プロローグ
鬱蒼とした樹海にて、一人の少女が駆けていた。
腰にかけた剣をカチャカチャと言わせ、金色に輝く長髪と黒色のマントを靡かせながら。
彼女の名前はアル・フォン・ハイゼラード、14歳である。
よほど疲れているのか、青色の目が濁っており、何かに追われているかのようにアルは焦った様子だ。
「…………見つからない……」
アルはあるものを探していた。
竜の心臓。
それは古来より適切な処理をすれば万能の治療薬になるとして伝えられて来た。
竜の心臓、というが特定の竜を示すわけではなく、竜と分類されるものならなんでも良いとのこと。
アルの兄は生まれつき病気にかかっていた。
この世界においてあまねく知的生命、果ては非生命体ですら持っているとわれる魂の根源。
それが上手く機能しないというとても扱いに困る病気である。
名を壊魂症と言った。
成長に伴い魂の根源にかかる負荷は増大する。
幼少期程度の肉体ならまだしも、青年期まで成長すると上手く機能しない魂の根源では負荷がかかりすぎる。
故に一昨年医者に診てもらった際に、タイムリミットはもうあと数日あるかないかと言われた。
その兄を助けたいその一心でアルは単身樹海の奥深くへと来た。
「竜は……ここら辺にいるはずなのに……」
息を切らしながらアルは周りを見渡す。
しかしどこにも竜の姿は愚か、影すら見つからない。
ゴォォン
「本当にどこに行ったのよ……!」
ゴォォン
ここでアルはふと周りから地鳴りのような音がしている事に気づいた。
「地震……?いや、違うわね……地震とは違って揺れに種類が違う……コレはもっと……」
彼女が周りを警戒しながら呟いたその瞬間今までとは全く違う音が響く。
ゴォォォォォォォ!バキバキバキバキィ!
「っ、下か!」
地鳴りの発生源が下であると寸前に気づき、アルは脚に力を込め跳躍する。
十数メートル飛び上がった直後、地面がけたたましい音を立てながら割れ、そこから現れたのは茶色の鱗を纏い、鋭い牙を口から覗かせたその生命、土竜は暴虐に満ち溢れた目をアルへと向ける。
「グルルル……」
体の大きさにあってないように見えるその小さな羽で土竜は飛ぶ。
どうやら魔力を使って羽が生む力を増大しているようだ。
その後、土竜は空中で身体をぐいっと捻り、アルめがけて突っ込んでくる。
「くっ!この!」
アルは腰にかけた剣を抜き放ち、突進してくる竜の威力を受け流す。
剣がミシミシと音を立てる。このままいけば剣にヒビが、あるいは折れるだろう。
竜の軌道を変えた。
力を振り絞りアルは竜の軌道を変える事に成功した。
その際竜の首筋目掛け剣を撫でる様にして斬った。
ドガァァァァァァァァァァァン!
と音を立て竜は地面に激突した。
「グルルルル……」
しかし竜は先ほどアルが斬った首筋の傷以外全くの無傷、当然であろう。
土竜は地面を割り空へ跳躍してから地面に叩きつけることで獲物を狩る生物だ。
自分の突進で地面にぶつかった程度では死ぬ事はない。
「グルルッ」
竜はドクドクと血を流すが、かすり傷にすらならないと言わんばかりに唸る。
先ほどと同じように突進して来た竜を同じ要領で受け流そうとする。
だがしかし、アルの持つ剣は限界を迎えていた。
パリンと音を立て剣が折れた。
突進の勢いを殺し切る事など出来るはずもなく、アルは吹っ飛ばされる。
「ぁっ……!」
木々の枝で身体の節々に擦過傷が、そして吹き飛ばされ数十メートル離れた木に背中を打ちつけ、アルはうめき声を漏らす。
(まずい……このままじゃ……)
アルは力を振り絞り、折れた剣を杖代わりにして立ち上がる。
全身が木に叩きつけられ常に激痛が走る。
とても歩けるような状態ではない。
だがアルは歩いた。
少し離れた所にほら穴があるのは分かっていたため、そこに身を隠そうと思ったのだ。
彼女は魔力を抑える。
一生の大半を地下で過ごす影響か、土竜は魔力で物を見る。どれだけ小さかろうが、魔力が出ている限り竜にとっては獲物となる。
しかし魔力が無ければどんな音を立てようが、どれだけ近くを通ろうが獲物と認識される事はまず無い。
当然物理的に触れる、あるいは攻撃すればその限りでは無いが。
魔力を隠したことでなんとかほら穴に辿り着けたアルは腰を下ろし息を吐く。
「一人じゃやっぱり……厳しかったかぁ……」
