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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第二章 お姉様の為に入った帝都退妖軍
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水社一心も元気であればいい。

 昼食の後は少し休んで鍛錬をするのが日課だ。場所は日による。外に出ると、丁度戦闘帰りらしい退妖対実地戦闘局の人間たちが歩いていた。 朝、私と福野先輩に絡んできた退妖対実地戦闘局の人間たちもいるし、水社一心もいる。


「作戦中、事前の指示と異なる行動により、建物の損傷が想定より激しく、救助者の怪我の度合いも重くなっていた。あれはれっきとした命令違反だ」


 水社一心が朝絡んできた男たちに注意をしている。馬鹿のせいで被害が大きくなったことなので、ざまあみろ博覧会だと浮かれることができない。


「上官様のご意向に背くわけではないのですが、従来の現場判断的に、俺たちの判断は間違いじゃなかったんじゃないですかねぇ。前例的に、これまでやってきた流れとはかなり違っていたんで」

「……」


 朝絡んできた男たちは口答えをしている。水社一心が上司にあたるが、年齢は普通に男たちのほうが一回り年上かつ軍歴も長いので、微妙な関係なのだろう。


「上官は局に配属されてまだ日も浅いですし? こう、我々が水社少尉にねぇ、うちのやり方を伝えてなかったのが、今回悪かったということで」

「それは違うだろう。当初の命令は敵の位置を把握して、対象の行動制限をかけてから攻撃だった。それを貴様らが突入したことで、被害が拡大した。命令違反は命令違反だ」

「まぁ、そう思うならそうなんじゃないですか? そう言われたら我々もそうだなって、思いますけど……まぁ、あははは」


 男たちは顔を見合わせ、薄ら笑いを浮かべた。返事になっていない。しかし何を言っても届かなそうだ。心が読める水社一心なら、なおのこと男たちの実情が把握できるだろう。


「本件は局長に報告する」

「別に局長に好きに言ってくれて構わないですけど? こっちは全然。でも、男のくせに色々言われたら上に報告するんだなぁ、自分でなんとか出来ないんだって思う人間も、いるんじゃないですかね。そうしたら水社少尉は……管理能力が問われてしまうかもしれない……」

「貴様……」

「それにほら、ちゃんと言えば、ねぇ、別に俺たち対立とかじゃないので、ねぇ。ほかの奴らは分からないですけど、話してくれれば、別にこっちも、納得できる理由があるんだったら、その作戦にのりますし。あやかし討伐の為に……というか、少尉一人でやっていただくぶんには、こちらも構わないですし」


 もっともらしいことを言っているようだが、中身が全く伴っていなかった。ただの論点のすり替えと、言い訳。聞いているだけで頭が痛くなってくる。


「じゃあ、失礼します。救護局に用があるので」


 男たちは勝手に去っていく。


 やっぱり。


 ──自分のとこで発散したらええのに。


 真原さん退妖対実地戦闘局の人間は内部にやらずその分、外部にちょっかいをかけてると考えていたようだが、そういう人間は誰にでもやる。特定の人間に原因があるわけじゃない。目に入ったらそいつだ。朝に「元々、自局の出世組もバカにするような奴ら~」と福野さんは言っていたし、水社一心なんかいい的だろう。


 案の定、水社一心は険しい顔でその場に立ち尽くしている。こういう時、千年桜は恋と咲く冒頭、皇龍清明様と出会う前のお姉様なら割って入ることなく水社一心の隣に立つことで味方であることを証明する。皇龍清明様と出会って新たな一面を開花させていくお姉様ならば、割って入って男たちに物申すだろう。そう、お姉様は変化する──いや、皇龍清明様によりどんどん新たな一面が現れていくのだ。お姉様は別に元々悪かったわけではないし、人間は変化も進化もしない。ただ隠れてた部分が開示されるだけ。皇龍清明様によりお姉様が良くなったのではなく、見えやすくなっただけである。


