第05話「グッドバイ・リトル・ムーン」(2/4)
それは、再び夕焼けが美しいとある日の事件だった。
場所は以前、婦警ロボと戦った帰りに歩いた土手のすぐ近く。マコトが住む地区内にある寂れた住宅街である。茜色に染まった家々を背に、もはや何度目かも分からないケイと敵ロボットとの死闘が展開されている。
気がつけば、マコトとケイが出会ってから一ヶ月近く経とうとしていた。
「ねえ、早く懺悔してよッ! ご主人さま怒ってる理由まだ分からないのッ!?」
「マコトに対する問いかけ回数……累計回数が一〇〇を突破」
「しつこいぞ! ボクは知らないって何度も言ってるだろ!」
敵は女子高生らしき、白い道着に紺色の袴姿をした少女だった。その少女が手にしているのは、自分の身長より長い一本のなぎなた。なぎなた部員の姿をしたそのロボットが縦横無尽に繰り出す攻撃を終始、ケイは円形トレイ一枚でさばき続けていた。
一方マコトは、その光景をケイの後ろでハラハラしながら見守っている。
「マコトによる返答……現在までに一切変更なし」
「……てかそもそも、誰なんだよご主人様って!」
「チェストォォォォォォォォォォッ!」
いわゆる怪鳥音を発しながら突き入れられる、なぎなたロボの攻撃。ケイは涼しい顔をしてスレスレで受け流していたが、その顔の数ミリ上を敵の得物が掠めた瞬間、なんと巻き添えを食った電信柱が真っ二つになった。
コンクリート製の円柱が斜めに切断されて、近くの民家の屋根を直撃。その光景には見守るばかりのマコトも仰天した。
「ちょ……何だその切れ味は!? ケイ、気を付けて!」
「先端部に、特殊合金仕様のコーティングを確認……おそらくは競技用に偽装された実戦用薙刀と思われます」
「五十嵐マコトくんさぁ! 君一人のためにみんな困ってるんだよ!?」
「ヒェ……ッ!」
戦闘中のなぎなたロボが突然、首だけを一八〇度回転させてマコトのことを凝視してきた。これではまるで妖怪だ。ギョッとして固まってしまったマコトを前に、なぎなたロボは更に追及を強めようとする。
「君が悔い改めさえすれば、全国出場も夢じゃないんだよ!?」
「……いや本当に何のはな――痛ッ!」
なぎなたロボの妄言に気を取られて油断したのがいけなかった。
右前腕部に鋭い痛みが走る。マコトの細腕に赤い染みが広がり出していた。なぎなたロボの口から発射された手裏剣状の金属片が、服ごとマコトの右手を切り裂いたのだ。マコトは思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
普段殆んど目にしない自らの鮮血を直視するハメになり、マコトはたちまち意識が遠のきそうになった。
「……っつう……!」
「痛いのはね、私たちだって同じ! だけどそれは必要な――」
「余所見は危険です。ご参考までに」
「――ハァガァッ!?」
その瞬間なぎなたロボの胸部から背部を貫通して、銀色の刃が勢いよく飛び出してきた。ビクンと痙攣した後、道の真ん中で奇妙な体勢のまま硬直してしまった彼女の姿に、マコトは絶句した。
その正体は彼女自身の得物であった、特殊合金仕様の薙刀の先端部だった。出力を急上昇させたケイが敵の足を払い、バランスの崩れた一瞬を見計らって得物の主導権を奪い取り、矛先を変えさせたのだ。
なぎなたロボは、まるでピンで縫い止められた昆虫のようになっていた。
「それと……貴女は永久に出場停止です」
「ぎ……ぎぎぎ……ぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
折り曲げた両手足を小刻みに震わせ、なぎなたロボがひっくり返る。
すかさず跳躍、着地してきたケイは有無を言わさずマコトを引き寄せると、覆い被さるようにして力いっぱい抱きしめてきた。
マコトがびっくりしていると、僅かに遅れて背後で敵が爆発。大量の破片と爆風、熱波が吹きつけるも、ケイが盾となりそれら全てを防ぎきる。
声が出せない程の息苦しさと、全身を包む凄まじい熱さ。しかしマコトにはその原因が敵の断末魔なのか、それ以外の何かなのか、朦朧とする意識の中で判別する事は最後まで出来なかった。
* * *
「……これで、ひとまずは大丈夫です。傷が深くなく不幸中の幸いでした」
彼女はソファに座らせたマコトの前に跪き、怪我に包帯がしっかり巻かれているか確かめると、落ち着いた口調で言う。
二人はあの後すぐ、五十嵐邸に帰ってきていた。
「痛くありませんか、マコト?」
「たぶん大丈夫……かな。ありがとう、ケイ」
「治療の効果を確認。撤収作業に移行します」
「それはそうとさ、いくらボクを庇うためって言っても急にあんな」
