最終話「大決戦! メイドロイドよ永遠に」(1/4)
ケイは今、中央教会裏手にある五十嵐家の墓碑の前に来ていた。昨夜の一件以来姿をくらましたように思われていたが、灯台下暗しと言うべきなのか存外遠くへは行っていなかったようである。
彼女の視線はここを訪れた直後から一貫して、墓碑に刻まれた五十嵐珪子の名前ただ一点に絞られていた。
「……エラー……エラー……エラー……エラー……」
ただひたすら、それのみを憑りつかれた様に繰り返すケイの表情は、いつも通りの鉄仮面。しかしそれが却って一層、彼女の纏った悲愴な空気を濃くしている節さえあるから、何とも皮肉なものだった。
「……私は……一体何のために……」
腹の底に響く様な雷鳴がして、ケイの羽虫の如き呟きは掻き消される。
そのとき、彼女の周囲でバタバタと騒がしい物音がした。いつの間に集結してきたのか、警官たちが墓石の合間を縫う様に丘の周辺一帯に展開し、彼女をくまなく包囲する陣形を取っていた。
その多くは特別仕様の楯やベストで武装している。彼らはロボットの悪用や暴走に備えて警視庁が多摩ロボットシティ内に設置した、対ロボット専門特別部隊の隊員たちである。よく見ると教会の近くに大型の人員輸送車が停車しており、彼らはそこからなだれ出してきていた。
「第一小隊、展開。別命あるまで待機する」
「第二小隊、展開。同じく別命あるまで待機!」
「第三小隊、指定ポイントに到達済みとの……」
ケイが表向きはさしたる感慨も浮かべずその様子を見つめていると、一部の隙もなく並べられた楯の後ろから隊長格と思われる男が顔を出し、拡声器を手にして怒鳴った。
「無駄な抵抗はやめろ! 君は完全に包囲されているッ」
メイド姿の少女たった一名を、重武装した男性警官三十名近くが取り囲むという異様な光景。事情を知っていようがいまいが、途轍もなく物々しい絵面であることに違いはなかった。
* * *
「……ここ最近、市内のロボットたちが不審な動きをしている、という情報が入ったのさ」
DR技研の本社ビルに到着するなり、ルーシィは唐突にそう告げてきた。
駐車場を突っ切り、正面ゲートからビルの中へ。その日が休日であった関係なのか、社内に殆んど人の姿は見えなかった。
せかせかした足取りで歩くルーシィの後を追って、マコトはエントランスを突っ切りエレベーターへ。上昇を始めた箱の中で、更に彼女は言った。
「状況は様々だった。仕事中なのに命令もないまま、一時的に職場から姿を消していたり……会話中に唐突に黙り込んだかと思うと、何かに聞き耳を立てるような態度を見せていたり……ぼくらは調査の結果、ある結論に辿り着いた。この街に、我々が知らない何か未知のアンドロイドが紛れ込み、活動を行っていたんだ」
エレベーターを降りて研究棟へ続く連絡通路まで行くと、ルーシィは自身のIDカードをかざして電子ロックを解除。更に奥へ、奥へとマコトを誘導していく。
「俄かには信じがたいことだけどね……そしてマコト、どうやら彼らの目的はきみの命を狙うことにあったらしい。動機は今もって不明だが……とにかくたまげたよ。マコトの身にもしものことがあったらどうしよう、ってね。本当に間に合って良かった」
「助けてくれてありがとうございます、ルーシィねえさん……その……とてもカッコよかったです……」
「ははは、よしておくれよ。当たり前のことをしただけさ」
マコトが若干照れながら上目遣いに礼を言うと、ルーシィは歩きながらもこちらを振り返ってニッコリ微笑みかけてくれる。マコトは恥ずかしくなって、つい首をすぼめてしまった。
「しかしマコト……内容が内容なのに、あんまり驚いてるように見えないね。突拍子もなさ過ぎたかい?」
「ボク……実は知ってたんです。しかもまだ、ルーシィねえさんに内緒にしていたことがあって」
「……よければ聞かせて貰えるかい?」
マコトはルーシィに全てを打ち明けた。両親が死んで以来、正体不明のロボたちにつけ狙われていたこと。教会地下に隠された古い施設とメイドロイド・ケイの出現。ケイが死んだ姉の珪子にそっくりなこと。出会ってから最近までずっとケイがマコトを守って戦い続けてくれたこと……。
ケイの話をするとき、マコトは自分でも表情が暗くなるのを感じた。
今、彼女は何処で何をしているのだろうか。自分が傷つけてしまった健気なメイドロイドのことを、気がつけばマコトはずっと考え続けていた。
一方でルーシィは口元に手を当て、じっくり考え込むような態度。
「……なるほどね、大体の事情は呑み込めたよ」
