第02話「謎のニューヒロイン!」(2/4)
灰色の雷雨の奥に灯りもなくそびえ立つ五十嵐邸は、立方体を組み合わせたその形状も相俟って、さながら巨大な墓標のようだった。
マコトの両親の死去以来、五十嵐邸内は殆んどゴミ屋敷同然になっていた。薄暗い廊下や部屋のあちこちにゴミ袋や本の山、既に枯れた大きな花束などが散乱してそのままになっている。そんな中、マコトは父親の私室だった場所に足を踏み入れていた。
「……どうしてみんな、死んじゃったんだよ」
壁いっぱいには棚が広がり、一部の隙もなく紙の書籍が詰め込まれている。マコトの父は終生紙媒体を好んでいた。持ち主の消え去った蔵書に囲まれただ一人佇むマコトは、ついこの間まで父親の使っていた仕事机に近づき、そこにあった写真立てを手に取ってじっと眺めた。
数年前、姉が事故死する直前に偶然行った、最後の家族旅行にて撮影されたものである。父と母、そして姉の珪子にマコトを加えた四人が遊園地を背景に肩を寄せ合っている。たった数年でマコト以外が全員他界してしまうなどとは夢にも思っていなかったが……。
次第にさっきのカオルとの会話が甦ってきた。思えばなんと子供染みた八つ当たりをしたことか。腹立たしいやら、悔しいやら、妬ましいやらで、マコトは気が付けば、正に駄々っ子の様な喚き声を上げて、机上の写真全てを乱暴に薙ぎ払っていた。脆い木枠と薄いガラス板がぶつかって、割れる弱々しい音が何層分にも重なって雨音の中に消える。
「……ボクは一体、何をやってるんだよ……ッ!」
みっともなく肩を震わせ、鼻をすする音が薄暗闇の部屋を満たす。
バタン! 突如背後で物音がして、マコトは反射的に振り返った。
マコトの視線の先で、入室時に開けっ放しにしておいた部屋のドアがひとりでにピッタリ閉じていた。空調は停めてあったから隙間風という可能性はまず考えられず、マコトは不可解に思いドアのところまで赴いてみた。
「あ、あれっ? なんでだろう……開かなくなってる……」
ノブをガチャガチャ回して幾度となく内や外に動かしてみるが、さっきまで普通に開閉出来ていたハズのドアは、何故か急に接着されたように微動だにしなくなっている。若干焦り始めていると、今度はギイイイと古い扉の軋むような音が部屋の反対側から聞こえてきて、マコトは思わず硬直した。
恐る恐るマコトが振り返ってみると、すぐ恐怖よりも驚きが勝った。
部屋にあった本棚の一角が奥に向かって開き、見たこともない謎の通路への入り口、すなわち隠し扉が出現していたのだ。様子を伺うように近寄って覗き込むと、センサーが作動したらしく真っ暗な通路に白色光がともった。
それは、地下へ向かって一直線に伸びていく階段だった。
* * *
「……ここ一体、何処なんだ?」
靴下越しの足裏にひんやりとした硬い感触を覚えながら、地の底に隠された通路を四、五十メートルも歩くと、ようやく開けた場所へと出た。分かれ道もなくひたすら一直線になっていたため、一応迷う心配はなかった。
マコトが辿り着いたのは、四方を打ちっぱなしのコンクリート壁と、居並ぶ無数のコンピューター類に囲まれた大きな地下施設であった。
通路から漏れてくる薄明りしかない状態だったが、それでも何かしらの研究施設というのはひと目で分かった。大半のコンピューターは通電を示す微弱なランプが点滅していたものの、本格的に稼働している様子はない。
その時、頭上から何か妙に神秘的なメロディーが聞こえてきた。大勢の人の歌声のように聞こえる。その調べに、マコトは何処か非常に聞き覚えがあったような気がした。たしか幼い頃、両親と一緒の記憶の中に。
そう、讃美歌である。マコトはハッとした。
「……もしかしてここ、中央教会の真下か!?」
