富山局長の娘さんの学費のかかった合同演習
合同演習当日、私は管理局の人々と共に、演習会場である森に向かった。
「本日の合同演習、各局選抜された局員たちには飛行型あやかしの討伐点数を競ってもらう。なおここは軍所有の森ではない。何をしてもいいと思うな!」
演習を取り仕切っているどこかの局の上官が前に立ち話す。
各局ごとに整列しているので、学校の校長先生の話みたいだ。雰囲気も種目が死ぬほど減らされた運動会みたいだし。
「軍のお偉いさんの知り合いが鳥型のあやかしに悩まされてるんやて。光もん盗まれて、畑は荒されて」
真原さんが声を潜め、少し身体をずらして話しかけてくる。並びは富山局長を先頭に、真原さん、私、福野さんの並びだ。私が一番後ろだとはぐれたとき困ると言っていた。ただこの感じだと私に言ってるか福野さんに言ってるか分かりづらい。一応私も身体を傾け福野さんに言ってるテイで進めた。
「ほぼ鴉じゃないですか」
福野さんが突っ込む。
「せや、年々増えて、でかなってるらしい。そのうち畑食い散らかして、怒りに来た人間食い散らかして悪さする前になんとかせえ言われて、コチョコチョ手まわしたらしいわ」
「なんで普通に駆除しないんですか」
「全局の選りすぐりで討伐しましたのが耳触りええやろ、上は演習のネタ切れに困ってたみたいやし」
森へは蒸気機関車で向かった。舞台となっている時代的にも出来たてなので、贅沢に感じたけど色々事情があるらしい。
話を聞いた福野さんはゲンナリしているが、私はありがたい。あやかし討伐ならあやかしを倒すことで霊力が得られる。福野さんを補助してコツコツ霊力を集めよう。ただ、あやかし討伐なんて聞いてなかったので手ぶらで来てしまった。一回屯所に戻りたい。
「なお、飛行してないあやかしを見逃した場合は減点だ。合同演習後三日間、あやかしが一体でもこの山で現れたら、連帯責任とし局員全員減給を行う」
とんでもない罰則に、空気がピリついた。これ屯所に戻るなんて出来ないんじゃないだろうか。
「福野くん、枯賀さん、悪いけど、うち、娘の学費あるから……よろしくね。怪我しない程度に、あの、あやかし見つけたらほかの局に頑張って報告して」
富山局長が深刻な顔で振り返ってきた。倒せじゃなくて見つけたら誰かに相談してというところに優しさや諦めを感じる。
それにしても娘さんの学費なんて背負わされるものが重すぎる。呪いの刀で霊力吸われて死ぬ父親と、それが原因であやかしになる娘。あやかしにならないということは普通に将来多様な可能性があるわけで。それにはお金が必要で。局長を守るともれなく学費まで守らねばならないわけで。
局長の娘さんの学費なんかお姉様の将来に絶対関係ないだろうけど、お姉様なら守ろうとするだろう。学費……というか、誰かの未来を。
私はやむなく、合同演習でやる気を出すことにした。
◇◇◇
合同演習ならぬ鴉討伐がスタートした。各局の代表者は森に入り、後の人間は山のまわりで観戦しつつ山から出ようとするあやかしを討伐する仕組みだ。
富山局長たちと別れ、福野さんと森の中に入っていくと、早速木々に止まる鴉のあやかしを見つけた。ほかの局員たちは、自分たちの能力を使い、小さな雷を放ったり、草木を操ったりして、あやかしを討伐していく。
「あんま近づくと巻き込まれて危ないので、少し離れましょうか」
福野さんは周囲のあやかし討伐を横目に、私を手招きしながら人気のないところへ向かっていく。
「刀、無くてよかったかもですね」
福野さんはこちらに振り向くことなく呟く。一瞬、声をかけてきているのか分からなかった。
「光るから。刀狙った鴉につつかれたら痛い。鳥型のあやかしって光るもの狙うんですよ──あ」
私たちの前方を、現代でいうカラスくらいのサイズ感のあやかしが緩やかに滑空した。
福野さんは駆け出し、「照射」とつぶやく。鴉のあやかしの瞳をでサーチライトのような光が貫き動きが止まった。福野さんは大きく飛び上がって鴉にかかと落としを食らわせる。
「こんな感じで一匹ずつやってきましょう。枯賀さんは一緒に鴉探して、傍に局員がいたら、俺に教えてください。もし局員の目に光当てちゃったら、俺が首になるんで」
たしかに福野さんの能力は業務用照明器具で照射するようなものなので、目に入ったら危ない。サングラスのようなものがあればいいかもしれない。
