最終話「大決戦! メイドロイドよ永遠に」(2/4)
ケイが一歩警官隊に近づこうとしたその瞬間、ガチャガチャと無数に撃鉄の起こされる音が響き渡り、楯の背後から突き出されたあらゆる銃口が彼女へと狙いを定めピタリと止まった。
「動くな! 我々は君の正体が何かを把握している。万が一、抵抗するようなことがあれば容赦なく発砲する!」
「ッ! 知って……いるのですか……私は……」
「第一、第二小隊、撃てェッ!!」
警官隊の構えた自動小銃から、機関銃から、一斉に特殊合金製の対ロボット貫通弾が放たれる。ケイの頭部といい手足といい、全身が一秒間に数十発もの弾丸を浴びせられる。服は裂け、火花が弾けて肌が焼け焦げた。
ケイは殆んど一方的に打ちのめされ、射撃が止むと同時に糸の切れた人形の様にガクリと膝を突いてしまう形になった。
「私は……何なのですか……私は……どうか……」
「――ケイさん!」
そこに突如としてカオルが駆けつけてきた。何処からどう入り込んだのか、墓地の間を突っ切って、ケイの立ち尽くす丘の上目指して走ってくる。ケイの視線がすぐに彼女の動きを捉え、救いを求める様に手を伸ばさせた。
「カオル……私は……」
「お嬢、危険ですから下がって! 近づかないで!」
「待ってってば! 撃たないで、少しでいいから話をさせて!」
「再度、射撃用意ッ!」
ケイの一挙一動に、警官隊は敏感に注意を張り巡らせていた。一触即発とはこのことである。しかしカオルは尚も説得を繰り返す。
「待ってよ! ケイさんはずっとマコトと普通に暮らしてたのよ! まだ絶対危険な存在って決まった訳じゃないでしょ!?」
「こいつは人間じゃありません、成りすましてるだけの化け物なんですよ!」
「だけど、だけどケイさんは……!」
「……カオル」
力無く地べたに座り込んだまま、関節を軋ませる様にして顔を上げるケイ。彼女は既に身も心もボロボロだった。尚も油断せず照準を合わせ続ける警官隊の合間から、カオルが懸命に問いかけようとする。
「ケイさん……正直に答えて! アナタは何なの? どういう目的があって、今までマコトと一緒にいたの? マコトをどうしたかったの?」
「私は……マコトのメイドで……お姉ちゃんです……ですが……ですが、今は……どうなのかが……分からないのです」
「…………?」
「マコトは、私に言いました……本当のお姉ちゃんが……五十嵐珪子のことが大嫌いだったと……」
感情的に叫ぶでもない。淡々と事実を羅列し、審判を請うのみ。
しかしそれ故に、却って彼女を取り囲む者たちは次なる射撃の機会を失い、静けさの中で意図せずして、ケイの独白に耳を傾けることとなった。
「マコトのお姉ちゃんとして生まれた私は……マコトを助け、守り抜くことが当然と考えていました……けれどもマコトは、五十嵐珪子は自分を怨んでいるハズだと……私がマコトのお姉ちゃんであるなどあり得ないと……私が優しくすればするほど辛くなるのだと……では、私は、私は一体」
雨が降り始めた。それも今までになく強い、しかも大粒の雨だった。
数えるのもままならない無数の水の弾丸が、墓地にいる面々を打ち据える。中でも特にケイは、虚無めいた瞳にぶつかって零れ落ちるそれらが頬を染め、否が応にも警官たちの目を引きつけることになった。
「私は一体……何なのですか。何のために……何故生まれたのですか。どうか教えてください……私はただ、マコトに喜んで貰いたかった……ただそれだけなのに……それなのに……」
絶望的過ぎる告白が、雨粒の間をすり抜けて消える。
警官隊とて人間である。プロフェッショナルとは本来、感情を殺しひとつの機能に徹することの出来る存在。だがケイに向けられた銃口の殆んどが微かにその先端を下げつつある事実は、何より雄弁に彼らの内に湧き上がる戸惑いの程を物語っていた。
「……ケイさん……」
「報告しますッ!」
丁度そこへ、丘を駆け上がって別の武装警官が一人姿を現した。彼はケイを取り囲む仲間たちの様子に一瞬驚いた様子を見せつつも、即座に自分の任務を思い出して指揮官に敬礼し、良く通る声で言った。
「第三小隊、保護対象をロスト!」
「何だと!? クソッタレ、連れ去られたのか!?」
