第04話「ウェルカム・トゥ・ロボットシティ」(2/2)
更にまた、別の日の出来事である。
その日マコトはケイを伴って、自宅近くからバスに乗って二十分ほどかかるロボットシティ中央区のとある商店街にやって来ていた。ここは多摩ロボットシティ内で最もお洒落なエリアのひとつである。
ふたりが訪れているのは、最近評判のとあるパン屋だった。ところが現在、マコトは一人きりでレンガ風の塗装が為された店の壁に寄り掛かり、暇そうにしながら往来の様子を眺めている。
マコトは次第に不安になってきて、こっそり店内の様子をショーウィンドウ越しに覗き込んでみた。休日というのも手伝って、店内はレジ前に長蛇の列が出来ていた。その中で、ケイは売り物のフランスパンを抱えながら、表情一つ変えずに馴染んでいた。クラシカルなメイド服が場の雰囲気にピッタリと一致している、実に珍しいケースだった。
「フッフッフッフゥ~ッ!」
「ヘイヘイヘイヘ~イッ!」
「!?」
突然、耳を疑うような奇声が街路の彼方から飛び込んでくる。
マコトが声のした方に目を凝らすと、オレンジ色のレンガで舗装された目の前の小道に、金属製のゴミ箱に両手の生えた様な物体が、ノロノロと進入してくるのが確認できた。道案内も可能な街頭清掃用ロボットだ。同様の機体なら街中至るところに展開されており、珍しくはない。
問題は、その背後から現れたものだった。背格好から小学生ぐらいに見える少年三人組が自転車を走らせ、こぞって清掃ロボを追い立てているのだ。その外観から、全員が電動アシスト式自転車に乗っているようだった。
「危険デス、危険デス、危険デス! 乱暴行為はタダチにオヤメ――」
「キケンキケンキケェ~ン~ッ!」
「ワーッ!」
意味不明な掛け声と共に、横付けした自転車上から清掃ロボ目掛けて乱暴なキックが見舞われる。凄まじい音を立て、清掃ロボが盛大に転倒した。ロボの本体上部にあった蓋が勢い余って開いてしまい、たちまち周囲に無数のゴミが撒き散らされる。一部始終を見ていたマコトは唖然としてしまった。
更に少年三人はあろうことか、ひっくり返ったまま両手をジタバタしている清掃ロボを自転車で取り囲むと、罵声を浴びせながら一斉にそのボディを滅茶苦茶に蹴りつけ始めたのだ。
「逃げてんじゃねーよボケ! ゴミ箱野郎!」
「うわっ、くっせ! ゴミまみれじゃん!」
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
マコトは居ても立っても居られなくなり、大急ぎでその場に駆け寄った。
「……おいコラ、何やってるんだ! やめろッ! やめろってばッ!」
「な、なんだよオマエ邪魔すんなよ! 関係ないだろ!」
「いいからやめろッ!」
状況が状況だけにマコトも感情を抑えられず、幾分乱暴な形になりながらもどうにか、少年たちを清掃ロボから引きはがすことには成功する。
「なんでこんなことするんだよ! 悪ふざけにも程度ってモンがあるだろ!」
ところが小学生前後の悪ガキ三人組は、マコトに睨まれても顔を見合わせ、特段悪びれた様子もなく、とぼけた口調で言い訳をするばかり。
「別に~、俺ら悪くないも~ん。な~?」
「そうだぜ、このポンコツが俺たちの前に飛び出したのがいけないんだ!」
「危ないから退けって言ったのに! ロボットの癖に生意気なんだよ!」
「生意気って……いや、どっちにしろやり過ぎだよ。無抵抗な相手を一方的にボコボコにして何が楽しいんだ。それに清掃ロボットは公共物なんだぞ。器物損壊っていう立派な……」
「は? 関係ないっしょ、結局俺らは少年法で無罪なんだし? そんなことも分かんないの?」
落ち着いて言い聞かせれば、口先だけでも謝って立ち去るのでは? そんな期待を僅かでも抱いたマコトが、愚かであったとすぐに気付かされた。想像を遥かに上回るモラルの低さに、マコトは絶句しかけた。
「……そういう問題じゃないだろ」
「まーまー。あんまムキになんなよ、おにーさん、どーせ、ロボットってのは人間の役に立つための道具なんだからさー」
「そーだよ、俺ら子供のストレス発散に付き合うのだって立派な仕事だよ? それにさ、どーせ壊れたってまたいくらでも作れるんだしさー」
