三人での調査
戦闘局からの命令を受け、早速三本爪──キモ猫又調査のため、市街地に向かった。
メンバーは私と水社一心と真原さんだ。誰か一人くらいは緊急事態の対応の為、管理局に残る必要があり富山局長が残ることとなった。
富山局長の式神召喚は運。市街地で万が一巨大な式神を召喚したら甚大な被害が出る。爪跡つけてヘラヘラ笑って被害者が怯えるのを見ているキモ変態を丸呑みにするメリットより、市民に対するデメリットがデカすぎるのだ。お姉様が悲しむし。
「きも……?」
水社一心が疑いの目で私を見る。真原さんは怪訝な顔で水社一心を見た。さっきから私は黙っているので真原さんからすれば私が水社一心に「きも」と一方的に言われたようにしか見えない。
笑っちゃうな。突然、末端兵に「キモ」とか言う少尉。水社一心の部下がカスなだけで本当は上官に対して敬意を持たなきゃいけない。普通に上官が下々のものをゴミ扱いしても許される。水社一心は本来生意気な部下を権力の名のもと処分できるが、なんでか注意にとどめていた。よって部下も調子に乗ったのだろう。人と人は分かりあえる星から来た分かり合える星人。
「お前を除隊処分にするぞ」
水社一心が注意してきた。証拠がねえだろと心の中で反論する。水社一心がぬくぬく接して処分しなかった部下と異なり、私の水社一心の侮辱には証拠がない。実際、今まさに一緒にいる真原さんは何も聞いていない。
というか水社一心はさっきからずっと私に話しかけているが、真原さんに気を遣ってほしい。真原さんは水社一心より年上、階級は水社一心が上という絶妙なポジション、やりづらいだろうに。
「……枯賀の言動を注意した……だけだ」
ぼそ、と水社一心は真原さんに伝えた。こいつもこいつでやりづらそうだ。
外は年功序列の世界だが、軍内は階級至上主義だ。その温度差もある。なおかつ滅多打ちにて治療中の水社一心の部下たちと違い、真原さんは人間に対して敬意を持つ。「おい」とか言いづらいのだろう。水社一心は「霊力が無いのに」と口では言うが、口先だけの男だ。実際、能力の有無で人を価値を測ることはしない。
現状、能力に目覚めていないお姉様にも敬語を使ってくれているし。
「滅多打ち……?」
水社一心は複雑そうに私を見た。
「ああ、水社少尉の能力は心が読める……でしたっけ、大変ですねぇ」
しかし水社一心が何かを言う前に、真原さんは奴に声をかける。
「大変なのはそっちだろう。心が読まれて、やりづらいと思うが……」
「そうですかぁ? でも、部下に人権なんてないて前提があるんが、帝都退妖軍の上下やないですか。戦闘局なんか特にそうでしょ。部下に心なんかない思うて接してる上官と、部下に心あるて思いながらも心ない行動する上官」
そういえば真原さんは戦闘局にいたような話があった。
水社一心みたいな少尉スタートってわけでもない叩き上げ。階級は上等兵。真原さんの口ぶりから、彼自身は階級は絶対という認識でいるようだが、水社一心に対してはやや柔らかく接している。年齢と軍歴で舐めているようには思わないが……。
「まぁ……場合によるかもしれないが……苦労かける」
「全然、気にせんといてください。ああちなみに、僕の能力は知っとるかもしれませんが、僕が触れている間、僕が物の重さ変えるってもんで、水社少尉とか枯賀の持つ分を軽くすることはできないんで……あやかし相手はあんま期待せんとってください、よろしくお願いします、ハハ」
真原さんは笑みを浮かべた。水社一心は「よろしく」と少し照れくさそうに返す。水社一心は心を読む。真原さんが水社一心の能力について嫌悪感がないことを悟ったのかもしれない。
千年桜は恋と咲くで、水社一心の出番と言えばお姉様にモラハラするか枯賀末理に苛つくか程度だった。男の知り合いがいないどころか男と喋っている場面がほぼなかったし、心が読める能力で孤独だったとあった。
心を読めば、相手が自分に向ける好感度もある程度把握できる。能力を打ち明け、キモがられてるか、怖いと思われたかすぐ分かる。
でも真原さんが能力について気にしている素振りもない。そもそも真原さんは私の能力も聞いてこない。他人の能力についてあまり気にしてない。
軍は世間とは違う。年功序列意識も何もかも。
その違いが、水社一心の孤独について何か……影響をもたらしているのでは。
水社一心は……小説の状況と比べ、孤立はしていない……?
