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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第二章 お姉様の為に入った帝都退妖軍
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大激怒大嘘一心


 あやかしから受けた傷は、呪いや「穢れ」という悪い気みたいなものがかかっていて、普通の傷より治りづらくなっていることが多い。余程強力なあやかしでない限り、日柄物だ。なので手当ては、消毒をして縫合諸々の治療をしたあと邪気払いを行う。 


 前世の病院だと質問に答えることが大事だったが、兵士の傷を手当てする救護局では「怪我人病人は死に近いほど喋らない」という前提のもとだったので喋らずに手当が終わった。


 水社一心と応急手当をしてくれた管理局の面々にお礼をしなければと考えながら救護局を後にすると、廊下に不機嫌そうな水社一心が立っていた。


 会釈をするが何も言わない。水社一心はじっと私を見ている。


 いっそ立ち去ってしまおうか悩むけど、助けてもらったので無下にし辛い。


「お前なんなんだよ」


 低く唸るような問いだが、どう答えていいか分からなかった。なんなんだお前──これまで何十回と問われ続けてきたが、ここまで冷たく静かに問われたのは初めてだ。


 今日は一体何が沸点だったんだ。弓で狙った時のほうがまだ明るかったのに。


「今日はじゃない。ずっとだよ。家に火つけようとしたり、ミヤシロ様のことも……何なんだよ、お前は。もう少しよく考えろよ」


 水社一心が私を睨む。よく考えろと言われても、これが一番手っ取り早く死人を出さない方法だった。軍は末端二等兵の言うことなど聞かない。富山局長の状況報告にやってきたのが少尉とはいえ新米の水社一心だった時点で、それは確信に変わった。私が刀についてああだこうだ説明してもそれを信じて誰かが動く可能性より、取り合ってくれないどころか進行の邪魔をされる可能性だってある。


 これが最適解だった。


「じゃあその左手は。あの刀は」


 左手は特に問題ないようだった。刀は屯所に到着して回収された。一通り調べられた後おそらく融解処分になるだろう。あれは千年桜は恋と咲くと同じ末路を辿るのだ。良かった。三人無事だし。私は水社一心に左の手のひらを見せ、動くのが分かるようひらひらさせると、奴は私の左手首を思い切り掴み、握りしめてきた。


「お前は……お姉様だけじゃないのか」


 水社一心が眉間に皺を寄せる。


 どういうことだ。っていうか腕痛い。


「助けるのはお姉様、もしくはお姉様に何かしてくれた人間だけじゃないのかって聞いてんだよ」


 その通りだ。私はお姉様以外どうでもいい。お姉様は清らかな心を持っている。千年桜は恋と咲くであやかしとなった局長の娘さんが現れ、その経緯を知った時、お姉様は泣いていた。


『忘れたくない良い思い出なのに、思い出すとこんなにも痛いの』

『言う機会がなくて、明日言わなきゃと、何を今更を、繰り返すうちに消えちゃった』

『お父さんが死んじゃった日、あの日ね、言おうと思ってた。ごめんねって……でももう来ない』

『ぜんぶ、手遅れだった』


 大切な人間の死を受け入れられず、あやかしになった娘を、肯定も否定もせず、ただ、そこに在るものとして理解した。


 お姉様は消滅していくあやかしに対して、助けてあげたかった、もっと早く出会えていたらと考えていた。綺麗な考えだ。私とは絶対に違う。助けなんて来ないから。助けてもらえなければ苦しいから。恩を返さなければならないからと欺瞞と義務に満ちた私とは違う、澄んだ救済欲。


 管理局の三人も、私とは違う。


 ああいう人は、大事な人がいるからこそ、目の前の人も同じように失ったら悲しむ人間がいると、もし自分の大切な人だったらどうするんだろうという思考で、手を伸ばす人たちだったのだろう。今日分かった。


