21.お仏壇攻防戦
義母は基本自室から出て来ない。
出てくるのは、デイサービスの時、トイレの時、自分の昼食を用意する時、夕飯の時だけだ。
義姉と夫に言われている「家事」は、やる気が起きた時だけやっている。
しかし、義母も毎日欠かさずやってくれている事がある。
それはお仏壇のお世話だ。
義母のいる部屋にお仏壇があるから、義母も気を使ってくれているのだろう。
ちゃんと、毎日お供えのお水と香花のお水を変えてくれている。
実母は毎月祖父と祖母の月命日の真ん中、14日に香花とお供え物を持ってきてくれるので、綺麗に保たれていた。
しかしそれは、私にとって「人質」と何ら変わらない。
いつ天の岩戸が発動し、物をぶん投げるか分かったものじゃない。
お仏壇に直接危害を加えるつもりはないかも知れないが、投げた物によってはお仏壇をぶっ壊されたら…と考えるとやはり信用出来ない。
ストレス発散に「物をぶん投げる」事をずっとやって来た人だ。
私はいつも気が気ではないのだ。
「お金がない」と言う理由で家に住みついている義母は、だんだん本領を発揮しだした。
10月にうちに来て、私の言う事を聞いていてくれたのは、はじめの1ヶ月だけだった。
11月に入ると、これまでもぐうたらだったが、更にぐうたらになり、自室で昼食をとった後、それに使ったお皿を片付けるのも、夕飯の時部屋から出てくる時にシンクに出すようになっていた。
予洗いも水につけておく事もないので、お皿はカピカピになり、こびり着いた汚れはなかなか落ちない。
その汚れが落ちづらくなったお皿を洗うのは私。
それでなくても、ここの家にあるものは、祖父母が遺していった物。
要するに「形見」であることには違いない。
実に不愉快だ。
私もぐうたら主婦ではあるが、私以上にぐうたらしている。
夫のいる前で「使い終わったら、汚れが乾燥する前に予洗いして、水につけておいて下さい」とお願いしても、夫の前では「分かった」と返事はするが、実際は全くやらない。
相変わらず、夕飯時までお皿を放置して、言うまでもないが、予洗い?水につける?ナニソレオイシイノ?状態で、シンクに置くだけ。
義母の部屋には入りたくないので、せめてそれくらいやってもらえないだろうか、と思っていたのだが…。
ある日、私が大切に使っている平皿2枚が見当たらなくなった。
てっ君と同じ柄の猫のイラストの入ったお皿だ。
夫は「てっ君はこんなにデブじゃない!」と言っているが、実の所夫もこのお皿は大事にしていて、「てっ君皿」と名前まで付けている。
そのお皿が2枚とも見当たらないのだ。
もちろん、その平皿を私と夫が大切に使っているのを義母は知っているし、義母もその平皿が軽いし可愛いし使いやすくて気に入っていた。
犯人は義母しかいないのは分かっていたが、私は義母がいる時に部屋に入りたくはない。
義母がデイサービスで部屋にいない時に、こっそり部屋に入って掃除機をかけ、お仏壇に手を合わせていた。
仕方がないので、義母のデイサービスの日を待って義母の部屋に入った。
割れてはいないもののお皿は汚れたまま重ねられ、その上にお茶碗とお箸、挙げ句使ったティッシュが乗せられて放置されていた。
何してくれとんじゃ、ワレ。
怒りに震えた。
私の「物を大事にする」と言う祖母の血が沸騰していた。
しかし、ここで私が義母を叱って「万が一」が起こってもイヤだ。
─私にとっての万が一、それは「機嫌が悪くなって、八つ当たりでお仏壇を破壊される事」である。
「万が一」という言葉は、私の脳内で沸騰した血液を冷却させた。
ここで一考。
さて、どうするか。
よし、使えるものは全部使おう。
私はまず義姉に電話した。
あの平皿を大事にしているのは義姉も承知している。
だからまず義姉にチクる。
使っても構わないけど、使い終わったらすぐに予洗いして水につけて欲しい旨を伝えた。
「自分で皿洗いもしないくせに、使い終わった皿を放置なんて言語道断!」と怒る。
そして、義母に注意するのは夜まで待って欲しいと伝える。
