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メイドロイド・ケイと神なき街【本編完全版】  作者: 彩条あきら


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第02話「謎のニューヒロイン!」(3/4)

いつの間にか家中で灯りが点いて、明るくなっていた。

その下で、ドタドタと忙しなく家の端から端を行ったり来たりしているメイドロボットの様子を、呆気に取られてマコトは見ていた。彼女の腕には、往復する度に山のようなゴミ袋が抱え込まれている。


「ハウスダスト反応あり。除染、除染、除染」

「…………」


メイドロボットは一心不乱に床に散らばったゴミを拾い上げ、もう片方の手にした袋の中に放り込んではテキパキ袋の端を閉じていく。しかもよく見ると拾ってから一瞬の間に、ちゃんと燃えるゴミと燃えないゴミ、粗大ごみなどの分別まで的確に行っているようなのだ。

彼女が地下施設で目覚めてから、はや数時間。それ以来ずっとこの有り様である。マコトの困惑は深まるばかりであった。


「除染、除染、除染」

「……あのー」

「ハウスダスト濃度、当初数値より二十パーセントまでの減少を確認。順次、最終工程に移行します」


メイドロボットは個室から廊下まで、目立ったゴミをひと通り片づけ終わると収納から持ち出した掃除機をセット、爆音と共に猛烈な勢いでフローリングの清掃を開始した。

家の端から端までを、今度は掃除機を抱えた状態で疾走する。とはいえ掃除機の吸引速度は上回らないように調整しているようで、たちまち微細なゴミが除かれ床は目に見えて綺麗になっていった。

「適正値到達まであと十パーセント。除染、除染、じょせ――」


ミッション完了を目前にしたその時、悲劇が彼女を襲った。掃除機から伸びたコードを爪先に引っかけた彼女はそのまま盛大に蹴躓いてしまい、もんどりうって顔面から大きな音と共に床に突っ込んでいった。マコトは反射的に身をすくめてしまう。

床の上に倒れた彼女が硬直したように動かないのを見て、マコトは恐る恐る近寄っていって話しかけてみた。


「……あの、大丈夫?」

「躯体損傷率、0.2パーセント未満。活動継続に支障なし」

今の今までコードに絡まり無様な体勢で倒れていたのに、何の前触れもなく顔を上げて、淡白に現状報告してくるメイドロボット。顔色一つ変える気配がない。傍から見るとかなり痛そうだったが。


「引き続き除染を継続。はい、問題ありませんマコト」

「あー、ならいいんだけど……」


対してマコトは安堵すべき場面にも拘わらず、むしろ反応に困った様な顔を浮かべていた。最後の返事の取ってつけた感が凄かったのもあるが、そもそも彼女が地下室から逃げ出したマコトを追って地上に出てきた時点で、マコトは一瞬死を覚悟した程である。

ところが実際は、邸内の様子を確かめるなり一人で唐突に大掃除を開始してしまった。何が何だか分からないで成り行きを見守る羽目になったマコトは、拍子抜けのあまり逃亡中であるのをすっかり忘れる始末だった。