そう言われた瞬間、マコトは頭にカッと血がのぼるのを感じた。悪ふざけの言い訳とはいえ、言っていい事と悪い事がある。
「ふざけん――」
「――ねえ知ってた? 少年法が適用されるのは刑事責任に関わる部分だけよ。民事責任は普通に発生するの」
聞き慣れた声にマコトが驚いて振り返ると、買い物袋を抱えた栗原カオルが心底呆れた顔をしながら、こちらに向かって歩いてきていた。ほぼ一週間ぶりぐらいに見る、幼馴染みの姿であった。
「そんなことも分かんないの?」
「カオル!?」
最後に喫茶店で会った時と違い、その日の彼女は極めてカジュアルな私服姿だった。相変わらずボーイッシュな格好が良く似合っている。
「久しぶり、マコト。なーんか手こずってるっぽいけど、ウチの助けが必要?」
「べ、別に手こずってなんか」
「はいはい、遠慮しない。アンタの詰めの甘さを補うのは、昔っからのウチの役割だしね。それに正直言うと、ウチもさっきこいつら見かけて注意しようと思ってたのよ。それで追いかけて来たら、偶然アンタがいた訳」
「注意って、何を?」
「こいつら、そこの道で猛スピードで走ってたのよ。しかも、よそ見しながらグネグネ蛇行運転までしてて。最低のトリプルパンチね。一瞬お年寄りを轢きそうになってるの見て、ゾッとしちゃったわよ」
「じゃ、この清掃ロボは当たり前の警告しただけじゃないか!」
この街の清掃ロボたちは、自転車関連の違反行為を発見すると、直ちに警告を発するようにプログラムされている。街の性質上お年寄りや子供がより多く暮らしているため、些細なルール無視が惨事に繋がりやすいからだ。
「え……だ、誰このねーちゃん?」
「てか、さっき何て言ったの?」
「けーじと、みじんこ……?」
「刑事と民事って言ったのよ、このバカトリオ」
カオルが小学生たちに向かって、ゴミを見る様な目つきで吐き捨てる。
「一応バカも分かる様に説明してあげるわ。要するに逮捕されないとしても、アンタたちが壊したり、故障させたロボットの修理費その他諸々は、街がアンタたちの親宛てに請求出来るってことなのよ。マコト、その清掃ロボットって新品だと大体いくらぐらいするわけ?」
「少なく見積もっても、一体につき一千万円ぐらいかなぁ」
「「「いっせんまん!?」」」
揃って声が裏返る悪ガキトリオ。さっきまでの威勢は何処へやら、すっかり間抜け面を晒していた。
「ううう嘘つくんじゃねーよ、こんなポンコツがそんな値段する訳……」
「嘘だと思うなら、製造元のホームページ見なよ。値段書いてあるからさ」
倒れた清掃ロボを起き上がらせながら、大真面目な顔でマコトは言った。
「キミらなんかが思ってるより、ずっと高いんだからな」
「お、おい何勝手に写真撮ってんだよ!」
いつの間にかスマホを取り出したカオルが、悪ガキトリオを目掛けて執拗にシャッターを切りまくっていた。今の値段の話で焦った影響か、彼らはほんの些細な行動にも慌てた態度を見せ始めている。
「しょーぞーけんの侵害で訴えるぞっ!」
「はいはい。肖像権ね……ホント、モラルも道徳も無いクセに自分に都合いい単語だけは詳しいんだから。迷惑なバカの典型ね、あー、やだやだ」
「さっきからバカバカいうんじゃねーよ!」
「別にアンタたちのブサイクな顔写真なんか撮っちゃいないわよ、そんなものなくても……あっ、もう返事が来た。流石はパパね、仕事が早いわ」
「ブサイクって何だよ!?」
「えー、なになに?」
悪ガキトリオの抗議を無視して、カオルは届いたメッセージに目を走らす。
「発表しまーす。一人目……三山直樹、西区第一小学校六年二組在籍、住所はロボシティ西部団地四号棟三〇五号室、家族構成……両親二人に弟一人」
「……えっ」
相手に聞こえるよう、ややワザとらしい大きな声で、スマホで受信した情報を読み上げて行くカオル。それを受けて、それまで余裕をこいていた悪ガキのひとりの顔から、たちまち笑みが消えてなくなった。
「二人目……本名・早坂正吾、同じく西区第一小学校六年二組在籍、住所――」
「えっ、えっ、えっ」
追従していた別のひとりも、気が動転して明らかに勢いが萎んでいく。
「最後のひとり。本名・藤波明、同じく……」
最後のひとりに至っては、声も出せなくなって青ざめていた。たった数分前までの騒々しさが一転、三人揃って静まり返ってしまっている。