「お前は俺のなんなんだよ」
水社一心が睨んできた。ちょっと見てるだけですーぐ絡んでくる。大人げない。暇かよ。
「少しは自分のこと考えたらどうだ。俺のことばっかり気にして。お姉様はどうした」
だからお姉様を助けるためにこうして軍に入ったんだろ。
「傍にいて令嬢らしいことでもしてればよかっただろ」
そうしたかったよ。でも、未来を考えれば、出来ないし。
「それは霊力が」
水社一心がそこまで言ったところで、私は水社一心を睨み返す。
さっき、水社一心は『俺のことばっかり気にして』と言っていたが、なにか勘違いしているんじゃないだろうか。私が、お姉様以上に水社一心に構ってるとか、そういうことを。
水社一心はお姉様を助けてくれたモラハラ未遂である。
それ以上の存在ではない。
答えているのに水社一心は呆れ顔で首を横に振る。
そして真原さんに「枯賀、黙っているから人に興味がなく人を拒絶しているように見えるが、全然違う。頭の中、ふざけてばっかりだ」と勝手に注意を始めた。なんだこいつ。心が読める能力で人間関係のズルはしないみたいなこと言っていたがあの信念はどうした。なんで私の人間関係に介入してくるんだよ。
「枯賀、変なんですねえ、やっぱり」
真原さんは特に動揺せず相槌をうった。やっぱりってなんだ。刀の一件以後変なことはしてないのに。
「ああ。こいつは変だ」
「じゃあ、水社少尉は大変ですねぇ」
ニコニコ、真原さんは優しい笑みを浮かべる。福野さんが野生の動物を見守るみたいな目つきだった。
「あ、ああ、気遣い、痛み入る」
水社一心は戸惑いつつも足を早める。小説では……家族やお姉様といった身内枠以外に優しい目で見られることがなかったっぽいし、新鮮なのかもしれない。
『ずっと独りだった』
水社一心は小説でそう言っていた。その後、『でもお前がいた』とお姉様へ激重発言をし、モラハラへの情状酌量誘発場面に続いた。
ばーか。
もうお前は独りじゃない。
心の中で罵ると水社一心は怪訝な顔で私を見る。真原さんが「枯賀がまた変なこと言ったんです?」と問いかけると、水社一心は「すごいんですよ、ずーっとうるさくて」とため息交じりに返した。
◇◇◇
「ああ、ここみたいですねえ」
辿り着いたのは市街の中心部からやや離れた路地裏だ。周囲にはこの地区を管轄している帝都退妖軍の人間が集まっていた。基本的に軍の構造は前世の警察的で、本部で重大事件に備えてるタイプ……私や真原さん、水社一心みたいな、刑事ドラマなら警視庁にいるようなタイプ、交番で市民の生活を守っている駐在タイプに分かれる。
「地域部が既に調べに入っているみたいだな」
水社一心が上司面をした。
駐在タイプ──交番にいる警察官ポジの軍人は、局のくくりではなく、帝都退妖軍✕✕地域部という呼び方になる。たとえば水社一心タウンという世紀末の町があれば、帝都退妖軍水社一心タウン地域部だ。
地域部は私たちみたいなのを「本部」と呼ぶ。地域部で手に負えない強力なあやかしが絡むと本部に連絡、各局所属の人間の出番になる。
例えば地域部が水社一心の悪口を言うなら「本部の局員がうざい」となる。水社一心が反論する場合「地域部の部員が俺に文句言ってくる」という感じだ。
「退妖対実地戦闘局だ。状況は」
水社一心が声をかけると地域部の人間たちはハッとした顔で道開ける。さながら刑事ドラマみたいだ。心の中で呟くと聞きなれぬ単語に水社一心はこちらに振り向くが、こちらに絡んでくる前に地域部の人間が口を開いた。
「現在、あやかしに襲われた死体を調べている状況になります! 周辺で部員たちがあやかしの捜索にあたっておりますが、消失、逃走経路も判断出来ておらず……痕跡が……それと……」
「死体に、爪痕か」
水社一心が呟く。視線の先には顔を伏せた女の死体があった。上等な着物だったのだろうが、背中はざっくりと切り裂かれ、罰が刻まれている。
「死体の状況から……殺されたのは昨日の夕刻……女学校の帰りに連れ去られたようです」