「もう一度訊きたいんだけどさ、キミは一体誰なの?」

メイドロボットが、無言のまま姉とそっくりな顔でマコトを見つめ返した。やはりポーカーフェイスで、何を考えているか読み取れない。

「どうしてあんなところに眠ってたの!? それに、その顔とか見た目とか……ボクにも分かるように説明してくれ!」

彼女はゆっくり立ち上がると、マコトと正面から向かい合うように言った。


「私は、汎用型メイドロイド試作一号機……コードネームは『ケイ』です」

「メイドロイド……ケイ? そのつまり、キミはメイドロボットなんだね?」

「メイ……ド……?」

「だってメイド服着てるじゃないか。起きて早々家の掃除とか始めちゃって」

首を傾げてオウム返しするケイに、マコトは若干早口でそう告げる。


「おまけにメイドロイドって。これでメイドじゃなかったら何なのさ」

「……なるほど、確かに私は女中・使用人といった意味での『メイド』概念に当てはまる存在ですね。では、私はメイドになります、マコト」

「とにかく、キミはメイドロボットってことでいいね」

段々イライラしてきそうだったが、この場は話を先に進めることが大事だと自分に言い聞かせて我慢するマコト。


「開発したのはボクの……つまり五十嵐マコトの、父さんと母さんなの?」

「…………」

「…………もしもし?」

「エラー」


ケイを名乗るメイドロボットの挙動が、途端に停止した。

硬直したまま、棒の様に横倒しになると廊下の壁面に側頭部を叩きつける。マコトが驚いて仰け反ると、その反応を待っていたかのようにたちまちケイは起き上がった。


「急にどうした!?」

「申し訳ありません。当該項目へのアクセスを試行しましたところ、拒否されました。開発者情報は閲覧不能となっており、エラーが生じています」

「……じゃあさ、キミがボクの姉ちゃんだっていうのはどういう訳?」

質問を変えてみるマコト。だがやはり、答えないし表情も変わらないケイ。それどころか、視線が宙を舞っているようにさえ感じられる。


「……おーい」

「エラー」

またしてもケイの挙動が停止する。再び棒の体勢で壁に倒れ掛かり、ゴツンと鈍くて硬い音を立てる。慌てて身を引きながら、マコトは抗議した。


「さっきから危ないな!?」

「申し訳ありません。当該項目もアクセスが禁止されている模様で、エラーが生じています」

「要するに、何も分からないってこと?」


「現在分かっている情報は次の二点になります。私はマコトのメイドであると同時にお姉ちゃんであるということ。そして私は、マコトと常に行動を共にしその生命と安全を最優先とすること。なお、開発者がこの情報をメモリー内に搭載した意図については、現在アクセス権限が」

「うん、だから要するに何も分からないんだね」

「何も、というのは正確ではありません。私はマコトのメイドであると同時にお姉ちゃんです。開発者がこの情報をメモリー内――」


「……あの」

「エラー」

やっぱりというべきか、三度硬直して壁に向かって倒れるケイ。


しかも今度は、グシャッという嫌な音まで聞こえる始末。だが潰れたのは、ケイの頭ではない。何度も同じ場所に衝突し続けたので建材が疲労しとうとう壁に穴が空いてしまったのだ。念のため補足しておくと、ロボットの身体は人間よりも遥かに頑丈で重たい。

メイド服の姉が廊下の壁に斜めに寄り掛かり、頭だけをめり込ませた体勢で固まっているというシュールな光景。ケイのみならず、マコトの表情まで無になりそうだった。


「……もしかして、DR技研で開発してた新型ロボットなのか?」


ケイが掃除に熱中している間、マコトは父の私室を念入りに調べておいた。どうやら写真立てにスイッチが仕込まれており、それを倒すと隠し通路が出現する仕掛けだったらしいことまでは突き止めた。マコトが机上を薙ぎ払った際偶然にもそれがオンになっていたのだ。

マコトはいつものクセで、口元に手を当てブツブツ呟くように思考した。


「案外、ディアーロイドよりも前の試作機とか……? どっち道、作ったのは父さんと母さんなんだろうけど。それにしたって……」

「どうかしましたか、マコト」

いつの間にか、何事も無かった様な顔をして立ち上がったケイが、マコトの顔を覗き込みながら訊ねてくる。本当に眉ひとつ動く気配がない。

ハァ、と思わずため息が漏れるマコト。


「なんで寄りにも寄って、見た目が珪子姉ちゃんそっくりなんだよ……心臓が止まるかと思ったじゃないか。しかもメイド服って、意味が分からない」

ひとしきり愚痴った直後、マコトの腹の虫が大きな音を立てた。

バツの悪そうな顔になって、自分の腹を手で押さえるマコト。思い返せば、朝から何も口にしていなかった。

「除染モード、一時中断」

するとケイがいきなり口を開いた。


「マコトの健康に悪影響が発生する可能性、大。調理モードに移行します」

「は?」

掃除用具を廊下の隅に寄せたケイを見て、マコトは目を丸くした。

続けて彼女は、さも当然のことのように宣言する。


「少々遅いですが、昼食の準備を開始します」


* * *


いつの間に着手したのやら、やって来てみればキッチンもそのカウンターもピカピカに磨き上げられていた。マコトが放っぽらかしておいた山盛りの食器など影も形もない。一つ残らず驚きの白さで棚に収まっていた。


