第01話「出現、アイアン・メイデン!」(4/4)
カラスの鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
マコトがようやく気が付いたその時、彼はケイの背中の上で揺られていた。顔を上げるとそこは、昼間に誘拐現場となった団地近くの坂道だった。今や、ケイのメイド服共々すっかり夕焼け色に染まっている。
全身に伝わる柔らかな感触と、ほのかな温もり、匂い。その正体をマコトが知った瞬間、元はオレンジ色だった顔がカアッと別の色へ変化していく。
「け、ケイ……」
「気が付きましたか、マコト。今日はよく一人で頑張りましたね」
「う、うん……それはいいんだけどさ、これじゃまるで小さい子供……」
「今日の晩ご飯は……マコトの大好きなカレーに致しましょう。頭部に銃撃を受けたお陰で、飛んでいた記憶が甦りました。もう紅茶とクッキーばかり食べなくても宜しいのですよ」
「……恥ずかしいから下ろしてよ。流石にもう自分で歩けるから……」
「いや、カレーではなく肉じゃがでしょうか? あるいはオムライス……」
「自分で歩けるから、下ろして!」
「いや、やはりカレーライスですね。無事のお祝いは大好物が一番です」
この時点で、マコトは抵抗を諦めた。実際その気力もなかったのだ。溜息と共にケイの背中に顔を埋める。悔しいことだが、本当に妙に温かくて、そして心地よかった。
「……今日は本当にごめん」
「私がマコトを助けるのは、当然のことです」
躊躇の欠片も見せること無く、ケイはそう言い切ってみせた。
「私は、マコトのメイドであり……そしてまた、お姉ちゃんでもあるのです。お姉ちゃんが弟を助けるのに理由は要らないと、再三申し上げている筈です」
「だッ……、誰がお姉ちゃんだ!」
動揺するマコトは今度こそ上体を起こしてケイの背から降りようとするが、どうにも力が入らず思うようにいかない。だからせめて、声だけでも精一杯の抗議の意を示す。
「何度も言ってるだろ、ボクはまだ認めたつもりないんだからな!」
「まだということは、いずれ認める余地があるということです。お姉ちゃんは嬉しいです……また一歩、五十嵐珪子に近づけたのでしょうか」
「……う、うるさい……うるさい……!」
マコトは我慢しきれずに、真っ赤になった顔を誰かに見られないよう小さく俯いた。これだから毎回調子が狂ってしまうのだ。
そう、ケイは数年前に亡くなったマコトの実の姉――五十嵐珪子に瓜二つな容姿をしていた。その事実が彼に、この献身的なメイドロボットに対し素直に振舞うことを拒絶させているのである。
「見てくださいマコト、夕日が夜空の星々と共演しています」
マコトの気も知らず、ケイは呑気に星空など眺めはじめた。
「貴重なひと時です。あちらでは、月の近くに宵の明星が輝いています」
「……ふん」
「月がきれいですね」
「……は!?」
「あ、失礼しました。月『も』きれい、ですね」
「やっぱりワザとやってるだろ!?」
「すみません、聞き取れませんでした」
「ああああもうこのポンコツアホメイド――――ッ!」
「ツンデレですね、マコト」
「うるさ――――い!」
いつまでも賑やかなふたりを、天に輝く星々が温かい目で見守っている。
これから語られるのは、このちょっと風変わりな街を舞台に繰り広げられる姉と弟、少女と少年の心のドラマである。
そのはじまりは数週間前へと遡る……。