 皇龍清明様はハイスペックカメラである。それか双眼鏡。望遠鏡でもいい。お姉様という美しい星の良さを視覚的に捉えるのだ。


「なんなんだお前は」


 考えていると目の前にバツの悪そうな水社一心が立った。


 お姉様であれば色々するだろうが、私はお姉様ではない。そのため立ち去っても良かったが読心術により私の気配を探知しているだろうとその場にとどまっていた。案の定だ。


「案の定ってなんだよ」


 水社一心は呆れた。


 私に構ってる暇なんてないだろうに。さっさと部下に対して威厳を持てるよう努めればいい。


「まぁ……たいして変わらないだろ。ああいうのは」


 あっさり諦めていた。気持ちは分かる。枯賀家の遠縁の女や女中たちといい『ああいうの』はどこまででも『ああいうの』である。適切な対処法は焼却処分のみ。


「お前分かってるのか? 軍人同士で揉めたら、軍の規定で処分されるんだぞ」


 ギャアギャア耳元で喚かれ辟易する。


 さっき男たちといたときは死んだような顔をしていたのに、もういつもの調子に戻っている。回復が早いことで羨ましい。お元気水社一心だ。


「羨ましいとはなんだ。そもそもお前のほうこそどうなんだ」


 どうなんだってどうなんだ。どうなんだってどうなんだ。タッタラタッタッター。どうなんだってどうなんだ。


「お前いい加減にしろよ」


 いい加減にしろというのはこちらの台詞だ。主語が無い。ふざけてるのか。


「だから……手とか……刀は……合同演習もあるだろ」


 水社一心は私を睨んでくる。圧のわりにしどろもどろだ。手は左手だし切り傷なので、歩く振動で痛む、ということはない。紙で指の腹を切ったときのでっかい版だ。


「結構痛いだろそれは」


 そんなことはどうでもいいが──、


「どうでもよくないだろ」


 水社一心は私の話の腰を折り続ける。複雑骨折レベルだ。入院したほうがいい。水社一心が。


「お前なぁ……」


 刀も、ただ保管局から抜け出し脱獄王になっているだけで実害はない。膝で叩き折れるし霊力を吸うこともない。


「お前の部屋に飛んでくるんだろ」


 飛んでくるだけだ。水社家に住んでいて布団に刀が潜り込んでくるなら問題だが、屯所内のことだしどうでもいい。封印が無駄で刀が勝手に移動できるなら既に私の首に突き刺さっていてもおかしくない。なのに刀はせっせと抜け出し枕元に鎮座してるのみなので、ただただキモいだけである。


「なんか変なこと考えてないだろうな。合同演習、お前の局はお前が出るんだろ」


 何で知ってるの? キモ。


「退妖対実地戦闘局として俺も出るからだよ。誰が出るか知らされるんだよ。こっちの局は。管理局にもいずれ情報が届くはずだ」


 局内に一斉に伝達する情報でも、局内の優先順位によって伝達速度は変わる。退妖武具・装具管理局への速度なんてお察しだ。大して重要でもないし、そもそも千年桜は恋と咲くには出ない。刀の件で三人全員死に、そもそも武具や装具は個人管理すればいいという軍の方針のもと解体される。今だって、軍にとって有益かどうか微妙なところだ。別に必要ない。


「解体されるような場所だったのか」


 水社一心は驚く。やっぱりこいつが読めるのは人間のリアルタイムの思考。漫画や小説で例えるならモノローグだけ。それに出ていないものは読めない。チャカポコチャカポコ。


「なんなんだお前は、本当に……お前本当に演習気をつけろよ」


 探るような投げかけだ。そもそも合同演習は千年桜は恋と咲くに出ない行事だし皇龍清明様も出ないし死人も出ないので関わる必要が無い。隙を見て筋トレがしたい。一緒にするの福野さんだし。彼も全力は望んでないだろう。


「ならいい」


 水社一心は疲労を滲ませながらも、「じゃあな」と去る。


 いつも通りの水社一心。私は奴の姿が集団に紛れてから、ホッと一息ついた。


 長い間『ああいうの』と付き合ってると、どんな人間であろうと拗れる。


 お姉様ならばある程度対処できただろうが、私にそういう立ち回りの選択肢はない。


 ギャアギャア喚かれたくはないが、元気であればいい。




◇◇◇




 昼食が終われば勤務再開だ。私は書類整理をしながら千年桜は恋と咲くのシナリオを思い出す。


 そもそも千年桜は恋と咲くで水社一心は入隊しない。水社家当主として跡を継いでいる。今思えば水社パパと水社ママが亡くなっていたことから水社一心が当主として存在し、軍に入らなかったという流れだったのだろう。


 水社一心は、このまま軍にいていい存在なのだろうか。


 戦死でもされようものならお姉様は確実に心を病んでしまうだろう。


 どうしたものか。


 水社一心の少尉という階級は、部下を教育、指導する責任を持つ。少尉からのスタートで現場慣れした部下と任務を遂行しながら学んでいく。特殊なスタートだった人間が洗礼を受けるのは当たり前だ。


 でも。


 もしその当たり前の洗礼で、水社一心が崩れたら?