 だから、いなくなったらお姉様は悲しむ。


「そのためならお前は何でもするっていうのか」


 勿論。


「そのお姉様が望まずともか」


 当然だ。お姉様は復讐や人を傷つけることを嫌う。いつだって自分が苦しむ道を選ぶ。お姉様の望みは誰も傷つかないこと。しかしその「誰も」にお姉様がいない。だから私はお姉様だけが傷つかない世界を望む。


 お姉様の傷つかない世界を創る。


「独りよがりだ」


 別に肯定されたいとは思っていない。放っておいてくれればそれでいい。


 理解も共感も求めてない。


「お前が姉しか見ずに我が道をいくならば、同じように誰かしか見てない独りよがりに巻き込まれても、文句も泣き言も言えないんだからな」


 水社一心は睨む。文句だって泣き言だって誰にも届かない。意味が無いからしない。前提が違う。


「っは」


 水社一心は白けたような顔をして私の手首を離す。


 今日は静かだ。今のところ一度も怒鳴られていない。でも、怒鳴ってる時よりずっと怒りが強い気がする。


「ああ、枯賀さん、水社くん」


 水社一心の様子をうかがっていると、廊下の先から富山局長たちが駆けてきた。


「良かった~水社くんの声したからここじゃないかと思って」

「お疲れ様です」 


 水社一心は改まった調子で敬礼した。富山局長は「いいよいいよそんなかしこまらなくて」と謙遜するが水社一心が「局長からの指導もございますので」と返せば「あっ」と察した顔をした。


 退妖対実地戦闘局の局長が怖い、みたいなことを言っていたけどそれかもしれない。


「でも……ね、ほら、枯賀さんのこと運んでくれてありがとうね、色々聴取受けて報告してたら遅くなっちゃって、刀預けてきたからもう安心だよ~」

「良かったです。枯賀二等兵も後遺症はなく、明日から戦線復帰可能とのことでした」

「そっか。良かったなぁ、治ったら快気祝いでも……」


 真原さんが明るい調子で言いかけると、


「いやぁ、そういうのは治ったらでいいんじゃないかなぁ」


 局長が不自然に止めた。まぁ、そらそうだろうなと思う。普通に走り出して刀血でベシャベシャにした後輩と何かしようとは思わないだろう。私も私で、仕事以外で付き合うつもりはない。しかし、水社一心は「ぜひお願いします」と明るく笑った。


「枯賀二等兵は、宴みたいなの大好きですよ。喋らないし男女問わずこんな感じですけど。男性三人の中に女一人で、男同士腹割ってといった話が出来ない分、局長たちが楽しめるかは分かりませんが」


 は……?


 水社一心の突然の虚偽申告に唖然とした。何言ってるんだこの男は。正気か?


「え、枯賀さんそうなんだ。えー……てっきり、男ばっかりの中、嫌だろうなとばかり……」


 富山局長は驚く。どうやら局長は私が男を嫌っている、苦手としていると誤解があったようだ。


 真原さんは「ほらぁ」と富山局長の肩を叩く。


「せやから言うたやないですか。そこら辺の女は娘さんと違うて、なぁ福野、僕ちゃんと局長に言うてたやんな」

「父親だから女の気持ちわかるみたいなおじさんが一番きしょいって言ってましたよね」

「そこまでは言ってへんやろお前頭おかしいん違うか」


 福野さんの返しに真原さんが愕然としている。どうやら福野さんの密告は完全に嘘らしい。怖すぎる。本当に平然と言ってのけたので嘘か分からなかった。水社一心はどうでも良さそうにしてる。お前は少しは反応しろよ。私のことは逐一ギャーギャー言うのになんでシャットダウンしてるんだお前は。


「ごめん、僕、娘がいるんだけどさ……今度色々話すけど、結構、手厳しくて最近……枯賀さんくらいの年の女の子はみんな、おじさんっていうか異性がすごい嫌な時期なのかなって思ってて……」