「そうだ、これ、渡すの忘れてた。かけてください。光を阻害します」
福野さんは懐から眼鏡を取り出した。
「それ管理局の人間は全員分あるんですけど、この間はあやかし出るなんて思ってなかったので……俺だけだったんですよね。俺の眼鏡には、元々遮蔽機能付いてて」
私は福野さんから眼鏡を受け取り、かけた。視界はフィルターがかかったように色づく。
「これあるから大丈夫って思ってほしくも無いんですけどね、念のため……ちょっと飛んでみてください」
指示通りジャンプした。眼鏡がずれた。福野さんは「ありがとうございます」と私から眼鏡を取り、ひねった後、もう一度掛けるよう促す。これ完全に眼鏡屋の流れじゃん。
「下向いて」
言われた通り下を向く。福野さんは私の顔を凝視した後、サングラスを取り、懐から器具を取り出して鼻あての調整を始めた。
「こういう感じで、修理とか武具開発、忙しくない時は、自分用の作ればいいと思いますよ」
器具をいじりながら福野さんは言う。
「無いもの作るみたいな。こういう風に。真原さんの銃も、真原さんに合わせたもので。規格品の武具じゃないっていうか、あの人は能力が……触ってるものの重量変えるってやつなんで、それに合わせてる。枯賀さんの能力知らないですし、聞きたいとも思ってませんけど、まぁ、道具好きに使えばいいと思います。退妖武具・装具管理局は、そういう場所なので」
真原さんの能力は重量変化。お姉様をお守りするために凶器に出来るものは一通り調べたけど、銃の重さと殺傷力は比例する。重い銃のデメリットを克服できる。一方で福野さんの能力は光の照射。さっき鴉にやったことは高出力の懐中電灯を眼球に突き付けるようなもの。真原さんの能力は誰かを巻き込むリスクが少なめ。一方で福野さんと連携するとなると福野さんの光が目に入る危険性を意識しなくてはいけない。巨大な猿のあやかしと戦っている時、福野さんが巨大なあやかしの目を潰し、真原さんが撃ってたけど、理に適っている。
同時に、退妖対実地戦闘局で上手くいかなかったような話を聞いたけど、確かに難しいだろうと思った。全員に眼鏡をかけさせるわけにはいかないし。何より、能力で直接あやかしを倒せないのが大きい。となると水社一心の心を読む能力も戦闘向きとは言い難いが、彼はあやかしの中でも人型になれる上位のあやかしの心も読めるので、そういう強者との戦闘で彼は活躍するだろう。
逆を返せば上位のあやかしが脅威に感じるのは、退妖対実地戦闘局の中で強かったり戦闘経験値の高い人間より、経験は浅いが心を読んでくる水社一心になる。
なんて、奴のことを考えていたからか、水社一心とその連れの姿を茂みの向こうで発見した。
私は水社一心の目がつぶれないよう、福野さんの肩を叩いて水社一心を差す。
「水社少尉と……あれ、朝の奴ですね」
朝の奴──朝の鍛錬の時に絡んできた退妖対実地戦闘局の一人が、水社一心に絡んでいた。水社一心に物申すみたいな感じで馬鹿にしていた『ああいうの』の一柱。水社一心のペアらしい。
残念だ。とても残念。残念すぎる。福野さんがいて水社一心がいて。何この状況。
「あんまり高威力の技を使うな。この森は私有地だ」
「有事の時にそんなこと言ってられないでしょう」
水社一心の警告を退妖対実地戦闘局員は軽くいなす。
「上官命令だ」
「全体指令、局長からの命令、どっちのです? 全体指令は一匹でも残したら減給、局長はすべて殲滅でしたけど?」
局員はまるで水社一心の命令など命令に値しないというように笑う。
「戦闘時に周りを巻き込む可能性も」
「自己責任でしょ。そんなの。軍に入った以上、怪我は当然。いつ死んだっておかしくないんですから。まぁ今年入隊なら、あんまり死ぬような目にも合ってないでしょうし、危険の認識がちょっと違うかもしれないですけど、こっちは、命かけてやってるんでね。はは。分かんないでしょうけど」
局員はへらへら笑いながら、森の奥へ進んでいく。
「待て! 単独行動は」
「雉撃ち行ってきまーす。ああ、手洗いって言ったほうが通じますか?」
そう言って局員はいなくなる。水社一心は呆れがちにため息を吐きながらどこかへ行く。
「……水社少尉は、大変でしょうね」
福野さんが水社一心が去っていった方角を見つめながら呟いた。
「連携が取れないと軍は命取りですけど、皆、協調性があるわけじゃないし。俺も人のこと言えないんですけどね」
そうだろうか?