「つい先ほど、ルーシィ飛鳥が少年と共に、技研に姿を現したとのことです。監視続行か突入か……隊長の判断を仰いできています」
「栗原署長に連絡! 別命あるまで、引き続き監視を続行と伝えろ!」
矢継ぎ早に部下たちに命令を下してから、指揮官の男はメットガードを上げカオルと心配そうに顔を見合わせた。
「お嬢……」
「……ケイさん、お願い。知ってることがあったら全部話して。このままじゃマコトが……マコトの命が危険なの。無事なうちに早く助けないと!」
カオルは包囲網の真ん中に近づき、ケイの眼前にしゃがみ込んだ。もはや、止めようとする者は誰もいなかった。カオルに詰め寄る様に懇願され、虚ろであったケイの瞳に再び光が戻り始めたように見えた。
「マコトの身に……何か起きたのですか……?」
「……落ち着いてよく聞いてね。あの人が……ルーシィさんが本当は……」
* * *
「……や、めて……くださ……ルーシィねえさ……」
「んんー? 何か言ったかい、聞こえなかったなぁ……マコト……」
カッと稲光が煌めき、DR技研のビル内が一面真っ白に塗り潰される。その大きなガラス窓の側で、逆光でシルエットになった影がふたつ。長身の女性と小柄な少年のものだ。そして今、女性は立ったまま少年に覆い被さり、相手の喉元に両手をかけて締め上げようとしていた。
「苦しい、です……言って、る意味が……全、然……」
「察し悪いねぇ……相変わらず頭が悪い……ぼくはうんざりだよ、ホント」
「え……え……っ?」
互いにその目を大きく見開いたルーシィとマコト。片方は口の端をつり上げ不気味な笑みを浮かべ、もう片方は窒息と恐怖で歯の根が合わず、ガタガタと終始震えている有り様。
「ぼくはね……アンドロイドなのさ。きみの両親が、きみが生まれるより前に創り出した最高傑作にして、DR技研最初の汎用ロボット……きみにとっては珪子と並ぶ、もうひとりの姉という訳だよ。これで分かったかい?」
マコトに覆い被さるルーシィの瞳が、ギラギラと物理的に輝きを放って醜く歪んだ笑みを彩る。マコトの口から潰れた様な声が漏れ出た。
「ぼくはね……生まれてこの方、ずうっと頑張ってきたんだ。資金調達のため駆け回り、限られた資源を配分し、必要とあらば心にもない笑顔を作って政治家どもに根回し工作さ。全てはあのふたりの研究を支えるため……でも、段々馬鹿らしくなっていったよ。だって彼ら、ぼくにありがとうも言わなくなるんだもの」
「……そ、んな……こと……ありません……」
マコトは途切れ途切れながらも、ひとつずつ懸命に言葉を絞り出した。
「父さんと……母さんは……感謝して、ました……ルーシィねえ、さんに……いつも、口癖……みたく」
「へぇ……マコトにはそう見えたのかい?」
マコトの首に手をかけたままのルーシィは、からかう様に首を傾げて笑う。
「……ボク、だって……ルーシィねえさんは本当の、家族と、同じ……だって……思って……」
「はははっ、笑わせないでおくれよマコト……いいかい? ぼくらは姉弟だが決して家族なんかじゃない。何故かって? ぼくとマコトでは愛されるための条件に差があり過ぎるからさ。マコトは生まれてきただけで感謝される。言うことを訊かない悪い子でも、愛して貰えるだろ? それに引き換えぼくはどうだい……常に結果を出さなければ、感謝もされない。少しでも命令に逆らえば不良品扱い。これが同じ家族だと、果たして言えるのかい?」
「…………ッ!」
「人間と家族同然に過ごせるロボット……それがあのふたりの夢であり、理想だったね。けどね、そんなことあり得ないって、彼ら自身が証明してしまっているんだよ。ひたすら奉仕していなければ愛されない者を、家族とは呼ばない……彼らが本当に求めていたのは奴隷だよ。機械仕掛けの奴隷。分かるかい? けど奴隷なら奴隷で、売り方ってものがあるのさ」
今や完全に血の気が引いてしまったマコトは、頭を必死になって振って否定しようとするも、肝心の言葉だけは一向に出て来ない。
ルーシィはそんなマコトを蔑みの目で見下ろすと、乱暴に床に放り出した。ルーシィの足元に這いつくばって咳き込みながら、マコトは涙混じりの無様な顔でかつての想い人を見上げる。
