一世一代の大博打
上等兵が何かして、少尉が──水社一心が庇った。
庇ったということは、おそらく負傷状態。あの大きさのあやかしに対して?
皇龍清明様を待っている場合ではない。
私は現場に向かおうとする。しかし福野さんが私の手を掴んだ。
「一人で水社少尉を助けようとしてる?」
私は頷いた。福野さんを巻き込む気はない。
「勝機は」
私は頷いた。無策で突撃する気はない。絶対に助けるつもりだ。
「策はあるんですか」
ある。ずっと取っておいた手がある。本当はもう少し後に使う気だったが、今水社一心がここで死ねば、策を温存していても意味がない。
「それは、真原さんが怒るようなものですか? この間みたいに自分の手を痛めつけるみたいな」
首を横に振った。
「嘘ですね」
福野さんは私の腕を離さない。なんで嘘だと分かるんだ。見返すと福野さんは私の腕を掴む力を強めた。
「俺は、君の上司にあたります。あんまり先輩面したくないですけど、死なせに行くような場所に送り出すなんてことはしたくないんです」
「……」
そうは言われても、私は水社一心を助けにいきたい。私のことなんかどうでもいい。
「僕に考えがあります。もしかしたら助けられるかもしれない。博打ですけど……俺の博打にのる覚悟、あります?」
博打? 一体どういうことだ。私はとりあえず頷く。
「呪いの──刀。あれ、朝も枯賀さんの枕元にいたとかって聞いたんですけど」
福野さんの言う通りだった。刀は私のもとに飛んでくる。今朝も預けたばかりだった。
「枯賀さん寝てるときずっと手のひら握りしめてるわけじゃないですよね?」
質問の意図が読めないが、私は頷く。
「刀、俺が見ている範囲では枯賀さんが手を上げ、手のひらを広げているときにしか飛んできてないんですよ」
言われてみればそうだ。刀は勝手に私の手元に来るが、一人で歩いている時には来ないし、退妖対実地戦闘局の人間に絡まれてるときは手首を掴まれ上にあげさせられていたし、管理局にいるときは福野さんの投球を取ろうとして──刀が飛んできた。
「枯賀が手を伸ばしたときに、あの刀は物理的な障害を無視してやってくる。どんな壁も封印も突き破る──だから、あやかしの心臓部のそばで枯賀が手を広げれば、あの刀は飛んでくる可能性がある。あの装甲を、貫けるかもしれない。屯所からは距離があるので、速度的にも相当な速度であれは……飛んでくる」
なら、私が一人で向かい巨大あやかしの背後に陣取り手を上げれば、屯所から飛んできた刀はあの装甲を突き破り、致命傷を与えることが出来るのではないだろうか。
「あやかしの討伐には協力が必要です。協力できるなら一緒にやりましょう。協力できないなら俺はこの手を離しません。このまま、撤退します。好きなほうを選んでください」
福野さんは私を見る。二択の答えはすぐ決まった。
◇◇◇
「鴉のあやかしは光物に目が無いんですよ。ただ僕の能力だと飛行に難があるので、とりあえず屯所の玉を使うことにします」
福野さんと協力してあやかしを討伐することになり辿り着いたのは崖の上だ。彼は料理番組のような調子で訳の分からないことを言い出した。
屯所の玉はおそらく真原さんが目の敵にしている玉のことだ。
「このお札は、忘れ物用なんですよね。退妖武具・装具管理局は備品が多いので、手だけニュっと忘れ物を取りに行けるようになってるんです。ただ、物理的な法則を色々無視してしまうので大きさに制限があります。だから、これになるんですけどね」
そう言って福野さんは札を用いて、空中に小型のワープホールを生み出した。そこに手を突っ込み、鞄の中を探るみたいな手つきで玉を取り出した。
これ窃盗じゃないの?
福野さんは冷静だけどこれ窃盗じゃないの?
今、窃盗の手順を料理番組のテンションで教わってたりしてない?
