表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

もう大丈夫だよ

 嫌な予感しかしない。


 下手に水社一心やその父親に訊ねて「すべてを知られたからには死んでもらう」をされたくなかった私は、庭師に突撃することにした。


 水社一心がジジイって言ってましたよーと密告しその引き換えに情報を得ようか悩み、ただ無言でミヤシロ様の神具について指を差したら最悪な追加情報を得た。


 いわくミヤシロ様は、生贄を欲するタイプの神様らしい。そうだろうと思ったわ。最悪オブザデッド。


 水は人々の生活に欠かせない。ありとあらゆる水の恵みにより人は生きる。


 しかし居て当たり前となったものごとに人は感謝できない。


 水は当たり前にあるからこそ信仰は薄れ神の力は弱まってしまう。


 ゆえに代々、巫女が感謝を捧げる。祠の中で霊力を捧げ神に尽くす。


 霊力が少ないものは命ごと捧げることになる。

 霊力が多ければ人生の幾ばくかの時を捧げる。


 霊力の少ない人間の大勢の命か。

 霊力の多い人間の少数の時間か。


 悩む人々のもとに高い霊力を持つ人間が、自らの霊力を神にささげると名乗り出た。その家の人間は代々神に霊力を捧げる役目を担うこととなり、神の名と加護を譲り受けほかの者たちからも敬われることとなった。


 生贄を求めるタイプのヤバい村の神様みたいなのが『ミヤシロ様』であり、名乗り出たのが水社一心の先祖らしい。


 つまり水社一心の母親は霊力豊富よりの人間ということで、そのうち解放されはするのだろうが──やがて気が狂うのだろう。霊力を持つ人間は人体の仕組みと霊力が密接に関わっており、そのバランスがすべてに影響する。霊力が高ければ捧げるのは時間だけで済むみたいな言い方だったが、問題はその後。霊力が無くなったことに身体が耐えきれないし、精神も乱れ気も触れる。


 それに、そういう描写があった。


 千年桜は恋と咲くはあやかしが登場するが、皇龍清明様がドラゴニックファイナルクラッシュで倒した強めのあやかしの中に、タツノオトシゴみたいな水のあやかしがいた。


 水流や泡で攻撃してくるけれど、二匹が一対になったような見目をしており、漫画版の設定ページで『妻が霊力を捧げた果てに正気を失い、日ごと衰えていく妻を想い、夫がすべての罪を背負い心中した夫婦の成れの果て』と記載があった。


 それが水社一心の両親かもしれない。


 お姉様が水社一心のモラハラを受けていたのは幼少期の盲目的な初恋だからとばかり思っていたが、親に何かあり、同情していたと考えればギリギリ……納得……できない。あれは許されることじゃない。とはいえ因果関係は否定できない。


 水社一心の母親は回想に出てくる期間は正気だった。


 でもその後、正気を失い夫ごとあやかしになったか、心中してあやかしになったか、どちらにせよそういう末路を辿った。


 回想および正気の期間は判断がつかないが、お姉様が皇龍清明様に嫁ぐ前。大体、これからというざっくりしたものだが、将来心中事件が起きることは間違いない。


 防ぐにはどうすればいいか。答えは簡単。新たな霊力を供給して、水社一心の母親の生贄の任期を短縮すればいいのだ。


 ということで私は、池を泳ぎ中央にあるミヤシロ様の祠に到着した。常時は池にぽつんと浮かんでいる祠だが、神事等の機会には橋をかけるのだと思う。それらしい場所があったが私は泳いで来てしまった。


 仕方がないので私はそのまま祠の扉をバールでこじ開ける。工具は庭師に話を聞く帰りに借りた。正攻法である。盗んでない。使用用途は一切言っていないけれど、そもそも聞かれなかった。私はお姉様が気付いたり知ってしまって悲しむような犯罪はしない。お姉様さえ分からなければそれはもう完全犯罪であり無罪だ。


