最終話「大決戦! メイドロイドよ永遠に」(3/4)
「この際だから言っておくけどね……きみと違って珪子は、ぼくがロボットであるという事実を知っていたのさ。それも、ずっとずっと昔からね」
マコトは雷に打たれた気分だった。
その顔を見たルーシィが、心から馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
自分は、ルーシィのことを見てきたつもりでいて、実際は本当のことを何も知らなかったのだ。それどころか、真実から最も遠い場所にいた。生みの親である両親は勿論、姉の珪子までも知っていたのに。マコトだけがずっと蚊帳の外に置かれていたのだ。
「彼女はぼくに、人間と一切変わらない態度で接してくれた。誰にも言えないぼくの悩みや苦しみを受け止めて、唯一ぼくの友達になってくれたんだよ……それなのに……それなのにそれなのにッ!」
ルーシィが拳を繰り返し叩きつけると、分厚い強化ガラスがひび割れ蜘蛛の巣状になる。人間の力では到底ない。マコトは座り込んだままで後ずさろうとしたが、力が思うように入らず何度も足を空回りさせた。
「どうでもいいきみなんかの身代わりで、珪子は死んでしまった! 本来ならメイドロイド一号機に組み込む魂は、きみのものになるハズだったんだ!」
「…………えっ…………あの、それって」
「本ッ当に察しの悪いガキだなぁ、きみは! 珪子が死ぬことになったあの日……きみが轢かれかけたあのトラックは、ぼくが差し向けたんだよ! きみを殺してその魂を奪い、実験材料として利用するためにねぇ!」
ヒュッと息の止まる音がした。
何かの聞き間違いであると、マコトはそう思いたかった。
「……嘘ですよ」
「いいや、嘘じゃないね」
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……嘘だって言って下さい!」
「だから嘘じゃないって言ってるだろ! なんで現実を直視しないかなぁ!?」
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
気が付けばマコトは、自分の両耳を押さえて絶叫していた。殆んど無意識の行動だった。頭が割れそうなぐらいに痛かった。
マコトの中で、あの日の出来事がフラッシュバックする。いきなりマコトを突き飛ばした珪子がホッとしたような笑みを浮かべながら、目の前でトラックに撥ねられた瞬間が。世界のすべてが崩れ去っていくような気がした。
「ホント、見苦しいったらないね」
せせら笑うようなルーシィの声が何処か遠くの方から聞こえてくる。
「結局ね、きみの本質はあの両親と同じだ! そうやって、都合の悪い現実は見ないフリしなくちゃ生きていけない、下らない無価値な人間だよ! なのになぜ……きみではなく珪子だったんだ!?」
「あ……あ……あ……」
「きみの罪はそれだけじゃない。あの後……ぼくは珪子を救おうとした。死の間際にあった珪子の魂を取り出し、メイドロイドの体に移し替え、何とか彼女を甦らせるのに成功した! ところが、そうして甦った彼女は……珪子は……壊れてしまっていた……」
その時初めて、ルーシィの声に後悔の念の様なものが混じった。
「まったく笑えない話さ……あれ程仲が悪く、お互いに嫌いで仕方がなかったハズなのに。ぼくが取り出した珪子の魂にはね、マコト……きみを助けたいという死の直前の思念が強烈に焼きついてしまっていたのさ。お陰で彼女は元の記憶や人格を失っても尚、きみのことだけは覚えていた。きみへの未練だけで動き続ける、哀れな亡霊に成り果ててしまっていた!」
「珪子……姉ちゃんが……」
「分かるかい、マコト? 珪子が死んだのはきみの所為なんだよ……あらゆる意味で彼女を殺し、永遠に失わせてしまったのはマコト、きみに全ての責任があるんだよォッ!」
「……悪魔」
マコトは思わずそう呟いていた。妬みと憎しみと逆恨みに憑りつかれ、顔を醜く歪ませた目の前の女性。ずっと好きで、憧れてきたハズの女性。それが、今や怪物の本性を表している。彼女を評せる言葉はそれ以外なかった。
「アナタは……悪魔だ……ルーシィねえさん……!」
「ほうら、見たことか。やっぱり本音が出た」
しかしルーシィは動じるどころか、却って嘲笑を強めた様な節さえあった。珪子について語っていた時に垣間見えた後悔の念らしきものは、既に影も形もなくなっている。
「あの両親もここへ来て、メイドロイドになった珪子を見た瞬間、ぼくにそう言い放ったよ。悪魔ってね。結局きみたちはさ、自分に都合のいいぼくにしか興味がなかったってことじゃないのかい?」
マコトは絶句する。返すべき言葉が見つからなかった。
