私の願い
私の体力が戻るまで半年以上かかった。霊力は元には戻らないので0のままだが、もう走ったり飛んだりできるし、何を食べても吐かない。ミヤシロ様へ水社一心に対して行ったらしい誇張説明についてつつきに行ったら、≪なんと御礼を言ったらよいか……≫という絶妙に責めづらいテンションで何も言えなくなるという珍事があれど、いつも通りの日々に戻った。
「私……ずっとこうして、誰かと一緒にお話をしながら、景色を眺めるの、夢だったの」
お姉様が私に向かって柔らかく微笑む。皇龍清明様に向けるような質の笑顔だ。ある日突然湧いて出てきた妹の私に対して好感度がどえらく高い。頭をなでてくれるし、膝枕もしてくれる。すごくエデンです。もうこのまま死んじゃおうかなと思うと水社一心がブチギレて邪魔してくるので最悪な気持ちになる。お姉様へ恋愛感情はないけど百合に挟まるなと思う。殺すぞ以外にない。女同士の間に挟まる男ほど醜いものは無い。逆もしかりだけど。
「お前失礼だな。誰が膝枕について伝えてやったと思ってんだ」
ニコニコのお姉様の反対方向からモラハラの滲んだ高圧的な声が飛んでくる。水社一心だ。このままいくと「誰の稼ぎで飯が食えてると思ってるんだ」と言うのも時間の問題だろう。
今、私たちは三人で縁側に座っている。水社家でだ。
小説で似たような場面があった。お姉様と水社一心が桜を眺め、「いつか……この桜を……三人で……いや、なんでもない」みたいな、子供ありきの夫婦の話をしていた。
今の並びは、お姉様、私、水社一心だ。
お姉様のことが好きな水社一心。お姉様の隣になりたかっただろうに。悔しかろうに。残念だったな。私が間に挟まって。でもどんなにお姉様を思っていようとお姉様は金持ちのすごいお家の冷酷貴族こと皇龍清明様に溺愛されるんだよバーカ。
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは‼」
水社一心が怒ってくる。ミヤシロ様の一件でこいつへの意識を改めたのもつかの間、やはりシナリオには抗えないのか、徹頭徹尾言葉がきついのだ。
元気になったので普通に鍛錬の為に走ろうとすれば「お前みたいな人間が走れるか」と立ちはだかってくるし、「病人のくせに」とチクチク刺してくる。しかし小説ではこの100倍酷い暴言を吐く初恋拗らせモラハラクソ野郎だった。どうなんだろうこの先。
「俺はそうはならない‼」
本人はこう言うけど……。でもまぁ、今の水社一心なら普通にお姉様を幸せにできる気がしないでもない。お姉様の運命のお相手は皇龍清明様だろうが、水社一心の妨害はしない。
ついでに、お姉様はもう全方位におモテになるので、水社一心のほうがいいな、お姉様は確実にこの男に興味ないな、といった感じの男が現れたら、水社一心の代わりに私が排除して、水社一心の手伝いをしても構わない。
「別に頼む気はない」
正直、頼まれずとも勝手にするつもりだ。というか、あんだけ拗らせてたんだからある程度の独占欲もあるだろうし、しかも、俺だけのものにしたい、ぎゅってしたい、みたいな感情に蓋をし過ぎた結果、最悪な方向で愛がバーストした可能性もあるので、逆に頼まれたり応援を期待されすぎるのも困る。普通に、俺とあいつを納戸に閉じ込めてほしいとか頼んできそう。小説でそんな場面一切ないけど。ヤンデレみたいなの流行ってたけど小説ではそういうキャラは一人もいなかったし、皇龍清明様もただ純粋に想ってるだけだし。こいつだけなんだよな。拗れてんの。
「だから……‼ お前さっきからずっと訳わかんない妄想してるが、そもそも俺は──」
まぁ水社一心がどうあろうと私は借りを返すだけだ。お姉様を助けてくれた恩は、ミヤシロ様の件で片付いたとは思ってない。
絶対に。その時が来る。
「お前……」
水社一心はなにか勘ぐるような眼差しを向けてきたので、私はちゃかぽこちゃかぽこちゃかぽこちゃかぽこちゃかぽこちゃかぽこと心の中で唱える。水社一心への精神攻撃だ。
「うるさいなああああああ」と水社一心が頭をぶんぶん振る。愚か。水に濡れた犬みたいな振り方だ。
「ふふ、なんだか嫉妬してしまうわ」
お姉様がくすくす笑う。え、嫌だお姉様、こんな事故物件に独占欲向けないで‼ 皇龍清明様に独占欲を向けてほしい。あっちのが絶対いいから。クールなだけでお姉様のこと大好きマンだし。皇龍清明様絶対喜ぶから。こんな事故物件はやめて‼
「私たちが姉妹なのに、あなたたちのほうが、なんだか昔からの仲みたい」
昔からの仲って何。私と水社一心のこと?
水社一心は「妹としてなんか見たことがないですよ」と首を横に振る。
私もだ。勘弁してくれ。勘弁してくれオブザデッドです。お姉様。私はあなたが好き。心の中で返事をする。
「私もあなたにお姉さんって思ってもらえたら……」
お姉様が私の手に触れる。美しすぎて死ぬかと思った。いいにおいする。食べちゃいたい。お姉様の手を模した食べ物を作っていっぱい食べたい。それでお腹いっぱいになる。
「お姉さんと思うどころか気持ち悪い執着心でいっぱいですよ、この女は」
なのに横から水社一心が告げ口を始めた。余計なこと言いやがって。
というかなんでお姉様に対して敬語なの?
千年桜は恋と咲くでは普通に幼馴染ツンデレ枠として敬語なんか使ってなかったじゃん。なんでこんな紳士ぶってるの? なに? 印象操作? イメージチェンジ? モテようとしてんの?
「紳士ぶってるってなんだ。お前こそ少しは礼儀を持ったらどうだ。会ってからずっとお前は失礼だからな」
それは申し訳ない。
「すんなり謝るなよ。俺が悪いみたいだろ」
水社一心は拗ねたような顔で見てきた。だってお前が悪いもん。
「はぁ⁉」
冗談だ。ちゃんと悪いと思っている。
「なんなんだよお前は……」
水社一心は呆れるように笑う。お姉様に向けるべき表情が私が間に挟まっていることでこっちに飛んできてる。
「飛んできてるってなんだよ」
「こうして、幸せな日々が、続けばいいな……」
お姉様が、ほっと息をもらし、景色を眺める。大丈夫、と心の中で返事をする。
お姉様の幸せは続く。
私が続けさせる。
そしてお姉様は「こうして」と言った。今を幸せと感じてくれているのだろうが、お姉様はこれから先もっと幸せになる。今までの辛かった分、苦しかった分はなんだったんだろうと思うくらいの幸せを得る。
お姉様がどうあろうと、どうなろうとお姉様は幸せになる。
私がそうする。
何をしてでも。




