第8話『くるたび交流ステージ in リオ』
「マジで来たね、ブラジル」
空港の出口を抜けた瞬間、いぶきは思わずつぶやいた。
熱気、陽射し、賑やかなスペイン語。すべてがカラフルで、自分がまるごと別の世界に来たようだった。
世界大会で出会ったリオの選手・レオナルドからの招待で、彼らが企画するストリート・キッズ向けの交流ステージに参加するため、いぶきは一人で久留米を飛び出してきた。
現地でレオナルドと再会すると、彼は白い歯を見せて笑った。
「イブキ、来てくれてありがと!子どもたち、君のパフォーマンスを楽しみにしてるよ」
案内されたのは、リオの郊外にあるスラム地区。鉄板を重ねて作った家々が続き、舗装されていない道の上では、子どもたちが裸足でボールを蹴っていた。
(言葉、通じるかな…)
不安がよぎったその時、少年がボールを手渡してきた。
「Joga!(やってみて!)」
いぶきは頷いた。そして、久留米絣の羽織を翻しながらくるたびを履いて立ち上がる。
目の前の地面はアスファルトじゃない。土と石ころが混じる、自然のままのフィールドだった。
(こういうとこで、蹴ってきたんだね)
ボールを跳ね上げ、ターン。リフティングからの回転、背中越しのヘッドタッチ。
誰もが笑っていた。大人も、子どもも、そしていぶき自身も。
汗をかきながら踊るように蹴るその姿は、まるで昔の蹴鞠。
くるたびの先が、小さな砂煙をあげて跳ねた。
やがて、女の子がいぶきのところに来て、靴ではなく“くるたび”をじっと見つめた。
「それ、かわいい……わたしも履いてみたい」
胸がつまった。
日本で、あの足袋を見つけた時と同じ気持ちだった。
言葉じゃなくて、想いが伝わった。
いぶきはリュックから持ってきたミニサイズのくるたびを取り出し、少女に手渡した。
彼女はそっと履いて、嬉しそうにステップを踏んだ。
「Obrigado!」
その後、いぶきは絣のハチマキや、祖母が縫った布リストバンドも配った。子どもたちはそれをつけて、リズムに合わせて自由にボールを蹴った。
ルーカスが肩を叩いて言った。
「イブキ、君の“スタイル”は伝わってる。文化って、こうやって広がるんだな」
「ありがとう。でも、まだ一歩踏み出しただけ」
陽が沈む頃、いぶきは丘の上からリオの街を見下ろしていた。
スラムの喧騒、子どもたちの笑い声、そして自分の胸の鼓動が、遠く久留米の空と重なる。
(この蹴り方で、世界とつながれるんだ)
空は広くて、世界は遠くて、だけど——
“自由に跳ぶ”気持ちは、すぐそばにある。