「隠していてごめんなさい、ルーシィねえさん」
「いや、いいんだよマコト。話してくれてありがとう」
ルーシィがそっと優しく頭を撫でてくれて、マコトはほんの少しだけ罪悪感から解放された気がした。吐き出してしまえば、存外気分が軽くなるものなのかもしれなかった。
「しかし、そうなってくると分からないのが敵の正体だね。マコト一人を追い詰めるのに随分と大がかりな真似をしているが……このひと月の間に、何でもいいから手がかりのようなものは得なかったのかい?」
「……一度だけ。まだ敵が襲って来たばかりの頃、ロボットたちの人格が豹変して、誰かに乗っ取られたみたいな喋り方をしたことがあるんです。ケイの話では、強力な電磁波で遠隔操作されていたって。でもそれっきりです。二度と同じことは起きませんでした。だから何もわからず仕舞いです」
「……ふうん、そうか。どんなことを話したか覚えているかい」
「凄く……物凄く……ボクのことを怨んでいる気がしました。何もかもお前の所為だ、必ず地獄へ送ってやる、って……」
「理由に心当たりがあるかい?」
「ある訳――――」
言いかけて、マコトはルーシィの視線に気付いた。彼女には珍しく、じっと問いかける様な目つき。それを見ていたら段々、マコトは隠し事を重ねるのが得策ではないような気にさせられた。
マコトは視線を逸らし、一旦深呼吸する。
「――――ごめんなさい、本当はあるんです、心当たり」
マコトは意識的に鼓動を落ちつけながら、非科学的な話ですけど、と断った上で、前の晩にケイに話したのと同じことをルーシィにも打ち明けた。自分と仲が悪かったにも拘わらず身代わりになって事故死した、珪子の亡霊が自分を責め立てているのではないか……要約すればそういう話だった。
ケイに一度話していた影響か、二度目は左程パニックに陥ることもなく話し終えることが出来た。こういった儀式には慣れが必要なのかもしれない……とマコトは思った。
「ならば何故、技研の内部調査みたいな真似をしたんだい」
「……えっ?」
黙って最後まで聞いていたルーシィが、徐にそう訊ねてきた。
「ひと月前、ぼくの元を訊ねて来た時点で予想はついていたんだろう? 珪子の怨念こそが黒幕かもしれないって。だったら何故わざわざ、技研内部の造反勢力を探るような遠回りを選んだんだい。ぼくに頼んで進行中のプロジェクト一覧を見たがったのは、結局そういう理由だろ?」
「…………なんでそこまで」
「訳なんかどうだっていい。マコト、答えるんだ」
「だって……だって……あまりに突飛過ぎるじゃないですか。珪子姉ちゃんの怨念がロボットを操ってるなんて。たとえボクからはそう見えても、現実的に考えたらあり得ません。だったら、より可能性の高い……」
「本当にそうかい?」
「……何が言いたいんですか……」
「本当は、ハッキリ認めるのが怖かったからじゃないのかい、マコト。きみの身代わりで珪子が死んだっていう事実を。その現実を受け入れることがさ」
ルーシィはいつの間にか、今まで見たことも無い冷たい目をしていた。何が起きているのだろう。今目の前にいるのは、本当に自分がこの十年慕い続けてきたルーシィ飛鳥その人なのか。全然知らない別人ではないのか。
そんな風に思わされるぐらい、今のルーシィは普段と人が違って見えた。
「あの、ルーシィねえ――」
「ま、いいさ」
ルーシィはマコトが話しかけようとするのを無視して背を向け、まるでお手上げといった風に大げさに肩をすくめてみせた。むしろ露骨すぎるぐらい明確に、そこには悪意としか言えないものが滲み出ていた。
「理想だ何だと綺麗事ばかり並べといて、いざとなったらとことん現実逃避で目を逸らす……きみら親子の悪いクセだよ。今更言ってもしょうがないね」
「……急に……何言ってるんですか……」
「ああ、マコト。きみが正直に話したご褒美だ。ぼくもひとつ、ずっと内緒にしてきたことを教えてあげるよ。ぼくはきみの姉さんなのさ」
「…………えっ」
さらりとそう言われて、マコトは思わず間の抜けた声を発した。
ルーシィが自分の姉さんである。一瞬考えたがマコトは意味が分からない。
「あの……確かにボクはいつもルーシィねえさんって……」
「違う違う。そういうことじゃないよ。言葉そのまんまの意味だ」
ルーシィがオフィスの窓の前に立つと、空いっぱいに立ち込めた黒雲の中でゴロゴロと雷鳴がうなった。振り返った彼女はニッコリ笑みを浮かべる。
「五十嵐夫妻……つまりきみの両親こそこのぼく、ルーシィ飛鳥を生み出した張本人だってことなのさ……」