次に、てっ君皿には申し訳ないが、義母の部屋で大人しくしてもらって、夫が仕事から帰るまでは、何食わぬ顔で1日を過ごす。
夫が帰って来て、夕飯を盛り付ける時、夫に
「あれ?てっ君皿が1枚もない…どこいったんだろ?」
と、けしかける。
夫は「まさか、またあのババァ…!」と言いながら、義母の部屋に突入した。
…計画通り(ニヤリ)
「何で汚れがこんなになるまで皿を置きっぱなしにすんだよ!嫁にこの間注意されたばっかだろうが!」
夫の怒る声がする。
義母は
「別に夕飯の時に持っていけば、その後全部一緒に洗えばいいだけじゃない。」
と、何で怒られているのかも分かっていない様子。
「汚れが乾いた皿を洗うのは大変なんだから、ちゃんと予洗いして水につけろって俺が子供の頃からずっと言ってたのはお前だろうが!」
夫のその言葉に私は、
子供に叱っていた事を、その子供に叱られるとはこれいかに。
と、思いながら笑いを堪える。
夫は続ける。
「その皿2枚そこにあるって事は、1日以上そこにあったんじゃねぇの?それでなくても、その皿は嫁が大事にしてる皿って知ってるよな?」
義母は淡々と
「知ってるわよ。」
と、答えると夫は更にヒートアップして
「知っててその扱いしてんの?世間一般だとそれを何て言うか知ってるか?大事にしてるのを知ってて、大事にしない。それを「嫌がらせ」って言うんだよ!」
と、言い放った。
「嫌がらせなんて大げさよ。ただ、シンクに出すのを忘れてただけなんだから。それに大事にしてるなら、飾っておけば?使ってるんだったら別にいいじゃない。」
は?コイツ何言ってんの?
これには流石に
「お皿は大事に使ってあげるのが優しさだって祖母に言われたんです。飾るとかそう言う問題ではないんですよ。他のお皿だって、汚れが乾くと洗うの大変だから、すぐに予洗いをお願いしてましたよね?そもそも私が大事にしてるお皿ということを理解しているのに、汚れたまま放置するのは流石にゆるせないので、お義母さんはそのお皿を二度と使わないで下さい。」
と、やんわり言った。
ホントは「うちの物を雑に使うなら、自分の皿くらい自分で買って自分で洗えや!」と言ってやりたかったが。
すると夫が
「大体、ここの家の物は全部嫁の物なんだよ。だから約束守らずに他人の物大事に使えないなら、自分で皿買って自分で洗えよ。今は100均で皿買えるんだから。」
と、義母を叱る。
義母はそれでも
「分かったわよ。もうてっ君皿は使わない。それで良いでしょ?」
と、論点ズレた答えが返って来た。
違う、こっちは「約束守らないなら、うちにあるお皿は使うな」と言ったのに、義母の中で「約束守るのはてっ君皿だけで、てっ君皿以外の皿なら約束破っても使ってもいい」と脳内変換されたんだろう。
脳内お花畑に敵うものはいないな、マジで。
めんどくさくなった私は
「それでお願いしますね。」
と、だけ言うと、夫は
「それでいいの?」
私は義母に聞こえないくらいの声で
「そりゃ、祖父母の形見だからお皿だって大事に使って欲しいけど、ここで妥協しないとお仏壇がどうなるか分からないから、今はてっ君皿だけ守れれば良いよ。」
と、返答した。
夕食の後、義姉に電話した。
てっ君皿を使わない事で手を打った事を伝えると、義姉は
「いや、やっぱそれだけじゃダメだよ。私が上手く説得してちゃんとやらせる様にするよ。」
と言ってくれた。
翌日から、義母はお皿を洗うようになった。
もちろん、自分の使ったお皿だけだが。
義姉がどう説得してくれたかは分からないが、とりあえず部屋に放置はなくなった。
さすが義姉だな、と関心してしまったのは言うまでもない。
それからは、義母がお皿を洗ってるのを見ると、私は
「ありがとうございます、助かります。」
と、よいしょする毎日。
機嫌を損なわない様に、よいしょするのだ。
毎日毎日、こうやってお仏壇攻防戦が繰り広げられている。
義母の機嫌が損なわないギリギリを攻める。
ストレスがたまらないワケがない。
でも、お仏壇を守る為、私の心の安寧の為だ。
人生は妥協の連続だ。