ケイはもう聞いてはいないようだった。テーブルに展開された消毒液やら何やらを、ポーカーフェイスのまま黙々と救急箱内に片付けて行く。
彼女が立ち上がるのと引き換えに、マコトは包帯が巻かれた自身の腕に目を落とした。思わずため息が漏れる。ケイにどう接したらいいのか。何と言葉をかけたらいいのか。日が経てば経つほど、マコトには分からなくなるばかりだった。
とにかく、改めてハッキリ文句を言おう――そう思って顔を上げたマコトは次の瞬間、息を呑んだ。
今の今までマコトからは死角になっており気付かなかったが、ケイの背中は爆風の直撃を受けたことで、見るも無残な有様となっていた。メイド服は燃え落ちて大きな穴が空き、そこから覗いた素肌は黒焦げでボロボロ。マコトの腕など比較にならないぐらい、あちこちに敵の破片が突き刺さっている。思わず目を覆いたくなるような惨状だった。
「あ……あの、ケ――」
「――申し訳ありません、マコト」
「えっ」
「私の力が及ばなかったばかりに……マコトに怪我を負わせてしまいました。私は、お姉ちゃん失格ですね」
「何言ってるんだ、そんなことないよ」
言ってしまってから、マコトは自分でもハッとして思わず顔を伏せた。
ケイはそんな彼を興味深そうに見つめ返す。
「そ……その……ボクの方こそごめん……いつもいつも守って貰ってばかりで……その所為でケイが……」
「いいのですよ、マコト」
ケイは心なしか、薄く微笑んでいるように見えた。彼女はやがて徐に、身に纏っていた衣服をもぞもぞ脱ぎ始める。
「……マコト、出来れば後ろを向いていてくださいますか」
「……ッ! ごごごっ、ごめんっ!」
衝動的に立ち上がってそのままだったマコトは、頬を染めあたふたしながら体の向きを反転させる。さっきから謝ってばかりだった。
たちまち衣擦れの音に続いてパサリと床に衣服の落ちるのが聞こえ、その間マコトは余計なことを考えるなと、必死に自分に言い聞かせ続けた。
戦闘による破損箇所などを修復する都合上、彼女の素肌を目にしたのは正直一度や二度ではない。それに突き詰めれば、どれ程それらしく見えても結局は百パーセント人工皮膚である。なのに何故、こんなにも背徳的な雰囲気が醸し出されてしまうのだろうか。マコトにはどうしても分からなかった。
「もう結構ですよ」
ケイに言われて、恐る恐る振り返る。足元にはボロボロになったメイド服が乱雑に落ちており、彼女自身はそれまでと全く同じデザインの新品を身に纏いすまし顔でこちらを見ていた。彼女はこの一か月で、マコトも知らないうちに同じ服のスペアを大量に調達していた。
「服の破損が大きかったため、そのままでは活動に支障があると思いまして」
「……ケイ、今すぐ地下室に行こう」
マコトは一度深呼吸した上で、開口一番ケイにそう告げた。
「本当なら定期メンテは明日の予定だったけど……今回はダメージが深刻そうだからさ。まずは背中の皮膚の補修をして、それから」
「躯体損傷率推定四パーセント。活動にはなんら支障ありません、マコト」
「いや、そうかもしれないけど……」
「それにまだ、夜の分の家事を完了していません。洗濯物の回収、昼食時使用した食器の洗浄、また御夕飯の――」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなボロボロの状態のまま家事する気なの!? 良いって、急がなくても。こないだも言ったけど、まずはキミの修理する方が優先だから!」
「しかし、まだ本日の――」
「ああああああもう本当に融通効かないなッ!」
マコトは我慢しきれなくて、つい大きな声を上げてしまう。
「分かったよ、じゃあ今日はボクがキミの代わりに家事をやる! キミはボクが全部片付けて良いって言うまでそこで大人しくしてろ! いいか、大人しくしてるんだぞ。ダメージを抱えたまま動き回られたら、こっちが迷惑するんだからな! それぐらい、いい加減分かるだろ!?」
「……ですが」
「命令! ソファに座って大人しくしてろ! 問答無用! ボクが戻るまで、一切仕事をせずに休め! 分かったか!?」
「……………………エラー」
小さな声でそう言いながらも、今回ばかりは彼女は気絶することはなかった。マコトの傍を覚束ない足取りで通り過ぎていくと、やがてソファにちょこんと腰掛けるケイ。
それを見たマコトは深々と溜息を吐きながらも、やっと少しだけ肩の力が抜けたような気がした。洗い物の溜まったキッチンや、ケイがマコトを心配するあまり靴を脱ぎ忘れてついたフローリング上の足跡などを見ると決意を込め、自らの両頬をパンと手で叩く。
ある意味でロボットたち以上の強敵が、マコトの前に立ちはだかっていた。