「そのひとつが兵器産業だ! 元々、夢や理想はあまりお金にならなくてねぇ……ディアーロイドでは所詮、赤字経営は改善しなかったのさ。そんな時都合よく、海外から軍事用ロボットの開発オファーがきた。ぼくの長年の営業が功を奏したという訳だ……まあ当然、進めたのは秘密裏にだけどね。頭の中がお花畑の夫婦に、何を言ったって無駄だからね!」
部屋中を歩き回りながら、ルーシィは得意げに語ってみせた。
そして、まだ離れた場所で床に倒れたままのマコトを振り返り、嘲るような視線をぶつけてくる。
「そして完成した最強最高の戦闘兵器……メイドロイド試作第一号機……それこそが、きみのよく知るケイなんだよ。こういう俗説を聞いた事がないかい? 人間の魂……霊魂とは電磁波やプラズマの一種である、ってさ」
* * *
雷混じりの雨の中、教会墓地では警官らが慌ただしそうに往来を繰り返していた。その中でカオルは、ケイに事の発端を語って聞かせる。
「DR技研……っていうかルーシィさんは、人間の体に宿った霊魂を解析して保存するための技術を発見したらしいの。しかもそれを軍事用ロボットに組み込んで、利用することを思いついた……ウチもまだ半信半疑だけどね。詳しい話はこれに全部書いてあるわ……警察が手に入れた資料よ」
カオルに手渡された小型の端末を起動し、ケイは内容を一瞥する。
資料によれば、ルーシィ飛鳥はある時期から電磁流体式プラズマ発電器官をコアとして搭載した、殺人アンドロイドの開発に着手していたという。しかもその過程で同時に、人間の霊魂を解析・複製する理論へと行きついた。
ルーシィの見立てでは、霊魂とは人間各自に固有な生体電磁気変動パターンの総体で、物理的要因さえ整えば生体から分離後も空気中の微粒子などを媒介にして保存され得るものであるという。その固有パターンを解析してプラズマユニット内に転写、電磁場での強制増幅および固定処置を施すことで事実上、人間の記憶や人格をまるごと複製・保存することが可能であるという。
理論だけならば、何ともオカルト染みた発想であった。
「前にウチとマコトが話した、街の幽霊騒ぎって覚えてる?」
「……記憶しています。ですが、その噂が何か……?」
「どうも本当だったらしいの。幽霊として目撃された人やドッペルゲンガーを見て行方不明になったって人、警察で身元を調べたら、全員がDR技研と関連する病院で亡くなるか、入院した記録が見つかって。つまり……」
「ルーシィ飛鳥は、自分が作った軍事用ロボットに組み込む霊魂を……病院を隠れ蓑にして集めていた、と?」
カオルは深刻な顔つきで、コクリと首肯した。
「裏を取るために、目撃情報あった時間と場所も特定して、片っ端から近くの監視カメラ調べたら……殆んど全部に、幽霊とかドッペルゲンガーって言うしかない人間の姿が、実際に映ってたわ。つまりはルーシィさんが裏で開発したロボット……コピー人間の姿が」
「ではまさか……これまで繰り返しマコトを襲撃し、私が破壊してきた数々のロボットたちも」
「……そのヒトたちもきっと、元々は人間だったんだわ。記憶と人格をコピーされて、自分そっくりのロボットに入れ替わられた、被害者たちなのよ」
ケイはそれから、長らく黙りこくってしまった。
死後もその魂を利用され続けた、哀れな街の住人たち。彼女にその機能さえあれば、吐き気を催しても不思議でない程の地獄めいた真相だった。
「でもねケイさん……アナタにとって大事なことは、もっと別の部分なの」
そう言ってカオルは徐に、ケイに向かって穏やかな眼差しを注ぐ。
「今話した軍事用コピーロボット……メイドロイドの一号機が完成したのは、資料によると今から三年前……つまりマコトのお姉さんの、珪子さんが事故で亡くなった直後なの。メイドロイド一号機っていうのは、ケイさんのことよね……単なる偶然にしては出来過ぎてる。もう分かるでしょ」
カオルはそこで一旦言葉を切ると、重大な決心をするかのように深呼吸してから再び、ケイを真っ直ぐに見つめて告げた。
「ケイさんの中には、きっと……五十嵐珪子さん本人の魂が組み込まれてる。アナタは紛れもなく、マコトの本当のお姉さんなんだわ!」
沈黙していたケイの瞳が、たちまち大きく見開かれた。