その奥ではケイが、黄色いとき卵をフライパンで順調に半熟に仕立て上げていた。流体から半固形への相転移。油が加熱し弾ける音。鼻孔を突く香ばしい匂い。そして何よりも白エプロンのメイドが、掃除時を遥かに上回る鋭い動作で調理器具を駆使する視覚的な楽しさ。五感の全てを刺激するような一連のプロセスに、マコトの唾液分泌が密かに増進される。連動する様に胃が収縮してキリキリと心地よい痛みを訴えた。


「キミ……料理まで出来るんだね」

「和食・洋食・中華……そのほか、全部で数十パターンの料理メニューが標準搭載されています」

「ふうん……今は何作ってるの?」

「正式名称、和製洋食オムレット・ライス……通称オムライスになります」

「最初からオムライスって言えばいいじゃないか」


マコトはテーブルに肘をついて仏頂面で訊ねてみたが、返答する間もケイはこちらを一切振り返らず、料理の手も休めることが無かった。別にいいけどと誰にでもなく内心で言い訳をしつつ、マコトは微妙に面白くないものを感じていた。

「お待たせしました、完成です」


ケイは丸い銀トレイを手に取るとオムライスの皿を乗せ、流れる様な動きでカウンターを出てこちらにやってきた。こんなトレイあったかなと思いきや、マコトはすぐにそれがDR技研から広報目的で販売されている、特殊合金製の公式グッズだと気が付いた。

ディアーロイドなどのロボット全般に使用されているのと同じ素材であり、こうしたミニグッズ生産は技研では珍しくない。確か他にティーセットなどもあったハズだ。父親が時々、そうしたグッズを貰ってきてキッチンの奥に溜め込んでいたことをマコトは唐突に思い出した。


「どうぞ、お召し上がりください」

「うん……」

「どうなさいました、マコト。お体の具合でも?」

「いや……そういう、訳じゃ……」


眼前の出来立てほかほかオムライスは、見た目だけなら掛け値なしに美味しそうだ。しかし、だからこそマコトは反応に困る。言い添えておくがマコトが微妙な顔をするのは、何もオムライスの上にご丁寧に赤いケチャップでハート形が描かれているからだとか、そんな理由ではない。無論、忘れずにちゃんと描かれてはいるのだが。


マコトは今、絶賛ロボット不信継続中。喫茶店でそうだったように、相手が誰だろうと極力、ロボットが作った料理など口に入れたくないのだ。ましてやケイのような得体の知れないロボットの作ったものは。だが一連の動きを監視していて、特に変なものを混ぜていた気配もなかった。


どうしようか決められずケイの様子をそれとなく窺っていたところ、不意に彼女が屈みこんできた。殆んど吐息のかかりそうな距離に、姉そっくりの顔がある。驚いたマコトが抵抗する暇も与えず、ケイは己の額をぴたりとマコトの額に触れさせてきた。


ひんやりした感覚と同時に、カアッと熱い何かが込み上げてくる。マコトは心臓が爆発するかと思い、慌てふためくように椅子から飛び退いた。


「な、ななな、急に何すんだよッ!?」

「体温測定……三十六度五分。平熱よりも上昇気味」

「た、体温測定ぃっ?」

「健康状態に大きな問題はないようですね、マコト」


声が裏返ってしまったことには特に触れず、ケイはそう言ってきた。

動揺を隠せず、マコトの目はそれから少しの間キョロキョロと中空を泳いでいた。しかも追い打ちをかける様に、ケイはそんなマコトの姿をキョトン顔で見つめてくる。


「……マコト?」

「ああもう分かったよ、食べる! 食べればいいんだろ!?」

マコトは乱暴に座り直すと眼前の皿を引っ掴み、動揺を誤魔化す目的もあり半ばやけ気味になりオムライスを掻っ込んだ。ひと口、ふた口、み口。咀嚼しその味を噛みしめるにつれ、マコトは次第に苦い顔をし始める。


