呪いの刀(ブーメラン)
帝都退妖軍に入隊し、巨大猿のあやかし討伐に立ち会ってしばらくして。
退妖武具・装具管理局の仕事にも慣れてきた。
私は局内の隅で、武具や装具の使い心地などのレポートを区分けしていく。管理局の仕事は紛失物リストと実際の倉庫の収納数を確認したり、とにかく書類仕事が多い。部屋中、紙だらけだ。漫画や小説の世界の文芸部の部屋みたいだなと思う。
それまで延々と算盤で計算していた富山局長が「そういえば」とつぶやいた。
「最近、また娘と喋れるようになってさ」
局長の娘さんは激しい反抗期を迎えており、かなり距離が空いていたらしい。千年桜は恋と咲くの原作において局長は呪われた刀に触れ死んでしまったモブである。そして娘さんは反抗期の状態でお父さんが死んでしまい、悲しみと後悔であやかし化、皇龍清明様によりドラゴニックファイナルクラッシュで粉砕される。
原作だとその呪いの刀がお姉様を傷つけるので、私が潰した。
「ええ、むちゃむちゃええですやん。どっか行くんです?」
「いや~あんまり調子に乗ってまた嫌ってされたら傷つくからさ……」
「なら屯所の前の、ばかでっかい無意味な玉でも見に来るか聞いたらええじゃないですか。その年頃ならキラキラしたもん好きでしょ。こんな場所にあんな飾りもんあったところでなんもならへんのに」
無意味な玉というのは言葉通りのものだ。士気を上げるだとか何周年だとかの記念の玉で、ようは飾り。真原さんは「あんなもん飾る金あんなら予算出せや」と目の敵にしている。
「ああ、この離れ小島席もぼちぼち真ん中にせな、面倒やわ」
真原さんが私の机をポンポン叩く。管理局の座席は富山局長が真ん中に、左右に真原さんと福野さんと「今日は局長の誕生日」みたいな配置だ。万年誕生日席と言ったら悪口っぽいので言わないけど。
一方、私の席は壁側に設置され、「せいぜい壁向いて働いてろ」みたいな位置だった。こちらとしては協業意識がないので全く問題なかったが。
「あ……ごめんね、本当に。なんか……男に囲まれるの嫌だろうなって思っててさ」
富山局長が肩を落とす。山での一件の後、
『え、枯賀さんそうなんだ。えー……てっきり、男ばっかりの中、嫌だろうなとばかり……』
と、富山局長は話していた。あやかしになる予定だった娘さんとの関係もあったので、どうやらこの村八分座席も、男女性差への配慮だったらしい。そして水社一心が私に『人付きあいが苦手なだけの不愛想』と、少女漫画でヒロインと絶対結ばれないクール黒髪キャラみたいな設定をつけたことで変な誤解が生まれている。
「枯賀は分からんけど、男は臭い、きしょいて、苛つく女おるから、一応な? 壁向いてたほうがええかって、一応局長の席ととっかえっこもありって話もあったんやけど、上座やん」
上座。偉い人が座る席だ。新人と位置交換なんて出来るわけない。
「上座やとほら、背中に管理の倉庫あって、なんかあっても逃げられへんから、ハハ。一番逃げやすいとこにって壁にしたんよ。せやから、意地悪やないんよ」
「それ僕は逃げられないってことにならないかな真原くん」
局長が焦る。真原さんは「いざとなったら、必殺の式神召喚、よろしくお願いします」と頭を下げた。煽ってるようにしか見えない。あれ完全にランダムガチャだし。
「絶対思ってないよね?」
「まぁまぁ、枯賀の席は……普通に局長と向かい合わせにしとこか」
真原さんは私の机を掴む。手伝おうとすると「ええよ。僕にとっては綿あめみたいなもんやから」と笑う。真原さんは触れたものの重量を変化させる能力を持つ。こういう時も便利な能力だ。生活に根差している……というか。
「がっしゃーん」
真原さんは私の机を動かし、福野さんと真原さんの机にくっつけた。私が会釈で感謝を伝えると、「そんなん、気にせんでええ、金一封なんか後輩からもらえへんよ」と謝礼の規模を拡大する。
「金一封なんて一言も言ってないよ真原くん」
富山局長が突っ込んだ。真原さんは私が無言でいることに深く突っ込んでこない。それどころか、最近はこんな感じでいじりに転用するなど脅威の適応をしていた。
申し訳なさは若干感じる。こちらとしても事情があるので、なにか言うことはないけど。
「ああ、そういや福野、お前次の合同演習、枯賀さんとやからお前ちゃんと枯賀さんのこと守ったれよ」
真原さんが福野さんに声をかけた。
それまで黙々と作業をしていた福野さんは「ああ、はい」と感情0の返事をする。
合同演習とは、一体。そんなもの千年桜は恋と咲くに無い。皇龍清明様だって現れないだろう。
誰か死人が出る、あやかしが出るわけでもない行事に興味なんてない。お姉様に関係ないし。
「全局、代表者二名ずつ出て、山や崖……森、広い場所で訓練をするんだ。内容は、なにかを集める、倒す……色々ある。とりあえず数を競うんだよ。うちはもう怪我しなきゃ満点ってことでやってるから」