自分がいかに無謀な行いをしたのかを認識し、息を整える。
ふとほら穴の奥を見ると岩が何かに照らされていた。
「……人……?」
その光をゆらゆらと揺れており、まるで炎の様だった。
恐れ知らずなのか、アルはその光の発生源に近づく。
少し穴を曲がればひらけた空間がそこには広がっており、とても自然に出来たとは思えない広さだった。
極め付けは、その空間に置かれてあった藁で出来た敷布団が二つ、その隣に置かれた机、壁にかけられた服や調理器具など。
明らかに人のものだ。
「一体……ここは……」
「私たちの寝床だが、どうかしたかな」
「っ!」
答えるものなど居ないと思っていた呟きに応えるものが居た。
身体が硬直して、後ろを確認できない。恐怖しているのだ、声の正体に。
アルの後ろから聞こえた声は侵入者であるアルを前にして酷く落ち着き払っていた。
あたかもお前程度ならいつでも殺せるぞと言わんばかりに。
「ふっ、そう怯えるな。殺すつもりは無いからさ。酷く消耗している様だ。茶でも飲むがいい」
後ろから歩いて来たのは黒髪の少女、見た目は16歳相当と言った所だろうか、そして黒色の服を着、白色のジャケットを羽織っている。
その少女は魔法陣を描き、そこから飲み物が入ったポットを取り出す。
その様子を見てアルは目を見開いた。
「そ、それ!もしかして伝説の収納魔法!?」
「ん?あぁ、コレか。伝説かどうかは知らないけど収納魔法であってるよ」
なんでもないことの様に彼女はそう言う、
収納魔法とは遥か昔に失われた魔法技術であり、神話の時代によく使われたそうだ。
それを彼女は当然のように使っていた。
アルが驚いている間に少女は飲み物をカップに入れ、アルに手渡す。
「まぁそこらにある岩にでも座っててくれ」
アルは言われた通りに彼女の右前にあった岩に腰掛ける。
「さて……まずは自己紹介と行こうか」
少女がそう言って、アルが気を緩めたその瞬間、ほんの少し魔力が溢れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴバキバキバキバキィ!
魔力が漏れ出た瞬間けたたましい音が鳴り響く。
土竜が地下を掘る音だ。
「そ、そうだった……!土竜がすぐそこにいる……!早く逃げないと!」
アルは目の前にいる少女にそう言う。
だがしかし、彼女は全く逃げる気配を見せない。
「グルルルルルルラァァァァァァァァァァ!」
土竜のけたたましい鳴き声が彼女たちの耳をつんざく。
「早く逃げないと!」
「ふむ、なんでだ?」
「なんでって……、土竜がいるからに決まってるでしょ!土竜は危険な生物なの!逃げなきゃ生命はない!」
「フフフいやいや、それはおかしいぞ。女」
突然目の前の少女が面白い物を見たかのように笑い出した。
頭でも狂っているのか。
アルはそう思った。
土竜という圧倒的上位を前に頭がおかしくなったのか、あるいは元からおかしいのか。
でなければこんな所で生活しているはずもない。
「良いからっ……!逃げるのっ……!」
彼女が目の前に狂った少女を引っ張ってほら穴から逃げだそうとした瞬間、目の前の地面が割れた。
そこから勢いよく、広がった空間の入り口を塞ぐようにして土竜が姿を表した。
「あ……あぁ……」
現れた絶望を前にして彼女はへたり込む。
「はは、私ここで死ぬんだ……」
先の無謀とも言える戦いで心を折られかけていたアルは今この瞬間生きるのを諦めた。
「……貴女は身体が元気だから、今のうちに逃げて……。私が少しの間食い止めるから……l
せめてアルのすぐそばにいる少女ぐらいは守ろうと、そう思って彼女は言葉を発する。
帰ってくるのは分かった。そんな返事が来ると思っていた。だが、実際に帰って来た返事は大きく異なっていた。
「断る」
その言葉が信じられない様子でアルは再び少女に言う、
「なんで……相手は土竜……万全の状態の私でも生きて帰れるか分からない相手なのに……」
「あぁ、そうだろうな。だが、それは私が逃げる理由にはならない」
「でも……」
なぜ目の前の少女はこんなにも落ち着いているのか。全く理解ができなかった。
「何故私がこんなにも落ち着いているか不思議に思うだろう?」
アルの心を読んだかのように少女はアルの方を笑みを浮かべながら向いて、そう聞いてくる。
そして、アルが返事をする前に簡潔で、非常に単純な答えが帰って来た。