 仕方ないで済ませられない。済ませていいはずがない。


 あいつ……死ななくて後遺症が出ない程度に大怪我させようかな。


「富山局長~屯所の玄関前の玉、あれ売りません? ずーっと置いてありますけど」

「ずっと置いてあるものだからね? 士気を高めるために」

「あれなんも力なんかないんでしょ? ただの玉みて頑張ろなんて思われへんですよ」

「まぁ、それはそうですけど」


 真原さんと富山局長がいつも通り雑談をしている。とはいえ手はしっかり動かしている。一方の福野さんは機械的に作業していた。短足生物に対する態度と違うけど、テンションが高い時が素で仕事に対してテンションが低いのか、ローテンションの時がベースで短足生物に対しての状況がハイなのか、全く分からない。


「真原さんちょっとこれ投げますよ」


 遠くで作業していた福野さんが真原さんを呼びかけた。書類を縛る紐の束を投げようとしているらしい。


「おん、命中率悪い言うて、富山局長への恨み、これで晴らそうとすなよ~」

「うそでしょ、信じてるよ福野くん」


 福野さんは特に富山局長に反応せず紐の束を投げるが、局長や真原さんのいない虚空に向かっていく。私は飛んでいく神紐に右手を伸ばした──その時だった。


「枯賀さん‼」


 富山局長が私を抱えるように庇うと同時に、ガシャン、と私の背後に刀が叩きつけられた。あの呪いの刀だ。いつも通りだが、今日は勢いが強かった。


「大丈夫か、怪我無いか」


 真原さんが局長と私を庇いながら立つ。


「大丈夫……だけど、この刀……何。飛んでくるっていうか……どっから来たの今……」


 局長が刀と通用口を交互に見る。壁に外傷はない。突き破ってきたのではなく、すり抜けてきたのだろう。しかし棚をすり抜けることなくぶつかっているあたり、気味が悪い。


「朝も、飛んできてるんですよ。その刀」


 福野さんが近づいてきて、刀を注意深く見つめる。


「もうこれ保管局に突き返したほうがええやろ。うちの大事な新人局員が危ないわ。福野」

「でも」

「俺が話つけたるからええわ。なんかあってからじゃ遅いねん」


 真原さんは棚にあった鋏を取り出す。真原さんの意図を察したらしい局長が「真原くん‼」と彼を呼ぶが、真原さんは留まることなく自分の腕を鋏で斬りつけた。


「負傷者一名。これで向こうも少しは気変わるやろ」

「真原くん……」

「色々落とし前つけな、元々この刀、霊力吸う危ないもんやって、それ、お前が何とかした結果、狙われてんねやろ、局長に刺されば娘さんが悲しむ、福野が潰れたら食堂のおばちゃんが泣く」


 私、全然刺さっても問題ない。真原さんがわざわざ腕を切る必要は無かった。


「お前かて同じことしたんやからな。何でそんな顔されなあかんねん」


 真原さんは私を見る。


「お友達やのうても気分悪いやろ。血見んの、な、喋られへんのやったら喋られへんなりに伝える努力せえよ。それに、自分のこと犠牲になんて、全員助かる道諦めて楽に逃げたアホのすることやで」

「真原くんも今……」


 富山局長が咎める。しかし真原さんはへらっと笑って「これは新人教育の一環ですよ」と笑うと、「保管局どついてくるわ、ハハ」と身代わり用のお札を刀に貼って掴む。霊力を吸う気配は無いし、刀は抵抗しない。


「僕も行くよ、福野くんと枯賀さんは待機ね」


 富山局長が真原さんについていく。私は福野さんとふたりを会釈で見送った。


◇◇◇


 刀は結局、保管局の人間が刀そのものを24時間体制で監視することになった。


「最初からそうせえいう話やのに、人材不足やったんやて、うちと同じやわ」と真原さんは次に上層部に不満を言っていたが、ひとまず刀が動き出したら職員総出で押さえに入り、時期が決まれば破壊らしい。破壊できるかは分からないが。


 


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