20.ハニートラップ
私は家事の中で特に炊事が苦手だ。
義母が家に来てから、それなりに栄養に気遣う食事を作っていた。
血圧が上がらない様、血液の流れが悪くならない様に。
別に義母の健康を気遣ってやっているわけではない。
あくまでも、義母がこの家で死なないための努力。
また脳梗塞にならない為にどんな食事が良いのか。
色々調べて、作っていた。
全部ネットに載っているので、便利な世の中になったもんだ。
だから別に感謝して欲しいなんて、これっぽっちも思っていない。
義母の為じゃない、自分の為だからね。
義母は脳梗塞後に定期的に病院に通院している。
その日は通院日で、夫が義母を病院に連れて行っていた。
私は家で家事をしていた。
家事が終わる頃、夫と義母が帰ってきたのだが、義母はとてもご機嫌だった。
義母は私を見るなり
「検査の結果が良かったの。血圧も下がって、血行も良くなってるって。」
と、言ってきたので、
「良かったですね。」
と、私は笑って答えた。
この家で倒れるリスクが減ってるなら何より。
すると、夫が不機嫌に言う。
「違うだろ?食事管理がちゃんとできてるから血圧も血行も良くなって、脳梗塞のリスクも下がってるんだよ。それは誰のおかげなんだよ。」
夫は義母に対して沸点が低い。
ちょっとの事で不機嫌になる。
「分かってるわよ。だからちゃんと報告したじゃない。」
義母はそう言うと、部屋に戻っていく。
夫は
「分かってんならなんでちゃんとお礼言わないんだよ。嫁が苦手な炊事頑張ってくれてるからなのに。マジ腹立つ。」
と、ぶりぶりむっかむかだ。
しかし、こちらとしては、本当に感謝もお礼もいらんのだ。
ただ、この家で「万が一」が起こらなければ何でも良い。
「別に気にしてないし、感謝されたいわけじゃない。お義母さんが良くなってるならそれで良い。」
元気になってさっさと出てってくれればそれで良い。とまでは言わないでおく。
「お前がそうやってお母さん甘やかすから、アイツ調子に乗るんだよ。」
夫はソファーに座りながらそう言った。
「甘やかすも何も…言っても聞かない人に何言っても無駄だし疲れる。」
と、私は返す。
「アイツに言いたい事あったらちゃんと言ったほうが良いよ?ストレス溜まるぞ?」
夫のその気遣いに私は
「お仏壇があるからね、機嫌悪く無られないように摩擦なく生活したいの。」
と、答えると
「だから、大丈夫だって。弁償する金なんてないんだから、お仏壇に手を出す勇気なんてアイツにはねぇよ。」
夫はそう言うが信用できない。
「そうかもね。でも、そうじゃないかも知れない。だから私は空気と話すつもりないし、何も言うつもりないよ。」
と、話していると、義母が部屋から出てきてこう言う。
「枕が合わないから新しいの欲しい。」
夫は大きなため息をついたが、私は「また始まったな」としか思わなかった。
義母は自分の誕生日には何かしら夫にねだってくる。
子供か?まぁ、子供なんだろうね。
今年の義母の誕生日は、色々あったのでねだっては来なかったけど。
しかし、ニトリの寝具コーナーで枕を見ていると
「この枕良さそうだけど、ちょっと高いわね。お金もないし。」
と、義母は夫に言った。
これは義母の「察して」だ。
それを分かってる夫は
「自分で買えよ。」
と、しれっと言う。
「でも、この先何があるか分からないからお金はとっておきたいのよ。でも、今の枕は首が痛くなっちゃうのよね。」
と言う義母の言葉に私は笑ってしまう。
何で素直に「欲しいから買って」って言えないのか。
夫の顔は明らかに怒っていて
「は?お前何言ってんの?お前の家での生活費は誰が出してると思ってんの?俺だぞ。なのに何でお前に買ってやらなきゃいけないんだよ。嫁にならまだしも何も家事に貢献してないお前に、これ以上は出せねぇよ。」
と、言う。
なるほど、夫の怒りはそこだったか。
「え?だって、今年の私の誕生日は何もくれなかったじゃない。」
悪びれる様子もなく義母がそう言った。
義母の「察して」は「誕生日に何ももらってないからこれ買って」だったか。
それは気付かなんだ。
実に面白い。
ま、親子の言い合いに口出すつもりはないので、私は私でキッチン用品を見にその場を去った。
しばらくキッチン用品売り場をうろうろしていると、夫がやって来た。
「帰るよ。何か欲しいものあった?」
「いや、特にないよ。帰ろうか。」
私は夫に付いていくとふと気付く。
「あれ?お義母さんは?」
そう夫に聞くと、夫はめちゃくちゃご機嫌斜めで
「は?買うもの買って先に車に乗ってるよ。」
いやはやさすがさすが。
団体行動もあったものじゃないわね。
「まぁ、よろしいんではないでしょうか。」
と、私は笑った。
そして、気になっていたことを夫に問う。
「結局、枕はどっちが買ったの?」
「俺だよ!!!」
と、声を荒らげて言った。
その日、義母は「寝るのが楽しみだ」と言いご機嫌、それに比例して夫は不機嫌まっしぐらだ。
そりゃそうだ。
まぁ、機嫌が良いことは良いことだ。
私にとって、義母が不機嫌でなければ何でも良い。
次の日の朝、それは起こった。
義母は不機嫌そうに部屋から出てきた。
「おはようございます。」
と、私が言うと。義母は
「枕が合わなくて頭が痛いから、今日は家事手伝わなくてもいい?」
と、言ってきた。
別に期待してませんので
「良いですよ。」
と、言うと、出勤前の夫が
「枕合わなかったんだ。」
と、聞く。
義母は
「そうなのよ、ホント無駄な買い物だったわ。勿体ないから返品したいの。」
いけしゃあしゃあと夫に言う。
は?コイツ何言ってんの?
買ってもらったんだよね?
他人から買ってもらったものを「無駄な買い物」?
「返品したい」?
ホント何言ってんだ、コイツ。
と、思っていると、夫がブチ切れて
「無駄も何もねぇだろ。テメェの財布はなんにも傷んでねぇだろ!気分悪いわ!」
と、言うと勢い良く玄関を開けて出ていった。
そりゃそうなるわ。
そして、義母は私に言う。
「何をそんなに怒ってるのかしら?無駄だったんだから返品してもいいと思わない?」
と、言われたけど、
「買ってくれたものを返品って…ニートラップ仕掛けて、買ってもらったブランドバッグを売るどっかの詐欺師か何かかな?」
と、つい口に出してしまいそうだったので、聞こえないふりをした。