「私があのモグラより強いからだ」
直後、少女の手がブレた。
「グル……?」
土竜が声を漏らし、そして崩れた。
まるでサイコロステーキのように細切れにされたのだ。
「え…………」
突然の光景に彼女は驚きを隠せない。
「で、お前は何を探していた?」
「え……?」
彼女が問いかけた内容にアルは別の意味で驚いた。
「なんで私が何かを探していたと……?」
「口は悪くなるがお前程度の奴が土竜に挑むってのはだいたい、自殺志願者か素材目当てのバカだ。そして少なくともお前には生きる意志があったし、生きたいという願いがあった。だから何か探しているのかと思ってな」
「は、はい……兄が病気で……壊魂症と言うのですが……それを治すために竜の心臓が必要なんです……」
「は?壊魂症を治すのに竜の心臓が必要なんか聞いたことないぞ」
彼女の言葉にアルは耳を疑う。
「しかしお医者様が言うには……」
「そもそも壊魂症ってのは魔力が多すぎて、魔力の流れが上手く行ってないから起きる症状だ。そこに魔力の流れを悪くする竜の心臓の薬を使えば症状は悪化する。おそらくその医者はヤブ医者かどっかから雇われた刺客だ」
突然の話に彼女は頭が追いつかない。
「で、ではどうすれば……」
「単純だ。魔力をぶっ放せば良い。魔法を使ってもいいし、魔力そのものでもいい。とにかくつまりを解消すれば治る」
「本当ですか…………?」
「本当だ。なんせ……」
「あれ、お姉ちゃん、どうしたの?」
入り口から目の前にいる少女と同じような服を着た茶髪の少女が入って来た。
彼女もまた16歳ぐらいに見える。
「おぉちょうど良いところに。コイツ、昔壊魂症で死にかけたんだけど、魔力をぶっ放したら治ったんだよ。だから魔力をぶっ放せば治るのは確実だ」
「あ〜そんなのもあったねぇ……で、彼女はなに?」
「なんか土竜を倒しに来たそうだ。お兄さんの病気を治すとかなんとかで。まぁ壊魂症の治療に竜の心臓なんか逆効果なのはさっき教えたが」
「うへぇ、それ接種した瞬間死ぬやつじゃん」
「そそ」
アルは目の前の2人の少女が話している状況を理解できなかった。
とても同年代の少女とは思えない知識量。何より先ほどからいる少女の馬鹿げた力。
アレほどの力があってなお何故こんな樹海にいるのか。
「んで、成果はあったの?」
「いや、全く?1ミリも引っ掛からなかった」
「どんまい」
「それじゃぁ撤収するか」
収納魔法陣が展開され、藁の布団や机と言ったものが全てしまわれる。
「あぁそうだ。自己紹介がまだだったな。私の名前はリーシャ・フォートレス。んでこっちが妹の……」
「ルナだよ」
「で、お前の名前はなんだ?」
「え、えぇと……アル、アル・フォン・ハイゼラードです」
「なるほど、貴族様か。それは失礼した」
フォンは基本的に貴族の名前に付けられるミドルネームだ。
「い、いえいえ!私の方こそ失礼しました!勝手に寝床に入ってしまって!」
「別に良いよ良いよそれぐらい」
ふとアルは自分の身体から痛みがひいているのを感じた。
「あれ……怪我が」
「ん?ルナ、なんかしたか?」
「見てて痛々しかったからちょっとね」
回復魔法を魔法名も言わずにあの量の怪我を治すとは貴族のお抱えの治癒師でも難しいだろう。それをルナはいとも容易くやってのけた。
尋常ではない。
「ありがとうございます……」
「ま、それじゃぁお兄さんの病気は治るだろうし、私達も一旦の目的は終わったしここでお別れだ。お兄さんには定期的に魔力を放出するように、じゃぁな」
そう言って彼女達は歩いてどこかへ行こうとする。
しかしアルにはたった一つ、気になる事があった。
「あ、あの!貴女達がさっき言っていた成果ってなんなんですか?何が目的なんですか?」
そう、彼女達が言っていた成果、それが先ほどからアルの心に引っかかっていたのだ。
何かとんでもないことにことをやらかそうとしているのではないか、そんな気がしていたのだ。
しかし帰って来たのは意外な内容だった。
「前世を探している」
そう一言言って彼女達は本当にアルの目の前から姿をくらませた。
一応先に言っておきます。主人公はアルさんではなくリーシャさんです。
一話一言
アルとフォートレス(リーシャの苗字)が混ざってアルフォートが見える現象が多発した。