玉を凝視していると福野さんは「これ真原さんが目の敵にしていた玉ですよ」と隠し味のアドバイスみたいに付け足した。
確かに、真原さんは玉を目の敵にしていた。
屯所は皆、明日の命も分からぬまま戦いに来ている。にも関わらず軍の上層は「士気を高めるために」とこれを送ったらしいが、こんなもの贈るくらいなら福利厚生をどうにかしろと言っていた。しかし、これ明らかに窃盗な気が。というか玉を一体どうする気だ。
「そして、あらかじめ用意していた自作の釣り具を用意します。木の枝と蔓ですね。玉は軽めです。金だったらつるせなかった。上層部の士気を高めるための誠意が見て取れます。そんなものです」
まるで料理番組の材料紹介のように福野さんは説明する。
「この球を釣り餌にして、鴉のあやかしを釣ります。腰に手をまわしますが、嫌な気持ちがしたら上層部に訴えてください……行きます」
福野さんは釣り具につられた、人間の大人サイズの鴉のあやかしを呼び寄せ、私ともどもあやかしにむかって飛び込んだ。全部事前に説明してもらっているけど、やることが突飛すぎて理解が追い付かない。正気じゃなくないか? 何? 水社一心って私のことこう見えてるのか?
「鴉にのるのは初めてですか」
鴉のあやかしに乗り込みながら福野さんが冷静に聞いてくる。私は頷いた。
「奇遇ですね。俺もです」
怖すぎるだろ。鮮やかな手口で空き巣してた犯人が「初犯です」って言いだした怖さを感じる。嘘? どっち? 分からない。今すぐ鴉から飛び降りて単身で乗り込んだほうがいい気がしてきた。
「気分はいかがですか」
私は大丈夫と伝えるために元気さを伝えるジェスチャーをした。福野さんは「すごいですね、俺は最悪です」と反応しづらい自己申告を行ってくる。
「でかいんですよね、こいつ。もう少し小さい鴉が良かった」
潰れない?
あとこういう時でも性癖に逆らえないんだ。
福野さんは静かだし真面目そうだと思ったけど、違うかもしれない。静かな変わり者タイプだ。いやでも、一緒に討伐しようとしてくれるし、いいひと……いやでも窃盗では……。普通の人間ではないのか? お姉様は普通の枠組みに押し込めてはならない至上のお人、水社一心は水社一心だし、まだ見ぬ皇龍清明様は人外メンタルだし。
でも福野さんの作戦は理に適っている。鴉のあやかしは光ものに目が無い。つまり、釣り具を用いて鴉のあやかしの目の前で玉をちらつかせれば、鴉のあやかしは宝玉に向かって飛翔する。ジェット機と変わらない速さだ。
「刀、枕元にあるって聞いてずっと不思議だったんですよ。寝てる間なら寝首をかくこともできる。でもそうはしなかった」
確かに、私もそこは疑問だった。寝てる間に突っ込んでくるのに私を殺そうとはしない。
「ちょっと前にあったんです。怪我をしていた猫がいて、その後……ちょっと飼っていて……全然懐かないしよく噛まれていて……色々あっただろうし仕方ないしなぁとは思ってたんですけど、噛むの、あやかしから僕を守るためだったんです。最後には俺を庇って死んだんですけど、それからは、助けようとしてくれてるんじゃないかって思うようになって。なんでも。刀、もしかしたらって」
──違うかもしれないですけどね。
福野さんは笑みを浮かべた。優しくて、少しだけ寂しさのにじむ笑顔だ。
……あの刀が私を助けようとしている。
私は自分の手のひらを見つめる。瞬間的に思い浮かんだのは助けてと言えと腕を掴んできた水社一心の顔だった。
水社一心はお姉様を助けてくれた。
だから今度は、私が。
やがて私と福野さんを乗せた鴉のあやかしは、巨大な鳥型のあやかしの背後に接近していく。
しかし、こちらに背後を向けていたはずの巨大あやかしは突如ぐるりとこちらに振り向いた。
このままだと福野さんが危ない。私たちが乗るあやかしともども喰われる。私は囮になろうと身を乗り出そうとするが、思い切り福野さんに押さえつけられた。
「目ぇ閉じろ‼」
福野さんの怒鳴り声が響く。
その瞬間、目を閉じても分かるくらいのまぶしさに包まれた。今しかない。私は空に向かって思い切り右手を伸ばす。