「まあ、察しはついていたよ。何せ口癖だったろ? 『神なき知恵は知恵ある悪魔を作る』って。あれはぼくのことさ。彼らはぼくを生んだことを後悔し、恐れていた。だからワザワザ人工知能をダウングレードして、ディアーロイドみたいなお人形同然のロボットばかり作ろうとしたのさ。それでぼくを生んだ事実が消える訳じゃないのにね……お笑い草だよ」
「……父さんと母さんを殺したのも、アナタだったんですね……!?」
「殺した? 人聞きが悪いねぇ……ただのお人形遊びさ。ぼくの頭脳から出る電磁波はね、この街のディアーロイド全てを操れてしまうんだよ。大体、親が子供の遊びに付き合ってくれるのは当然だと思うけどねぇ」
「人の……人の命を次から次へと奪っていくのが、遊びなんですか!?」
「黙れよ。何も知らないクセに被害者面しやがって」
ルーシィの表情が、再び氷のような冷たさを帯びる。
「彼らはぼくの一番の宝物を……メイドロイドになった珪子を、ぼくに無断で持ち去ったんだ。万が一に備えてか、この三年間の記憶の全てをフォーマットするというおまけ付きでね。とはいえ、それだけは正直感謝してるよ。お陰でぼくも、踏ん切りがついた……あれはもう珪子じゃない。メイドロイド・ケイ……空っぽで価値が無い人形だよ!」
突然、ルーシィの掌から音を立てて放電現象が生じた。
マコトは声にならない声を上げ逃げ出そうとするが、それより早くルーシィが飛び掛かってきて、マコトの首を絞めて固い床に叩きつける。後頭部の鈍い痛みと息の出来ない苦しさが殆ど同時に襲って来た。
「悪魔だって? 上等じゃないか! ぼくは天国の奴隷であるよりも、いっそ地獄の支配者をやっていた方が幸せなんだ! ぼくをそんな風にさせたのは、きみたち自身……奴隷が欲しいだけの選民主義者どもだよ!」
物凄い力だった。首の周囲が焼けるように熱い。何とか引き剥がそうとするものの上手く力が入らず、指先が何度も空を切る。マコトの瞳に、ルーシィのニタニタ笑いが焼きついた。脳の一番内側から真っ白くて冷たいものが一気に広がっていく。意識が遠のいていく。
「ご……め……なさ……ねえちゃ……」
「バイバイ、マコト……♪」
異常なほど冷たく、しかし喜色に満ちたルーシィの声。消えかかった世界の中で、最後に走馬灯代わりに見えたのは、身を挺してでも自分を守ろうとしてくれた大切な姉の姿だった。
その時背後でガラスの砕け散る音がして、銀色の円盤が飛んできて壁に突き刺さった。ルーシィの腕の力が微かに緩み、そちら側を振り返る。
一瞬遅れてフッと周囲が暗くなり、一番近くの窓をぶち破って、メイド服を纏った鋼鉄の乙女が舞い込んできた。
「マコト――――――――ッ!」
それは初めて耳にする、ケイの絶叫だった。
着地とほぼ同時にルーシィの横面を殴り飛ばし、馬乗りされていたマコトを解放する。窒息から解き放たれ、唐突に呼吸が再開したマコトは乾いた喘ぎのような声を上げた。
ルーシィが部屋の向こう側に吹っ飛んでいったが、ケイは完全にその存在を無視し、倒れたままのマコトを信じられないぐらい優しい動作で抱き起こす。その喉元にはルーシィの手形がアザの様にクッキリと残っていた。
マコトは意識が判然としなかった。ぼやけた視界の中、手探りでケイの顔にようやく触れ、目の淵から自然と涙が零れる。
「…………来て、くれた…………の…………?」
「当たり前のことです」
ケイは優しく、同時に力強くマコトの手を握りしめて頷いた。彼女は、すぐ背後でルーシィが立ち上がったのを察知し、マコトを地面に降ろしてすっくと立ち上がると、敵と対峙しファイティングポーズをとった。
「私は、メイドロイド・ケイ……マコトのメイドであり、そして……マコトの本当のお姉ちゃんです!」
それは今度こそ少年の盾となり、敵を真っ向から迎え撃たんという不退転の決意の表明であった。その瞳にもはや、迷いはない。
「くくくくっ……待っていたよ、ケイ……きみがやって来るのをさ!」
よろめく様にして立ち上がったルーシィだが、見た目ほどダメージは大きくなかったらしく、その邪悪な笑みは崩れる気配がなかった。いやそれどころかケイに向けられる眼差しは、ともすればマコトへのそれより一層複雑な感情を孕むように歪んでいた。
「とはいえ、実に中途半端なご到着じゃないか……もう少し早ければマコトは死にかけずに済んだ……逆にもう少し遅ければマコトはあの世行き……そうか分かったぞ! 本当はきみもマコトなんか死ねばいいと――」
ケイは何も言わずルーシィ目掛けて突撃すると、その顔面に拳をめり込ませ強引に床に叩き伏せた。極めて直線的かつ、力任せの一撃だった。
「……これは、マコトの分」
