第05話「グッドバイ・リトル・ムーン」(4/4)
『――もしもし、マコト。今大丈夫?』
翌日の午前中に、カオルから唐突に電話が入った。一応通話には出たもののマコトは聞こえるか聞こえないかぐらいの返事しかしないため、カオルに何度も訊ね返される羽目になった。
「…………何の用?」
『あのね、何も聞かずに答えてほしいんだけど。ケイさん今どうしてる?』
「…………それが何だってのさ」
『何も聞くなって言ったばかりじゃない。いいから教えてよ』
「…………なんで教えなくちゃならないのさ」
『なんでもいいからッ! 早く!』
カオルは妙に気が立っている様子だった。
けれどマコトはそれを聞いても驚く気分になれなかった。その日はあらゆる外的刺激が鈍って感じられた。食欲も出ず頭も働かない。脳そのものが鈍っているような感じさえした。
「…………悪いけど、今アイツのこと考える気にならないんだ。じゃ……」
『マコ――』
一方的に通話を切り、公園のベンチに脱力した様にもたれかかる。しつこく呼び出し音が鳴ったのでスマートフォンの電源自体をオフにしてしまった。
その日のロボットシティには、落雷注意報が発令されていた。
街の空はまたいつかに逆戻りしたように、ほぼ黒に近い灰色模様。ゴロゴロ不穏な音が執拗なまでに繰り返され、いつ豪雨になっても不思議でないような状態だった。
「…………ケイ…………」
雑木林に囲まれた市民公園の一角に、マコトの姿はあった。
虚ろな瞳でベンチに腰掛け、何をすべきかも分からない有り様。更にその手には、例の天球儀型プラネタリウム機が握られていた。ケイのことを考えたくないと言いつつも、何故か持ったまま外出してきてしまったのだ。ケイを一体どうしたいのか。もはやマコト自身にも分からなくなっていた。
一体何やっているんだろう、と天球儀をカバンにしまい、溜息をついて顔を上げる。その瞬間、マコトは強烈な違和感を覚えて目を見張った。
人気のなかったハズの園内に、無数の人影が集まってきていた。
おおよそにして男一割、女九割ぐらい。それらが徐々に、徐々に、ゾンビか何かのようなゆらゆらした挙動で包囲を狭め、マコトの元ににじり寄って来ている。
「「「さあ」」」
「「「懺悔しろ」」」
「「「『悔い改めろ」」」
「「「嘘を吐いてはいけない」」」
「「「――ご主人様のために、地獄に落ちろ」」」
マコトは大急ぎで立ち上がったが、見渡す限りほぼ一面が敵に取り囲まれている。逃げ場が存在しない。ケイもいない。久しく味わっていなかった、絶体絶命の危機にマコトは背筋が凍るような気がした。
その時エンジン音と共に、一台の赤いスポーツカーが公園目掛けて勢いよく飛び込んできた。ギュルギュルとタイヤを空転させ、ドリフト走行をしながらマコトの眼前に停車。呆然としている目の前でドアが開け放たれる。
顔を出したのは、見間違えようもない憧れの女性。
ルーシィ飛鳥だった。
「マコト、無事だったかい!?」
「えっ……ルーシィねえさん!? どうして……」
「説明は後だ、早く乗って!」
一瞬だけ躊躇したが、辺りを見回した末に車内へ飛び込むマコト。
ルーシィは身を乗り出し乱暴にドアを閉めると、盛大にアクセルを踏み込んで言った。
「飛ばすよ、掴まってるんだマコト!」
「わわわわっ」
再びタイヤの回転音がして、車の背後に細切れになった草と土埃が吐き出される。そのまま発進したルーシィの車は、強引にロボットの包囲網を突破するとアクション映画さながらに公道へと飛び出し、明らかに制限速度をオーバーしたような猛スピードで街中を爆走し始めた。