 無言で中へと突入すれば、屋内は木造りではなく洞窟のようになっていた。ぴちゃーん、ぴちゃーんとホラーじみた水音がする。外ではししおどしがカッポンカッポン言ってんのに。


 真ん中には、白装束を纏い祈りを捧げるような姿勢の女性が水の球体に包まれていた。多分水社一心の母親だろう。


 違ったら選択肢は基本三択になる。


 その一、女性を水の球体に入れていくのが趣味の人間が家にいる。


 その二、母親以外にも生贄が必要で球体に入れている。


 その三、他人の家の祠で球体に入る趣味を持つ知らん女の不法侵入。


 なので母親だ。


 母親じゃなかったら怖いもん。


 生贄を交代しようと私は助走をつけて水の球体に飛び込むことにした。


≪貴様いったい何者だ≫


 しかし、出鼻をくじかれた。目の前に突然大きな水流が発生したかと思えば、タツノオトシゴデラックスエディションみたいなヌメヌメ着ぐるみが現れた。私がしたいのは生贄を求めるヤバ神の討伐ではなく、生贄参勤交代なので関係が無い。無視をして飛び込もうとすると水流に阻まれた。


 なんなんだこいつは。


≪貴様こそ何なんだ≫


 タツノオトシゴが脳内に語り掛けてくる。もしかして水社一心はこんな風に、聞いてもないのに他人の思考が一方的に垂れ流されている状態なのだろうか。小説や漫画で水社一心が苦しむ描写はあったけど、体験するのとでは違う。なんて酷なんだろう。お姉様以外の声しか聞こえなくなればいいのに。そうしたら水社一心のあの刺々しい感じもなくなり、毎日菩薩のような笑みを浮かべ心頭滅却が可能となるだろう。


≪一心……貴様一心の許嫁か≫


 違う。断じて違う。私は生贄の交代に来たのだ。


≪は?≫


 タツノオトシゴデラックスエディションが聞き返してきた。


 生贄の交代に来たんですけど。


 私は心の中で念じる。さっきのやり取りからして言葉は通じているだろうが、≪なぜ生贄の交代なんて≫とさらに聞き返してきて苛立ちを覚えた。物分かりが悪いな。心が読めるくせに。


≪貴様心が読まれることに……抵抗は無いのか……≫


 無い。


≪なぜ≫


 どうでもいいから。


≪……は?≫


 お姉様以外どうでもいい。だから正直、水社家の生贄問題なんてどうでもいいが、私のほうが霊力があるし、母親が狂ってドラゴニックファイナルクラッシュされるのは流石にきついだろうし、水社一心には恩が出来た。


 それにお姉様を救うのは私の役目だった。


 でも、出来なかった。お姉様を傷つけた。


 助けてくれる人なんかいないはずだった。助けてなんて言ったって意味ない。助けてもらえる価値もない。だから当たり前。仕方ない。そう思い続けて生きてきたけど水社一心は助けてくれた。


 なので霊力を分けてやろうということだ。水社一心が母親をあんまり好きじゃない可能性もあるけど……まぁその時は、その時。


 つまり、借りを返す。


≪それでよいのか≫

 

 タツノオトシゴデラックスエディションが問いかけてくる。


≪ミヤシロ様と呼べ≫


 ちょっと今のは水社一心っぽい言い方だった。水社の血筋の口調がこういう口調なんだろうな。水社訛りというか。水社族の固有言語というか。水社語。


≪戦おうとは思わぬのか。戦い、水社一心の母を取り戻そうという気はないのか≫


 ない。


≪何故≫


 そういう、戦う‼ みたいな気力は無い。


 私は主人公じゃない。


 みんなに応援されるような人間の持つ、綺麗なものの、何もかもが無い。応援したくなる主人公とか共感できる登場人物のなにもかも、私には無い。私はそこには行けない。


 それにミヤシロ様の気持ちも、分からなくもない。


 感謝されたいし、なにかをして返ってこないのはつらい。


 神様というか、万人に色々しなきゃいけないポジションの存在は、そういう固定の存在がいないだろうから余計、感謝が欲しいだろうし。


 多人数を守ってるならある程度の恩恵を必要とするのは当たり前だ。前世で言えば水道局なわけで。水は人間の生活に必要なんだから無償で働けは違う。それがお金じゃなくて、人間の霊力というのが難儀なポイントだけど。


