第03話「君の青春は輝いているか」(4/4)
目覚めた彼女が最初に目にしたのは、入り組むように無数の配管が張り付く武骨な天井だった。ぶら下がる照明の多くは刺激の少ないLED灯だったが、周りの光景が光景であるだけに冷たい印象はぬぐえない。ケイは知らぬ間に、ロボット用ベッドの上に横たわっていた。
「……やっと気が付いたね」
声がした方に顔を向けるとマコトが立っていた。それまでずっと覗き込んでいたモニターから目を離し、ケイに近づいてきて軽く反応などをテストするとまたすぐ別の機器を操作する。ケイの上半身がググッと自動で持ち上がった。背中側に接している台座そのものが、直立状態に移行中だった。
ケイを台座に固定していた諸々が解除され、彼女は自由の身となる。改めて見まわすと、そこはケイが当初眠っていた教会地下の秘密研究所……ロボット専用のメンテナンスブースであった。
「キミが工場で倒れてから、もう五時間は経ってるんだよ。あのまんま永久に目覚めなかったら、どうしようかと思った。キミをここまで運ぶの、とにかく大変だったんだからな。火傷しそうなぐらい体が熱かったし……」
ケイは腕や指関節などを何度も曲げ伸ばして、その挙動を確かめる。問題は確認されなかったが、何も答えずに延々そんなことをやっているのでマコトが眉をひそめて、顔を覗き込んでくる始末だった。
「もしかして、まだ寝ぼけてる?」
「いえ、助けていただき感謝します。ご心配をおかけしました」
「……けどさ、キミの体どうなってるの? 寝てる間に軽く調べたけど、正直こんなの見たことないよ……物凄いテクノロジーだ」
「私の全身を、余すことなく観察したのですね」
「イチイチ変な言い方やめてもらえる!? メンテナンス!」
マコトは抗議しつつも、もはや諦めた様に溜息を吐きデータを見直した。
「基本構造はディアーロイドそっくりだけど……全身のあちこちに武器が搭載されてる。しかも胸の奥には、小型のプラズマ反応炉みたいなものが埋め込まれていて……本当にとんでもない技術だよ。あの最後の必殺技みたいな攻撃も……あれは何だったの?」
「メガメイドプラズマ……プラズマ・コアそのものを解放しエネルギーを直接標的目掛けて放出する、私に与えられた最終手段です」
相変わらず、とんでもないことを真顔で言うケイだった。
「他の伝導機関を経由しないためエネルギーロスを最小限に抑えられますが、その代わり、使用した場合はマコトもご覧になりましたように、長時間に渡り起動そのものが不可能となるリスクを伴うのです。それだけエネルギー消費が激しいのです」
「……文字通り最終兵器ってことか。でもお陰で、ひとつ分かったよ。キミを作ったのが誰であれ……それは、ボクの父さんや母さんじゃない」
「そうですか」
「ボクの知ってるあの二人は……絶対に破壊兵器になるようなロボットだけは作らないから……いやごめん、言葉が足りなかった。別にキミのこと責めてる訳じゃないんだ。ただ……」
「私からもひとつ、報告がございます」
ケイはマコトの言葉にも表情ひとつ変えず、あとを引き取って言った。
「マコトを襲ったロボットたちですが……どうやら、何処かから彼らに強力な電磁波が放射されていた模様です。特に、人格の変容が起こった最後の会話において、それは顕著なものでした」
「……それじゃ、やっぱりボクを襲ったロボットたちは自分の意思でそうした訳じゃなくて、誰かに操られていたってことなんだね」
「可能性は高いかと。残念ながら、発信源の特定にまでは至りませんでした」
「それでも大きな収穫だよ。正直気にはなってたんだ……外見も反応もかなり高精度なロボットたちなのに、ディアーロイドなら必ずあるランプやポートの類が一切見当たらないしさ」
マコトは口元に手を当て、生来のロボットオタクぶりを十全に発揮し分析を披露してみせる。
「つまり彼らは、正規ルートでは販売されていない非合法製品、もしくは違法改造された既製品ディアーロイドである可能性が高い訳ですね」
「『神なき知恵は、知恵ある悪魔を作る』……か」
「……マコト?」
「あ……いや、何でもないよ。それよりキミにも謝らなくちゃね。いくら不安だったとはいえ、短絡的にものを言い過ぎた。ロボットっていうだけで随分と八つ当たりしちゃったし……本当にごめんね。キミがいてくれなかったら今頃どうなってたことか」
「いえ、問題ありません」
マコトは後悔を噛みしめるように、初めてケイに対して頭を下げる。
だが、それを見つめ返すケイの顔に感情は読み取れない。その視線を非難と取るべきか赦しと取るべきか、彼女の言葉とは裏腹に、まだマコトにはよく分からなかった。
「マコトの方こそ、彼らの言ったことを気にしていませんか。何しろ、黒幕と思われる存在に名指しで非難されていましたから」
「……えっ、ボク? いや、ボクは……」
「マコト……やはり私は、今後は何が起きようともマコトの傍に居続けるべきである、と考えています」
ケイは今度こそ明確にそう告げてきた。マコトの顔に動揺が走る。