五十嵐家、つまりマコトの父の家系は半世紀前からこの一帯の名士だったと聞いたことがある。やはり若いうちに両親と死に別れ、土地や財産を相続した父は、ロボットシティ建設の第一歩としてそうした土地の大半を介護や保育、更には宗教関連の施設などに格安で売却し誘致を図ったらしい。
そうした施設のひとつが、五十嵐家もよく通っていたロボットシティ中央教会なのだが、どうやら教会建設以前に父親が設置した古い研究施設がそのまま残されていたようだ。その日は平日だったが、マコトの記憶通りなら中央教会ではお昼からミサが開催されているハズで、聞こえる讃美歌は礼拝堂で教会員たちの歌っているものだろう。
歴史を秘めた空間との邂逅に感慨を覚えつつも、マコトはひとまずは施設の全容を確かめることを優先した。入口周辺の壁面を手さぐりしてみると、電源スイッチのようなものが見つかったため、一瞬躊躇しながらもマコトはそれをオンにした。
たちまち、視界に入っていたコンピューターの全てがうなりを上げ始めた。真っ暗だったモニターに次々と明かりがつき、本体内のLEDが七色に点灯、まるで施設全体の覚醒が視覚化されたかのように、あらゆる機器類が自ら放つ光によってライトアップされていく。
その時、マコトは施設の最奥部に妙な長方形の台が横たわっているのに気が付いた。ロボット病院などに置かれている、機体を固定するための手術ブースに似ている。しかもそこには、実際に人影のようなものが見とめられた。
「なんだろう……開発が中断したままのロボット……?」
謎の人影が固定されている暗がりにマコトが近づいてみようとした時、機能覚醒を示すLEDの点灯が遂にブース周辺に達し、次の瞬間には破裂音と共にブースで猛烈な火花が弾け飛んだ。
「うわあっ!?」
間抜けな叫び声を上げ、ひっくり返ってしまうマコト。
呆然と成り行きを見守っていると、やがてブースの端がせり上がっていき、横たわっていた人影はガシャンと音を立てて自らの足で施設の床に着地した。ふたつの瞳が、起動を報せる様にカッと青く発光する。
ブースを離れたロボットは一直線にマコトの元へと歩み寄ってくると、目の前で急に立ち止まって言った。
「――お怪我はありませんか、マコト」
「……どうして、ボクの名前を」
マコトは訊ねてから思わず、謎のロボットの姿を上から下まで眺めまわす。一見すると、白と黒のドレスを着ているようだった。だがそれはよく見ると、ワンピースにエプロンを纏った姿であり、クラシックなスタイルの外国メイドそのものだった。その胸元には膨らみがあり、楚々とした挙動で、銀色の髪を静かに揺らしている。
メイドの格好をした、少女型ロボットなのだ。
「もうずっとずっと、長い間マコトの無事だけを祈っていました。けれど安心しました。これからはいつでもマコトと一緒にいられます。貴方を傍で見守ることが出来ます」
「あの、誰なの?」
いきなりそう言われても、マコトは戸惑うことしか出来ない。
「マコトは私の弟。弟を助けるのが私の使命」
「だから、キミはそもそも誰なん――」
言いかけてから、マコトは驚愕のあまり息が止まりそうになった。
機器類の光で照らし出されたその容姿が、彼の身近な人物にとてもよく似ているのに気付いたのだ。メイド服を纏っているというそれ以外は何もかもが、父の部屋にあった写真と瓜二つ。
「嘘だ、ろ……ねえ……ちゃん……!?」
「はい、私はマコトのお姉ちゃん。貴方が私の弟、五十嵐マコトですね?」
思えばまったく抑揚のない、無感情な声だった。
ポーカーフェイスで、形だけでも可愛らしさを表現しようとするかのように小首を傾げる、五十嵐珪子の顔をしたメイドロボット。その姿が、暗闇の中に浮かび上がっている。
三年前に死んだ姉の亡霊が、マコトの目の前に立っていた。
マコトの悲鳴が地下室いっぱいに響き渡った。