≪貴様は面妖な単語を話すな≫


 上位存在なら前後の文脈で理解してもらいたいところだが、人間と神なので種族が違うし、求めすぎかもしれない。


 ……霊力って、あやかしを討伐すると上昇しましたっけ。


 心の中でミヤシロ様に問う。


≪ああ。しかしこれから先、あやかしを倒す度、その霊力を捧げる、というのは許さぬ。約束を反故にされたことがある。まぁ……戦の半ばであやかしに打ち取られたというものだが……いい気はしない。返さねばと、身の程をわきまえず、無謀な戦いに挑んでしまった≫


 脳内にミヤシロ様の言葉が重く響く。身の程をわきまえないという言葉は皮肉っぽく聞こえるし、枯賀の女中が言っていたら確実に嫌味だけど、ミヤシロ様の意図は異なる。


 だって声音に自責の響きが伴っているから。


 戦いに向かわせなければ死なななかった、自分が霊力を吸ったなら加減できたという後悔が滲んでいる。


≪それに……もうしないという取り決めで今に至る。今まで何度か交渉されたが、断ってきた。ゆえに、断られた者たちの手前、許せぬ≫


 ミヤシロ様律儀なタイプだ。生贄を動力源にするの、圧倒的に向かない精神性だ。


 水社一心の母親の気が触れるまで霊力を吸うとは思えない。おそらく……予測できなかったのか、水社一心の母親が……今後のことも考えて大きく捧げたかだ。


 たとえば水社一心が霊力を捧げず済むように、とか。


 そこまで想像すると、ミヤシロ様の雰囲気が若干変わった。恐れのようなものを感じる。


 ミヤシロ様の恐れる結末を変える方法が、一つだけある。そして、生贄を取らずに済む方法が。


≪どういうことだ≫


 全部やる。


 私の霊力全部もってけ。


≪は⁉≫


 私が瀕死に陥るほどの霊力を全部捧げれば、水社一心の母親の生贄任期は短縮されるはずだ。今日帰れるし……多分、ミヤシロ様そのものも、多分生贄には困らないだろう。


≪だがお前の身が……未来が……⁉≫


 優しい神様だ。神様なんていないと思っていたけど、ちゃんといるらしい。前世でこういう神様がいたら良かったのに。そうしたら、少しは。


 同時に水社一心やその父親がミヤシロ様について話をしない理由もわかった。生贄を欲する神様と言えばどうしても悪い印象を抱くが、お出しされるのはこれである。


 それに少しでもミヤシロ様の話をすれば、経緯上、私やお姉様に生贄になれと圧をかけるようなものだ。だから言わなかったのだろう。庭師がある程度、口割ったけど。それでも生贄になれとは言わなかったし、こちらにかなり気を遣っているのが声で分かった。


 その心意気に、報いる。


 私は水社一心の母親および、ミヤシロ様に向けて手をかざす。


 女中を吹き飛ばそうとしてやめて良かった。千年桜は恋と咲くについて思い出したときから貯めに溜めていたので、全部、注げる。最悪失敗しても水社一心にお姉様ごとすべて託せばよい。ミヤシロ様に言ってもらえばいいし。