部員が報告する。
「爪痕刻まれとるのに、外出るて、あんま、三本爪の情報は知らせんようにしてはるんですか、爪痕つけられた人間が、殺されるみたいな、情報統制というか」
真原さんが部員に訊ねる。部員はすぐに首を横に振った。
「周知は徹底しています。襲われたらすぐに地域部に報告するよう……しかし、情報が上がらず、被害者は増えるばかりで……むしろ伝えたら襲われると考えているようで……」
部員は視線を落とす。千年桜は恋と咲くで描写されていた通りの殺し方だ。部員は何故襲われた瞬間を押さえられないのか、背中に傷をつけられたなら一度目の段階で叫びだすなりして分かるだろうと思っているのだろうが、実際のところ一度目の傷は浮かび上がるのみ。痛みは感じない。ゆえに最初のうちは「知らない間に背中に傷が出来てしまった」と不思議に思うだけなのだ。
その後、犯人は対象のそばに、背中に三つの傷跡をつけた猫や犬の死体を配置し、次にお前がこうなる番だぞと言わんばかりに見せつけ、二本目の傷をつけ恐怖をあおる。
それを何度か繰り返し、爪痕をつけられた者はまもなく死ぬ……と人々が噂を作り上げるのを待ち、恐怖する人々を眺め愉しむのだ。
「一度目の傷は、浮かび上がらせるだけ。痛みは与えていないのかもしれない」
水社一心が言う。部員がハッとした顔をした。
「確かに、これだけ警備していても、一度目の襲撃の現場にかち合わないのはなぜかと思っていましたが……」
「こいつの発想だ」
水社一心は私を見る。責任被せてきやがった。
「手柄を横取りしないようにしたんだろうが」
水社一心が睨みつけてくる。手柄が手に入りそうならお前が貰っておけよ。皇龍清明様に追いつけないぞ。
「お前のほうが必要だろ」
お前が出世するほうが効率がいいだろ。少尉だし。
「お前なぁ……」
水社一心が呆れるが、私に構うことで変に思われているのを察したほうがいい。何故ならさっきから私は無言。水社一心が一方的に私に話しかけてるようにしか見えない。変なやつだぞお前。
「~……っ」
それより、今は人に爪痕を刻み悦に浸るクソ・イカレ・キショ・シリアルキラーあやかしの居場所の特定だ。
千年桜は恋と咲くの強力あやかし枠こと、あやかしの悪の親玉三分割の一体でもあるそいつは、ふらふらしていて特定の場所にいない。というか悪の親玉三分割は全員ふらふらしていて、場所を先取りしてそこに一斉攻撃、という手が使えない。
それにキショシリアルキラー猫又なんて薄緑の髪に猫耳を生やした子供の見た目なので、そこら辺歩いていたら一発で分かるのに、影移動みたいなのをしているので探しづらい。
「あやかしは猫の耳をつけた子供の男の姿になるらしい。名は猫又という」
は?
私は水社一心の顔を見た。
なんでこいつこんな簡単に私の言葉鵜吞みにしてるんだ?
嘘ついてたらどうするんだ?
こいつ前は嘘ついてるか分からんみたいなこと言ってなかったか?
何でぺらぺら垂れ流してんの?
「嘘ついてないだろ」
水社一心が私を見据える。
何?
軍に入って能力が一段階上がって嘘かどうか見抜けるようになったってこと?
確かに皇龍清明様が冒頭で出していたドラゴニックファイナルクラッシュと、後半で出していたドラゴニックファイナルクラッシュは威力も出力も桁違いだった。
お姉様のパワーだと思っていたけど、普通に日進月歩で能力は強化されるのか? ずる。こっちは使うたび減るのに。
「は?」
水社一心が私を睨む。しかし部員がすぐ口をはさんだ。
「猫又……直ちに各所に連絡し、捕獲に務めます」
「あ、ああ」
水社一心は部員のほうに返事をする。そう、今はキショ猫又の捜索です。私のことは構うな。
「大変です!」
遠くのほうから別の部員が走ってきた。
「背中に傷を受けた者を発見しました。まだ、傷跡はひとつです!」
部員が叫ぶ。つまりこれから七日以内に傷を受け──猫又に殺される人間の発見の知らせだ。