「如何ですかマコト、オムライスの味は」

「……不味い」

「は……?」

「何というか、ただ普通に不味い」


漫画などでたまに登場する、化学兵器同然とかそういう次元ではないのだ。本当に単純に、口の中で不協和音が起きている感覚。一般家庭で充分に再現が可能なレベルの不味さであった。

もしや、と手にしたスプーンでオムライスを掻き分け、白米の状態を確認してみてようやくマコトは合点の行った表情になる。


「これだ……ご飯がちゃんと炊けてないんだ。芯の固いやつが、まだいっぱい残ってるんだよ。誰でもやらかす初歩的なミスだ」

「不可解ですね。確かに手順にのっとって、白米を三合分炊飯したのですが」

「水は多めにした?」

「三合の白米を炊くのですから、炊飯器内に刻印された目盛りにのっとって」

「違う違う、ウチにあったのって無洗米だから。無洗米は実際の目盛りよりも多めに水を入れて、少し漬けっぱなしにでもしないと、お米に水が浸透しないから上手く炊けない――」

「原因解明…………美味しくなる呪文です」

「――は!?」


マコトは今度こそ、信じられないものを見る眼差しをケイに向ける

それなのに当人は、大発見! と言わんばかりに真顔で両手を打ち合わせ、頭上に豆電球さえ浮かべていた。

「メイドの料理は、最後のトッピングに美味しくなる呪文が必要不可欠、との解析が出ています。それを欠いたため、風味が半減したものと推察されます」

「いや、いや、いや、あれは単なる――」

「美味しくなあれ美味しくなあれ、萌え萌えきゅん」

「…………」

「…………」


ただひたすら無表情に、手で作ったハートを胸元で演出し、感情のない声で安い呪文を唱えるケイ。マコトの心に隙間風が吹き抜ける。マコトの十四年の人生でも三本の指に入るかというレベルの痛々しい沈黙だった。

「……マコト?」

「そうだちょっと夕飯のおかず買って来てよ」


強引にでも会話を打ち切るべきだと判断し、マコトは棒読みも気にせずそれだけ言うとキッチンにあったメモ用紙を手に取った。あまり深く考えることもなく、思いついた材料を片っ端から適当に書き込む。

要するに、何でもいいから用事を言いつけ外出させればよいのだ。その後は帰って来ても中に入れず、締め出してしまえば事は済む。


「お金を渡すからさ、南区六丁目にあるデパート・ミシオまで歩いて行って、ちょっと買ってきてくれ。これ、メモね」

「分かりました。では、マコトも同伴をお願いします」

「え、やだよ。ボクは家にいるから。お使いぐらいは出来るでしょ? 一人でお願い。はい、これ必要なお金」

「…………」

「…………何してんの?」

「ギギギギギギギギギギ」

「大丈夫か!?」


マコトが不審な目を向ける前で突然、ケイの動作が全身の関節が錆びついたような角ばったものに変わった。手を出したり引っ込めたり、体を左右に回転させたり、とにかく無茶苦茶極まりない。


「最優先事項、マコトと行動を共にすること。最新命令、マコトを残して南区六丁目まで外出すること。最優先事項、マコトと行動を共にすること。最新命令、マコトを残して南区六丁目まで外出すること。最優先事項、マコトと行動を共にすること。最新命令、マコトを残して南区六丁目まで外出すること。最優先最新命令最優先最新命令最優先最新命令最優先最新命令エラー」


意味不明な言動をリピートしまくった挙句コマのようにグルグルと回転してひっくり返ったケイは、背後の壁に頭から斜めに突き刺さり停止した。さっきから一体何度この家はケイの攻撃を受けただろうか。

呆れ顔をしていたマコトだが、今がチャンスであるのに遅れて気が付いた。すかさずキッチンを飛び出すと玄関に駆け込み、扉を開け放つ。色々な意味でもうこれ以上、ケイと同じ空間にいるのが耐えられそうになかった。


傘は大半が古くなっていたためか、ケイが処分してしまったらしい。外出すると濡れてしまうがこの際構うものかと思った。雨足に一時ほどの勢いはなく小さな粒が舞っている程度だった。

ケイを置き去りにし、マコトは逃げ出すように自宅を後にした。


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