「この私が、マコトにとって容易には歓迎し難い存在であることは、理解しています。しかしこの街で現在、マコトに対して害を為そうとする者が存在しているのもまた事実。敵が何処にどの程度潜伏しているのか明らかでない以上、マコトを守れる者は私をおいて他にないものと推察しますが」
「いや、それは……」
「ご安心下さい。事の真相がどうであれ、私はマコトのことを信じています。何があってもマコトの味方であり続けるつもりです」
マコトは思わず、じっとケイの顔を見つめ返した。
彼女の顔に、迷いは見えない。いや迷いはおろか、悪意や怒り、悲しみさえ存在しなかった。自らの使命に何の疑問も抱いていないのだ。強いて疑問符を浮かべるとすれば、マコトの次の言葉が何かというぐらいのものだ。
亡くなった姉と同じ顔から向けられる、そんな無垢な視線に次第に耐え切れなくなり、マコトは何も言わぬまま地上へ続く通路に向かって去っていった。ケイの視線が、それを追いかけていく。
「……マコト」
ケイもまた、マコトの後を追って起き上がると、地下施設を抜け出し地上へ上がっていった。直通路にあたるマコトの父の私室を通り抜け、邸内を彷徨い歩いた末にリビングへとたどり着く。
カーテンを閉め切った真っ暗なリビングの隅に、ドアに背を向けるかたちでマコトは立っていた。彼は今、棚に置いてあった古めかしい物体を手に取り、興味深そうにしげしげと眺めている。
「マコト? どうかしたのですか」
「これ……捨ててなかったのか……」
「天球儀ですね。不要な物でしたでしょうか?」
それはシルエットだけなら、地球儀とよく似ていた。しかし球体の代わりに真鍮のような質感の無数のリングが、小さな球体の周囲で複雑に交差し合っている。通称・アーミラリ天球儀と呼ばれるものだ。その起源を古代ギリシアにまで遡る、古典的な天体観測用の補助具である。
「結構大胆に掃除してるように見えたからさ……置く場所とかも、この位置で正解なんだけど。これ、何か理由があって残したの?」
「……分かりません。ただ観察していると、マコトを見ているとき同様、私の中のプラズマ温度が微かながら上昇傾向を示すのです。そのためか古めかしい外観に反して、不要な物とは思われませんでした」
ケイはそう言ってかぶりを振る。含みがある様には見えなかった。
「設置箇所については、完全なランダムでしたが……何か問題でも?」
「いや……実はこれ、珪子姉ちゃんの私物だったんだ」
言いながら、マコトは天球儀の台座部分をいじる。途端に、天球儀の中央部からまばゆい光が放たれ、それまで真っ暗だった部屋いっぱいに、ひと目では把握しきれない程のたくさんの星座図が投影されるようになった。五十嵐邸のリビングルームが、即席のプラネタリウムと化していた。
見上げるケイの目が、はじめて驚きに見開かれていく。そのことに気付いているのかいないのか、マコトは少しだけ得意げに語ってみせる。
「父さんと母さんが、いつかの誕生日にプレゼントしたやつでさ。外観だけはレトロチックな天球儀なのに、中に高性能のプラネタリウム投影機が仕込まれてるんだ。いい趣味してるって、素人のボクでも分かるよ」
「……美しい光景です」
所詮は見せかけに過ぎない。だがしかし、外観だけなら極限まで真に迫った星々の見取り図に目を奪われたまま、ケイはぽつりと呟いた。
「まるで星々のミュージカル……彼らの紡ぐ物語に、いつか私も加わることが出来たなら、素敵かもしれません」
「……えっ」
マコトは自分の耳を疑って、思わずケイの横顔を見つめてしまった。
しばらくしてから本人も気が付いたように、マコトを振り返る。
「どうかしましたか、マコト」
「……それ、いつも姉ちゃんが言って……」
ただ呆然と目の前の少女を見つめるマコト。瞼の裏側に、在りし日の五十嵐珪子のキラキラした表情がフラッシュバックし、ケイの姿と重なる。マコトはそうして、長い時間黙り込んでいた。
「マコト……しっかりしてください、マコト」
「……ッ! あっ、ご、ごめん……何でもない」
「もしや、私が到着する前に何か深刻なお怪我でも」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ。大丈夫だから。それより、さっきの話だけどさ……正直キミの言う通りだと思う」
「……? それは、つまり」
マコトはとりあえず、ワザとらしく咳払いをしてみせる。たった今の動揺を忘れてしまいたくて堪らなかったのだ。
「……認めるのは癪だけど、キミ以外にボクを守れそうな奴はいない。だから……居てもいいよ、ウチに。取り敢えずだけどね」
「……ありがとうございます、マコト」
「あ……認めたって言っても、あくまでメイドロボットとしてだからね。頼むから、またお姉ちゃんとか弟とか、そういうのはナシだからね」
「ではいつか……マコトに本当のお姉ちゃんとして認められるように、精一杯努力いたします。私はマコトのメイドであると同時に、お姉ちゃん見習いでもあるのです」
「だだだ、だからお姉ちゃんとか言うなぁっ!」
今度こそ動揺の隠しきれないマコトの悲鳴が、室内にこだまする。その間もずっと、小さな天球儀は我関せずとばかり、ただただ美しい見せかけの銀河を暗闇へと投影し続けていた。