 局長が申し訳なさそうに話す。


 今度色々話すと言われても、局長の家庭内事情全部知っているので問題はない。それを言えば大問題になりそうなので言わないけど。


「枯賀二等兵は無口なのもありますし、そもそも、家族以外にほぼ笑わないんですよ。女の前でも無表情ですし、大切にしている姉の前でも表情が硬いので、こういう顔です」


 水社一心が今度は真実を話す。さっきの虚偽申告はなんだったんだと威嚇の眼差しを向けていれば福野さんが「え」と眉間に皺を寄せた。


「笑ってましたよ、さっき、ね」


 福野さんが真原さんに視線を合わせた。


「おん、枯賀笑ってたな。山おったとき、反抗期の話やったか」


 反抗期の話。


 私は記憶を辿る。確か局長とのやり取りで、家族の話題になり妙な間が空いた。その時、水社一心について思い出していたら、「なにか、いいことあった? どうした?」と真原さんが不思議そうに問いかけてきて、笑ってると言われた。水社一心について思い出してせせら笑う、冷笑することはあっても、笑えることなんてないのに。


「は」


 私の隣にいた水社一心が怪訝な顔をした。


「福野思い出し笑い仲間増えたやんけ」

「いや」


 真原さんがまた福野さんに雑に話題を振る。水社一心は私を注視した後、富山局長に顔を向けた。


「枯賀二等兵、人付きあいが苦手なだけで人が嫌いなわけではないので。色々、考えてるというか。今日の刀のことも……こんな感じで淡々としていますが、先輩たちを守ろうとかなり必死だったみたいです」


 は?


 なんでこの男はこんな勝手に話すんだ?


 千年桜は恋と咲くの水社一心は、心が読めるという自身の能力に極めて否定的だった。人間関係においてそれを利用すること、誰かの心の内をばらすことはしないと誓い、お姉様が傷ついていることも勝手に心を読んでいるからと助けなかった男のくせに。


「助かった。ありがとう」


 福野さんがお礼を言ってきた。


「枯賀、手当にもすごい感謝してました。大感激です。心の中で崇めています。姉が一番の人間なので姉の次ですが。心の中では様をつけて敬っています。将来は先輩方のようになりたいと願っています。三人と仕事出来て良かった。幸せだってすごく言っています。ずっと馴染めるか不安を感じていたので、ほっとしているみたいです」


 水社一心はすらすらと内部情報を暴露していく。しかも変な小嘘つきで


「手当なんかいつでもしたるわ」


 ──と真原さんは苦笑した。


「ありがとうね、枯賀さん。改めてこれからもよろしくね」


 局長が笑いながら手を差し出してくる。会釈で濁そうとすると死角から水社一心に肘で突かれた。暴力だ。ものすごく微弱な力だったけどこれはれっきとした暴力だ。しかしまた肘で突かれたので私は観念した。


 こんな風にお姉様と挨拶したな、と思いながら差し出された手を握り、握手をかわす。


 水社一心はなぜか満足げに私を見て、「気難しい人間に見えるかもしれませんが、案外直感的なので、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします」と、勝手な謎設定をつけながら騙る。


 さっきの人付き合いが苦手だけど人が嫌いなわけじゃないみたいな謎設定もそうだし、なんなんだ。人間なんか両方嫌いだ。お姉様以外に関心が無い。そもそもなんだその保護者面は。


 しかし、下手に抵抗しても局長の帰りが遅くなるのでやめた。


 今日、局長は帰る。


 早口言葉みたいだが。今日は帰れる。もしかしたら娘は、また明日言おうと繰り越しをするかもしれないが、それでも、局長には明日があるのだ。




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― 新着の感想 ―
一心くん、モラハラクソ野郎じゃなかった! おかんでした! そりゃあ、おかんだったらやらかしたお子さんに対してクソバカビッグボイスが出ちゃいます…
家に帰れるっていいですね 少しは扱いも命への敬意も持ってくれると良いのですが
一心くん〜〜!!!ありがとうありがとう!!良かった…なるほど異性が嫌いなんじゃないかと誤解があったのですね!良かった…!!末理ちゃん不服そうだけどあなたも優しくされるべき人なのよ!興味ないだろうけど。…
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