≪自分が何をしようとしているのか、分かって……≫


 分かってるよ。


 あと、もし、元気になって、私に感謝したいなと思ったら、その分までお姉様をよろしくお願いいたします。お姉様を守ってください。お姉様は、国の宝です。


≪は……?≫


 会えば分かる。


 私はミヤシロ様を見据える。


 そして、こうして突然やってきた私に言われても、嬉しくないかもしれないけど、ありがとうございました──と、心の中でミヤシロ様に伝える。


≪お前は……≫


 私はミヤシロ様に手をかざし、すべての霊力をミヤシロ様に捧げる。捧げながら水社一心の喚き声を思い出した。


『……お前に出来ることなんて、何もない‼ 何かしてもらいたいなんて思ってない‼ 道理もない‼ 関係ない‼』


 出来ることあったろうが。バカが。


 心の中で悪態をつく。


 身体から一瞬にして力が抜け、急速な眠気に襲われる。


 やがて水の中に包まれるような淡い感触とともに視界は狭まり、暗闇に落ちた。



◇◇◇




 気が付くと、私は小高い丘のような場所に立っていた。明るくて、景色のすべてが淡い。


 行く当てもないので進んでいくと、小さな祠がぽつんと建っている。屋根の上には、ようやく立って歩けるようになったくらいの年の子供が座っていた。とんでもない罰当たりだが直感的に、この子供がミヤシロ様なんだろうなと分かった。それらしい外見的共通点も無ければ、タツノオトシゴデラックスエディションみたいなビジュアルでもないけど。


 ミヤシロ様は、元は子供だったらしい。一人でにこにこしながら祠の上に座っている。でも、誰も見向きもしない。大人たちがお祈りを始めると嬉しそうに祠から降りて、くるりと踊る。すると一瞬にして雨が降った。大人たちは大喜びして祠に向かって感謝している。


 ミヤシロ様はぴょんぴょん跳ねて自分の頭を差し出した。しかし誰も撫でない。


 大人たちは地に膝をつけ、額に地面をこすりつけて感謝する。


 ミヤシロ様はそれを見て首を傾げたままだった。少しだけ悲しそうな顔をして祠の上に座りなおす。


 周囲の景色が変わった。


 祠はくたびれている。誰も祠を手入れしてないらしい。でも祠の上にはミヤシロ様がちょこんと座っていた。咳き込んで震えている。身体はススで汚れていた。やがて大人たちが白装束を着せた女を連れてきた。白装束を着せた女は祠の前で正座する。ミヤシロ様は少し驚いた後、おそるおそる女の膝の上に頭をのせた。小さい子が甘えるみたいだった。


 少しだけミヤシロ様の顔色が良くなる。でも白装束の女は倒れミヤシロ様はわんわん泣き始めた。誰もミヤシロ様には気付かない。しばらくしてまた大人たちが女を連れてきた。今度はミヤシロ様は、おそるおそる、つん、と人差し指で女に触れた。女は倒れない。ミヤシロ様はほっとした顔をした。


 多分、最初の女はミヤシロ様の力が無くなりすぎていて霊力を吸い過ぎた。


 ミヤシロ様は霊力なしに存在できない。水は生活に必要で膨大な霊力を必要とするから。


 長い間の渇望で供給があっても一瞬で尽きてしまう。


 たぶん、こういう状態が続いて、今の形に落ち着いたのだろう。


 ミヤシロ様は霊力を欲している。でもその根底にあるのは……たぶん。


 私は祠の前にちょこんと座っている、ひとりぼっちのミヤシロ様の前に立った。


 ミヤシロ様は私を視えない前提として取り扱ってるのか、私が見えてないのか、こちらを見ない。


 いや、見ないふりをしている。期待しないふりだ。がっかりしたくなくて、期待するふりばかりうまくなってしまった、子供。


 私はミヤシロ様の頭を撫でた。ほっぺたにも触ってみる。ミヤシロ様は驚いた顔をしたあと、にこっと笑う。


 その笑みに、何も言わず、微笑み返したあと、ぎゅっと抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
よ……よかった…… たくさんぎゅっとしてあげてほしい。 ミヤシロ様めっちゃ繊細系で優しい神様だったのね…… うう…… ほろほろ泣けてしまった……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