申し訳なさそうに「……その、大変申し訳ないんですけど……傷の状態は……」と訊ねる。
そこは大事なところだ。一本なら二本目があるし、二本ついてたらもう殺しに来るわけで。さらに現状、あやかしの接点になりそうなものが爪跡しかない。
「嫁入り前の娘の身体ですよ……⁉ いくら軍とはいえ、軍医ならともかく……それは……」
美浜家当主が顔をしかめた。命関わってんだぞと思うが名家の娘が背中を晒すというハードルは、かなり高い。
「枯賀がおりますんで」
真原さんの言う通り、私がいる。
「なら……」
美浜夫人が私を怪訝な目で見た。さっきから私は一言もしゃべらないので、危ない奴だと思っているのだろう。危ない奴の自覚あるから分かる。危ない奴です。
「念のため、枯賀と……御嬢様とお母様、女中もつけて確認を」
水社一心が付け足した。別に私と娘だけで良さそうだが。水社一心を見ると私を黙ってろと言わんばかりの形相で睨みつけてきた。危ない奴って自分で言ったけど別に娘に対しては何もしない。
一方の美浜夫人は「ありがとうございます」と水社一心に感謝している。なんだこの理不尽。
私は娘、そして美浜夫人と女中と共に別室へ移動した。
顔色の悪い女中がおそるおそる娘の着物を脱がせ、背中をはだけさせ、包帯を外す。
滑らかな肌に、痛ましい爪跡が刻まれていた。線は一本。これからカウントダウンのようにして一本増え、最後には三本の爪痕が付く。
しかし──、
娘の背中の傷は、刻印を浮かび上がらせるようなものではない。
鋭い爪や刃で刻んだのがはっきりと分かるものだった。
◇◇◇
私は水社一心たちの部屋に戻り、人差し指を一本立てた。
水社一心は「手がかりは」と問う。
痛みを伴う傷跡だった。私は真原さんにも分かるように宙に指で傷跡をまねる。
「痛みを伴うものだったらしい……」
水社一心が真原さんに補足する。千年桜は恋と咲くでは印を浮かび上がらせるもの。実際に痛めつけるのは二本目だ。クソ・イカレ・シリアルキラーはそこで恐怖をあおる。こだわりを持っていた。
しかし娘の背中には一本目の傷跡の時点でかなり激しい傷になっている。鋭い爪や刃のようなもので傷つけられており、猫又のやり方と一致しない。別のあやかしだろうか……?
「襲われた状況は」
真原さんが問いかけた。
「昨日の夜……自分の部屋で寝ていたら窓が割れる音がして……その後はもう、突然……黒い、大きな化け物が私を……」
娘は震え声で話す。
「娘の悲鳴が聞こえて、すぐに部屋に向かったんです。そうしたら、背中を切り裂かれた娘と、私より先にかけつけていた女中がいて……窓が割れていて、血が床に……」
「窓から入ってきたんなら、物理的な隔たりがあればすり抜けられへんいうわけですけど……姿も、傷のつけ方も、聞いてる情報と違いますねぇ」
そう。千年桜は恋と咲くの──私の情報とは異なる。真原さんはチラリと私を見た。疑われている。敵意は無いだろうが、信憑性が薄いと思われているのかもしれない。千年桜は恋と咲くのことは私しか知らないし、それに今起こしている猫又の事件は、小説で「数々の事件を起こした猫又の~」という説明の数々の部分。死ぬほど省略されており誰がこれから殺されるかも分からない。未来のことを知っているので有利というアドバンテージが皆無だ。地道に捜査しなきゃいけない。刑事ドラマの登場人物じゃないのに。私溺愛シンデレラ物語のざまぁ対象なのに。
だから私の知識は役に立たない。
「信じますよ」
水社一心が呟く。
「信じます」
水社一心は娘を真っすぐ見つめていた。娘に言ったらしい。一瞬私に言われたのかと思った。あっぶね。