ケイは壁に刺さったトレイを引き抜くと、全身で大きく回転をつけ円盤投げのように投擲。再び立ち上がったばかりのルーシィの頸椎付近へと直撃させ、跳ね返ってきたトレイを掴まえる。
「……これは、私自身の分」
「あはっ、ははっ、もしかして図星かい!? 感情的とは、らしくないねぇ!」
トレイが直撃した衝撃でぐらつき、大きく背骨を反り返らせていたルーシィだが、全身を軋ませるようにして平然と前傾姿勢に逆戻り。まだ笑顔の絶える気配は感じられない。
「それとも従順なワンコの血が騒いだかい。実に見事な人形っぷり――」
言い終えるのも待たず飛び掛かり、鋭い空中回し蹴りを見舞うケイ。頭から横っ面に吹っ飛び、ルーシィの身体が離れた床の上を跳ねて行った。
「……これは、私たちの両親の分」
そのまま華麗に着地し、ケイは両脚から二門のレーザー砲を飛び出させる。遠くのルーシィ目掛け雨あられと熱光線が射出され、咄嗟に防御態勢をとった彼女の両腕の人工皮膚が焼けただれていった。
「……これは、貴方に殺された街の人々の分。そしてこれが――」
何処からともなくケイは合金製ポットガンを取り出す。その照準は真っ直ぐルーシィへと合わされている。
「――他ならぬ、五十嵐珪子の分です」
「きみなんかが、珪子の名前を口にするなァッ!」
その時ルーシィが、初めてケイに対して激情を露わにした。
「出来損ないの模造品のクセに! 珪子の気持ちはぼくが誰より知ってるんだ……あの珪子がぼくより、マコトなんかを選ぶ訳ないだろォッ!」
「現実から目を逸らすのは、おやめください」
言うと同時に、プラズマエネルギーのポットガンへの充填が完了する。
「珪子がマコトを想ったからこそ、今ここに私がいるのです」
ポットガン先端からプラズマ弾が撃ち出され、ルーシィを直撃する。爆発に飲まれた彼女は吹っ飛んで壁を貫通し、音を立て崩れ落ちる建材に埋まって、あっという間に見えなくなってしまった。
一方、ケイの猛撃の合間によろめきつつも立ち上がったマコトは、メイド服に縋りつく様な形で彼女の傍へと歩み寄る。舞い上がる粉塵で部屋の向こうはすっかり覆い隠されていたが、ケイの視線は絶えずルーシィの消えた方角を捉えて離さなかった。
「やったね、ケイ……やっつけ……た……?」
「――ッ! 危ない、マコト!」
ケイが何かに気が付き、咄嗟にマコトを横向きに突き飛ばす。
刹那、紫色の閃光が周囲の粉塵を吸い寄せるようにして部屋の中心部を走り抜ける。マコトを庇ったケイの身体を瞬時に稲妻が貫通し、その全身の関節部から一斉に火花が噴き出した。思わず膝をついたケイの足元に、粉々に砕けたポットガンの残骸が落下して飛び散る。
「……望むところさ。そんなに言うなら、とことん相手してあげるよ、ケイ」
マコトはケイと、声のした方向とを交互に見る。
穿たれた大穴をまたぎ越し、壁の向こう側からルーシィが戻ってきた。その両掌は無数の小さな稲妻を纏っている。今のは彼女の攻撃だったのだ。
「……ルーシィ飛鳥、貴女は自身の体にまで戦闘機能を」
「品のない連中と交渉事をするには、それなりに備えが必要でねぇ」
ルーシィは、語りたくて堪らないといった顔をしていた。
「これはその一つ……テスラコイルを応用した、超高出力の放電システムさ。物事を外見ばかりで判断する馬鹿を黒コゲにするのは、実に愉快なものだよ。ぼくの体はきみと同じぐらい、高等技術の結晶なのさ!」
「マコト、今すぐここを離れてください」
ケイは有無を言わさぬ口調で、呆然としたままのマコトに告げる。
「隠れるだけでは不十分です。建物を出て、周辺を封鎖しているハズの警察に保護して貰って下さい。彼女は、私がここで食い止めます……最悪、相打ちになってでも」
「そ、そんな……そんなのって……!」
「伏せて!」
駆け寄ってきたケイが、庇うようにマコトを乱暴に抱きとめる。
直後、今度は部屋いっぱいに紫電が迸り、床といい壁といい攻撃の着弾したそこかしこから火花が飛び散った。ケイの人工皮膚の焼け焦げる嫌な臭いが、マコトの元にも漂ってくる。
「彼女の身を案じるならさ、きみが早いとこ死ねばいいだろマコト?」
ルーシィの酷薄な台詞がマコトの耳に突き刺さる。
「大事なものってのは……失えばもう、それまでなんだからさァッ!」
「……ケイ!?」
次の電撃が放たれようとしたその瞬間、マコトを残して立ち上がったケイがルーシィ目掛け突貫した。雨あられと降り注ぐ紫電を真っ向からかいくぐって敵に飛びつくと、窓ガラスを粉々に砕いて空中に踊り出す。
ケイとルーシィは揉み合いになりながら階下へと落下していった。マコトは吹き込む風雨に怯みつつも、どうにか窓際に駆け寄り地上を覗き込む。
「ケイ――――――――ッ!」