私は参加意欲などないのに。富山局長は私が参加する前提で説明をしてくる。
局長は代表者になれないのだろうか。というか真原さんはどうしたんだろう。私の視線に気づいた真原さんは、拒否するように「出えへん、出られへん、出られへんぞ」と英語の授業みたいに繰り返す。
「俺はそもそも開発、技術職、職人の人やもん。芝居とかであるやろ、偏屈な爺が山籠って刀カンカンカンカンうってんの。それか……あれや、書庫の中に引きこもっとる人嫌い知能犯、あの枠が僕なんよ」
「そうは見えないですけどね」
福野さんがぼそっと呟く。
「他人から見える見えへんなんかどうでもええわ。俺がちゃう言うてんねやから。僕がどうあるかやろ。他人がどう見えるなんか知らんわ。それにこの間の武具の安全確認試験やって人手足りひんから俺行ったんよ、待機の人やのに」
真原さんは「今が正しい、前までおかしかってん、今が正しいんよ」と繰り返す。
「まぁ、そういうことだからよろしくね、枯賀さん」
富山局長が困った顔をした。よろしくされたくない。
面倒だなと思いながら、資料整理にも疲れ、大きく伸びをした、その瞬間。
バンッと、私の手のひらに、刀が飛んできた。
「またそれか……これ、どないなっとんねん……ほんまに」
真原さんが呆れた調子で私の手元を見る。
千年桜は恋と咲くにおいて退妖武具・装具管理局、局員全員を殺し、保管番号6832・無血と名付けられ、数多の持ち主の霊力を吸い続けた呪いの刀は保管されなくなった。
というかランダムで私のところに飛び込んでくるようになった。
「毎朝来るんでしょ、これ」
富山局長が複雑そうに刀を眺める。
「しかも放り投げても、戻ってくる」
福野さんが近づいてくる。
私は軍既定の起床時間より二時間早く目を覚まし、鍛錬を行うのが日課だった。しかし、刀を叩き折った一件から、朝必ず、手元に刀がある。屯所の敷地内には宿舎があり、通い勤務か住み込みか選べる。部屋は大抵大部屋だが、女は少ないので個室、部屋は一階だし、刀を外に放り投げてもそこまで事故にならない。
だけど、戻ってくる。
朝起きて刀が手元にある。
窓から放り投げる。
伸びをする。
刀が戻ってくる。
これの繰り返しだ。最悪なモーニングルーティン。ルームツアー動画で必ず画面の隅に刀があったらコメント欄が確実にざわつくだろう。ホラーモキュメンタリーの導入を強いられている。ストーカー被害に遭ってるのだ。しかも相手は刀。
「もう保管局の人間、脅しつけな駄目なんとちゃいます。完全に舐めてとるやろこれ」
真原さんが憤る。保管局というのは、管理局とイメージが似ているけど、あやかしが遺したものや呪われたものなど、いわくつきの品を一括で保管する局だ。
保管はもう出さないものをしまう。私たちは出したりしまったりするから管理──と区別されている
富山局長は「もう出さない」で有名な保管局に刀を預けたはずだが、毎朝私の枕元に舞い戻ってくる。
「でも封印破ってるからさ……この刀だけ甘くしてるってことはないだろうし……」
富山局長は唸る。
保管局は二十四時間体制で保管庫を守り、侵入者を防ぎながら呪いを封印しているが、この尻軽クソ刀は脱走してくるのだ。保管庫そのものは霊力を吸わないよう封印札を貼りつけられているが、それらは貼りっぱなしのまま、ただただ私の布団にインしてくる。私は朝の鍛錬前に刀を抱え、保管局にわざわざ出向き預けるのも日課になった。最悪の極みである。その後は……こうしてランダムに飛んでくるのだ。朝は確定で、後は気まぐれ。シェフの気まぐれサラダでも、もう少し規則性がある。
そうした奇妙な状況に、保管局の人間も管理局の人間も困惑していた。
たとえるなら監獄に入れられた囚人が監獄そのものから脱獄はせず、監獄内にいる看守の部屋でおねんねしてる大層気味の悪い状況だからだ。
お祓いしても駄目、私が管理局所属の為、「管理局で保管する……ことにしましょうか」と何とも言えない状態で最悪が継続している。
私は無言で出入り口を指さした。「うん、戻してきて」と富山局長は思案顔でうなずく。
管理局を出た後、私は刀を鞘から引き抜くと、刀身を思い切り膝で叩き折った。バキンッと音が響くが刀はすぐ復活した。
なんだこの不屈の精神は。私は呆れつつ保管局を目指す。
一応私が命名しても良くなったが面倒くさいので無血のままだ。
何でこんなに追い回されるのだろう。命を狙われているのだろうかと思えど、私を殺したいなら私が寝ている間に首をかききっているだろう。目的が見えない。言葉が無いので行動を見るほかないが、気味が悪い。何考えているか分からなくて行動がキモい刀。
無言を貫く私も、こんな風に見えてるのだろうか。
水社一心は、例外だけど。




