騒動
「おい、俺様の言うことが聞こえなかったのか?女」
私たちから見て右側にいかにも高貴そうな服に身を包み金色の髪を逆立たせた男が少女を睨みつけながらそう言う。
「困りますなお客様!うちに娘に暴力を振るわれるとは」
少女の父親らしきコレまた筋骨隆々の男が少女に駆け寄って庇うようにする。
殴られ、そしてテーブルに当たった衝撃か、少女は気絶している。
そして前に立ち塞がった男は、コック帽を被り筋骨隆々、そして顎髭を生やしているというあまりにズレた感じのする見た目をしていた。
「一飲食店の店長如きが逆らえるお方ではない!このお方はガルマ・フォン・バンデルシア侯爵が嫡男、マオルナ・フォン・バンデルシアであらせられるぞ!」
取り巻きの1人であろう男がそう宣言する。
「何を、か。その女が俺様の命令に背いたから、それ以上の理由があるか?」
「いくら侯爵家のお方であろうとこのような道理は罷り通りません。即刻店から出て行ってもらいたい」
「だが通ってしまうのだよ。父上は俺様を溺愛しておられるのだ。俺様が少しねだれば罪であろうと揉み消してくれるぐらいにはな?侯爵家の権力は絶大だ。十数年前の戦争で我らがハイゼラード王国にもたらした富は計り知れん。故に王家であっても我らを無視できないのだよ」
「むぅ……」
「この程度の店なら俺様が少し圧を掛ければ……わかるな?」
「し、しかし……」
「これ以上の問題を起こしてほしくなければ娘を渡すが良い。そうすれば見逃してやらんこともないぞ?」
一体どう言う状況かよく分からなかったので近くのカウンター席にいた男に聞いてみる。
「すみません、コレどう言う状況ですか?」
「ん?あぁ、これか。あそこで蹲っている女の子、ここの看板娘なんだが、そこのマオルナっていうやつが『俺の女になれ』だなんだと言って迫ってな。彼女も相手がいるからって断ってたんだがついにブチギレてこれよ」
私たちは今この上なく下衆い存在を見ている。
マジでこんな輩いるんだな。
小説だけの話だと思っていた。
さて……父さんって爵位何だっけ、男爵だっけか。
到底侯爵家に敵うような爵位ではない。敵対するような事があれば真っ先に潰される可能性だってあるだろう。
が、コレを見過ごすわけには行かないぬ。
仮に侯爵家が圧を掛けたとしても私との繋がりの方が重要であるとわからせてやればいい。
「(お前らはちょっと店の外で待機しておけ。なんか会った時は父さんの所に行って呼んでくれ)」
「(うん、わかった)」
小声でルナにそう伝える。
「で、どうするかね?店長」
「く……」
「店長さーん、別にこんな奴相手に娘と店を天秤に掛ける必要はないですよ〜」
「あ?何者だ?貴様。俺様を誰と思っているか」
楽しみを邪魔されたかのような様子でこちらを睨むマオルナ。
「リーシャ・フォートレス。お前の言動があまりに下衆すぎて少々口を挟ませてもらったまでよ」
「ふっ、俺様の楽しみを邪魔するとはいい度胸だな。おいお前ら、やっちまえ」
「「了解」」
マオルナが顎をクイっとやると取り巻きの2人が私の前へと立つ。
「お嬢ちゃんよ。お前は相手にしてはいけない方のお邪魔したのだ。それ相応の報いを受けてもらうではないか」
「気の毒になぁっ!ひゃはは!」
「はぁ……くだらぬ」
本当にくだらない。結局は侯爵家に生まれた程度で粋がっている雑魚とそれに媚びへつらう雑魚ども。
「そうか、では報いを受けるのは貴様らだ」
「ひゃははは!何をぉ言うかぁ!お前はぁ、俺たちにぃ、ぃ……ぁ、あえ……?」
「ふっ、寝言は寝てから、とでも言いましょ……う……かぁ?」
奴らの視界から私の姿が消えたと同時に彼らは情けない声を出す。
「ぐべぇあ!」
「ごほぉ!」