「え……あの……どういう……?」
「……あ、言ってなかった? ウチのパパね、ここの街の警察署長なの♪」
「「「はぁ!?」」」
比喩ではなく、全員が鼻水を垂らしてぶったまげた顔と化していた。
「ウチが撮ったのはね、アンタら全員の自転車に貼ってあるその防犯登録用のステッカー番号よ。それを元に警察で照会すれば、アンタらの個人情報なんて一発で上がるって訳♪」
「ひ、ひひひひひひ、卑怯だぞ! オマエッ、親の力なんか振りかざしてッ、恥ずかしくねーのかよッ!」
「……はァ? 権力者の娘が権力使って何か悪いっての?」
平然と言われて絶句するばかりの悪ガキトリオ。
「大体ね、大勢で弱い者いじめしといて、いざとなると少年法とかほざいてる恥知らずどもに、ウチのこと卑怯者扱いする資格ある訳? それとパパからの伝言でさ、アンタたちが通ってる学校の近くで最近、清掃ロボットの壊される事件が二件も三件も起きてるって言うんだけど……なに? アンタたちそんな壊して回ってんの? 想像以上にサイテーね。顔だけじゃなく心までブサイクとか、アンタたち生きてる意味ある訳?」
「ちょちょちょ、カオル、カオルってば」
「いいい、言いがかりだそんなの!」
当初からリーダー格だった少年が、必死の様子で抗弁を始めた。可哀想に、口先は強がっているが手足がブルブルと震えているのが見てとれる。
「俺らがやったなんて証拠、どこにあんだよ!」
「ねえ、知ってる?」
正直、マコトから見ても不気味に思えるぐらいワザとらしくニッコリして、カオルはマコトの方を指差しながら言った。
「そいつね、一級アンドロイド整備士資格を持ってるのよ。その気になれば、壊れたメモリーから映像を吸い出すなんて朝飯前。そうでしょマコト?」
「えっ? ま、まあね、三十秒あれば終わるかな」
まあ正直ハッタリだが、素人目線から見ればあっという間に吸い出せるのは確かだろうから、その辺は適当に誤魔化すマコトである。
「この街に住んでるなら、ロボットドクターっていうの聞いた事あるわよね? ロボットドクターはね、故障の原因調べて診断書を書けるの。もちろん、修理費用の見積もりとかもね。さあて、アンタらの親は一体いくら弁償するハメになるのかしら?」
「「「…………」」」
「良かったわねえ三人とも。このまま破産までまっしぐら♪ 夜の街はすごく寒いから、今のうちに新聞紙に包まって眠る練習でもしといたら? ……凍死してからじゃ遅いわよ」
「「「うわああああごめんなさーい!」」」
最後の最後でドスの利いた声を浴びせられ、悪ガキトリオは我先にと弾かれた様に逃げ出していった。その後ろ姿をしばらく眺めていたカオルだったが、やがて彼女は満面の笑みでマコトの元にやってきた。
「イェーイ、マコト♪」
「……あ、ありがとう」
助けられたことへの感謝も込め素直にハイタッチに応じるマコトだったが、どうにも苦笑を禁じ得ない。それなのにカオルはといえば一仕事終えたという充実感が、顔と言わず全身から滲み出ていた。
「……助けられといて何だけどさ、若干オーバーキルだったんじゃない?」
「構やしないわよ、あんなバカトリオ……少しトラウマ背負うぐらいのことがなくちゃ、どうせまた同じこと繰り返すのがオチでしょ。長い目で見たら本人たちのためなのよ」
「……あと一応ボク、整備士の資格はあるけどロボ医者の資格はまだ正式には取ってないぞ。修理は出来るけど、診断書は書けないんだ。脅すにしたって、資格の詐称はちょっと」
「アンタ本当に変なとこ真面目ね……いいのよ。確かにウチ、マコトが整備士で、ロボ医者が診断書を書ける、とは言ったわよ。だけど、マコト自身がロボ医者かどうかなんて、一言も言ってないもん?」
「……相変わらずだなぁ、カオルは」
「マコトだってそうでしょ?」
ホッとするのと同時に、マコトは変わらぬ幼馴染みの頼り甲斐に素直に感嘆してしまう。正義に邁進する少女。それがカオルだった。多少面倒臭い部分はあれども、マコトが彼女を信頼できる理由の一端はここにある。
権力者の娘で七光りなどと言われると聞こえが悪いが、マコトの知っている限りカオルがその使いどころを間違えた場面は一度もなかった。ただし、少々やり過ぎるきらいはあるが。