「必ず、あやかしを見つけます。娘さんの命を守ります」
水社一心の宣言に、娘の目が見開かれ、ぱぁっと頬が朱に染まった。
「ありがとうございます……‼ やっぱり、お話しできてよかった……!」
美浜家の娘は恋にでも落ちたのかと思うくらい感激した顔で水社一心を見つめ、美浜家夫妻も感謝する。私はその光景を眺めながら、猫又のあやかしと娘の傷について考えていた。
◇◇◇
水社一心は娘の護衛、私と真原さんはあやかしの痕跡が無いか地域部と共に美浜家の屋敷を調査することになった。
私は真原さんと共に、二階の娘の部屋に入る。
西洋風の内装で、寝台に白い机と椅子と本棚が並んでいた。名家の御嬢様あるある。舶来品──船で輸入した海外の高い化粧品、香水瓶、三面鏡もある。芸能人でもないのに鏡なんて三つもいらないが、機能性や実用性を欠いたものにも金を払えるのがお金持ち特権だ。
まぁ、金がないとはいえ機能性や実用性を欠いていても、それが欲しいと思うものはある。私の場合、それが「千年桜は恋と咲く」だった。小説も漫画も全部持っている。お姉様の痕跡を知れるならと特典の小説目当てで、内容も全く変わらない同じ本を別の店で買った。
そして前世、お金があればもっと自由で閉塞感は消えると思っていたが、金は持っていても枯賀家は枯賀家で窮屈だった。
美浜の娘はどうなんだろうか。
美浜家は霊力ではなく商いで栄えている家らしい。霊力が在ろうか無かろうが人間は食事をするし服を着る。この世界の金持ちは膨大な霊力を持ち国から色々任されることで元々金持ちのタイプか、たまたま普通の家、もしくは貧しい家に生まれ霊力や異能を生かし軍に入り成り上がるか、ビジネス一本で成り上がるかの三択。
美浜家は霊力が無くビジネス一本で金持ちになった家であり、周囲も似たようなもの。美浜の娘は前世で例えるなら飲食店やアパレルショップをいくつか経営する社長令嬢。私は……どっかの地主の娘みたいなものだろう。水社一心は代々政界に身を置く家の息子枠。金持ちにも違いがある。
私はおもむろにクローゼットに手を伸ばした。
「あの」
先ほど、美浜家の娘の着物を脱がすのを手伝っていた、顔色の悪い女中が止めてくる。
「なにかお探しのものがございましたらお申し付けくださいませ」
私は会釈してクローゼットを開いた。他人に好き勝手されたくないのだろうが、一応クローゼットに猫又がいたら困る。しかし中にあったのは、服と──小説だ。上部のポールには女学校の制服や、簡単な私服がかかっている。下の空きスペースには本が並んでいた。
部屋にも本棚があるが入りきらないのかもしれない。しゃがみこんで確認する。恋愛ものが多い。本棚に並ぶ小説は哲学書や教養に関する格式高いものだったが、色々厳しいのだろう。隠して難を逃れているらしい。私もお姉様をこんな風に大切に隠してしまいたい。
傷つかない場所に入れて、隠されてるなんて気付かせないで、綺麗な場所で幸せでいてもらいたい。
そういうことをお姉様は望まない。私がしたいだけだ。だからしない。
皇龍清明様も同じだ。あの人はお姉様の幸せを望み、お姉様を誰も分からない場所にいてほしいと願った。そしてそれはお姉様の幸せじゃなく自分の欲だと考え、三百年前お姉様から離れた。そしてお姉様はあっけなく死んだ。皇龍清明様は後悔をした。
それでも今、自主的にお姉様を探さないのは、お姉様から離れるべきではなかったという考えが、お姉様をどこかに閉じ込めたいという自分の欲をただ肯定したいだけじゃないかと自分を疑っているからだ。