後ろから突然現れた私に蹴り飛ばされた2人は扉を突き破って中心街の大通りへと吹き飛ぶ。
通行人の人たちごめんな。
「ふん、雑魚が」
「あ?貴様……平民のくせに貴族に手を出したというのか」
「まぁ平民みたいなのは認めるが一応貴族だぞ。男爵家だが」
「ほう……男爵家と言う事はほぼ平民ではないか!コレは傑作だ。その程度で俺様に刃向かおうとでも?」
「刃向かう?違うな、お灸を据えるだけだ」
「やれるものなら……やってみろ!」
マオルナが地面を蹴り上げ突っ込んでくる。
対して速くない……この程度では欠伸しながらでも避けられるな。
何ならその時間で数十発ぐらい殴っても時間のお釣りが出る。
「遅いな」
「なっ!」
少し横にずれただけで通り過ぎて行ったマオルナはそのままバランスを崩しバタンと音を立て盛大に地面とキスをする。
「(うわ、だっさぁ〜)」
言ってやるな妹よ……私も思ったけど。
「き、貴様……この俺様をコケにしおって……!」
「まぁ自業自得だよな〜。人のお嬢さんに迫るような輩なんだから」
「こ、このぉ!」
「おぉこわいこわい」
バッと立ち上がり先ほどよりも少し速く殴りにかかってくる。
大きい岩ぐらいなら砕けそうな威力を持ったその拳を私は左手の人差し指一本で受け止める。
「なぁっ……!?」
「こ〜んなか弱い女の私相手に負けるような奴がぁ?権力と身分をかさにきて可愛らしいお嬢ちゃんを脅して自分の女にしようとしてくるとか?ダサいと思わないかね?」
「ぬぎぎぎぎ……このくそアマぁ……!」
怒り心頭に発したマオルナ。
魔力が身体から溢れ周りの空気を震わせる。
「な、まずい!逃げろ!」
騒動を見ていた店の客のうちの誰かがそう大きな声を発した途端、一斉に客たちが店から出て行く。
店長も気絶している娘さんを連れて店の裏側へと避難して行った。
「くっ、仕方がない……!」
後ろに飛びもう一度殴りかかろうとしてきたマオルナを見る。
目は赤黒く光り、髪は先ほどよりも逆立っている。
そして身体の方についても、明らかに筋力が上がっている。
肉体も先ほどよりも固そうだ。
魔力で身体強化を施したか、先ほどより数倍の強さになっている。
「俺様の魔法は!俺様の力を数倍にも引き上げる!もはやお前に勝ち目はなぁい!」
「ふっふ……ふっふっふははははは!コレは面白い!」
「あぁ!何がおかしい!」
「ははははは!お前は数学の一つも出来ないのか!コレでは侯爵家のの名が廃れるな」
「何が言いたい!」
「コレだけ言っても分からぬか、たかが1を数倍したところで1000より小さかろう」
「お前は本当に俺様の神経を逆撫でするのが上手なようだな……!殺す!」
「事実を言っただけだ。殺せるのならば殺してみるがいい」
「死ねぇい!」
先ほどよりも数倍早く飛びかかってきたマオルナの拳をギリギリでかわす。
「はっはっは!さっきよりも反応が遅いな!」
「なに、この程度の動きで避けられるというだけだ」
「その澄ました顔をグチャグチャにしてやる……よっ!」
身体強化であらゆる身体性能が数倍になったであろうマオルナは先ほどとは別次元の速さ、鋭さで攻撃してくる。
まるで別人だ。
魔力を見ればマオルナは神経に魔力を流し反応速度を強化、そして細胞一つ一つもまた強化を掛けることでしなやかさや防御力も上げていると言ったところか。
確かにそれをすれば人外の如き身体能力を得られるが、一つ弱点がある。
「ハァ……ハァ……なぜ……当たらない……!」
「そろそろ降参したらどうかね。せっかく丈夫な体に生まれたというのに酷使していては産んでくれた人に申し訳ないと思わないかね」
「なにをぉ……ほざく……!」
「なに、後5秒もすればわかる。5」
「あ?」