私はずっと喋らないで過ごしているけど、福野さんは「誰も近づかないでください」というオーラがあるだけで、仕事は教えてくれるし、補足説明もしてくれるので助かっている。
純粋に暗い人。私の中での福野さんの印象だ。
「さ、あやかしの討伐に戻りましょうか」
福野さんはあたりを見渡す──その時だった。
「ハッハッハッハッハッハッ」
福野さんは突然息を荒くする。何かと思えば福野さんの視線の先には狸がいた。
「アァ~手足ちっちゃ……ちっちゃちっちゃアァア~ウっウっウっおっおっっあ~カワイッ」
イルカの鳴き声と錯覚しそうな声を発しながら、福野さんは遠方の狸を見つめる。
「ウゥ~可愛い、短い短い、手足アー……なんでそんな、なんでそんな短いの? どしたのどしたの。ウッ 可愛い、持って帰っちゃおうか、どうしよどうしよ、わー逃げなきゃだ、うにゃにゃにゃにゃにゃ」
福野さんは姿勢を低くし、なぜか地面の草を高速で撫でた。そしてこちらに振り返り真顔で、
「野生動物は触らないように、人に慣れさせたらいけない。どうしても触りたかったら、こうして代わりに草を触るといいです」
とアドバイスをこちらに施し、また前方に視線を固定する。
「あ~あんよ、あんよ短いねェ……転んじゃう、転んじゃったらどうするの? ウゥ~ン……あ、行っちゃうの? お~あ~元気でねェ……人里に出ちゃだめだよォ……お鍋になっちゃうからねェ」
狸は茂みに入っていった。福野さんは名残惜しそうに見送った後、「お付き合いいただきすみません」と断りをいれてきた。邪魔したら悪いから、引き時をこうして教えてもらえるのは大変助かる。
「で、話を戻すんですけど、富山局長は娘さんいますし、真原さんは姉とか妹とかいるんで、女心とか、配慮上手いと思うんですけど、俺は全然分かんないので、嫌な気持ちにさせると思うので、色々言いづらいことあったら、普通に人事に通報すれば、人事が動くので」
協調無い人の発想ではないだろうな。ものすごく、心配性なのだろう。
見た感じは「人間に興味ないです、給料だけください」なのに。優しいとも手離しで言えないし、小さい……多分足の短い動物に対して固執してるし。
「えっとあと……呪いの、刀? のこと、ありがとうございました」
福野さんは改まった調子でお礼を言う。私は首を横に振った。
「じゃあ、今度こそ──え、でっか」
本当に何の興味もなさそうに、どうでも良さそうに福野さんは空を見上げる。
上空には、どうでもよいとは到底思えない大型のあやかしが飛んでいた。現代で例えるなら一戸建てサイズの物体がぐるんぐるん飛んでるくらいの状況だ。
こんなローテンションの「でっか」で済ませていいものではない。
それに大型のあやかしは鳥型だが、その身は鎧武者のような鋼に包まれていて、他の局員たちが戦闘態勢に入っているが、その装甲らしきものはびくともしない。本編で描写されないだけで皇龍清明様が討伐するようなあやかし──どんなあやかしも倒してしまうという表記に含まれたあやかしなのではないか。
待ってれば──皇龍清明様が現れる?
「逃げましょうか。とりあえず局長格の待機場所に向かいましょう……」
福野さんも自分の手に負えないと判断してか、撤退を促してくる。
「大丈夫か⁉」
遠くから他の局員たちが駆けてきた。
「はい。今、状況どうなってますか」
「俺たちもよく分からないんだ。情報が錯綜していて」
「退妖対実地戦闘局は? そっちに動き合わせないと駄目ですよね」
他の局員が慌てふためいているのに対して福野さんは冷静だ。
「どうやら退妖対実地戦闘局の上等兵が何かしたらしい。水社少尉が庇って今運ばれてる──だから俺たちでなんとかしなきゃいけない。俺たちは先に現場に向かう‼」
私たちに告げると、局員たちは走り出した。




