7.地獄への扉
祖父母の家に住み始めてから、祖母が亡くなったり、祖父の認知症がかなり進んでしまったり…と、色々あったが、一番の変化は「猫」だった。
私たち夫婦は、一般的に言う「猫厨」だ。
お猫様の忠実な下僕、野良猫様のストーカーである。
ちゅーるは常に持参しているのは嗜みである。
私の実家には3匹のお猫様がいて、母猫と息子2匹の親子猫様たち。
13年同じ環境にいたのに、突然息子猫たちが毎晩大喧嘩を繰り返すようになってしまった。
多頭飼いのお猫様には良くある事で、オス猫様同士だと、兄弟でもそうなる事もあるらしい。
そして、また元の様に仲良くなる事も有れば、ならない事もあるそうで、この子達の場合は後者だった。
実母は泣く泣くどちらか一匹を私たちに任せたいと言い出した。
2匹のうち一匹は、うちの夫が名付け親だったので「テトラポット」を家で引き取った。
テトラポットでは長いので、みんなに「てっ君」と呼ばれていて、この子はなかなかの甘えん坊。
3匹のうち、てっ君は夫が大好きだったし、私も夫もてっ君を一番可愛がっていた。
人間が大好きで、撫でてくれる人なら初めましての人にでも「触って〜、撫でてぇ〜」と寄っていく。
まるでお犬様の様なお猫様だ。
それでも、てっ君がうちに引っ越ししてから数ヶ月は、母が足繁くうちに来て、てっ君の様子を見に来ていた。
そして、てっ君が私たちにべったりになるまでに、大して時間は掛からなかった。
夫は義母と少し距離を取っていたが、義父と同じ会社に勤めていたので、義母の話を持ち帰ってくる事もあったが、私には関係ないを貫いていた。
夫自身も、義父からの義母の話にはうんざりしていた様だった。
「追い出された」と言う事は、義母に私たちは必要ない、この先世話になるつもりはないと認識している。
夫は実家を追い出された今、祖父母の家に住まわせてもらっている事、それ以前から私の両親に色々お世話になっていた事もあって、私の両親の面倒を見たい、と言ってくれた。
そして、今後自分の両親の面倒は絶対見ない、嫁と接触はさせないと義姉に宣言までしていた。
ま、私にとっても、義母に今のこの生活と環境を壊されたくはない。
正に「こっち見んな」だ。
だからこちらからのアクションは一切ない状態だったのだ。
この頃の私はまだ義母が「嫌い」程度で、「この人の血統の子供ならいらない」程度の嫌いレベルだった。
恨むまでは到底到達していない。
だからうちに子供はいない。
てっ君がいればそれで十分幸せだった。
そんな頃だった。
義姉夫婦が義兄の転勤で地元を離れる事になったのを期に、夫が仕事終わりに義実家に寄って帰って来る毎日になったのだ。
これまで、義母の買い物に付き合ったり、ご用聞きを義姉がずっとやっていたが、そうもいかなくなった。
追い出したくせに、とは思っていたがそれは仕方がない事だ、と呆れ半分諦め半分。
私の生活に土足で踏み込んで来ないだけマシだから、夫の帰りが少し遅くなる程度許してやらん事もない。
私は性格が悪いので、それでも一切私からのアクションは起こさなかった。
夫がそれを望んではいなかったから、知らぬ存ぜぬを貫いていた。
ある休日の昼下がり。
私は家事を、夫はゲームをしていた。
その時、夫のスマホが鳴って電話に出る。
「もしもし。…うん…うん。いつから頭痛いの?…うん…うん右手?歩けるの?…うん。ふらふらするだけ?」
と、言っている。
察するに、義父からの電話で、義母が頭が痛くて右手が動かないって事だろう。
「呂律は?」
私は電話する夫にも聞こえるように言うと、夫は
「呂律は回る?…回らないのね。分かった。」
と言って目配せする。
「救急車呼んで。」
私は片付けの手を止め、出かける支度を始めた。
「親父、すぐ救急車呼んで。今からそっち行くから。…え?…あー、分かった、こっちで呼ぶから救急車待ってて!」
と言って夫は電話を切った。
私の脳内の動きはこうだ。
あ、脳梗塞。初期行動大事。呂律回らないのは危険信号。呼吸止まる可能性。すぐ救急車。
今考えても、あの状況で自分があんなにも冷静だったのは驚きだった。
多分それは義母がどうでもいい人だったからだ。
肉親や友人だったら、私は多分焦ってこんなに頭が回るとは思えない。
案の定だった。
義母は近くの脳神経外科に運ばれた。
そして、その後の行動も冷静だった。
義姉に電話で連絡。今の義母の状況。入院の手続き。
淡々と冷静に事を運んだ。
自分でも本当に驚きだった。
そして、すべての事を済ませ帰宅した時、夫が私に「ごめん」と言ってきた。
「何が?」
と、私が言うと
「本当はあの人と関わらせるつもりなかったのに、巻き込んで。」
と言われた。
なんであの義母から、こんな人に育ったのか、本当に謎だ。
「気にしなくていいよ。大事の前の小事だよ。寝たきりとかになられたらそれこそめんどくせぇし。」
と、言ったけど、まさかほんとに大事の前の小事になると、この時の私は知るよしもなかった。
義母の入院中、コロナ禍と言うこともあり、面会はできないし、荷物も受付に届けるだけしかできないのもあって、私は普通の日常を謳歌していた。
その間、夫は荷物届けたり書類届けたりと、色々忙しかったようだが…私には関係ない。
義母には私に面倒見られるつもりは毛頭ないし、私も関わるつもりはない。
だが、地獄の扉が少しずつ、着実に開き始めていたことに、私はまだ気付いてはいなかった。