何も分かっていない表情で再び突っ込んでくるマオルナ。
「4」
先ほどよりも魔力を強く流し、身体能力を底上げしている。
しかしその程度で当たる訳がない。
「3」
軽くステップを踏み避ける。
相手も反応速度が上がったことで避けた場所はもうすでに奴の拳が飛んできていた。
「2」
しかし体軽く捻ることでそれをかわす。
「1」
マオルナが地面を蹴り、私目掛けて突っ込もうとしたその瞬間。
奴の体の至る所から血が噴き出た。
「グホォア……!!??」
その場に倒れたマオルナは何が起きたかわからないとでも言うように顔だけをこちらに向け睨んでくる。
「な……なにをぉ……した……!貴様……!」
「何も?」
「そんな……わけぇ……!」
「私ではない、お前がやったのだ。お前がやった身体強化、確かに良い考えではあったがあまりに身体への負荷を考えなさすぎだ。神経はもちろん、細胞の至る所を魔力で強化した事でお前の身体に収まる力を大きく超えたのだ。故に勝手にお前が自爆したのだ」
500ミリリットル入る飲み物入れに1リットルの飲み物を無理やり入れようとすれば途中で破裂する。そういうことだ。
「ま、少しは反省しろ」
魔力で脊髄を軽く撫でてやればビクッとマオルナの身体が震えて気絶する。
流石にこの状態で放置するのは私の良心が痛むので傷は塞いでおいてやる。
「ここに置いておいたら邪魔か……、よし」
マオルナと、外でのびている取り巻きに魔法陣を描き転移させる。
特に何もない平原に飛ばしたから帰ってこれはするだろう。
帰ってくるまでに数日かかるかもだが。
あとは私とマオルナのいざこざで壊れたテーブルや椅子、カウンター、壁を直していく。
「お、おい」
厨房から店長であろう人が出てきて声を掛けてきた。
「ん?どうかしましたか?」
「あの男は……?」
「あぁ私がぶっ飛ばしたので大丈夫ですよ。迷惑をお掛けしてすみませんね」
「い、いえいえ!あいつ娘に何度も詰めかけて迷惑していたので何度も訴えたのですがいかんせん侯爵家相手では分が悪く……貴女が彼を圧倒する姿、感動しました……!」
「お、おう……まぁ色々迷惑かけてすまん。娘さんはどうなって?」
「それがまだ目を覚まさなくて……」
「そうか、ちょっと見させてもらう」
「え、いやいや!そこまでしてもらうわけには!」
「良いんだよ。今はどこに?」
店長は厨房に入って少しのところにある扉を指差し、
「あそこです」
そこは扉を開けると生活感あふれる部屋だった。
真ん中にベッドがありそこで少女は横たわっていた。
ベッドのそばに近寄り彼女の容態を見る。
全身を打ちつけており、何より顔の怪我が酷い。
「ふむ……。放置すれば最悪死にますね」
「そ、そんな!どうすれば!」
この世の地獄を見たかのように絶望する店長を傍目に私は彼女が怪我をしている場所、放置すれば命に影響を及ぼす箇所を見つける。
「……よし」
魔法で彼女の頭を治癒する。
すると彼女の瞼と指がピクッと動いた。
「う、う〜ん……」
「お、おぉ……!」
感極まったかのように店長の目に涙が溢れ出た。
「これで大丈夫です。ただ魔法で治したとはいえ少しの間は安静にしていたほうが良いかと」
「ありがとうございます……!このお礼は何をすれば……!」
「いえいえ良いですよお礼なんて」
「しかし……!礼をせねば気が済みません!」
「ならラーメンを3杯作ってくれますか?それを食べに来たんです」
「えぇ!もちろんです!今作ってきます!」
大急ぎで彼は厨房へと入って行った。
「はぁ……やっと飯が食える」
その後ルナとハルを中に入れて一緒にラーメンを食った。
悪人成敗の後のラーメンほど美味いものはない、私は食べながらそう感じていた。