強い向かい風を感じるとともに、刀が一瞬にして何かを貫く音がしたあと、大型あやかしの咆哮が響き渡った。
最近手元になじみつつあった感触を覚えたあと、強い力に引きずられるように身体を吹き飛ばされる。
私の右手に、刀が握られている。目を開くと大型のあやかしの心臓部に大穴が開いていた。
穴の中には、真っ黒な玉──あやかしの核のようなものが見える。玉のようなそれは粉々に砕かれていった。あやかし討伐演出である。本来山で見た巨大あやかしもああなるはずだったが、富山局長の召喚した巨大式神にすり潰され……ああはならなかった。
そして、今私の目の前にいた大型のあやかしは、身体の中心に大穴をあけグラグラと揺れながら降下していき──地面に落下した。
たぶん、私の手に握られている刀があやかしを貫いたのだ。
そして刀は今、浮いてる。
その刀を握る、私。
私は今、地上20階建てのビルの屋上の高さでうんていしてる人みたいになってる。
どうやって戻ろう。ワンチャン狙いで手を離すか、下にトランポリンみたいなものを設定してもらうまで待つかだ。飛び降りてもいいけど下に誰かいて巻き込むのは絶対嫌だと福野さんを見れば、さっきの「目え閉じろ」で大型あやかしの目を潰したと同時に乗っていたあやかしの目も潰したようで、急速に落下していた。私より福野さんのほうが危ない。
「飛水‼」
必殺技めいた響きと共に、福野さんの元へ液体らしきもので形作られた鳥が飛び、彼の身体をおおった。
この声は──、
「この馬鹿ッ‼」
罵声と共に腕を掴まれ、爆速で福野さんを助けた人間の答え合わせが行われた。
水社一心だ。
なんでいるんだろう? 自分の言うこと聞かないクソ部下のせいで痛い目にあったのでは。
「今まさに痛い目に合ってんだよ‼」
確かに顔を見るとおでこに切り傷があった。小さい子が転んだ時につく傷じゃんそれ。
「うるさい‼」
彼は霊力があると使える式神の水鳥に掴まりつつ、私を掴むという器用な芸当を行っている。やっぱり先ほど福野さんを助けた水の式神は水社一心らしい。メイドイン水社一心式神。安全だろう。良かった福野さんが助かって。
「他人の心配より自分の心配しろ。お前今俺に助けれてるんだからな」
水社一心の言う通りだった。私は今水社一心に掴まれている。
というかこんな力あったんだと驚いた。
水社一心いささかヒョロロなので、非力だと思ってた。肉体的な力が無い分、言葉の攻撃力が高いみたいな。同じように線の細い皇龍清明様は人外枠に近いし。殺戮マシーン……軍神とか鬼神とか呼ばれるような人だし。
「お前を支えるくらいの力はある」
でしょうね。今掴んでる。
「……お前なぁ……何でいつもいつもこう、後始末を考えないんだ」
水社一心の私の腕を掴む力が強くなった。暴力だこれ。暴力これ。しかも今回は福野さんとの協力だし。一緒に頑張ろうとしたらあやかしがこっち向いちゃっただけだし。無謀なことしてないし。ちゃんとやめたし。福野さんに言われたし。
「しようとしてたんじゃないか‼」
だからやめたって言ったじゃん。
「発想が出てくること自体問題なんだよ振り落とすぞ」
脅迫まで入った。怖すぎる。日増しに酷くなっている気がする。やっぱりクソみたいな部下を持ったせいで水社一心の心の健康が悪化した。
「お前のせいだからな」
責任転嫁だ。そのうちお前のせいだからなって言ってもっと酷いことする気だ。
「お前に酷いことされてるんだよ俺はいっつも。部下よりお前にちゃんとしてほしいんだよ‼」
水社一心は大きくため息を吐いた。不機嫌ハラスメントですこれ。駄目なことは駄目としっかり伝えておかないといけない。いくら助けてもらったとはいえ。
「分かったからちゃんとしてくれ」
それは無理なお願いだ。心の中で即答すると、水社一心は「本当にお前振り落とすからな」と再度脅迫を行ってくる。
それより福野先輩はどうしたんだろう。ちゃんと着地できたのか。
「着地した。式神がどうなったかは分かる」
着地したならいいや。
「何も良くないんだよ。それに俺も怒ってるからな」
そんなのいつものことだろ。
心の中で言い返すが、水社一心は返事をすることなくゆるやかに着陸した。