「あー、何だか昔を思い出しちゃった。小学校の時のこと覚えてる? ウチとマコトでさ、よく街中のパトロールしてたわよね。ロボットをいじめてる奴がいないか一日中歩き回ってさ。思えば結構楽しかったかも」
「出くわした方もビックリだよね……まさか警察署長への直通便持った子供が街中をパトロールしてるだなんて、普通思わないもん」
「七光りつっても要は使いようよ、使いよう」
「学校のサボリを看過して貰うのも、数に入ってる訳?」
「ああもう、いいのよ。そういう細かい事は」
「適当だなぁ」
「システムチェック問題ナシ。バッテリー問題ナシ。フレーム一部変形アリ。ゴミ収集続行可能」
と、マコトの腕の中でランプを点滅以外ずっと沈黙を守っていた清掃ロボットが、ようやく音声ガイドを再起動させる。それを聞きマコトは安心した。
「そうか、壊れてなくて良かった」
「助けてクダサリ、ドウモアリガトウ。デスガ竜宮城ニハ連れて行けませン。モシ宜しければ、ゴミ回収にご協力を願いマス」
「この子いま、竜宮城って言った?」
「このタイプの清掃ロボ、いつ見ても面白いよなー」
目を丸くするカオルとは対照的に、マコトはロボットをまじまじと観察して先程とは一転、純然たるマニアの顔をしていた。
「ゴミ拾いっていう本来の目的と何の関係ないのに、会話の中にちょくちょくユーモアを挟もうとするんだ。街の外から来た人にはロボットに親しみ抱いて貰うのに効果絶大だし、シンプルな発想にも開発者の創意工夫が」
「はいはい、ロボオタクの蘊蓄はひとまず置いといてさ……手伝うの? 手伝わないの?」
「勿論手伝ってあげるよ。カオルは?」
「ま、乗りかかった船だわ」
マコトとカオルは、共に清掃ロボから路上に散らばってしまったゴミを拾い集める作業を開始した。両手を上下させて「感謝カンゲキ雨アラレ~」などと下らないことを宣っている清掃ロボの蓋を開けては、収集したゴミを次々放り込んでいく。
「……だけど本当に良かったわ」
「何が?」
「アンタのこと。元に戻ってくれたみたいでさ」
マコトは思わず手を止めて、カオルのことを振り返る。丁度向こうを向いていたため、彼女の表情を窺い知ることは出来なかったが、それでも内心ホッとしているのかもしれない、と思った。
それはマコト自身も同様で、あの後一応スマホを通じて「ごめん」と謝罪のメッセージを送っておいたものの、お互い最後に会った時のやり取りがあんな風だったため、直接再会するまで不安に思っていたのも事実である。いつもと同じく困っている時には助けて貰い、「本当に良かった」と言うべきは本来ならマコトの方だった。
「やっぱりね……ウチは今日みたいなマコトが、一番好きなんだと思うのよ。ロボットのために熱くなって、聞いてもないのに蘊蓄を並べ始めてさ。ウチが小さい頃から知ってるマコトってそういう奴だもん。バカだけど、夢とか情熱いっぱいでキラキラしててさ……」
「……カオル」
「マコトだってさ、正直そういう自分の方が――」
「――お待たせいたしました、マコト」
至近距離からの声に、マコトとカオルが同時に反応する。
いつの間にかケイが、中からフランスパンの突き出した紙袋を小脇に抱えたまま、こちらをまじまじと見つめる様に立っていた。どうやら、マコトたちがドタバタしているうちに買い物を終えていたようである。
「先程、マコトが大きな声を出していたようですが、何か問題でも?」
「別に何でもないよ、ケイ。それより何度も言ってるけど、急に間近に立つのやめろってば。こっちだってビックリするじゃ」
「嘘…………珪子さん…………?」
「……あっ」
「ふにゃあ」
ケイを目にしてから、それこそ三十秒とかからなかった。
そう、彼女とて顔見知りの一人なのだ。幼馴染みがショックのあまり白目を剥いて倒れる姿に、マコトは反応するのが一瞬遅れてしまった。
「あああ、カオル――――ッ!?」
ドサリと音を立てて仰向けにひっくり返るカオル。先だって散らばっていたゴミがクッション代わりになったのが幸いであった。やってしまった、と遂に慌てふためく羽目になったマコト。
その一部始終を、当の原因であるメイドロイドは不思議そうに小首を傾げて見守っていた。




